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『好きに生きろ』

 レイジの大魔法ギガ・マジックを受けるリュブリナの後ろで、守られているだけのラケルはただ見ていることしかできなかった。

 

 そもそも、ラケルにはリュブリナがなぜ自分を守っているのかも分からないし、レイジがなぜここまでの殺意をもって自分を、ひいては仲間であるはずのリュブリナを殺そうとしているのかも分からなかった。

 

 ただ、一つ分かるのは、リュブリナの背中は暖かく、レイジの表情は冷たいということだ。

 

 その相反する両者がお互いに最後の『大魔法ギガ・マジック』を放っている。

 互いの魔法は属性もかかっておらず、魔力と魔力のガチンコ勝負であった。


「リュブリナさん……」


 当然、ドラゴンとの戦いで消耗しているリュブリナが魔力面では不利であった。

 対してレイジは認識阻害魔法を早々に解除して中央にタクの存在を通報していたため、魔力は温存できていた。


 そんな不利状況の中でもリュブリナは魔法をレイジに放ちながら、ラケルに目線で訴えかける。


『大丈夫だ』、と。


 ラケルはその表情に、どことなく父の姿を見た。

 血みどろでありながらも、同時に消えて無くなりそうなくらい血の気が引いているリュブリナはなおも魔法を放ち続ける。


 とっくに自身の魔力限界、すなわち魔力不足で死亡するラインを超えていることは、彼女自身も気がついていた。


「……ガンバレ。」


 ラケルは気がつけばリュブリナの腰に手を当て、自分の魔力を流し込んでいた。

 

「……?急に魔力の量が増して……?」


 レイジが異変に気がついたことにはもう遅い。

 ラケルの魔力がレイジのそれをとっくに上回っていた。

 

 徐々にレイジの大魔法ギガ・マジックがリュブリナのそれに呑まれていく。

 

「このッ……!魔物ガキの力を借りるなんて、お前は魔導師の風上にも置けないぞ!リュブリナァ!」


 レイジは声を張り上げる。

 しかし、なおも冷静なリュブリナは、 


「魔導師の風上にもおけないのは……お前だ、レイジ。私はこの領邦に住む人間を守る。大勇者タクがそうしたように。」


 そして、リュブリナは薄れゆく意識を必死に支えながら最後の気力を振り絞り、レイジのもとまで自分の攻撃魔法を叩き込んだ。



 レイジの体はリュブリナの魔法攻撃にさらされ、全身が傷だらけの状態で吹き飛んでいった。

 

 そして、それを見届けたリュブリナも、またその場に倒れ込んだ。

 咄嗟にラケルがなんとか体を安静な状態に横たえる。


「ハハッ……。正直、自分でも笑えるくらい魔力が残っていない。レイジの魔力欠乏基準でいうところの……レベル3だな。これは。自分の魔力が全く感じられない。私は今……生きてるのか?」


 リュブリナは弱々しい声で呟いた。

 ラケルはどうしたものかと再び自分の魔力を込めてみる。しかし、大した効果はない。


「リュブリナさん……助けて頂いて、ありがとうございました。」


 ラケルはリュブリナの目をみてしっかりと感謝を述べた。

 リュブリナはゆっくりうなずく。


「お前の父親のことは、本当に残念だ。私よりも強い、圧倒的に強い魔導師が、お前の父親を捕まえて連れて行ってしまった。私にもっと力があれば、クロニク……お前を連行した魔導師を止めることもできたはずなんだが、無念だ。」


 目の焦点があっていない状態で、ラケルのことを見つめるリュブリナ。


「私はお前の父親を取り返すことはできなかった。しかし、お前ならあるいは……。」


 その先を言いかけて、リュブリナはやめた。

 タクがリュブリナに託した伝言の『真意』にようやく気がつくことができたからだ。


「いや、やっぱり忘れてくれ。それよりも、お前の父親が捕まる直前に私に残していった伝言がある。一度しか言わないからよく聞けよ。」


 ラケルは聞き逃すまいと、リュブリナの口元へ耳を近づける。

 リュブリナは一呼吸置いて、タクが残したあの言葉、すなわち、


『好きに生きろ。』


「ラケル。お前は父親と違って、転生者でもない。父が逮捕されていなくなってしまった今、転生者の息子でもなくなる。お前は自由に生きる権利を得たんだ。お前の父、タクは立派に戦った。そして最後に、自分がいなくなることで息子のお前に『自由に生きる』権利をプレゼントした。無駄にするなよ。」


 リュブリナはそう言ってラケルの手を握りしめる。


「そんな……父さんもいなくなって、これから一人でどうすればいいっていうんですか?俺にはなにも、この世界のことも、魔物も、転生者も、神も、人間もわからない。父さんは僕に自由に生きろと言うけれど、なにも選択肢を与えてくれなかったのに!」


 ラケルは声を荒らげ、リュブリナの手を強く握りしめた。


「本来なら、私が生きて、お前に道を示してやりたかった。そこまでがタクとの『約束』だからな。しかし、それも叶いそうにない。だから、私は最低で最悪な言葉をお前に遺すことにしたよ。」


 リュブリナの瞳に最期の光が灯る。ラケルの頬に涙が滴る。


「好きに生きろ。ラケル。この世界はお前が思っているよりずっと、寛容だ。」


 命の灯火が最期の吐息によって消されようとしている。


 その時、ちょうど庭の泥濘をかき分ける靴の音がラケルの耳を捉えた。


「そういうことなら、生きてラケルをお前が導け。」


 声の主に向かって振り返るとそこには、先程までラケルの家に居た人物。

 

 ヘンダーソン先生が立っていた。


「膨大な魔力の反応を感じてここまで来てみれば、何だ。この、酷い有様は……。まあいい、話は後できこう。アドー。その魔導師をとっとと家の中に運び込め。」


 先生はラケルと一緒にリュブリナを家のベッドに運び込む。

 白いシーツに泥がつくのも全く気にとめず、そっとリュブリナをベッドに寝かせた。


 先生はまずリュブリナの脈と魔力量を診ると、


「魔力が全く足りない。これは、魔導師をいかすのは不可能だな。」


 もともと魔導師の先生がそういうのならば、と諦めることができるはずもなく、ラケルは食い下がる。


「そんな、なんとかなりませんか?先生!」


 先生はリュブリナの胸部を破き、両手で魔力を胸の中心部から少し左にズレた場所に注ぎ込んだ。


「先生、何を……?」


 先生は集中しているようすで、ラケルに返事をしている暇もない。

 ラケルの目にはただ魔力を送り込んでいるだけに見えるその動作。

 結局それは先程ラケルが試したところであったが、


「ッブハあァァあァアァァ!!!!」


 三十秒も続けているとリュブリナが自分の肺の空気を総入れ替えする勢いで呼吸を開始した。

 これにはラケルも笑顔で、思わず先生に飛びついてしまった。


「先生!ありがとうございます、ありがとうございます……」


 タクが戻らないこと、それにリュブリナのこの惨状をから何かを察していた先生は、ラケルを突き放すことなどはしない。


「……まず状況を説明しろ、魔導師。せっかく冥土への旅路から返してやったんだ。それくらいはしてもらわんと、割にあわないからな。」

 

 先生は泣きつくラケルの頭を優しく撫で、蘇生されたリュブリナに迫るのであった。

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