「そういうこと」か?
普段通り、ラケルは朝早くに起床する。
誰に起こされるでもなく、勝手に目が覚めたラケルはいびきを立てて寝る父親を横目に庭に出る。
そして、朝の冷気で冷たくなった杖を指先とともに吐息で温め、
「小防御」
一言つぶやくと、昨日リーゼの補助ありで展開できた防御魔法を展開することに成功した。
小さな達成を祝うような小鳥たちのさえずりが心地よく、ラケルの鼓膜を刺激するとともにラケルは高揚感を感じていた。
朝露に足を湿らせながら、もう一度魔導石に魔力を込める。
「小魔法」
曇り空に向かって光線を放つ。
急な魔力反応に驚いた鳥たちが慌てて飛び立っていく。
ラケルは朝、町へ登校する前にこうやって魔法の練習をするのが日課になっていた。
時間を費やして魔法の練習を行い、そこから朝の支度を整えて町へ向かう。
『ドラゴン出没に要警戒』
という、昨日までなかった看板が町の入口の横に刺さっている。
例の領邦魔導師二人がつけた看板なのであろう。
看板にはその文言とともに、四本脚で炎を吐くなんとも愛らしいドラゴンのイラストもあった。
「……どっちがこのイラスト書いたんだろう。」
ラケルはぼそっとつぶやき、学校への道をいそいだ。
今日の魔法実習の時間には領邦魔導師二人の実践的な魔法を見学させてもらえることになった。
「アンタには最近、顎で使われてばっかりでしたからねぇ!今日は子どもたちの前とはいえど、容赦はしないっすよ!泣き言を言っても遅いっすからね!」
レイジは杖を構えながら口上を述べると、リュブリナはそれを一笑。ねじ伏せるように、
「ここらへんで一度、上下の差をはっきりさせとかねばならん。本気で行かせてもらうぞ、レイジ。」
そこから先は次元が違う魔法バトルが行われていたことしか分からなかった。
ただし、二人はこれまで生徒たちが学んだ初歩的な魔法しか使わなかった。
『小魔法』『小防御』
ただ、洗練されている。繰り出すスピード、強度などどれをとっても比較にならない。
そして、勝負はすぐについた。
「そこだ!リュブリナ、死すべしィィ!」
リュブリナが見せた隙に間髪入れずに高精度な魔法を打ち込むレイジ。
しかし、それはリュブリナがわざと見せた隙であり、すぐさま鏡のような反射魔法を展開し、レイジはそれを避けるので精一杯だった。
後ろに倒れ込むレイジを見たリュブリナは、
「そこまでだな。レイジ。」
レイジに手を貸し起こすリュブリナ。
それを見た生徒たちからは歓声と拍手が巻き起こった。
「いやー、流石っす。今度は負けないっすよー。」
頭をかきながら、レイジ。
リュブリナは思い出したように、
「そういえば、私に『死ね』とか言ってたな。後で話がある。頭を丸める準備をしておけ。」
ギロリとレイジをにらみつける。
ハハ、とレイジは笑っていたが、その目は完全に死んだ魚の目をしていた。
「リュブリナさん、あまりレイジさんをいじめてあげないでください。この町を守るのはあなた方二人なんですから。」
領邦魔導師の二人が注目する先は、生徒たちのさらに後ろであった。
ヘンダーソン先生もそちらに注目しているのを見て、生徒は全員後ろを見る。
そこにいたのは女性が一人と、その女性を守っているであろう自衛団の男だ。
「エリナ町長だー!」
クラスの誰かが嬉しさをにじませた声を上げる。
誰が見ても美人な町長は、おそらく町長という箔を落としても人気者であろう。
しかし、そんな彼女の登場に対して全く興味を示さない男がいた。
「……だれ?」
ラケルが隣のリーゼに問いかけた。
当のリーゼでさえも、他のクラスメイトと同様に高揚を隠しきれない様子で、テンションが上がったまま、
「誰って、エリナ町長だよー。この町でいちばんえらい人。」
リーゼの説明なので期待していなかったが、やはり中身が薄い。薄すぎる。
むしろ、ラケルは町長が現れるよりもリーゼのテンションが上っていることのほうが衝撃であった。
エリナは盛り上がる生徒たちをなだめるように、
「みんな、今は授業に集中してね。ドラゴンが来てもやっつけてくれるくらいの強い魔法使いさんになってもらわないとね!」
女神のような笑顔を振りまき、生徒を再び授業にフルコミットさせる。
なるほど、町長だけあって人を動かすことも得意らしい。
「今日は、領邦魔導師さん二人とお話がしたくてきたの。ヘンダーソン先生、少し二人を借りて言ってもいいかしら?」
エリナはそう言って、先生に許可をもらった後に領邦魔導師二人を学校の方へ連れて行った。
ヘンダーソン先生は授業に再び集中させるべく、
「さて、今からは普段通りの実習に入る。今日やる魔法は……」
皆はどこか浮かれながらも、再び授業に入っていくのであった。
一方で、学校の会議室に二人を招き入れたエリナは校庭で魔法を学ぶこどもたちを見ながら、自分でついだ茶に口をつける。
机を一つ挟んで座る二人の魔導師。
レイジとリュブリナはどこか畏まった様子である。
「お茶でも飲んでくださいな。そんなに硬い様子だと、こっちまで硬くなってしまいますから。」
レイジはそれを聞いて、
「じゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかなーっと。」
言われるがままに茶を飲もうとするその手をひっぱたくリュブリナ。
