【短編版】転生した大魔王、地球に出現したダンジョンを作ったのが前世の自分であることを思い出す。 〜魔王時代の知識と経験で瞬く間に世界最強になって無双します!〜
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すぐに短編版の先の部分も投稿いたしますので、よかったらこちらのリンクから飛んでお読みください!
「……退屈だ」
魔王城、深奥の間にて。
豪奢な椅子に腰かけたまま、我は思わずそう呟いた。
「どうされましたか、魔王様?」
「いや、何でもない」
呟きに反応した側近にそう返した後、我は改めて思考の海に沈む。
――――突然だが、我は魔王だ。
それも歴代最強の大魔王と称されるほどの実力を持ち、欲したものは全て手中に収めてきた。
しかしそんな我にも手に入れられないものが一つだけあった。
ずばり、強者との闘いである。
この世界において我の実力は突き抜け過ぎているため、これまで苦戦というものを経験したことがなかった。
一応、魔王を倒すために攻めてくる勇者という存在はいる。
しかしこの勇者がどうにも頼りなく、我に敵わないどころか、道中のモンスター相手に敗走を繰り返すような軟弱者ばかりだった。
これでは我の渇望は満たされない。それどころか、期待した分だけさらに不満が溜まるというものだ。
これではあと何百年待とうが、我のもとにたどり着く者は出てこないだろう。
もういっそのこと、我自身の手で強者を育て上げてみせ――――
「――――!」
突如として脳裏に浮かび上がった革新的アイデアに、我は思わず立ち上がった。
「魔王様?」
「そうだ、いける、これしかない。我の欲望を満たす方法は……!」
瞬時に考えをまとめた我は、右手を強く握りしめ、その場で力強く叫んだ。
「そうだ、ダンジョンを作ろう!」
「……は?」
側近が間抜けな声を漏らしているが、そんなことに意識を割く余裕はない。
それほどまでに我は、自分のアイデアに興奮していた。
そうだ、ダンジョンを作ればいいのだ。
勇者を追い返すためではなく、迎え入れるためのダンジョンを。
最初は難易度の低いダンジョンを攻略させ、魔王城に近づくごとに難易度を上げていく。
そうすることによって順序良く勇者を育てることができる。
いや、それだけではない。我がこれまで集めてきた武器や魔導書もダンジョンに置いておこう。
それを入手した勇者は、さらに一段飛ばしで強くなることができる。
これならばそう遠くないうちに、我のもとまでたどり着ける強力な勇者が誕生するはずだ!
「ふはははは! そうと決まればさっそく動き出さねば! 待っていろ、いつか訪れる勇者よ! お前を育てるのはこの我だ!」
「……魔王様が、またご乱心なさった……」
側近の不遜な言葉も気にすることなく、我は高らかに笑い続けるのだった――――
◇◆◇
――――という、夢を見た。
「なんだったんだ今の夢。やけにリアルだったけど……」
大学生三年になってから迎えた夏休みの初日。
俺――神蔵 蓮夜は、やけに重たい体を起こしながらそう呟いた。
「まあいいか。それより、ダンジョン配信っと」
スマホを見ると、そこにはいつも通りダンジョンに関する動画で溢れていた。
強力なモンスターを倒しただとか、貴重な素材が手に入っただとか、そんなのばっかだ。
――ダンジョン。それは約10年前、地球に出現した異次元の空間。
中にはモンスターや魔石といった資源が存在し、ダンジョン攻略で生計を立てる者を探索者と呼び、今ではありふれた職業の一つとなった。
俺はシーカーにこそなっていないが、こうしてダンジョン内の攻略風景を見るのが好きだった。
今もお気に入りの配信者の攻略を見ようと思ったのだが、ふと違和感を覚えた。
「あれ? このダンジョンの風景、どこかで見たことあるぞ」
デジャヴとはどこか違う。
となると、以前に別の配信で見た場所と被っているのだろうか?
