殺気
リュブリナとタクは目の前の魔物を片付けつつ、周囲への警戒を怠ることなくドラゴンへの道のりを急いでいた。
『お二人、もうそろそろ目視可能な距離に……ド……ス……』
トスカ盆地特有の砂塵が混じった風がここにきて更に強くなったことで、レイジの声が妨害されてしまっている。
気がついたら、二人はいつのまにか砂嵐の中を歩いていた。
しかし、二人の間ではそのことは二の次であった。
風に乗せられたドラゴンの殺気を全身で感じ取っていたからだ。
『群れからはぐれたドラゴンは、自分の存在を群れに知らせるために目につく者すべてを破壊する。』
ドラゴンの生態が表された一文。
これだけでは到底伝えきれないドラゴンの生態。存在するだけで放たれる殺気。
その圧倒的な存在感のせいで、姿が見えない状態からすでにリュブリナは腰が引けてきてしまっている。
「おい、タク。感じるか?このドラゴンの気配、もうすぐだ。」
いよいよ、砂嵐のせいですぐ後ろを歩くタクくらいしか見ることができない程度には視界が悪くなってしまった。
「おー、そうだな。」
タクは肩につもり続ける砂を払いながら答える。
「ドラゴンが出たら、まず防御魔法を展開するのを忘れるな。ドラゴンの攻撃を生身でくらえば実体は残らんぞ。」
タクの方を向いてそう言い放つリュブリナの腰辺りに、なにか固形物がぶつかった。
岩ほど密度が高いわけじゃなく、魔物ほどの魔力も感じない。
「……?」
振り返ると、そこにあったのは、
「……頭?」
人の頭。というか、子供がいた。
リュブリナの脳はそれを即座に『魔物』ではなく『人間』と認知した。
魔物はときに人間に擬態するが、こんな砂嵐の中で人間に擬態することはリュブリナであっても警戒できていなかった。
その瞬間、リュブリナは押し倒された。
咄嗟に尻もちをついたリュブリナが目の前で目撃したのは、魔法をその子供に撃ち込むタクの姿だった。
子供の目の前で放たれた魔法弾は対象の顔面にクリーンヒットし、子供は激しい砂嵐の奥に消えていった。
「おー、悪かったな。大丈夫か?」
差し出された手をリュブリナはすぐに取れなかった。
魔物とはいえ、子供に擬態していた相手に魔法を即座に撃ち込む者への恐怖をほんの少しだけ抱いてしまったからだ。
「ありゃァ魔物が使う擬態だぞ。人間の子供がこんな砂嵐の真っ只中に突っ立ってるわけねぇだろうが。」
「……ああ、そうだな。すまん。」
手をとり、リュブリナが立ち上がる。
その瞬間、前方、つまりタクが子供を吹き飛ばした方向から砂嵐をかき消すほどの豪風か吹き荒れた。
先程まで煩わしく思われていた砂塵が全て吹き飛ばされ、青空が再び二人のもとに現れた。
『二人共、大丈夫っスか?ようやく二人の位置とドラゴンの位置がわかったッス!ええと……』
レイジの魔法が回復したのを喜ぶ暇もなく、二人は何も話さない。
およそ50メートルほど奥にうつ伏せになった子供に、二人は釘付けになっていたからだ。
『目の前、50メートルのところっスね!じゃあ、討伐がんばってください~』
レイジとの通信が途切れた。
目の前の魔物が『ドラゴン』であることを知らされ、タクが一歩前に出る。
ここからのリュブリナの仕事はサポートだ。一歩下がろうとするリュブリナだが、足が動かない。
杖を握る手が震えている。数十メートル先の子供に恐怖を抱いてしまっている。
数十メートル先の存在がドラゴンであることは、未だにリュブリナには信じられない。
「……ァ」
かすかに二人に聞こえた声。ドラゴン、改め少女がなにか発した。
それが聞こえたとき、否、聞こえるより寸分前にタクは杖を構え、
