生き方
リュブリナはヘンダーソン先生とラケルにことの顛末をすべて話した。
タクが逮捕されたこと。
それはモエナ町を守るためで、タクは悪くないこと。
タクがラケルのことをリュブリナに託したこと。
そのせいでレイジと衝突したこと。
ラケルも先程の情報だけでは不十分だったのか、リュブリナの話を食い入るように聞いていた。
話し終えたリュブリナは、極度の疲労と魔力不足から眠りについた。
話をすべて聞き終えたヘンダーソン先生は、
「……お前の父親に倣うならば、お前はやはり『自由に生きる権利』を大勇者タク・アドーから与えられたと考えるべきだ、アドー。お前はこの話を聞いて、結局のところどうしたい?母親の元へ行くか?それともモエナで暮らすか?もちろん、町長に事情を説明すれば学校へだって通えるだろう。」
先生はそう言ってラケルの顔色を伺った。
ラケルは少し考える時間を設け、
「俺の母親は、東の方で魔法の研究をしていると聞きました。でも、それだけです。時々手紙が送られてくることはあったけど、最後に実際に会ったのはもう何年も前なので、今どこにいるかもわかりません。母親のもとへ行くのは、現実的ではないと思います。」
母親の元へ行く案はなくなった。
ならば、と先生。
「ならば、モエナで暮らすというのも良いだろう。すでに転生者の関係者ではなくなったお前は町で暮らす権利を持っている。スミスとも和解することができたのだし、悪くないと思うが?」
確かに、ラケルにとってもその案が一番魅力的であった。
「……確かに、『好きに生きろ』という父の言いつけをもし誠実に守るのであれば、俺はそうやって暮らしたい。転生者差別のことなどすべて忘れて、父のように笑顔の絶えない魔法の授業を子どもたちにして過ごしたい。」
先生はうなずく。
「では、決まりだな。後は私に、」
ヘンダーソン先生は確定した事実に呼応するように椅子から立ち上がろうとした、その時、
「でも、俺にそのような甘い選択肢を取らせてくれるほど、父の存在は俺にとって小さくなかったんです。先生。」
先生は少なからずの動揺を持ってラケルの方を見た。
ラケルは座りながら膝の上で拳をこれでもかと握りしめ、床を食い入るように見つめている。
その姿は、少なくとも安息を求めている12の少年のそれではないことくらいは、教師であるヘンダーソンには容易に理解できた。
「アドー。もう一度よく考え直せ。お前がモエナで暮らすことを、父だって、そこの魔導師だって……私も望んでいる。それに、お前はそうやって暮らしたいと、そういったではないか。」
ヘンダーソン先生の願望も汲み取れるその発言は、ラケル本人に届かない。
その代わりに、ラケルは床を蹴り上げるほどの勢いで立ち上がると、ヘンダーソン先生、否、元魔導師であるヘンダーソンの前に直立し、頭を下げた。
「お願いします。俺に魔法を教えてください。俺は、俺は……『魔導師になる』ことに決めました。」
それに対し、先生は文字通り絶句。言葉も出せない。
「やめておけ。ラケル。お前は魔導師に向いていない。理由は三つだ。」
すると、ベッドのほうから現職の魔導師、リュブリナが顔をのぞかせた。
いつから話を聞いていたのかは分からないが、ラケルの鬼気迫った表情をなだめるように、3本の指を突き立てると、
「一つ。魔導師になることは、お前の父親の意思に反する。二つ。魔導師になるには、お前が想像もできないほどの努力をする必要がある。三つ。魔導師になったところで、得られるものはなにもない。だから、やめておけ。先輩としての忠告だ。お前にメリットなんて、なにもない。」
リュブリナは壁にもたれかかりながら、魔導師になることは無意味であるとラケルに説いた。
しかし、ラケルは聞く耳を持たない。