「いや、でも配信タイトルでは新ルートの開拓を行うって書かれてあるし、そんな配信を見た覚えもない。気のせいか何かか? ……ッ!?」
そう結論を出そうとした次の瞬間、激しい痛みが頭を襲う。
脳内では俺が知らないはずの記憶が急激に呼び起こされていく。
それは異世界に君臨した、とある大魔王の記憶。
自分に匹敵する強者を求め、しかしそんな存在が現れることはなく。
とうとう自分自身の手で最強の勇者を生み出すべく、幾つものダンジョンを生み出した。
この記憶が指し示す事実はただ一つ。
「そうだ、思い出した。俺の前世は魔王だったんだ」
ありえないような結論なのに、不思議と混乱はなく、自然とその事実を受け入れていた。
そのまま俺はスマホの配信画面に視線を落とす。
俺の前世の記憶と、目の前に広がる配信の光景が合致する。
もっというと、これまで神蔵 蓮夜が見てきた全てのダンジョンの光景を、俺は前世で見たことがあった。
それもそのはず。
なぜなら、この地球に出現したダンジョンを生み出したのは他でもない――
「――前世の俺自身だったんだから」
身震いが起きる。
地球で生まれ育った俺の本能が、それほど衝撃的な内容だと感じているのだ。
だが、これは間違いなく事実。
俺の中にある魔王としての記憶がそれを証明している。
しかしここで、俺は幾つか疑問を抱いた。
「けど、なんで異世界で作ったはずのダンジョンが地球に出現したんだ? そもそも向こうで死んだ時の記憶もないし、どんな経緯で転生したのかも分からない……何がどうなってるんだか」
分からないことだらけ。
それでもはっきりしていることが一つだけある。
「いずれにせよダンジョンがそこにある以上、それを管理している存在はいるはずだ。俺以外の何者かがダンジョンの管理権を奪い取り、地球に出現させたと考えるのがもっとも辻褄が合う」
そこまで考えをまとめた後、俺は「はっ」と笑った。
「おもしろい」
世界が変わっても、ダンジョンの意義が変わることはない。
ダンジョンとは挑戦者を成長させ、最深部に待ち構える絶対強者と戦わせるために存在する。
ならばその流儀にのっとり、俺も一から挑戦するとしよう。
魔王としての力は失ってしまったが、ダンジョンと魔術の知識に関してこの世界で俺の右に出る者はいない。
瞬く間にシーカーたちの最前線にたどり着き、そのまま最深部まで攻略し、誰だかは知らないが魔王の玉座に座る不届き物を成敗してみせよう。
「決まりだな」
◇◆◇
――――【第六初級ダンジョン前】――――
翌日。
俺は日本に72個存在する初級ダンジョンのうちの一つにやってきていた。
さっそく中に入って探索したいところだが、そうできない事情があった。
日本では初めてダンジョンに入る際、先輩シーカーのガイドを受ける必要がある。
面倒だがこればかりは仕方ない。
周囲を見渡すと、俺と同様の目的であろう者たちが数十人立っていた。
下はダンジョンの入場制限年齢である15歳から、上は50代までと幅広い。
そんな中、がっしりとした装備に身を包んだ者たちが5人前に出る。
そのうちの1人、20代半ばくらいの男性が口を開いた。
「今日の参加者が全員揃ったようなので早速説明に入る。まず、俺は小西、シーカー歴は一年でレベルは20。今日のガイド役を務めさせてもらう、よろしくな」
パチパチパチとまばらに起きた握手が鳴りやんだ後、小西は続ける。
「初めてのダンジョン挑戦で緊張している者も多いだろうが、心配はいらない。この場にはシーカー歴一年の経験者が五人いるし、そもそも初級ダンジョンの入り口に出てくるモンスターは非常に弱く、大人なら生身でも倒せるくらいだ」
その言葉を聞き、ほっと胸を撫でおろす者が数名。
「それじゃあさっそく中に入っていく。皆もついてきてくれ」
小西はそう言うと、ダンジョンの入り口――異次元に続く門を潜る。
そんな彼に続いて、俺たちも中に入っていった。
