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安藤拓、です

 この世界に来て気がついた。


「ああ、思ってたのと違う。」と。

 

 俺がこの世界で覚醒めた場所は、右も左もわからない森の中だった。


 そこから必死に歩いて歩いて、3日間飲まず食わずでたどり着いた村で、第一村人に話しかける。

 できるだけ優しそうな人を選んで、ここはどこ、私は誰?と。

 しかし、通じない。言葉が、通じない。相手は温厚なおばあさんだったが、話が通じない相手とわかった途端に態度が豹変、大声で何かを呼ぶように叫んだ。


『&’#!&’(!!!!!!!!!!』

 

「ちくしょう、なんだってんだ!」


 そこからまた走って逃げる。

 数分後、俺が居たところには白いマントを羽織った兵隊がぞろぞろとよって来ていた。

 

 もともと、俺は『できた人間』ではなかった。故に、前に生きていた世界でも碌な死に方をしなかった。

 しかし、この世界で俺たちは『人間』ですらないらしい。


 もういっそのこと楽にしてくれ。俺に独房でもなんでも良いから居場所を与えてくれ。

 ふらふらと、先程いた場所に帰っていく少年の腕を掴む手が後ろの路地から伸びてきた。


「だめだ。」


 この世界で初めて日本語を喋る人物と出会った。


「あんたは……?」


「僕の名前なんてどうでもいい。あなたは、自分の名前を言えますか?」


 フードをおろし、青年は目の前で少年の背丈までしゃがむ。


 東洋系の面影がありながらも、こちらの異世界でよく見た西洋人の血を引いているようにも見える。

 

「拓……安藤拓です。」


 名前を言えたことを褒めるように、青年は笑顔で拓の顔についたドロを拭った。

 そして、


「そうですか。では、これからはタク・アドーと名乗りなさい。こちらでは安藤という名前はどうにも受け入れられ難い。さて、ついておいで。色々覚えて貰う必要がありますからね。」


 手を引かれるまま、安藤拓、改めタク・アドーは光の中へあるき出した。



 

「ん……お師匠……」


 朝日が自然とタク・アドーの体を目覚めさせる。

 寝起きとは思えないほどに心拍数が上昇しているのを感じながら、ベッドから体を起こす。

 

「勝手に目が覚めちまった。戦いの前だから緊張してるのか……?」


 モゴモゴと思慮をめぐらしながら、部屋を見渡す。

 そこにラケルの姿はなく、どうやら外でなにか魔法を使っているらしい。


 窓から外を見ると、空ではとても重たそうでジメジメとした雲が、こちらを見下ろしている。


小防御キロ・シールド


 実体を持った防御魔法を展開するラケル。


 ラケル自身に自覚があるのかは分からないが、その魔法技術は彼自身の年齢では到達し得ないほどに熟達されていた。

 魔法というものはそもそも、毎日練習していなければ衰えていく。


 どんな屈強な戦士でも数十年ぶりに斧を振れば指の皮が張り裂けてしまうように、魔導師が魔力を循環させる練習を欠かせば魔法を放つことすら困難になってしまう。

  

「おーい、やってるか?」


 ラケルが一段落付いたと見たところで、タクが声をかける。

 すると、ラケルは恥ずかしそうに、外の冷気とともに家に入ってきた。

 

「今日は朝、早いんだね。こっそり練習していたつもりだったのに、見られちゃった。」


 杖を片付け、かじかんだ指先を温めながらラケルは言う。


「もうやめちまうのか?お父さんにお前の成長を見せてくれよ。」


 笑いながら父は言う。

 しかし、ラケルは応じない。

 

「嫌だ。父さんには僕が魔法をもっと扱いこなせるようになったら見せるよ。」


 そして、ラケルはうつむく。

 表情に影を落とし、


「だから、必ず帰ってきてほしいんだ。ドラゴン相手でも、父さんなら余裕、でしょう?」


 子供ながらに、父親のドラゴン討伐を心配する気持ちが収まらない。

 タクはラケルの前にかがみ込んで、


「大丈夫。自慢じゃないけど、父さんは魔物を相手にして負けたことがないんだぞ?」


 ラケルの肩に手を置く。


 大きな手のひらから、小さな肩へと力が込められる。

 僅かな不安すらも感じ取られないのは、父が本当に臆していないからだろうとラケルは想像した。


「そんなに心配なら、魔法の練習でもして心配を和らげると良い。どれ、父さんが魔法を教えてやろう。」


 そう言ってラケルを連れて庭に出るタク。

 ラケルの杖を借りて、曇り空に向かって掲げた。

 

「いいか、今からやるのは神代の魔法。神様が使っていたやつだ。いわゆる、『奇跡』と呼ばれる類の魔法だ。」


 そう言うと、タクは瞳を閉じて魔力を循環させる。


 風が舞い、父を中心にらせん状に魔力の動きが目に見えるように感じられた。

 授業では習わない魔力の循環量に驚くこともしたが、何よりその緻密なコントロールは毎日飲んだくれているおっさんから出てくるようなものではない。


 そして、最大密度まで高圧縮された魔力が一気に、放出された。

 

晴天サン奇跡ワンダー


 魔力が発散されると、曇天に向かって一筋の光が昇っていき雲の中で離散。

 一気に散らされた雲の間から太陽の光が差し込み、やがて雲ひとつない晴天となった。


「どうだ、気分は『晴れた』か?」


 あっけにとられるだけのラケル。

 これはもはや魔法ではない。こんなもの、


「まるで奇跡、だろ?」


 タクがラケルの思考を読んだかのように答える。

 

「神が使っていたのはこんな感じの、『奇跡』と呼ばれるものだ。そこには宇宙の理だの、自然の法則だのは存在しない。ただ、『そうなる』ってだけ。そんなの、チートだろ?……いや、『チート』じゃ分からねぇか……。」


 ラケルは話を最後まで聞いていたのかいなかったのかわからない程の素早さで杖を手に取ると、


晴天サン奇跡ワンダー。」


 しかし、杖は呼応しない。

 

「今は曇ってないから無理だな。次、雨が振りそうな曇り空のときにラケルがこの魔法を使えるようになったか見てやる。だから練習しとけ。いいな?」

 

 ラケルは悔しさをにじませながらも、父の提案にうなずく。


 神が使う魔法、『奇跡ワンダー』。たしかにここまで人間離れした魔法を使っていた神なら、人類や魔物を一挙に支配することもできたかもしれない。


 ラケルの目の前の存在、転生者が現れるまでは。


「いやー良かったっすねぇ、晴れて!決戦にはもってこいっス!俺も死ぬならこんな晴れた日がいいっすからねぇ!」

 

 ラケルの家の前には、いつのまにかリュブリナとレイジ。


 タクが先程魔法を使って曇り空から雲をすべて消し去ったとも知らずに、レイジは気分が上がっている様子だ。


 そして、縁起でもないことを言うレイジを普段ならリュブリナが諌めているところだが、今日ばかりはどこか緊張している様子で、


「逃げなかったようだな。タク・アドー。行くぞ。もちろん、息子は置いて行けよ。どうなっても、責任は取れんからな。」


「わぁってるよ。じゃ、ラケル。いってきまーす!」


 笑顔で庭をあとにするタク。

 手をふるラケルには、少しの喪失感や不安もなく、ただタクが見せた魔法の虜になっているのであった。

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