衝突
ラケルの家のドアが三回、コン・コン・コンと矢継ぎ早にノックされる。
それに呼応してラケルがドアを開けると、目の前には魔導師、リュブリナの姿があった。
「この家には今、君ひとりだけか?」
リュブリナは単刀直入にラケルに尋ねる。
「え、あ、はい。さっきまでスミスとヘンダーソン先生がいましたけど、ドラゴンが倒された話を聞いて町の方へ帰っていきました。」
ラケルはそう言いながらリュブリナの様子を観察する。
リュブリナは息が切れていて、どこか鬼気迫る様子だ。
「ラケル・アドー君。単刀直入に言うが、君の父親は逮捕された。」
ラケルの脳に右から左へと『逮捕』の二文字が流れていく。
しかし、その二文字はどうにも脳が処理しない。というか、処理してくれない。
「た、逮捕!?」
思わず素っ頓狂な声が漏れてしまうラケル。
「動揺するのも無理はない。だが、時間がないんだ。君の父親に、君のことを頼まれた。今すぐに私と来てくれ。このままではラケル君。君自身も魔導師によって殺されてしまう。」
リュブリナはラケルの肩に手を置いて、状況を簡潔に説明したつもりになっている。
しかし、ラケルには届かない。厳密には、届いているのだが、響かない。
「ちょ、ちょちょちょっと待ってください!父さんが逮捕されて、父さんが僕のことをあなたに任せたってことですか!?じゃあなんで魔導師が僕を殺すなんて話になるんですか!?」
リュブリナは頭をくしゃくしゃとかきむしり、
「いや、違う。君を殺すのは私じゃない。他の魔導師が、君のことを殺しにやってくる。わかったら、すぐに私と来てくれ。どのみち、君はこのままこの家に居ては殺されてしまうんだぞ!」
リュブリナの気迫に押されるがまま、手を引くリュブリナについていこうとするラケル。
しかし、リュブリナの足が止まる。
「……レイジ。」
リュブリナが振り返ると、レイジがそこにいた。
レイジはリュブリナのことをすでに仲間としては見てない目つきで、
「リュブリナさん、なんすか、それ。その行動。転生者に加担してるってことッスか?タクさんとツーマンセルを組んだときから、どこか様子がおかしいと思ってたらこれッスよ。」
レイジはそう言って杖を構える。
「待って……だって、父さんは……」
ラケルは明らかに怯えている。
しかし、信用しきれないリュブリナの影に隠れることもせずにただそこに震えて立っているだけだ。
「死ぬ前に教えてあげるッスよ。ラケル君。君のお父さんはね、杖を使わずに魔法を使ったことで速攻逮捕、このまま牢屋に運ばれて死刑になるんだよ。そして、大犯罪者になってしまったタク・アドーとその家族はみーんな、死刑になるのがこの国のルールなんだよー。」
小さな子供を諭すような言い方をするが、その目は獣を見る目と何ら大差はない。
レイジの中で、ラケルは『転生者の子供』だったものから『ただの魔物』へと変貌していた。
つまりそれは、レイジの中で簡単に心を傷めずに殺せる存在へと変わっていたのである。
「だから、ラケル君は死んでもらうッス。恨むなら、転生者の子供に、つまりはタク・アドーの子供に生まれてきてしまった自分の運命を恨んでくださいね。」
レイジは言い終わるが早いか、殺意を魔力に乗せて杖から放出した
『大魔法・火炎』
反射的にラケルを守るべく杖を構えるリュブリナ。
「馬鹿、やめろッ!!『中防御』!」
レイジが放つ魔導弾は火炎の属性が加わり、リュブリナの防御魔法へと一目散に突っ込んでいった。
ラケルのみを狙うというよりは、リュブリナもろとも燃やそうとする業火の炎はリュブリナの防御魔法を砕いたものの、二人への直接的なダメージを与えるまでは至らない。
「ちょっと、リュブリナさん!?もう魔法を使う魔力もないのに防御魔法を展開するなんて、魔力欠乏で死んじゃいますよ?ここ、鼻血でてますよ。魔力欠乏症状レベル2ってところッスね。これは俺が作った基準なんッスけど、死に至るレベル3に片足突っ込んでます。」
レイジが鼻のあたりを指差す。
ラケルは顔を上げてリュブリナの顔を見てみると、顔面蒼白のリュブリナは鼻血どころか口からも血が垂れている。
「わかったら、そこをどいてくださいよ。そんな魔物を一人で守って死ぬのなんて、リュブリナさんらしくないッスよ。僕だって、先輩を殺したくなんてないッスからねぇ。」
レイジは別に思ってもない様子とは裏腹な言葉を放ち、そのままの勢いで再び杖を振り下ろす。
『大魔法・貫通』
『……小防御』
リュブリナが発動したのは、あろうことか初歩中の初歩の小防御であった。
もはらラケルたちでさえも学ぶくらいの初級魔法でレイジの高度な魔法を防ぐことができるはずもなく、貫通属性を持った攻撃がリュブリナごとラケルを貫こうとした、その瞬間、
「ンァァァアァァァぁっぁぁぁあ!!!!!」
リュブリナがボロボロになった左手を振り上げ、魔法の貫通攻撃を一度右手で受け止め、更に自分の体でもう一度受け止めた。
これにより、ラケルまで貫通魔法攻撃が及ぶことを防いだのである。
「わからないッスね。リュブリナさん。どうしてその化け物のためにリュブリナさんが死ぬ必要があるんスか?魔導師ってのは、魔物を狩るために存在する職業でしょうが。」
リュブリナはなおもラケルを守るように立っている。
震える首を回し、ラケルの方を覗き見て、笑った。
「……お前にはまだ、この子が魔物に見えているんだな。魔導師としてはあるまじきことだぞ。レイジ。」
ピクリ、レイジが反応する。
「なんですって?」
リュブリナはなおも淡々と、
「お前は魔導師失格だといったんだ。領邦魔導師はな、魔物を狩ることが目的ではなく、それによって得られる平和を保証することが最も大切なんだ。お前が今していることは、平和につながるのか?」
レイジはリュブリナのことを諦めたのか、今度は本気で殺すつもりで魔力を杖に込めた。
それに呼応するように、リュブリナも自分の魔力量のありったけを命を削りながら杖につぎ込む。
「リュブリナさん。タクさんに洗脳でもされましたか?あなたの後ろにいるのは、」
「……殺るべき魔物ッス。『大魔法』!」
「……守るべき人間だ!『大魔法』!」
両者の全力を懸けた魔法が、ちょうど二人の間で激しく激突した。