ゲートを潜ると風景は一瞬で変わり、薄暗い洞窟のような景色が広がる。
まあ、前世でも今世のダンジョン配信でも見慣れた光景だ。
「よし、全員中に入ったな。さっそくだが皆、【ステータス】と唱えてくれ」
小西の言葉に従い、俺も唱える。
すると、目の前にある画面が浮かび上がってくる。
――――――――――――――――――――
神蔵 蓮夜 20歳 レベル:1
職業:なし
攻撃力:10
耐久力:10
速 度:10
魔 力:10
知 力:10
スキル:なし
――――――――――――――――――――
「……これがステータスか。配信とかでも見ていたから存在は知っていたが、本当に実在しているとは」
ステータス画面を初めて目にした俺は、感慨深くそう呟いた。
「よし、皆表示できたみたいだな。皆も既に知っているとは思うが、それはダンジョン内の魔力を吸収することによって入手することのできるステータスだ」
一呼吸おいて、小西は続ける。
「各項目について簡単に説明していくぞ。レベルや能力値はモンスターを討伐し経験値を吸収することによって上昇する仕組みになっている。まあ、ゲームみたいなのをイメージすればいい。んでもってスキルに関してだが、こいつはモンスター討伐で入手出来たり、ダンジョン内のギミックを攻略することで獲得できたりする。現時点でスキル欄に何も書かれてなくても心配しなくていい」
周囲の新人シーカーたちは、期待に満ちた目で小西の説明を聞いていた。
自分たちもようやくこの超常的な力を入手できたことが嬉しくてたまらないんだろう。
そんな中、俺だけは冷静なままステータス画面を見つめていた。
魔王の記憶を思い出したことによって、生じた疑問が幾つか存在する。
前世の俺が死んだ原因、異世界のダンジョンが地球に出現した経緯。
そして、何より不思議な点が一つ――それがこの【ステータス】という仕組みだった。
というのも、そもそも異世界にステータスという概念はなかった。
自分の能力を数値として客観視することなどできず、地道な鍛錬で実力を高めていくのが基本。
モンスターを倒すことで魔力を吸収して強くなれるというのは一致しているが、それもこんな風に便利で分かりやすい仕組みではなかった。
「……面白いな」
予想がより確信に近くなる。
そもそもステータスという概念を知らない俺が、ダンジョンにそのシステムを組み込むことは不可能。
となるとやはり、俺以外の何者かが黒幕として存在しているという可能性が高いだろう。
まあ、ダンジョンを最奥まで攻略すれば分かることだ。
今は特に気にする必要はないだろう。
「――とまあ、ステータスに関する説明はこんな感じだ」
っと、どうやら俺が考え込んでいる間に小西の話は終わっていたらしい。
「次はスキル獲得の実戦演習だ。ついてきてくれ」
小西に促され、俺たちは再び移動を開始した。
◇◆◇
歩くこと数分。
俺たちが連れてこられたのは、直径30メートルほどの広間だった。
広間の奥には台座があり、虹色に輝く巨大な宝石が埋め込まれている。
この光景には見覚えがあった。
「ふむ。これは確か……【進呈の間】か。この造りから見て、ここはギガルの地に作った初心者用のダンジョンで間違いなさそうだな」
前世の記憶と照らし合わせていると、小西が説明を始める。
「ここは通称、【能力獲得の入り口】。あの宝石に魔力を注ぐことによって、挑戦者の実力に合わせたモンスターが出現する。そのモンスターを無事に倒せれば、武器やスキルを獲得できるって仕組みになっている。シーカーになった者のほとんどが、まずはこれをクリアして自分にあった能力を手に入れるんだ」
ふむ。説明を聞く限り、異世界にあったものと仕組みは変わらなさそうだ。
「ちなみに挑戦できるのは一人一回のみになっている。さっそくだが、挑戦したい奴はいるか?」
そう問いかける小西。
しかし手を上げる新人シーカーは誰もいなかった。
まあ、それもそうか。
無事にステータスを獲得できたとはいえ、いきなりモンスターと戦えと言われて順応できる奴は少数だろう。
