目標と手段
「魔力が……なくなっている。」
ラケルが魔導師になることを決めた翌日の朝、リュブリナは自分の体に起きている異変に気がついた。
魔法が一切使えない。それどころか、魔力を一切捻出することができない。
「起きたか。リュブリナ魔導師。」
ヘンダーソンがリュブリナの寝室に顔を出す。その横にはラケルの姿もあった。
「お前を蘇生したとき、お前の体には魔力が全く残っていなかった。お前も身をもって知っていることだとは思うが、一度魔力が尽きた人間は死ぬ。お前の場合は、魔力が尽きて一度死んでから私の心肺蘇生で生き返った。生命をつなぐことはできたものの、一度でも完全に体内から排除された魔力はゼロから生まれてくることはない。」
リュブリナは自分の両手をぼうっと見つめながら、ヘンダーソンの話に耳を傾けている。
「命があっただけでも奇跡みたいなものです。私を救ってくれたことには改めて感謝します、ヘンダーソン先生。それに、魔力がなくなったことによるメリットだってあります。」
ヘンダーソン先生のそばにいたラケルはどこか申し訳無さそうに、
「メリットなんてあるんですか?もう二度と魔法が使えなくなってしまうことに、メリットなんて……。」
リュブリナが魔法を使えない体になってしまったのは自分のせいであると、どこかで自責の念を抱いていたからだ。
「私はもう、領邦魔導師ではなくなった。魔導師は辞めたあとも魔力を一生追跡され続ける。転生者との関わりを持たないようにするために。しかし、私はもう魔力が全くないからその心配もない。お前のことを見守り続けるタクとの約束を、このまま果たすことができそうだ。」
リュブリナからは魔法が使えなくなることに一切の後悔が感じられなかった。
薄っすらと微笑んで、弱々しい右手をラケルの頭に伸ばして髪の毛をとかすように撫でる。
「いいか、まず魔導師になるためには、魔導院の存在が最重要だ。魔導院というのは、この世界の最高魔法学習機関で、これ以上の魔法を学ぶ環境はない。この魔導院を卒業するまでに、平均して四年はかかる。」
リュブリナが『魔導院』という言葉を食卓に広げた紙に書く。
その横に、『魔法学校』という単語を並べ、
「その、魔導院に入るための基礎技術を本来は魔法学校で六年かけて学ぶ。しかし、五年以内で魔導師になる必要のあるお前には、普通のルートで魔導師になるのは不可能だ。魔導院と魔法学校で十年の歳月を要してしまうからな。」
そう言って、『魔法学校』という言葉にバツをつけた。
「じゃあ、どうすれば……。」
不安そうにリュブリナを見つめるラケル。
「安心しろ。魔導院を卒業することは魔導師になるために重要だが、魔法学校は卒業する必要はない。だから、私が魔法学校に必要な技術を、お前に短期的に叩き込む。それで、お前は魔導院の編入試験を受けるんだ。それしか五年以内に魔導師になる道はない。」
たしかに、編入試験に合格することができれば、魔法学校で学ぶことをすべてスキップして魔導院に入ることができる。
ラケルは期待に胸が高鳴った。
「それで、その魔導院の編入試験っていうのはいつあるんですか?」
ラケルの高揚感とは裏腹に、リュブリナとヘンダーソンは神妙な面持ちだ。
リュブリナはため息を一つつき、きまり悪そうにして言った。
「……一ヶ月後。」
「は?」
ラケルも思わず食い入るようにリュブリナの方を見てしまった。
ヘンダーソンは付け足すように、
「ここから最も近い魔導院である、グロック魔導院でも最短で馬を走らせて一週間はかかる。つまり、ここで魔法の練習をすることができるのは後二週間ほどしか残っていない。」
リュブリナもそれに同意するようにうなずく。
「じゃあ、俺は今から二週間で六年間かけて学ぶはずの魔法をやり切るっていうことですか?」
リュブリナは先程と同じくうなずく。
「ま、正直言って普通の人間なら不可能に等しい。生まれ持った天賦の才能と、絶え間ない努力をすることができる者のみが『魔導師』になれる。十年そこらの歳月を魔法に専念してな。それをお前は五年でなろうとしている。」
鈍重な雰囲気がラケルを覆った。
父親を助けるためには何でもするつもりのラケルであったが、そもそも魔導師になること自体が狭き門である。そこから父親を救う時間などあるのだろうかと、不安になってしまう。
リュブリナはそんなラケルの不安を払拭するように、ラケルの髪をグシャグシャとかきまわし、
「普通の人間なら、な。だが、お前には『核』がある。それを使えば、不可能をも可能にすることができる……ハズだ。」
ラケルの心臓のあたりの方を見ながら、リュブリナ。
「でも、『核』を使って魔法を放つのは死刑だってアンタが自分でいってたはずなんだけど?」
確かに、ラケルの父親のタクだってその罪で捕まったばかりだ。
そして、ラケルはその父親を助け出すために魔導師になろうとしているわけなので、同じ罪で捕まるわけにはいかない。
「その点に関しては問題ない。私達は杖を使った魔法と使わない魔法、両者を区別する能力は持ち合わせていないからな。そのことを利用してお前を二週間で魔法学校卒業レベル、つまり『魔法使い』にすることができるかもしれないと、寝ながら考えていたのだ。」
リュブリナはそう言って胸をはった。
話が見えてこないが、どうやら策があるらしい。
「おい、魔導師。俺の教え子から犯罪者を出すことは許さんぞ。」
黙って聞いていたヘンダーソンが口をはさむ。
リュブリナは煩わしそうにしながらも、
「安心してください。杖は持ちますよ。でも、杖は使わない。」
「……?」
首をかしげるラケル。
「……なるほど、とんでもないイカサマだな。しかし、うまく行けば魔法試験の最難関である魔導院編入試験だってパスすることができるかもしれん。」
一方でヘンダーソンはどこか腑に落ちた表情だ。
リュブリナは自分の杖を取り出すと、
「私達は普段、魔力を杖に込めて魔法を放つ。それは『核』を持っていない人類が魔法を使えるように試行錯誤した結果だ。しかし、『核』を持つ者は杖を必要とせず、その上杖を使うよりも遥かに強力な魔法を放つことができる。」
ここまでは『核』と『転生者』の説明だ。
この生態的違いのせいで、『人類』と『転生者』は区別され、差別されてきたのだ。
「故に、お前はこの事実を逆手に取るんだ。まさか杖を持っている人間が『核』で魔法を撃っているとは、誰も思わない。そもそも気づけない。」
そう言って、リュブリナはラケルに杖を向けた。
「お前は、『転生者』じゃない。しかしながら、転生者タクの息子として『核』を持っていることも事実だ。お前が持つその『歪み』を最大限に活かし、一ヶ月後の魔導院編入試験に挑む。それで不合格ならば、魔導師になることは諦めろ。そもそも、五年で魔導師になることなど普通は不可能なんだからな。」
明確な目標と、それを達成するための手段を与えられたラケルの中で、燃えるような闘志が静かに点った。




