お金と魔導師
「だあッ!なんで俺のキャストはうまくできないんだ?」
スミスはそう言って差し出した右手を振り下ろす。
不完全な状態で作られたスミスの『影』が泥人形のように地面に溶けていく。
「影を出すときに魔力を十分に循環できてないんじゃないか?」
横で見ているヘンダーソン先生は目の前で二人の少年が協力して魔法の練習をしている姿を見て安心していた。
ただの少年ではなく、一方は転生者に親を殺された者で、もう一方は転生者の息子だ。
だからこそ、
「おい、アドーにスミス。」
練習している二人を呼び止め、
「神話時代、あの凄惨な戦争を生きてはいなかったお前たち二人だからこそ、転生者との関わり方を考えていかなければならない。これからも、お互いの立場、境遇を理解していかなければまたこのような事態に陥ってしまうから、気をつけるようにな。」
一人の戦争経験者として、ヘンダーソン先生は次世代を生きることになる二人に語りかけた。
キョトンとしている二人。まだ分からなくても良いことだ、と先生は付け足す。
「アドーは、父が元々魔導師だろう。なにか魔法は教わらなかったのか?」
ラケルは先生の問いにうまく答えられず、
「父は……僕以外の近所の子供には楽しそうに魔法を教えていました。でも、僕にはあまり……」
ラケルはそう言ってしょぼんとして、寂しそうな表情を浮かべた。
しかし、先生はそれに対してむしろ好反応を示す。
「そうか、それは良い父親を持ったな。」
スミスとラケルは首をかしげる。
二人に限らず、世間の人間は皆この反応をするだろう。
しかし、先生は良い父親といった。
「おそらく、お前の父はお前に選択肢を与えたんだろう。お前ほどの才能があれば、タクは気が付かないはずがない。そんなお前に魔法教育を小さい頃から施し続ければお前は偉大な魔導師になることができただろう。だが、そうはしなかった。その理由がわかるか?」
ラケルは首を横に振る。
スミスも同様にわからない様子で、
「魔法教育は、早ければ早いほど良いでしょう。職業魔導師、ひいては魔法使いは高位職です。ラケルに才能があると早いうちに気がついたなら、魔導師になるためにより良い学校に入れたりするのが普通だと思いますが……。」
先生はその言葉を否定するように首を振って、
「それは違うな。職業に貴賤などはないと俺は思う。それに魔導師は最も過酷な職業の一つだ。そもそも魔導師になるために平均十年の鍛錬をする必要がある。その上で魔導師になれない者もいる。いざ魔導師になっても、死ととなり合わせの日々が待っている。」
先生の話を聞いた二人は、ヘンダーソン先生の予想通り、驚いた顔をしている。
そも、子どもたちがまず憧れる職業は二種類ある。
魔法を使うことが得意な子は『魔導師』そうでない子は『戦士』だ。
それをもちろん知っている先生は、以下の話を二人に話した。
その職業は、死が身近にあるということ。
自分のミスで周りが死に、周りのミスで自分が死ぬということ。
この事実についていけないものはやめていく、過酷な世界なのだということ。
「多くの子供達は魔導師に憧れる。親もそれを応援する。汚い話だが、魔導師を出した家庭は多額の援助が国から拠出されることになっている。そのために、自分の子供を魔導師に無理やり育て上げる、なんて話も少なくはない。」
ぞくり、と二人の驚いた表情は恐怖を帯びたそれへと変貌していた。
親が金を得るために子供を魔導師に仕立て上げるなんてことは、スミスの姉、ラケルの父では到底しそうにないことであったからだ。
「タクがラケルのことを、お金がほしいがために魔導師にするってこともできたってわけか……ラケルには才能があるわけだし。」
先生はうなずく。
「そうだ。しかし、タクは自分の子供を魔導師にして、危険な目に合わせることをさせたくなかったんだろう。だからこそ、ラケルに魔法を教えることはしなかったんじゃないかと、俺は思う。」
ヘンダーソン先生はそう言って茶をすすった。
ひょっとすると、とラケルが切り出す。
「父さんは、近所の子どもたちから小遣いを巻き上げるために魔法を教えていたんじゃなくて、その親からお金を渡されて魔法を教えていたってことなのかな……。」
先生は少し考えてから、
「有り得る話だ。子供を魔導師にすれば、多額の金が手に入る。それは農家の子供であろうと、貴族の子供であろうと同じだ。故に、貧しい家庭ほど子供を魔導師や戦士に仕立て上げる傾向がある。」
ラケルはタクが子どもたちに魔法を教えている時の様子を思い出していた。
楽しそうに魔法を教える父。しかし、それ以上に子どもたちが楽しそうだった。
皆の笑顔がとても幸せそうで、ラケルが羨ましそうにこっちを見ているのをタクが見ていると、毎回決まってタクは、
「お前ももう少し大きくなったら、教えてやるよ。」
と言っていた。
タクが魔法を教える子どもたちは、自分と年頃は変わらなかったにもかかわらずだ。
結局、学校に入るまで教えてもらうことはなかったが、タクは子どもたちを楽しませる授業をしていたのを覚えている。
家でも魔法の勉強をしている子どもたちの中で、タクが魔法を教えるあの時間が唯一の息抜きになっていたのかもしれない。
齢12の少年二人には、ヘンダーソン先生が話すその話にそれ以上は足を突っ込むことができなかった。