なら、遠慮なく。
「俺が挑戦してもいいですか?」
「ああ、もちろん! 君はえっと……神蔵くんだね。一応貸出用の武器は幾つか用意してるが、どれか使うかい?」
「なら、この短剣をお借りします」
短剣、長剣、槍、弓と様々な武器が置かれている中、俺が掴み取ったのは短剣だった。
今の身体能力から考えて、これが一番使いこなせるはずだ。
「分かった、短剣だね。あとは魔力の注ぎ方についてなんだけど、今からやり方を教えるね」
「いえ、平気です」
「え?」
「それについては、よく知ってますから」
そう断ったのち、俺は一人で台座まで歩いていく。
そして目の前で立ち止まると、虹色の宝石に手を当てた。
……さて。問題はここからだ。
というのも、進呈の間は注いだ魔力の量・質に応じた強さのモンスターが出現する仕組み。
魔力を獲得したばかりの俺が普通に注いでしまったら、それ相応の下級しか出てこないはずだ。
しかし、それでは困る。
モンスターの強さによって貰える能力は大きく変化する。
ならば今、俺がするべきことは一つ。
「――魔よ。集い、廻れ」
体内の魔力に意識を向け、錬成を行う。
とはいえ大したことではない。
魔力を極限まで凝縮し、練り上げ、できる限り質を高めているだけだ。
「……この程度が限界か」
とても満足いく練度ではないが、仕方ない。
これでもまあ、最低限の効果は発揮するだろう。
俺はその極限まで練り上げた魔力を、虹色の宝石に注いだ。
「【来い】」
そう唱えた瞬間、宝石が眩い赤色の光を放つ。
その光は瞬く間に、広間いっぱいを覆った。
「なんだ、この光は!?」
「レベル1でこんな反応、見たことないわよ!」
「ま、眩しい!」
背後では先輩・新人シーカー問わず、全員が光に圧倒されているのが分かった。
しかし、俺がそちらに顔を向けることはない。
光の発信源から目をそらすわけにはいかなかったからだ。
「グルォォォオオオオオオ!」
光が収まった時、そこには炎のような赤色の毛並みが特徴的な狼型のモンスターがいた。
高さは俺の身長と同じくらいで、なかなかの威圧感を放ってくる。
「なるほど、お前が俺の最初の獲物か」
久々の戦闘だ。
どう圧倒して見せようか。
そう血が滾っていると、背後から慌てた声が届く。
「待て、神蔵くん! そいつはレッドファング、レベル10はないと太刀打ちできないモンスターだ! 君が戦える相手じゃない! 私たちが戦うから下がってきてくれ!」
「いえ、手助けはいりません」
「なに!?」
俺の身を案じてくれるのはありがたい。
だが悪いが、ここで下がるつもりはない。
挑戦者以外がモンスターを倒せば報酬はもらえないし、何より――
「自らを喰らおうとする敵を前にして、逃走する魔王がいてたまるものか――ッ」
「ッ!? ガルゥッ!」
俺の体から溢れた殺気に反応したのだろうか。
レッドファングは強靭な足腰で地を蹴り、獰猛な歯をむき出しにして襲い掛かってくる。
しかし――
「速さは十分だが、いささか単調だな」
「ッッッ!?!?!?」
レッドファングの噛みつきを、軽く身を捻ることで躱す。
敵は戸惑ったように一瞬だけ動きを止めた後、続けて全身を使った連撃を浴びせてくる。
俺はその全てを、紙一重で回避し続けていく。
「嘘だろ!? レッドファングの攻撃を、あんな簡単に躱してるぞ! 本当に私たちの手助けなしで倒すつもりか!?」
「すごい……あんな動き、私でもできる気がしない」
「でも反撃する隙は見つけられてないみたいだな。あのままだとジリ貧だぞ」
「ああ。それに何より、レッドファングが真骨頂を見せるのはここから――」
レッドファングの攻撃を躱し始めてから、一分ほど経過しただろうか。
回避は問題なくできているものの、反撃する手段を見つけることはできずにいる――外野からはそんな風に見えているのかもしれない。
だが、それは違う。
俺は今、ある瞬間を待っていた。
