約束
タク・アド―によって神々の支配からこの世界が解放されて三十年。
『大勇者』タク・アド―、逮捕。
この事実を知っているものは、いまのところこの世で四人だけ。
領邦魔導師のリュブリナ・クロニク・レイジ、そしてタク本人である。
その中でもレイジとリュブリナは、タクを連行する予定のクロニクと別れて二人でとある場所に向かっていた。
「さぁて、あとはガキ一人殺して仕事は完了ッスねぇ!」
レイジは残された仕事が少ないことで肩の荷が下りたのか、タクの家に向かうスピードがリュブリナよりもかなり早い。
リュブリナはレイジにおいていかれないようにペースを上げながら、自分がどうするべきかを必死に考えていた。
「なぁ、レイジ。タク・アドーの息子に罪はあると思うか?」
リュブリナがレイジに問いかけた。
「罪……?わかりやすく犯罪に手を染めていたわけじゃないッスから、何かしらの罪に問われることはないと思うッスよ。まあ、強いて言うなら転生者の息子として生まれてきてしまったことッスかね。あー、ラケル君も普通の家庭で魔導師になるための教育を受けていれば優秀な魔導師になることができたはずなのに、残念ッスねぇ。」
レイジはラケルの境遇に同情しながらも、殺すことに戸惑いはなさそうだ。
「ま、どのみち殺さない選択肢はないッスよ。杖無しで魔法を使ったタクさんはもう、魔物と同等の存在なので、ラケルくんも魔物とみなされる。これは国が決めたことッスからね。別に俺にだって子供を殺す趣味なんてないッスよ。」
レイジは教科書通りの言葉でもってリュブリナに返した。
杖無しで魔法を使う行為は、魔物と変わらない野蛮な行為であることはリュブリナにもわかっていた。
しかし、タクはモエナ町を守るためにやむなく魔法を杖なしで使っていた。
「なぁ……レイジ。もしタクがどうしてもモエナ町を守るために杖を使わずに魔法を使ったってことだとしたら、お前はタクが罪に問われるべきだと思うか?」
これにもレイジは淡々と、
「そりゃあ、ルールは守らないとだめッスよ。」
リュブリナはこれ以上レイジに話すのをやめた。
「お!リュブリナさん、モエナまで帰ってきたッスよ!」
リュブリナが顔を上げると、そこにはモエナの入り口があった。
すでにドラゴン討伐の一報は町長であるエリナにレイジが魔法で伝えていたため、町の人々は避難していた周辺の集落から戻って皆で魔導師を出迎えていた。
入り口につくと、エリナ町長がまず率先して、
「皆さん、この町をドラゴンの脅威から救ってくださった魔導師の方々に大きな拍手をお願いします!!」
一斉に沸き起こる拍手、喝采。
レイジは湧き上がってくる高揚感を隠すこともせずに町人に応えている。
(違う……この町を本当に救ったのも、ドラゴンを討伐したのもタクだ。私達じゃない。)
リュブリナは自信の無力感と、行き場のない疲れを一気に感じた。
タクに守られてばかりだったドラゴンとの戦闘では、何もできなかった自分を呪う。
「ありがとうございまーッス!!リュブリナさん、俺、ちょっとこの町でみんなにチヤホヤされてきますね。あ、勝手にラケルくんの家に言ってラケルくんを殺さないでくださいよ!?」
最後の一文は小声でもってリュブリナにささやく。
レイジはそれだけ言い残して、群衆がお酒をのんで騒いでいる中へと消えていった。
「……ったく、どこまでも魔導師としての自覚がなっていないやつだな。あいつは。」
リュブリナがため息をついている横へとエリナ町長がすり寄ってくる。
リュブリナへねぎらいの言葉をかけ、それと同時にあたりを見回し、
「あれ、タクさんはどうされたんですか?先に家に帰ってしまったんでしょうか?」
タクが逮捕されたことなどは、レイジから伝えられていないようだ。
「あいつは逮捕された。モエナ町を破壊しようとするドラゴンを止めるためには、杖無しで魔法を使うしかなかった……。私はその横で見ていることしかできなかった。私がもっと強ければタクの魔力を温存させることができたのに……。」
エリナはショックを受けた様子で、表情に暗い影を落とした。
タクがモエナを守って逮捕された。
リュブリナがいうからには間違いないだろうと、エリナはことの重大さを理解した様子だ。
「あいつは、大勇者タク・アド―は最後まで任務を果たしたんです。」
リュブリナは悔しそうな顔をしている。
私をかばうため、防御魔法をいつもより広く展開していたタクは、きっと想定よりも多くの魔力を使っていたはずだ。
その上で、強大な魔法を撃ったタクの杖が壊れてしまったのは、ひいては私の責任だ。
魔導師になるために必死に努力してきたはずが、ドラゴンと言う初めて相対する強大な敵を前にして手も足も出ない。
そんな私を、タクは守りながら戦い、我々が押し付けた任務を一人で成し遂げてしまった。
「どうしました?リュブリナさん?」
考え事に深く入り込むリュブリナを見て、エリナが口をはさむ。
我に返ったリュブリナ。
周囲で楽しそうに暮らす町人の姿が目に入る。自分がここに来た本当の意味を思い出す。
「町長、ここでタクが守った人々の笑顔を見て、自分がなにをするのが正解なのかをようやく理解することができました。ここにきたのは、転生者を捕まえて家族全員皆殺しにすることなんかじゃない。ここモエナの町を守るためだった。そしてタクはこの町を救い、ドラゴンを討伐するという私との約束を果たした。なら、今度は私がタクとの約束を果たす番だ。」
どこかスッキリした様子のリュブリナ。
「約束……?タクさんとの間になにか約束事を交わしていたんですか?」
エリナが尋ねると、
「私の守りたいものがすべての人間であるように、タクが一番守りたいものは自分の息子だったということです。では、失礼します。」
「え!?ちょ、リュブリナさん、どこへ……ってもう居ないし。」
リュブリナはキッ、と覚悟を決めた様子で、一人モエナ町を出ていった。
それからしばらくして、あたりをうろついているレイジが町長のもとを訪れると、
「町長サン、リュブリナさんはどこにいっちゃったんッスか?さっきから探してるのに全然見当たらなくて困ってるんッスよ。あの人肝心なときにいっつもいなくなるんだから……」
レイジに問いかけられ、エリナは先程のリュブリナが向かった方向を指差す。
その方向をみて、レイジは表情に少しだけ影を落とした。
「その方向……タクさんの家の方角ッスね。」
レイジはエリナに軽く会釈をしてそのままリュブリナが通ったであろう道を追いかけていくのであった。




