剣と魔法の世界
タク、およびラケルの家では微妙な静寂が部屋を包み込んでいた。
その部屋の一つ横、自身の勉強机で様子を伺っていたラケルでさえも、シン……と黙る。
リュブリナは領邦魔導師として、大勇者タク・アドーに命令した。
『ドラゴンと戦え。』と。
それは、自殺行為と人は口を揃えて言うような所業である。
しかしながら、自分にも拒否権はあるはずだといわんばかりに、タクは当然反論する。
「いや、だから無理だって。三人でドラゴンを倒すのは。」
半ば笑いが込み上げてくるかのような、無謀な話。
「無理ではない。勇者アドーは、神でさえも降したのだろう?」
リュブリナは腕を組んで、一歩も引かない。
人類を神の支配から解放した大勇者を前にしても、一歩も引かない。
無意識下で、転生者に対する差別感があるのか、それとも自分の信念を譲らない気心からなのかは分からないが、鬼気迫る様子でタクに言う。
「断ると言ったら?」
リュブリナは淡々と、
「監獄行きだ。他の転生者どもと会いたかったら、それも良いかもな。そもそも、お前は指名手配中だ。」
ここに来て、ラケルも知らない衝撃の事実であった。
リュブリナがポケットから出した一枚の紙には、タク・アドーという名前と似顔絵。
どういうわけか、タクは手配中だったのだ。
「何も、ドラゴンと戦うのはそこまで悪い話じゃない。お前がここで潜伏していることを見逃す。協力しないなら、魔物側につく転生者テロリストとして国家反逆罪で車裂きにする。それだけのシンプルな話だ。」
タクの表情がここから読み取れない。
しかし、指名手配されている事実。これをどうにかして説明してほしいというのがラケルの本心であった。
「車裂きねぇ……。」
自分が車裂きにされている未来を想像し、鳥肌が立つ。
ここで、重い口をエリナが開く。
「お願いします。私の親は突然殺されてしまいました。そこから必死にこの町を、住民を守ってきたんです。どうか、どうか……」
椅子から立ち上がって頭を下げる。
自分の親が転生者に殺されたという事実はひた隠しにし、タクに助けを乞う。
「でもさ……そこに転生者って含まれてないよね。」
ぎくり。エリナの表情が濁る。
タクの瞳から光が消えていた。
「違ッ……そういう意味じゃなくて……」
言葉を濁すエリナに、タクは、
「ま、いいや。とりあえず考えさせてくれ。命を賭けるんだ。ドラゴンが来るまでに、まだ時間もあるんだろ?」
リュブリナの方に確認すると、案の定リュブリナはうなずいて、
「ああ。後一日ほど猶予はある。明日の朝にまた来るから、そのときに答えを聞かせてくれ。監獄行きか、戦って自由を得るか。夜逃げしようものなら、世界の果てまでも追いかけてやるぞ。」
リュブリナは一度タクをにらみつけると、家をあとにした。
エリナはタク、そしてラケルに一度謝罪の意味を込めた礼をすると、そそくさと家から出ていった。
気がつけばとっくに太陽は沈み、月の光が差し込んできていた。
「さぁて、逃げるかぁー。」
タクは思い出したようにラケルに言い放つ。
伸びをしながら、ラケルに荷物をまとめるように伝えて、自分は家財を整理しだした。
「でも、逃げたら追ってくるって……」
ラケルがやっとのことで絞り出した、か弱い言葉を父は一蹴する。
「ま、大丈夫だろ。父さんは魔法が得意じゃないけど、領邦魔導師を撒く程度の感覚阻害魔法なら使うことができる。バレることはないさ。」
しかし、ラケルが言いたいのはそういうことじゃない。
「この町が潰れちゃうかもしれないんだよ?」
ギュッと拳を握りしめて言う。
ラケルにとっては幼い頃から近くにある、馴染みの深い町だ。
そこから追われる形で逃げるのは、12の少年にとっては複雑だろう。
「……まー、領邦魔導師二人がいれば、撃退くらいはできるんじゃないか?倒すのは厳しいかもしれないけど、まあなんとかなるだろ。」
「でも、それじゃ他の町に被害が……」
うじうじして片付けを始める気がないラケルに、タクはつい気性を荒げる。
「じゃあどうするってんだよ!ラケルも、クラスで無視されたり、嫌な思いをしたんだろ?アイツらは、転生者のことを道具としか思ってないんだよ。自分たちよりも強力な魔法を撃てるってだけで、俺たちを魔物だと断定しやがる。もう、うんざりなんだよ。」
確かに、モエナ町での経験は良いものだけではなかった。
しかし、魔導具ショップの店主とのひとときや、リーゼのような転生者を親に持つ子供と友だちになることができた経験は決して悪いものではなく、むしろ素晴らしい思い出としてラケルに刻まれていた。
「でも、学校で友達もできたんだ。確かに良いことばっかりじゃないけど、魔法を練習してたらそんな嫌なことも忘れられるくらいには学校が楽しいんだ。今やってる魔法を突き詰めた先に、大勇者である父さんが居るんじゃないかと思うと、力が湧いてくるんだ。」
スミスやリーゼのことが頭に浮かんだラケル。
「父さんは前に言った。転生者に対する差別意識を僕たちみたいな子供の世代に残してはだめだって。スミス、仲違いした子とこのまま和解できずにここから逃げ出したら、スミスが転生者に持つ差別意識は永遠に変わらない。」
はっきりと、自分の言いたいことを言葉に乗せる。
「僕は、スミスと仲直りがしたいんだ。それに、学校で魔法だって勉強したい。父さんだって、魔法をやってて楽しかったでしょう?」
タクは荷物を整理する手を止め、ラケルの話を黙って聞いていた。
なにか思うことが合ったのだろう。少し間を開けて考えると、
「魔法が楽しかっただって……?」
フッ、とタクは笑みをこぼす。
緊迫した雰囲気に、安堵感をたゆませ、
「『楽しい』なんてもんじゃない。あれは最高だよ。自分じゃできないことでも、魔力があれば何でも解決できる感覚。神にだって対抗できる、そんな力。最高だよ、全く。」
父親は頭の片隅で風化していた感覚を呼び起こしてくる。
転生者としてこの世界にやってきたその日に、最初に感じたこと。
魔物。魔力。神。すべてが新鮮だった。
そして……
「……忘れてたよ。そういえば、ここは剣と魔法の世界だった。差別とか権威とか、富とか貧困とかとは無縁の異世界で、俺はそんな世界への転生者だった。」
ラケルの頭をポンと撫でる。
「ラケル。ありがとう。お前のお陰で大切なことを思い出した。久しぶりに勇者っぽいことをしてくるよ。」
大切なことを思い出した父親の背中は、いつもより大きく。