というのも、進呈の間では魔力の量・質の他に、モンスターとの戦闘時のデータが参考にされ、与えられる能力が決定する。
このまま身のこなしだけで圧倒してしまえば、与えられるのは技術系のスキルになってしまう可能性が高い。
それらも決して悪いスキルではないが、今の俺はもっと別のものを欲していた。
「グルゥゥゥ」
「ほう」
そんな俺の考えを読んだわけではないだろうが、ここでレッドファングは攻撃を止めて後ろに退く。
そして魔力を口に溜め、大きく開いた。
「気をつけろ神蔵くん! レッドファングは魔法も使うぞ!」
問題はない。
否、むしろ俺はこの瞬間を待っていた。
「バウゥッ!」
咆哮とともに放たれる巨大な火炎。
それが一直線に、勢いよく俺に迫ってくる。
今の耐久力であの一撃を喰らえば、とても怪我では済まないだろう。
俺はそれを理解したうえで、あえて回避を選ぶことはせず、こちらからもまっすぐ魔法に向かう。
「――――ハアッ!」
そして短剣を一閃。
直後、火炎はその場で霧散して消え去った。
「「「ま、魔法を斬った!?」」」
魔法の中心には核が存在し、正確にそれを破壊することによって無効化することができる。
核の位置は魔法の種類によって異なるため、これを実行するには魔法に対する深い造詣が必須。
――さあ、証明は終わった。
「そろそろ終わりにしよう」
「――――ルゥッ!?」
それからは一瞬だった。
レッドファングが続けて放ってきた二つの火炎も同じように無効化し、短剣でその巨大な体を縦横無尽に切り裂いていく。
俺が攻勢に出てからものの30秒足らずで、レッドファングは力尽きてその場に倒れるのだった。
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『挑戦者の適性を解析中です』
『解析が終了しました』
『挑戦者にはスキル【初級魔術適性(火)Lv6】が与えられます』
鳴り響くシステム音とともに、レッドファングの死体から大量の魔力が流れ込んでくる。
「こんな感じなんだな、レベルアップって」
俺はそのまま自身のステータスを確認する。
――――――――――――――――――――
LvUP↑
神蔵 蓮夜 20歳 レベル:7
職業:なし
攻撃力:30
耐久力:28
速 度:30
魔 力:28
知 力:28
スキル:初級魔術適性(火)Lv6
――――――――――――――――――――
ステータスにはシステム音の内容が反映され、レベル、能力値、スキルがそれぞれ更新されていた。
「なるほど、こうして視覚的に自分の成長を確認できるってのはなかなかいいな。ダンジョンを潜るモチベーションにもなりそうだ。それに……」
視線を落とした先には【初級魔術適性(火)Lv6】と刻まれていた。
どうやら問題なく、求めていたスキルを入手できたみたいだ。
と、そんな風にいろいろと気になる点を確認していると……
「ん?」
こちらに駆け寄ってくる人影が複数存在していた。
小西たちだ。
「す、すごかったぞ神蔵くん! まさか本当に一人でレッドファングを倒してしまうとはあっぱれだ!」
「魔法を斬ったの、アレどうやったの!?」
「てかなんだよあの素人離れした動き! 特別速いわけでもないのに、敵を圧倒して……もしかして何か武術でもやってたのか!?」
矢継ぎ早に、称賛と質問の嵐が浴びせられる。
近い近い近い。
「落ち着いてください。そんなことよりも、他の新人たちの挑戦の邪魔になりそうなので、ひとまずここから離れませんか?」
「そ、そうだな、すまない。少々興奮しすぎていたみたいだ。さあ、他に挑戦したいものはいるか!?」
小西の問いかけに対し、なぜか希望者は一人も出ず、それどころか全員が勢いよく首を左右に振る。
いったいどうしたのだろうか。
そんな風に考えていると、小西が「はは」と小さく笑う。
「どうやら神蔵くんの戦闘を見て、怖くなったみたいだね。まあ仕方ないよ、万が一にもあんなモンスターと自分も戦うことになったら、と思えば挑戦する意欲もなくなるだろうからね」
