裏切り
ドラゴンを討伐し終えたことでようやく落ち着ける状況になったリュブリナとタクは、レイジと合流するべく先程レイジと別れた崖まで歩みを進めていた。
「いやー、帰りは魔物がいなくて助かるなぁ!」
タクが明るくリュブリナに言った。
確かに、往路で二人が魔物を討伐してしまったので復路には魔物の姿は確認できない。
「そうだな……。」
「どうしたんだよ?そんなに浮かない顔して。」
リュブリナの様子がどこか優れない。
タクは自分の砕けてしまった杖をリュブリナに見せて、
「泣きたいのはこっちの方だぜ?俺の杖が砕けちまったことはどうやって責任をとってくれるっていうんだよ?」
リュブリナはそれに対して、
「そもそも、転生者である貴様が杖を持っている状況自体がおかしいんだ。転生者はたとえ杖ありであっても魔法を使うことは原則禁止されているはずだぞ。」
リュブリナはここぞとばかりに反撃するが、やはりいつものような強い感じではなく、どこか弱々しかった。
普段なら肘やら拳やらで相手を小突くようなところでも、リュブリナはそれをしない。
「……なあ、本当にどうしちまったっていうんだよ?お前ドラゴンを倒してからなにか変だぜ?」
リュブリナは歯を食いしばり、
「私は、これまでお前のような転生者を何人も逮捕してきた。強盗、殺人、強姦……どれも度を超えた人間のクズばっかりだった。そして、この町にやってきて転生者で大勇者のお前と会ったときもどこか心のなかで決めつけていた。お前もどうせクソ野郎なんだとな。」
リュブリナは帰路を急ぐわけでもなく、立ち止まってタクの目を真っ直ぐに見て、
「……でもそうじゃなかった。お前は私とレイジだけでは到底成し遂げることができなかったドラゴン討伐を、私という足かせを守りながら成し遂げてくれた。約束は守る。お前がここで隠れて暮らしていることを、領邦魔導師リュブリナは死ぬまで口外することはない。」
震える手をぎゅっと握りしめて、リュブリナは言った。
魔導師としての立場では、彼女は指名手配されているタクを捕まえなければならない。
タクをドラゴン討伐に利用し、最後には欺いて逮捕する。これが魔導師としてのリュブリナがするべき一番の行動のはずだが、リュブリナはそれをしなかった。
あくまで約束を果たしたリュブリナに、
「ああ。助かるよ、リュブリナ。魔導師ってのはどいつもこいつも頭の硬いバカばっかりだと思ってたが、そうでもないらしい。ついでに、もう一つ頼み事をしてもいいかな?」
「ああ。もちろん、お前が杖なしで魔法を使った件だって……」
タクが杖を使わずに魔法を使ってしまった行為は、魔物が杖を使わずに魔力を放出する行為と同等とみなされる。
つまり、魔物と同じく、人間の世界で人間として生きていくことはできなくなるのだ。
それを見逃すことも含めてリュブリナはタクに『見逃す』といったつもりだったのだが、
「違う、違う。俺が杖なしで魔法を使ったとか、そういうことは別にいいんだ。」
リュブリナに対しての頼み事は、それではなかったようだ。
「じゃあ、一体どういう頼みだ?」
リュブリナはタクが何を頼もうとしているのか見当もつかない。
「俺はこのモエナ町にきて、最後まで信頼に足る人間を見つけることができなかった。もし、こういう日が来たときに一番の信用をおける人間が欲しかった。」
タクはそう言ってリュブリナの方をみた。
リュブリナ自身は、余計にタクが何を言いたいのかわからなくなってしまっていた。
「つまり、どういうことだ?」
怪訝そうにタクの顔を覗き込むリュブリナ。
タクはくすりと笑い、
「息子をよろしく頼むってことだ。リュブリナ。この頼みはお前にしかできない。『好きに生きろ』とラケルに伝えておいてくれ。」
