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寄越せ

「おい、わかってんだろうな?」


 タクは歩みを止めることなく、領邦魔導師の二人にあえて目的語を伏せて問いかける。

 リュブリナとレイジは顔を合わせ、リュブリナが返答する。


「……ああ、もちろん、もしお前が死んでしまった際には息子のことは我々に任せてくれ。」


 様子をうかがいながら、リュブリナ。

 しかし、思いがけない返答だったのかタクはつい笑いを抑えられない。

 その状態のまま、タクはレイジの肩に手を置いて、


「きいたかね?魔導師君。君の先輩はどうやらオレがこの戦いでドラゴンに殺されてしまうと思っているらしい。あると思うか?仮にも大勇者様のタクさんがだよ?」

  

 レイジは嫌そうな表情を見せつつも、タクの手を払い除けるような真似はしなかった。


「俺がドラゴンなんぞに負けるわけがねぇだろうが。問題はその後だよ。俺がこの場所で気楽に暮らせるようにちゃんと計らってくれって言ってんの。」


 すると、レイジがピクリと反応した。

 だる絡みしてくる隣の中年?に向かって、


「大勇者様は過去の話でしょうが。少なくともオレが生まれてからはアンタの偉業が語られることよりも転生者が魔物一味に加わって悪さしてる話しか聞いてこなかったっスねぇ。てっきりその集団に加わって、人類に復讐してるもんだと思ってましたけど、まさか子供こさえてこんな辺境に暮らしてるなんてねぇ。」


 やれやれ、という様子でレイジ。

 レイジの言い方は置いておくとして、リュブリナもその考え方には共感したのだろう。リュブリナは軽くうなずいて、


「そうだな。私が言えた義理じゃないが、人類側についていてもお前たち転生者は得することはない。むしろ、死ぬまで監視され、こうやって人類の都合で伝説の大勇者とて死地に追いやられてしまうわけだからな。」


 転生者であるタクが神々の支配から魔物と人類を救って早くも三十年の月日が経っている今、タク自身の評価は移ろいでいた。


 人類の救世主だったのははるか昔の話で、今は魔物と結託して人類を脅かす転生者になっているという噂まであった。

 しかし、蓋を開けてみれば辺境でほそぼそと暮らす、ただの冴えないオッサンと化しているとは、一体誰が想像できたであろうか。

 

「……どこまで言ってもオレは人間さ。確かに、お前たちと違って『核』を持つ俺は人間に属さないらしいけどな。」

 

 そう言って心臓のあたりを指差すタク。

 この『魔導核』のお陰でタク及び全ての転生者は人類と区別、いや、差別されてきた。

 

「酷い話だよ。外見じゃ何も違わない。ただ杖を使わずに魔法を撃てるだけじゃねぇか。だのにお前たちは俺たちとの間に明確な線引きをしてやがる。お前らがガキみたいに意地を張るせいで、結局転生者はお前たち人類を脅かしてるじゃねぇか。」


 リュブリナも黙って聞いているほどできた人間ではない。


「うるさい!人類に文句があるなら、中央政府にでも言って話すと良い。我々みたいな、地方に配属されるただの魔導師に現状を変えることなど、できるわけがないだろうが!」


 声を荒らげて反論する。

 確かに、リュブリナやレイジには現状、転生者に対する差別を止めることもできない。


「そうだな。確かにそうだ。でも、俺は知ってほしかったのさ。俺たちだって心ある人間だってことをな。」


 そう言ってリュブリナの方をじっと見つめる。

 

「俺の目は魔物共みたいに死んでいるか?俺の息子は魔物みたいに、学校で子どもたちを虐殺してたか?答えはノーだってことくらいエリートのお前たち魔導師にはすぐに分かるだろうぜ。」


 静寂。破るのはレイジ。


「ラケルさんは確かにいいお子さんだと思いますよ。魔法のセンスも悪くないッスからね。クラスでの立ち位置まではちょっとわかりませんでしたけど。あと、お父さんの目は魔物みたいに死んでるというか、死んだ魚の眼をしてるように見えるッス。」

