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『投影』

 入学式から一夜明け、魔法学校へ登校したラケルを待っていたのは、校庭での実技演習であった。

 この学校ではクラスの授業はすべて担任の先生が行うことになっているので、教鞭をとるのはラケルの担任であるヘンダーソン先生だ。


「今日は最初の授業だから、魔法とはなにか、というところから説明しよう。」


 ヘンダーソン先生は上背があるものの、圧迫感を感じさせない優しい声で20人ほどの生徒に語り掛けた。


「我々人類は『魔力』こそ持っていたが、魔物のように杖なしでそれを自在に操る能力は持ち合わせていない。」


 先生はよっこらしょ、と椅子に腰かけて話を続ける。


「そこで人類は考えた。そして、人間はついに魔力を魔物のように自在に操るための術を手に入れた。魔力を発生させ、杖を伝ってそれを循環させて放出する。それがこの『魔法』ってやつだ……。」


 そういうと先生はおもむろに杖を振り下ろした。


中魔法メガ・マジック


 生徒たちの視線が杖の先に集中した途端、魔力弾が発現し空中で離散した。

 おお…と、歓声ともとれる声が生徒から漏れる。


「今日のところはこんな難しいものに触れるつもりはない。お前たちには、『魔法を使うための魔法』を覚えてもらうことになる。この魔法は杖を使わない極めて簡単な魔法だが、魔力をコントロールすることに関しては良い練習になる。」


 ごくり、とその場にいた全員の空気がさらに引き締まる。

 

「俺が最初にやるから見てろ。まずは、右手を前に突き出す。そして詠唱しろ。『投影キャスト』。」


 すると突き出した右手の指先から、鏡開きの形でヘンダーソン先生がもう一人現れた。

 しかしながら、単一色でグレーのその姿には生気が感じられないことからも、魔法で作られただけの魂のこもっていないものであることはその場にいた全員が容易に理解できた。


「こいつは俺の影だ。魔法の基礎中の基礎である自分の分身だな。だが練習用であるゆえに…」


 先生は自分の影の額にデコピンをする。

 するとデコピンをされたおでこから、影は徐々に消えていった。


「俺のデコピン一つで消える。今日はこいつを出す練習をする。できたやつから教室で休んでよし。じゃあ、ペアになって互いに確認をとりながらやれ。」


 なるほど。一撃で消える自分の影を作る魔法。

 右手をだし、詠唱するだけで自分の分身を投影するのは、練習にはもってこいだ。

 ラケルは終始高揚感を持ってヘンダーソン先生の実演を見ていたが、些細な違和感に気がついて我に返り、周りを見回す。


「おい!スミス!組もうぜー!」

「ジェシカちゃん、やろー!」


 そう。ここは田舎の小さい学校。

 モエナに住む人間が99%を占めるのである。つまり、すでに入学前からほとんど全員が既知の仲なのだ。


 ところがどっこい、ラケルは町外れの集落でひっそりと暮らす部外者だ。

 当然、モエナのような小さな町から更に離れた集落に住むラケルには知人などいない。


(これは…よろしくないな。)


 もし知り合いがいるとしたら、三人でグルーピングするところであるが、あいにくラケルにはそんな仲間はいない。

 

「おー…お前、一人か?じゃあ俺とやるか。」


 差し伸べられる救いの手。

 突如気分が軽くなり、さっと振り返ると、


「…そうですね、やりましょう、先生。」


 ヘンダーソン先生が立っていた。

 

(このクラス、20人だよなぁ!?)


 初日から風邪だか遅刻だか知らないが、来なかった奴には一度制裁を与えてやる。

 ラケルは密かに童心に誓った。

 ラケルが初めて使う魔法がこのおじいさんに見られるのは少し心外であったが、仕方がない。


「右手を突き出して『投影キャスト』と唱えるだけだ。難しいことはない。」


 ヘンダーソン先生はそう伝えると少し距離をとってラケルを見つめた。

 そして、深呼吸を一つ、ラケルは唱える。


『……投影キャスト


 魔力を使うという感覚を初めて体験した。

 息を思いっきり吐き出すような感覚。次第に苦しくなるが、それを呼吸をしながら落ち着ける。


 気がつけば目の前に自分と瓜二つ、グレー色の『影』が顕現していた。


「…こいつはいい出来だな。教室へ戻って休んでていいぞ。次は座学をするからな。準備しておけ。」


 ヘンダーソン先生はラケルにそれだけ伝え、他の生徒を指導するためにラケルの元を離れていった。

 ……成功したってことでいいんだよな?


 試しに、先程先生がしたようにデコピンを影に向かってすると、やはり影は消えていく。

 ラケルは達成感を得つつも、周りが楽しそうにペアで作業しているのをみて、


「…まあ、友達は教室でも作れるからなぁ。」


 強がりとも取れる発言を誰にも聞こえないように残して一人、校庭をあとにするラケル。

 他の生徒たちは、


「ぎゃー!!これ難しくない?先生のとおりにやってるのにィィ!」

「先生、影が現れません。ていうか、めちゃくちゃ疲れる…」


 作った影が泥人形のように崩れたり、そもそも顕現しなかったりと、かなり苦戦している様子であった。

 ヘンダーソン先生は怒るでもなく、


「最初はみんなそうだ。『魔力を使う』という感覚を身に着けなければならない。あと十分程で切り上げるから、それまでは安定した影を出す練習をするんだ。」


 暴れ出した生徒の影をさばき、次にダンスを踊りだした生徒の影を足でこかしながら言った。

 教室に帰る途中で、ラケルは隣のクラスが座学している内容をなんとなく眺めていた。


「次は魔導史かぁ……」


 どうやら次の授業は魔法史の授業っぽいことを板書から読み取って頭に留めつつ、教室のドアを開ける。


「やあ、はじめまして。私の名前はリーゼ。」


 ラケルの席に堂々と座る、リーゼと名乗る少女。

 クラスメイトには絶対にいなかった、どう考えても目立つ白いサラサラの髪の毛がまず最初にラケルの目に飛び込んでくる。

 

 そして流れる、謎の「沈黙」。破るのはリーゼだ。


「ところで、あまり褒められたことじゃないね。遅刻なんて。」


 どうやら、ラケルが先生と組まざるを得なかった元凶は眼の前の少女らしい。

 あろうことか、なぜかリーゼは自分が遅刻したことを自分自身で達観している。


 よし、ここは一発俺がガツンと言ってやる。ラケルが開口しかけたところ、


「…で、他のみんなはいつ来るのかな?もっと遅くに遅刻してくるのかな?」


 …なるほど。わかった。こいつは天然由来の馬鹿だ。

 自分がオンタイムで登校したものだと思っているらしい。

 ラケルは後ろから他のクラスメイトが返ってくることに気が付き、ひとまず癇癪を抑えることに集中するのであった。

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