『屍霊(サモン)』
クロニクは、興奮しているレイジとは異なり落ち着いた様子でタクに話しかける。
「確かに、レイジが裏切りのような形でアンタの存在をこっそり中央に通報したことでおじさんがここにきた。これはいわゆる、『フェアじゃない』状況だよねぇ。だから、良いよ。」
クロニクはそう言って杖を空に向かって構える。そして、
『大魔法』
放たれた魔法弾は当然そのまま空に向かって伸びていく。
『屍霊』
クロニクが空に放たれている魔法に属性を加えると、みるみるうちに『大魔法』によって放たれた魔導弾の形が変化していき、翼が生え、足が生え、鱗が付き……
「……ドラゴン?」
タクが見上げるほどの位置にドラゴンが形成された。
それも、先程戦っていたドラゴンよりも一回りか二回り大きな大人のドラゴンである。
「おじさんたち魔導師三人と、まあ、厳密にはおじさん一人と戦って勝てたらアンタはここから去る。負けたら大人しくついて来る。これで『フェア』だろう?ほら、構えて、構えて。」
クロニクはそう言いながら、杖をタクの方に向けた。
「クソがッ!」
こちらの話す猶予が一向に与えられることはないのを察したタク。
自身の残り少ない魔力を右手にかき集める。
一方、クロニクは杖からドラゴンに魔力を流し、同時に魔法を叫んだ。
『咆哮』
『転生・防御』
タクが放った防御魔法は、通常の半円型で自分の周囲を守るものとは異なり、騎士が使うような盾状の防御魔法であった。
それがクロニクのドラゴンが放つ咆哮をなんとか食い止めたものの、タクは満身創痍のようすである。
「……クロニクって言ったな。お前、化け物だろ。さっきは中央の精鋭じゃないからこんな辺境に来たとか言ってたが、それも嘘だったってわけか?」
すでにタクには継戦能力はないと見切ったクロニクは自身の魔法を解除し、
「……中央では上に行けば行くほど、皆が同じ思想をする。いや、同じ思想を持っているものではないと上には行けないという方が正しいか。転生者は『悪』と一度決まれば全員の転生者が『悪』になる。たとえアンタが、リュブリナを守るため、モエナ町の住民を守るために罪を犯したという事実があったとしてもだ。」
そう言って、タクのもとに近寄って縄で両腕を縛り上げる。
「だから上に上がるのはやめた。何が『悪』で何が『善』かを判断するかの決定権だけは、おじさんが握っていたい。それだけだ。」
両腕を拘束されたタクは皮肉気味に、
「じゃあ、俺は『悪』だったってわけかい?」
「上が決めた判断じゃ、アンタは『悪』だ。転生者だからな。それ以上でも以下でもない。ちなみに、おじさんの指標でもタク・アドーは『悪』だよ。理由は、アンタがこんなところに居たせいでおじさんの仕事が増えたからだ……これでよし。じゃ、近くに馬を留めてあるから、ここでお前たちとはお別れだな。」
完全に両腕が動かせない状態で、タクはクロニクに魔法で持ち上げられる。
魔力を発生させようにも、両腕につけられている拘束具のせいでうまく魔力が制御できない。
リュブリナとレイジは、クロニクがいとも簡単に手負いの状態とはいえタク・アドーを御してしまったことに驚きながらも、クロニクを見送った。
「いやー!強かったッスねぇ!クロニクさん!まさかあの魔法でドラゴンが出てくるなんて、知らなかったなぁ~!」
レイジは一種の羨望の眼差しを豆粒ほどの大きさになったクロニクの背中に向けた。
その一方でリュブリナはタクが最後に言い残した言葉をずっと反芻していた。
『息子をよろしく頼む』
確かにタクはリュブリナに向かってそう言い放った。
クロニクと出会うその前からリュブリナに息子のラケルの存在を委ねていた。
レイジは思い出したように、
「そういえば、タク・アドーの息子はどうしましょうか?リュブリナさんが面倒なんだったら、僕がタク・アドーの潜伏していた家まで行って殺してきますが。」
レイジはリュブリナの方を伺った。彼にとって殺すことは決定事項であるかのようである。
リュブリナは考え事をしていたのか、レイジが突然彼女に話しかけたことに驚きながらも、
「あ、ああ。その件は私に任せてくれないか?ラケル・アドーは私が処理しておく。」
しかし、レイジは変なところで勘を働かせ、
「いや、だったら二人で行くッスよ。どのみち、証人は必要でしょう。ラケル・アドーを殺しておかないと、この世に『杖なしの魔法使い』が一人増えてしまうことになっちゃうッス。彼は魔法のセンスも他より良いみたいですし、下手に能力に目覚めでもしたら、とんでもない魔導師に……」
そう言って、レイジはアドー家への道のりを歩み始めた。
リュブリナは未だにタクの言葉を飲み込めていないまま、その後を追っていく。
タクは言っていた。
『モエナ町の近くでは信頼に足る人間を見つけることができなかった』、と。
しかし、本当にそんな事があるのだろうか?
タク・アドーが神々から人類を解放し、姿をくらましてから30年。
その期間で一人も信頼できる人物が居なかったというのはどうも考えにくい。
最近タクがモエナに引っ越してきたわけでもなさそうだった。
長い期間でタクが何をしていたのかも不明な以上、タクの身になにかあったらラケルを助けに来る人物がいてもおかしくはない。
「やはり、なにかの罠なのか……?」
リュブリナは小さな声でつぶやくも、果たしてタクの言葉の真偽は分からぬままであった。