エリナに一つ礼をして、
「すみません、町長。我々領邦魔導師は相手から出されたものを一切食べたり飲んだりすることはできない決まりになっているんです。」
レイジは叩かれた手をフーフー冷やしながら、
「重ねてすみませんねぇー。リュブリナさんは頭がカチコチなんです。こんなにも可愛らしいお嬢さんが出してくれるお茶が毒入りなわけないんですけどねぇ。」
残念そうに、未だに湯気だっているカップを覗き込む。
エリナも、
「そうなんですか……それは残念ですね。」
二人が茶を飲むことのできない事実を残念に思いながら、エリナは茶を回収する。
「じゃあ、私が飲んじゃおうかしら!」
にっこり笑顔で返すと、リュブリナは間が悪い様子であったが、すぐに切り替えると、
「一体、どうされましたか、エリナ町長。我々にわざわざ授業を抜け出させてまでここで話すのは、なにか急ぎの用事でもあるのでしょうか?」
エリナは笑顔に影を落とすと、机に目を落として話し始めた。
「実は、隣町との通信が数日前から絶たれています。完全に断絶したのは三日前で、その前日にはドラゴンが接近しているとの報告が寄せられていました。」
「つまり、隣町はドラゴンによって壊滅させられた、と……?」
こくり、とエリナはうなずく。
これには、さっきまでヘラヘラしていたレイジも姿勢を改めた。
リュブリナは少し間を置いて、
「その隣町というのは、ここからどの程度の距離なのでしょうか?場合によっては住民の避難を考える必要があります。」
エリナは間髪入れずに、
「隣町カリナリーゼまでの距離は、行商人の馬車で3日程です。今は冬場ですので、交易の類は行われていません。ですので、通信魔法で連絡を取り合っていたのですが、それが途絶えたという状況です。」
リュブリナはうなずくと、地図を持ってくるようにエリナに頼む。
そして、エリナが学校の会議室から退出したのを確認すると、
「レイジ、どう思う?」
レイジは出された茶をズズズと飲み込んだ。
リュブリナがギロリとにらみつけるが、それも意に介さない様子で、
「まー……ドラゴンは間違いなくこっちに来てるっスね。エリナリーゼの近くにある町といったら、ここモエナしかありませんから。つまり、この町はもうおしまいってわけです。距離的に、ドラゴンが来るのは明後日の朝辺りっスかねぇ。」
リュブリナも声には出さないが、同意見であった。
しばらくして、エリナが周辺の地図を持ってくる。
リュブリナは、地図を広げようとするエリナを静止して、
「町長。ドラゴンがこちらに向かって飛んできていることはほぼ間違いないでしょう。なんというか……その……」
言葉に詰まるリュブリナの横からレイジが顔を出す。
リュブリナの静止も効かず、
「つまりですね、この町はドラゴンによって地図から消されすってことっス。まあ、もとから地図に載ってるかも怪しい小さな町ですから、国も増援を呼ぶとか、そういう動きかたはしないとおもいますよ。」
エリナは体が硬直し、うつむいてしまった。
案の定肘打ちを食らうレイジであったが、事実である以上強く言わなければ伝わらないこともリュブリナは理解していたので、それ以降は何も言わない。
リュブリナはエリナに対して、今するべきことを伝える。
「エリナ町長。苦しいかもしれませんが、町民を避難させるべきです。我々がドラゴンの経路を特定し、時間を稼ぎます。その間に町民を近くの町へ避難させなければなりません。」
リュブリナの話は完結に、そして残酷な現実を突きつけていた。
エリナはやっとのことで声を振り絞る。
「でも……でも、あなた達領邦魔導師はこの町を守るために派遣されてきたんでしょう?」
それに対し、リュブリナ。
「我々が派遣されてきたのは町民を守るためです。この町を守るためではない。それに、この町で戦えば、確実にこの町はなくなります。我々がドラゴンの通り道で戦うことで、もし勝てばこの町が焼き払われずに済むことに繋がるのです。」
しかし、ドラゴンに勝つ見込みはゼロに等しい。
それは、この世界に生きる人類なら周知の事実であった。
エリナもそれを知っているので、
「しかし、勝つことなどほとんど不可能に近いでしょう。魔導師さんの力を信頼していないわけではありませんが、人類の力でドラゴンに勝つなど、どうしても無理に思えてきます。」
実際、リュブリナとレイジ、たった二人でドラゴンを相手取れるほどの強さはない。
いや、人類全体で見てもドラゴンと対峙できるものなど数えるほどしかいない。
故に、何も言い返すことができない二人。会議室を静かな空気が包む。
沈黙を破るように、ガラリと扉が開く。
「なら、助っ人を頼め。俺に当てがある。『人類』ではないがな。」
外で話を聞いていたヘンダーソン先生が扉を開いていた。
「ヘンダーソン先生、あなたは流石に老いすぎているのではないでしょうか……?」
ヘンダーソンはエリスの発言に、
「俺じゃない。俺の生徒の父親だ。そいつに助っ人を頼めば良い。そっちの二人なら、もうなんとなく察しがついているんじゃないのか。」
エリナは話がつかめない様子であったが、領邦魔導師二人には誰のことだかピンときている様子だった。
「やっぱり、『アドー』姓って……そういうことっスか?」
ヘンダーソン先生は、静かにうなずいた。