 

「お前は本当に空気を読まんな……ちょっとは協調というものをして魔導師らしく振る舞うことを覚えろ。」


 リュブリナは半ば呆れた様子で、レイジに詰め寄った。

 タクも、二人にこれ以上転生者のことに触れるのはナンセンスと思ったのか、


「まあ、確かにリュブリナの言うとおり、パーティーメンバーと仲違いするのは非常によろしくない。前方の敵で精一杯なのに、後ろからのメンバーから信頼されていないのはどうにもつらいもんだ。だから、同じ釜のメシを食うべくして食べ物を持ってきたんだ……っと、どこだ?」


 タクはリュックを漁る。

 それを見たリュブリナは、


「貴様、知っているだろう。我々領邦魔導師は……」


「与えられた食い物は口をつけてはいけない、だっけか?馬鹿だな。今日死んじまうかもしれないのに最後の晩餐が中央から配られるマズい糧食でいいのかよ?」


 そう言って、家から持ってきたパンを取り出すタク。

 

「なんだ、ただのパンっスか。だったら食わないっスよ。別に家に帰れば食べれますしね。」


 そう言ってレイジはそっぽを向く。

 しかし、タクは更にズタ袋の奥から小さな入れ物を取り出し、中から固形のチーズを取り出した。


「ま、見てな。お前らの胃袋をガッチリと掴んでやる。」


 そういって、タクは固形チーズを持った右手に魔力を込める。


 やがて、魔力のこもった右手は熱を帯び、チーズは先端から溶け出した。

 自身の重みに耐えきれなくなったチーズはそのまま重力に沿って落下していき、アツアツの状態でパンにトロリと着地する。

 チーズから発せられる匂いに、レイジはもちろん、リュブリナさえも目が離せない。


「魔導師ってのは不便だな。こんなにうまいものも食えないのか。」


 パンに一口かじりつく。もちろん、伸ばせるだけチーズは伸ばして。

 芳醇なミルクの香りとともに、濃厚なチーズが口に踊るように入り込んでくる。


 レイジは思い出していた。魔導師になる前に母が作ってくれた、じゃがいもに溶けたチーズを乗せただけの料理を。

 なぜか、鮮明に当時の記憶がその味覚とともに蘇る。そして、


「あ、無理っス。自分、我慢できません。」


 そういって、タクからパンと固形チーズをかっさらい、タクに倣ってチーズを手のひらでフォンデュする。

 

「お、おい!レイジ!毒だったらどうする!」


 そう言って止めるリュブリナからは力が抜けていた。

 

「毒だったら?知りませんよ。リュブリナさん、止めるなら俺、今だけ魔導師やめるっス。それに、今ここで一緒に戦うメンバーを減らす工作するほど、『タクさん』はバカじゃないでしょう?」

 

 それは、レイジがタクのことを 『アンタ』呼ばわりから昇格させた瞬間であった。

 見事に食べ物でレイジを釣ることに成功したタクが次に狙うのはリュブリナである。


 そのリュブリナは右手を握りしめ、葛藤している様子だった。あとは背中を少し押すだけ……


「あ、リュブリナさん、食べないんだったらおれ、もらってイイっすか?このチーズ、滅茶苦茶うまいっスね!いや、まじで!」


 タクは嬉しそうな表情を浮かべ、


「だろ?ウチで作った特別モノだぜ。」


(ホントはラケルが朝早くに乳搾りした牛乳から作ってたのをパクっただけなんだけど……)


 それを言うのは秘密にしておこう。

 楽しそうに会話をするレイジとタク。

 その間もチーズの香りはリュブリナの鼻孔を刺激し続け、


「……おい、『タク』。」


 ピクリと反応するタク。

 リュブリナは握りしめた拳をゆるりと開き、一言。


「……私にも、よこせ。」


 うつむきながら、リュブリナはタクに向かって人差し指を一本突き立てた。


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