世界の希望
風が吹き抜けるトスカ盆地には、ドラゴンの姿は未だに見えない。
しかしながら、戦いのときは刻一刻と迫っている。
「よし。杖の魔力制御を解除しろ。ドラゴンが来る前に、下にうろついている魔物を先に叩く。魔力は温存して戦えよ、タク。レイジはここに残ってドラゴンを探せ。タクと私で下に降りて戦う。」
そう言ってリュブリナは先に地面に降りていった。
着地時に魔力をうまく逆向きに放出して、落下ダメージを抑える所作からだけでも、彼女が魔力の使い方に長けているとわかる。
「リュブリナさん、結構迷ってたみたいッスよ?タクさんとドラゴン退治するか、中央から増援が来るまで待つか。正直、増援を待ったほうが確実ですからねぇ。俺としても、この周辺の町が地図から消えようと、正直どうでもいいっス。最悪何もしないでドラゴンを放置しておけば勝手に群れに帰っていくわけですし。」
レイジは、タクが降りる前にぼそっと呟く。
「でも、町長のエリナさんがどうしてもって頭を下げたらしくて、リュブリナさんも命を張る覚悟ができたとかなんとか……俺はできてないっスけどねぇ。」
領邦魔導師とは魔導師である前に良き人間であるだの言われているが、レイジからはその要素が全くといっていいほど見当たらない。
「リュブリナさん、『上から下まで誰でも』助けようとするんですもん!ペアとしてこれほど面倒なことはないッスよ!だから……」
タクの方を指差し、ただ一言、
「リュブリナさんのこと、よろしく頼むッスよ。」
タクは笑顔でもって
「やっぱり、良いペアだよ、お前ら。」
そう言って、タクは数百メートルはあるであろう地表までの距離を一気にダイブした。
''上から下まで''、か。転生者であるタクは、その対象に入っているのだろうか。
一方、ラケル邸。
ラケルが庭で魔法の練習をしていると、後ろで人の気配を感じた。振り返ると、
「ヘンダーソン先生!?」
振り返ったラケルが見たのは、担任であるヘンダーソン先生。
そして、もう一人ヘンダーソン先生の背後からしれっと顔をのぞかせた一人の少年が居た。
「……スミス?」
スミスは頷き、先生と一緒に庭へ入ってきた。
「突然邪魔してすまないな、アドー。スミスがお前に話があるらしい。家を知らないというので、私が道案内代わりに来た。」
そういえば、入学時に学校に住所を提出したっけ。
しかしながら、職権乱用では?
ラケルは心に幾分のしこりを覚えつつ、スミスの様子を伺う。
スミスはというと、いつもの自信に満ちた表情を浮かべることはなく、どこか浮かない表情をしている。
こちらと目が合うやいなや、何かの決心を決めた様子で、
「ラケル・アドー。僕のこれまでの行動は、決して褒められたものではなかった。許してほしい。」
そう言って、頭を下げた。
スミスが、頭を下げた。
あまりの展開にラケルはついていくことができず、咄嗟に杖をその場に放り投げてスミスの元に近寄り、
「お、おい!頭をあげてくれ!なんでお前が俺に謝るんだよ。そもそも、悪かったのは最初にお前に楯突いた俺で……」
ラケルから目をそらすように、スミスが首を横に振る。
ラケルの話を遮るように、
「違うんだ。間違っていたのはこっちだった。僕は、転生者が一方的に悪いもので、僕たちはただの被害者だと思っていた。しかしながら、それは間違いだったことに気がついたんだ。転生者に関する真実を知ってしまった以上は……」
''真実''とスミスは言った。
転生者に関する真実というのは、ラケルが知り及んでいるところなのであろうか。
黙り込んでしまったスミスを補完するように、先生が助太刀を入れる。
「アドー。転生者はどこから、どのようにやってくるのか知っているか?」
ラケルは言葉に詰まる。
父からそのような話は聞いたことがなかった。
タクは転生してくる前の世界に関しては頑なに話そうとしなかったからである。
「その様子ではやはり、転生者タクは何もお前に話していないようだな。」
タクにとってはこの世界でみた父の姿が全てだ。
過去にタクがどのような世界で生活していたかはラケルにとって興味がなかった上に、それを気にかける必要がないほどにタクは尊敬できる父親で勇者だった。
「しかしながら、お前は知る必要がある。転生者の子として、彼らがどうしてこの世界に産み落とされたのか、どのようにして現れたのか。」
そのことが、スミスの言っていた転生者の真実というものと関わってくるのだろうか。
ラケルはとりあえず家の中に案内し、二人を席につかせる。
「お前は、町長のエリナという人を知っているか?」
スミスがラケルに問いかける。
当然、この前授業に来ていたし、なんならタクにドラゴン討伐に参戦要請をしてきたのもリュブリナとエリナであったのでエリナ町長のことは知っている。
「もちろん、知ってるよ。それがどうした?」
「エリナは、僕の姉だ。」
スミスは間髪入れずにそう返す。
驚くほどではなかったが、確かにそれが事実ならばスミスがクラスで一際の存在感を放っていたのもうなずける。
町長の弟となれば、たしかに影響力も強いだろう。
「待てよ?お前の姉ってことは、エリナ町長も……」
スミスはこくり、と頷き、
「ああ。僕と姉のエリナは、小さい頃に親を転生者に生きたまま焼き殺された。僕はそのことから転生者を心から憎むようになり、軽蔑した。エリナも同じだったはずだったんだが、今回の一件であいつは転生者であるお前の父に助けを求めた……僕はそれが許せなかったんだ。」
と言って、そこからスミスが家での出来事を簡潔に話し始めた。
「どうしてだよ!姉さん!もう少し待てば、中央から増援の魔導師が来るってのに、転生者なんかに力を借りるなんて!」
声を荒げるスミスに動じることもなく、エリナは淡々と、
「何週間も待っていては、この町がドラゴンに破壊されてしまうわ。もちろん、あなたが転生者を憎んでいることもわかってる。でも、私はお父さんから受け継いだこのモエナを守らなければならないから。必要ならば、誰の力でも借りるわよ。」
スミスは姉の発言に違和感を覚えた。
まるで、自分は転生者を、親を殺した転生者どもを憎んで居ないかのような発言だったからだ。
「でも……あいつらはとうさんたちを……」
十年たった今でも、夢に出る。
ドアを開け、来客と握手した際に、父が発火。そして消し炭になって死んだ。
転生者だからこそ、杖を持たない彼らだからこそ魔法を使う可能性を注意することができない。
父が死んで、一番泣いたのは、エリナだった。
三日三晩泣き続け、ようやく泣き止んだとおもったら突然そこから一週間消息を絶った。
その後にエリナに事情を聞けば、その間にモエナ町における町長としての権利を相続していたらしいが、それ以外にもとある事実を聞いたとエリナは言う。
「スミス、転生者はね、私達人類が対神話兵器としてこの世界に召喚した、この世界の希望なの。」
その発言だけでエリナの発言の真意を理解するのには、スミスは幼すぎた。




