町長
「…であるからして…であるからして…」
どの世界線であろうと、入学式における校長先生の話は長くて億劫なものだ。
体育館ほどの大きさの聖堂に親子合わせて百人ほどが詰め込まれている状況が、この世界で生まれたラケルにとっては新鮮なのだろうが、タクにとっては懐かしく感じられる。
「ラケル、周りのやつとうまくやっていけよ?全員と仲良くしろとまでは言わんが、喧嘩とかやめてくれよー、父さんが困る。」
「うるさいなぁ。今あの偉そうな人が喋ってんじゃん…」
ラケルはさっきから小言が止まらない父親に軽く腹を立てながらも、横で静かに話を聞いている。
「それでは、以上で入学式を終わります。これからクラス分けを行いますので、名前を呼ばれた新入生は前へお願いします。一人目は…」
クラス分けというが、この学校には一学年に二つしかクラスがない。
有名な学校であれば全国から人が集まるためにかなりの人数になるのだが、田舎の小さな学校ではこれでもスケールは大きい方だろう。
「…ラケル・アドー。一組は以上です。呼ばれなかった方は2組となりますので、しばらくお待ち下さい。」
自分の名前が呼ばれたことを確認して、ラケルは父親に目もくれずに前へ歩き出した。
20人ほどのクラスは、担任の先生と思われるおじいさん先生に引率されて聖堂をあとにした。
「それでは二組も。ついてきて。」
今度は中年の先生に引率されて、二組の子どもたちもいなくなり、場内には大人だけが残った。
「ラケル・アドーって、いい名前ですね。勇者様と同じファミリーネームだなんて。運命的で素敵です。」
となりにいた女性に声をかけられ、さっと隣を見る。
自分より年齢は少し下の女性は、タクと目が合うなりにこりと会釈した。
突然話しかけられたのでどうしていいのかわからず、咄嗟に笑顔を作って、
「ええ、そうでしょう、そうでしょう。」
しかし、内心では、
(…て、いうか俺が勇者様ァ!)
心のなかで突っ込みながらも、外面だけは冷静に保つ。
というのも伝説級の勇者様アドーは、冒険者を引退後は一線を退き、どこにも姿を表さないという体でタクはここまで暮らしてきたからだ。
「あなたのお子さんは、何組なんですか?」
それとなく隣の婦人に聞き返してみる。
少し浮かない顔をしてから、女性は答える。
「私の息子も一組でした。でも少し心配です。一組の担任であるヘンダーソン先生は元々職業魔導師をしていたとかで、かなり、その、厳しく指導する方らしくて…」
ラケルの担任の爺さん、元々魔導師だったのか。
魔導具ショップのおっさんも魔導師をやっていたが、この町には魔法使いが多いようだ。
魔導師というのはただの魔法使いとは似て非なるもので、警察の役割もすれば軍人にもなる。言い換えれば、この世界の治安を守る何でも屋さんといった立ち位置である。
そんな魔導師なので、当然厳格な人が働いている場合が多い。
しかし、タクは隣の女性を安心させるように言う。
「ま、そのくらいのほうが甘やかされて何もできないまま卒業するよりもいいんじゃないですか?」
そのことを女性もわかっている様子だった。
「それもそうですかねぇ…」
女性はそう言っておっとりと手で顎を撫でた。
「ときに、お子さんの名前を聞いてもいいですか?ラケルのクラスメートになるわけですし、ぜひ仲良くしてください。」
「あ……申し遅れました。私の息子の名前はスミス・ミクセルと言います。私はエリナ・ミクセル。この町の町長です。」
玄関のドアが開くとともに、入学式を終えたラケルが帰ってきた。
それに気がついた父はいつもと違って玄関まで出迎えに来ると、
「おかえりー。どうだった?''学校''ってやつは?」
それほど疲れた表情を浮かべるでもなく、ラケルはすぐにこう返した。
「別に。どうってことなかったよ。魔法の授業は明日からだから、それは楽しみだけど。」
まあ、今日は事務作業的なことをしていたのだろう。
教科書が数冊配布された、と言って机に放り出す。
「担任の先生はどうだった?」
魔導師人間が教師をしているとなると、流石にタクも気になる。
果たして、元魔導師であったヘンダーソン先生はどのような人物なのだろうか、と。
「…まー、怖そうな人ではあったけどね。まだ初日だしなんとも言えないかなー。」
ラケルはカバンを机に置き、ソファで寝転びだした。
教科書を無造作にペラペラとめくって中身を確認している。
「そういえば、母さんから手紙が届いてたぞ。」
父が発した予想外の発言に、ラケルの意識がこちらに向けられる。
教科書の上から顔をのぞかせて、
「本当に?母さんはなんて?」
こいつ、俺のときと食いつき方が違くないか?
母親に若干のジェラシーを感じながらも、母親からの手紙の内容を伝える。
「『入学おめでとう。ラケル。お母さんは三年で魔法学校を卒業したけど、あなたはどうかしら?あなたの成長を楽しみにしてるわ』だってよ。あいつ、息子と張り合ってどうする…」
手紙をラケルの方に投げると、ラケルは先程父が言った内容をもう一度確認した。
「三年で魔法学校卒業って、すごいことなの?」
ラケルが中身を読んだ上で父親に問いかける。
魔法学校を出ていない父が学校関係にあまり詳しいわけではないこともラケルにはわかっていたが、確認程度で聞く。
「…まー、すごいわな。普通は六年とかかかって魔法使いになるわけだから、かなり長いカリキュラムが組まれてるはずだぞ。俺もあんまり詳しくないけど、学校から卒業してきた魔導師の新人はだいたい二十歳くらいだもんなぁ。」
自身の経験から父親は話す。
(小学校を半分の長さで卒業したとか言っても伝わらないもんなぁ……)
つまり、普通の魔導師は十二歳で学校に入学しても二十歳手前くらいまでは魔法の練習をし続けてるってことだ。
「じゃ、母さんはそれよりも随分と早かったってことだ。」
ラケルが自身の知識をアップデートしようと父に聞く。
そうだなぁ…と前置きをおいて、父は、
「母さんは十代で魔導師になってたぞ。ま、それがどれだけすごいかはこれからわかっていくさ。さて、メシにしよう。」
『十代で』『魔導師』の響きの凄さはラケルにもなんとなくわかっていた。
魔法学校を卒業したところで魔導師になることはできず、魔導師になるためには魔導院というところを卒業した上で試験に合格する必要がある。
それがどれほど狭い道なのかは、幼いラケルにだってわかっていた。
(それでも、多分父さんのほうが…)
出てきそうになった言葉を飲み込み、ラケルは父親の作る料理を美味しくいただくのであった。




