嫌悪感
保健室でのラケルに対する聞き取り作業は続けられる。
先生はラケルをひとまず席につかせ、飲み物を振る舞った。
「あの……先生、僕早く授業に帰りたいんですけど。」
ラケルが先生に伝える。
先生は飲み物を口にした後、
「申し遅れたね。私の名前はデニス。デニス先生と呼んでくれたまえ。」
明らかに先程のラケルによる発言はスルーされた。
しかし、それを意に介さない様子で、先生は優雅にティータイムを楽しんでいる。
「はぁ……そうですか。」
デニスと名乗る眼の前の少女。
先生ではあるものの、自分と変わらない背丈や人形細工のような幼い顔立ちからはとても年上の女性とは思えない。
「しかし、以外だねぇ。君はもう今の段階では、一年次の授業なんて必要ないくらいに魔法が上手じゃないか。」
組んだ足をほどきながら、デニス先生はラケルに話す。
先生は先程気絶させられた生徒を寝かせているベッドをチラリ、と一目見たのち、
「人を気絶させるくらいの小魔法が撃てるなら、一年次の魔法学カリキュラムはもういらないからね。ところで、魔力の基本三動作は習ってるね?」
「はい。魔力を『発生』させて体内で『循環』したものを『放出』させることですよね。」
先生は頷き、更に続ける。
「そう。それを補助無しで完璧に行えるようにするのが、君たち一年生が本来するべきことなんだよ。それができると判断されたものは昇級試験を受けて、二年次、三年次とどんどん卒業を早めることができる。」
これまでにも何度か聞かされてきた、魔法学校のありふれたカリキュラムの話だ。
一年ごとに学年が進むのではなく、やるべきことをこなすことができたらどんどん学年は進んでいく。
「私は保健室の先生だから昇級試験の打診とかはできないんだけど、間違いなく私が担任の先生だったら明日にでも昇級試験を受けさせてるね。担任の先生は誰なのかな?」
「ヘンダーソン先生です。」
なるほどね、と言いながらデニス先生が再びマグカップを口に運ぶ。
「ヘンダーソン先生は元魔導師さんでしょ?君がかなり魔法の才能を持ってることくらい、とっくに気がついてると思うなぁー。なにか理由があって昇級試験を受けさせないのかなぁ?」
デニス先生は不思議そうに首を傾げた。
ラケルは自分の才能における可能性とか、魔法学校を早く卒業することなど今は現実味を帯びたことに感じられなかった。
それよりも、齢12の少年が気にするのは友人関係。スミスと仲直りするための方法を模索することで手一杯であることなど、デニス先生が知る由もない。
「昇級試験は、今のところ僕にとってはどうでもいい問題です。先生の雑談に付き合ってる暇はないので、そろそろ失礼します。」
そう言い放つと、ラケルは出された茶を飲み干し、席から立ち上がる。
「えー!!ちょっとまってよぉ!暇なんだってぇ!!」
やはり、調書を書くなどとはただのでっちあげの嘘であった。
デニス先生は暇つぶしにラケルを呼び止めて話をしたかっただけなのだ。
校庭に通じる保健室の扉をガラリと開くラケル。
その背中にデニス先生が、
「同級生に全力の魔法ぶつけちゃったときはいつでもおいでよー。君、さっさと二年次のカリキュラムいかないと同級生を傷つけることになるからね。」
悪気はない様子で先生は言い放った。
ラケルも薄々気がついている、同級生と自分との間にある魔法に対する感覚の違い。
「……わかってます。次からはうまくやりますよ。」
ラケルはそう言い残し、保健室を去っていった。
ラケルが授業に返ってくると、明らかにドロン・マステゴと決闘する前とはクラスメイトから向けられる視線が異なっている。
これまでラケルのことを明らかに嫌っている様子を見せたのは、スミスとその取り巻きであるドロン・マステゴくらいであった。
しかし、今度は違う。
「なぁ……なんかみんなの視線が冷たすぎないか?いくら俺がみんなからよく思われていないとはいえ、明らかに嫌悪感を示す目が増えた気がするんだけど。」
再びペアを組んだリーゼにこっそり耳打ちする。
リーゼは思い出すように、
「あー、そりゃあラケルがドロン・マステゴを気絶させちゃったでしょ?あれでクラスのみんなが、ラケルのことを危険な人だと思ってるんじゃないかな?」
そう言われて、改めて周りを見回すラケル。
ラケルが向いた方向の人間はみな、ラケルと目が合わないように目をそらしていく。
次第に、あたりからヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
「マジで怖いな……あいつ。」
「やっぱり、私達を殺すつもりで魔法を使っていたのよ。人を倒しておいて、何も思ってなさそうに帰ってきて……」
ラケルはそれに気づかないふりをするように、リーゼに魔力の補助作業を行う。
もちろん、リーゼもその声に気がついているのだろうが、当然ラケルに伝えるようなことはしない。
「向こうからケンカふっかけてきたくせに……こっちが悪者みたいになってるのはおかしいんじゃないかな?」
リーゼはオブラートに包んだつもりだった。
しかし、表情には完全に「ブチギレている」と書かれている。
それがさらに周囲の反感を買うのは必死であると悟ったラケルは、周りにリーゼの表情がわからないように位置取ると、
「その表情やめろ!ブチギレてるのまるわかりだぞ!」
プスー……とガス抜きをするようにラケルがリーゼのほっぺたを右へ左へ動かす。
「ふにゃ……やめろー。」
これにはリーゼも抵抗できない様子だ。
リーゼのきめ細やかな肌を触っていると、なんだかとても心地よい感覚に襲われたラケルはほんの数秒判断が遅れた。
「おい。」
後ろを振り返ると、ヘンダーソン先生が立っていた。
鬼の形相を構えた先生に気がついたのはラケルだけであり、目をつぶっていたリーゼはそれにも気が付かない様子で、
「おー、やめるのか?ラケルー?」
この中で唯一状況が理解できていないリーゼをほったらかし、ラケルは保身を謀る。
「いや、これはその、彼女の顔に虫が……」
当然そのような絵空事は聞き入れられるはずがなく、
「ふたりとも教室に帰って反省文だ。授業中に集中力を欠くな。」
ラケルはリーゼを引きずって授業をしている校庭をあとにする。
呆れた様子で先生は二人の背中をただ見つめていた。
「やっぱり、あいつら気に食わないのよ。なんのために魔法を学びに来てるのかしら?」
「あいつら、両方モエナ町の人間じゃないからな。転生者の子なんて……」
二人がいなくなった途端に、陰口は表に出てきた。
クラスで確立されつつある、二人へのヘイトがここに来て現実味を帯びてきていた。
<その頃、教室では……>
「おい!お前はとっとと反省文を書くんだよ!誰がそこに『ヘンダーソン先生を辞めさせる10の理由』を書けなんて言ってたんだ!」
鉛筆を口に加えながら、リーゼは、
「だってぇ……私悪くないからねぇ。ドロン・マステゴを倒したのもラケルだし、私のかわいらしいお顔で遊んでいたのもラケルだしねぇ。」
そう言われると何も返すことができない。
ラケルは黙って自分の反省文だけを先生に提出しに行こうとするが、
「ちょっと、これも連れて行ってあげてよー」
リーゼがひらひらと自分の反省文を見せてくる。
「俺に死ねっていうのか?お前のふざけた反省文は自分で出してくるんだな。あばよ。」
結局、リーゼがついてきた挙げ句のはてに、二人で廊下に立たされることになってしまったのであった。