「メリットならあります。努力をする意味も、得るものもある。」
そう言ってラケルはリュブリナの方を見ると、
「俺は魔導師になって、父を助けます。どこにいようが、父を見つけ出して助け出す。そのための努力ならいくらつらくても厭わない。これが俺にとっての『好きに生きる』道です。」
現役の魔導師と、退役した魔導師はそれぞれ頭を抱えた。
どうやってこの馬鹿野郎を諦めさせるか、と。
「馬鹿を言うな。ラケル。お前のお父さんは、お前が自由になるために自分の命をなげうったんだ。それをもう一度助け出すことなど、タクの覚悟が無駄になってしまう上に、お前が『転生者の息子』に逆戻りすることになってしまうんだぞ!それに、タクを牢獄から脱獄などさせてみろ。お前は一躍、スーパー犯罪者で一生罪に追われることになる。そんなことをしようとしているやつに魔法を教えると思うか?」
リュブリナが、至って正論をラケルにぶちまける。
「ああ、おしえるさ。教えてもらわないと困る。アンタは俺の父親にドラゴンから守ってもらった借りがあるんだろう?だったらそれを俺で返してくれ。それが父との『約束』だったはずだ。そもそも、アンタがタクに守ってもらうほど弱かったせいで、タクの杖は壊れちまったって話だったじゃないか。なら、タクが捕まった原因はアンタにあると言っても過言じゃない。転生者を利用するだけして最後には処刑するのが、魔導師のやり方なんだろ!」
リュブリナは何も言い返せなかった。
自分の無力を呪っていたところ、他人からも無力だと言われたリュブリナは、表情に暗い影を落とした。
ラケルが再びなにか言おうとした、次の瞬間、もうひとりの魔導師、ヘンダーソンがラケルに手を上げた。
ラケルは殴られて壁に激突し、殴られた頬を抑えてただ呆然とするだけであった。
「確かに、魔導師というのは汚いやり方をする。話に聞いた、レイジなどはその典型例だ。利用するだけ利用し、最後には切り捨てる。しかし、お前の前にいるリュブリナ魔導師は、そうじゃないだろう。彼女はお前のことを命を懸けて守った。実際、魔力不足で心臓が止まり、いっときは完全に死んでいた。タクと交わしたのは口約束だけにもかかわらずだ。そんな命の恩人に対し、なんて口の聞き方だ。流石に、今のは見過ごすことはできないぞ、アドー。」
ラケルは完全に熱くなりきっていた自分の頭が絶対零度まで急降下していくのを感じた。
冷静を取り戻した脳で、もう一度リュブリナに、
「……ごめん、なさい。俺を命を懸けて守ってくれたのに、俺は……」
「良いんだ。力不足、己の無力さは、一度死んでみるまでわからないものだな、全く。」
リュブリナはあくまで落ち着いてラケルに接する。
しかし、ラケルはなおも抑えられない感情を言葉に紡ぎ、
「でも、魔導師になりたいのは変わりません。ただ、俺は父親を助けたいだけなんです。」
ラケルの瞳はまっすぐに、二人を捉えていた。
もう、魔導師の二人にはどうすることもできない意思の固さを感じ、ついにリュブリナが、
「……五年だ。」
今度は五本の指を立てる。
「転生者の処刑は、魔力をほとんど抜いた状態で行われる。それにかかる期間がおよそ五年間だ。それまでにお前が魔導師になることができれば、タクを助け出すことができるかもな。」
ラケルの表情に光が戻った。
涙が枯れた頬に、エクボができる。
「つまり、俺を魔導師に育ててくれるってことでいいですか?」
リュブリナはベッドにのそのそと戻りながら、
「魔導師になるには、普通の人間なら少なくとも十年かかる。それを五年で終わらせることなぞ、まず不可能だ。私が無理だと判断したら、諦めてタクが望んだように普通の一般人として人生を過ごすこと。これが条件だ。いいな?」
ラケルはリュブリナが寝室に戻ったあとでも、ずっと頭を下げていた。