そう言って一人先を急ぎだすタク。
リュブリナがタクの背中を追いかけると同時に、トスカ盆地に広がる荒野の先を見た。
すると百メートルほど前の砂地に二人の魔導師。一人はレイジ。もう一人は……
「クロニク……。」
リュブリナがつぶやく。
タクはレイジとクロニク、二人の魔導師の元へと歩いていくと、
「てめぇ、なんのつもりだ?」
レイジに高圧的な目つき、表情で問いかける。
「いやー、ドラゴン退治お疲れ様っす。タクさん。リュブリナさんも。」
レイジはそんなタクを構うこともなくリュブリナとタクをねぎらう言葉をかけた。
横で突っ立っている、タクと同じくらいの年齢に見える魔導師クロニクは静かにそこに突っ立っている。
「ささ、任務は終わったし、タクさんは逮捕ッス。杖なしで魔法を使ったんですから、当たり前ッスよねぇ?」
タクはなおも高圧的な態度で、
「つまり、裏切りやがったってわけだな。まあ、お前たち魔導師は基本クソだからわかってたけけどよぉ。」
横からリュブリナが顔を挟む。
「ちょっと待て、レイジ。なぜクロニクがここにいる?中央からの増援は来ないんじゃなかったのか?」
レイジは焦った様子のリュブリナに対し、
「増援は来なかったですけど、『手配中のタク・アドーがモエナ町に潜伏している』って言う情報を中央に伝えたらすぐに魔導師を派遣してくれましたよ。大勇者タク・アドーを僕たち二人で捕まえるなんて不可能に近いッスからねぇ。そこで、中央からクロニクさんが来たって分けッス。」
レイジがクロニクのことを大げさに両手で指し示した。
「……ま、そういうことだ。ここが国の端っこであるが故に、中央の精鋭じゃなくてこんなおっさんが来たことは勘弁してくれよ。今日はお前のことを『体外式魔導核生成杖不携帯魔法使用罪』で逮捕することにした。めでたくトリプルA級の犯罪者だな。とっととついてこい。」
つまり、タクは杖なしで魔法を使ったこといによる罪を問われているのだ。
悔しそうな顔をしているリュブリナ。それに気が付かないレイジは、
「いやー!お手柄っすねぇ!リュブリナさん!大勇者タクを捕まえるためにドラゴンと戦わせて魔法を使わせ、犯罪者に仕立て上げる!そしてドラゴンを討伐した上にあの転生者タク・アドー逮捕まで持っていくんスからねぇ!!」
「違ッ!私は!」
リュブリナは納得できない様子で声をあげようとするも、それをタクが制した。
そして、レイジに向かって、
「ヌルいな、ガキ。仮にもおれは転生者だ。お前たち魔導師なんて杖を使わなければ、三秒で殺せるんだぞ?」
タクの発言にレイジがゴクリとつばを飲み込む。
これがハッタリなのかそうでないのかは、レイジには判別できなかった。
しかし、そんなことはレイジにとっては関係無かった。
「息子さんコト、忘れてないッスか?僕たちを殺したところでアンタの息子のもとに居る魔導師がすぐに息子さんを殺して……」
「俺の魔導探知内、半径30キロ圏内にいる魔導師はお前たち三人だけだ。嘘をつくのもほどほどにしておくんだな。」
タクについた嘘が一瞬で見破られ、言葉を失ってしまうレイジ。
レイジは見破られるはずがないと思っていたようだが、タクの魔導探知の範囲があまりにも規格外であった。
「あんまりうちの者をいじめないでくれよ。ちょっと自分の功績ができて浮ついているだけだ。それに、タク・アドー。アンタも気がついてるんだろう?この三人を相手取って戦えるほど、アンタにもう魔力はのこっていない。」
クロニクが横から口を挟んだ。
確かに、タクにこれ以上戦えるほどの体力などは残っていなかった。