『大防御』
『ギアッァァァァァァァァァァアァ』
ドラゴンが金切り声をあげる。依然としてうつ伏せ状態のか弱い子供の体から、大きな翼が一挙に生えた。
タクはリュブリナを含めた半円の防御魔法を展開、金切り声による衝撃波を防御した。
ここでようやく、リュブリナは理解する。
目の前の存在が魔物であり、そのなかでも上位種である『ドラゴン』であることを。
「ようやくお出ましだ。」
タクは緊張感を崩すことなく、顎でもって倒れたままのリュブリナにドラゴンを見るように促す。
見てみると、真紅の翼が両翼で合わせて40メートルほどの大きさになり、鋭利な鉤爪を携えた足が四本、加えて両刃斧のように鋭利な尻尾が生えていた。
「あれが……ドラゴン……」
さらに、ドラゴンが自身の強固さを誇るように、その鱗には数多の魔法や剣傷を弾いてきた跡がいくつものこっていた。
「……ったく。これだからドラゴンは嫌いなんだよ。あいつらはいっつもこっちを見下してきやがる。」
確かに、ドラゴンの顔にはこちらを見下すように刺し殺すような眼がついており、それがリュブリナの心臓を握りしめている。
それに裏付けられた存在感は、ドラゴンがまさしく『竜』であることを揺るがぬ事実としていた。
「さて、討伐ミッションの始まりだな。ま、これまで俺はあぐらをかいて、鼻をほじりながらお前の後ろで楽してただけだからな。ここからはお前があぐらをかいて鼻をほじる番だ。じゃ、防御魔法を縮めるぞ。」
未だに腰が抜けている様子のリュブリナに向かってタクはにっこり笑顔を見せる。
防御魔法を展開している以上は安全だが、こちらから攻撃することもできない。そのため、防御魔法の範囲をリュブリナの周囲だけに限定し、自分は安全な場所から除外した。
その行為が意味することは、タクが攻撃を開始することとともに、リュブリナを戦力外とみなしたということである。
「……フッ。ふざけるなよ、タク。私が依頼人としてお前に頼んだのは、『ドラゴンの討伐を手伝え』だ。『私を守れ』じゃない。ここからは私がサポートする。お前はドラゴンにだけ集中しろ。」
リュブリナはそう言ってすくりと立ち上がり、防御魔法の外へと進み出た。
タクはリュブリナの覚悟をしかと受け止め、防御魔法を解除し、
「そうかい。じゃあ、いくぜ。『大魔法』。」
タクが構えた杖に魔力を循環させ、放出する。
魔法におけるきほんの『き』の部分でさえも、その魔力量や魔力を扱う技術、その緻密性。すべてが高次元だ。
『拡散』
放たれた魔力攻撃に、さらなる詠唱を加える。
すると、薄い黄色だった魔力攻撃が赤く変色し、拡散した。
拡散した魔力攻撃は異なる方向からドラゴンに襲いかかる。
「……効いてるのか?」
ドラゴンに確かに着弾した攻撃は、拡散したとはいえ普通の魔導師が単発でようやく放てるくらいの魔導弾であった。
しかし、ドラゴンの体には傷がついていない。着弾箇所から立ち上る煙が、無情にも狙った箇所にヒットしている事実のみを伝えていた。
「殺す気で撃ったんだが、流石に普通の魔法攻撃じゃ、あの鱗は貫けねぇな。」
そう言ってもう一度杖を構える。
ドラゴンはタクの攻撃をもってようやくこちらに敵対心を向けている相手だと気がついたようで、リュブリナとタクの方をギラリと睨みつけた。
先程、覚悟を決めたはずのリュブリナであったが、その覚悟が思わず揺らいでしまう。
恐怖心が覚悟を上回ろうとしたその瞬間、タクはリュブリナの心境を知ってか知らずか振り返り、
「大丈夫。お前はこのあと、ドラゴンをぶっ殺した上で無傷で帰還するのさ。俺が保証する。」
ニコリ、とタクは笑いかけた。