「……むしろやる気が出るものでは?」
「ははは、神蔵くんは戦闘だけじゃなく冗談も上手いんだね。それより、君さえよければ何の報酬が与えられたか聞かせてくれないか?」
「はあ……」
冗談ではなく本音だったためどうにも釈然としないが、無理に掘り下げることもないか。
そんなことを思いながら、小西の質問に答える。
「貰えたのはスキルですね。火属性の初級魔術適性Lv6です」
その返答を聞いた小西たちは、一斉に大きく目を見開いた。
「……驚いた。魔術系のスキルというだけでも珍しいのに、入手時点でLv6とは。それは通常、一年以上シーカーを続けてようやく至るレベルだぞ」
「私でもまだ、Lv5が上限なのに……」
「まあ魔法を斬るなんて神業をやってのけたんだ、それだけ規格外の報酬でも納得だが」
彼らの反応を見るに、シーカーの一般常識からしても、このスキルは優秀な部類に入るらしい。
魔王大満足。
さっそく魔術を試してみたいところだが、今回 得られたのはあくまで適性。
普通ならこの後に術式を覚える必要があるだろうし、その工程を省いて魔術を発動するのはさすがに不自然だろうか。
色々と事情を説明するのも面倒だしな……
と、そんな風に考えていたのだが――
「せっかくだ、神蔵くん。ここで試しに魔術を使ってみたらどうだ?」
「? その前に術式構築の方法を学ぶ必要はないんですか?」
「術式構築? よく分からないが、適性スキルさえあれば後はシステムが魔術の発動を補助してくれるはずだ。火の初級魔術なら、まずは【火炎の矢】がいいんじゃないか?」
――これは驚いた。
異世界ならば普通、適性を入手する他に、魔導書を読み術式を理解しなければ魔術を放つことはできない。
それがこっちではシステムで補助までしてくれるとは。
一応これまでもダンジョン配信でシーカーが魔術を発動するところは度々見ていたが、その仕組みまでは興味がなかったので知らなかった。
「ふむ、こんな感じか……?」
小西の言葉に従い、改めて自分の中にある魔力に意識を向ける。
すると不思議なことに、今の自分が使うことのできる魔術が幾つも頭に浮かび上がってきた。
魔術名、効果、術式に至るまで、まさに至れり尽くせりだ。
「けど、これは――――」
決して見逃せない違和感を覚えた俺は、検証のためより深く思考の中に潜り込もうとする。
だが、それを食い止める出来事が発生した。
「きゃぁぁぁああああああああ!!!」
甲高い悲鳴。
発生源はすぐそこ。
【進呈の間】の入り口に立っていた新人シーカーの一人が、通路に指を向けながら恐怖に怯えた表情でそう叫んでいた。
彼女の視線の先を辿ると、その理由はすぐ分かった。
全身が赤黒い岩石で覆われた4メートル強の巨人が、ズシンズシンと地面を揺らしながら、ゆっくりとこちらに近づいてきていたからだ。
そのモンスターが放つ威圧感は、レッドファングのそれを大きく上回っていた。
『ゴォォォオオオオオオオオ!!!』
そのモンスターは立ち止まると、この世のものとは思えない雄叫びを上げてみせた。
「馬鹿な!?」
冷静に観察する俺の横で、小西が驚愕の声を上げる。
「アレは入門ダンジョンにおける逍遥する排斥者・【ブラッディゴーレム】! レベル30超えの怪物だ! まさかこんな浅層に現れるとは……!」
見ると、小西だけでなく他の先輩シーカーも例外なく険しい顔をしている。
新人シーカーたちは、全員が逃げ出すようにして広間の奥であるこちら側に駆け寄ってきていた。
「……ふむ」
それにしても、ワンダーリング・ボス――徘徊するボスキャラ、か。
俺はその存在に心当たりがあった。
というのも、それは今ではなく前世の話。
勇者育成用のダンジョンを作り始めて間もない頃、数は少ないがダンジョンに挑戦しに来てくれる者が何人かいた。
しかし初心者用に難易度を下げすぎたのがいけなかったのか、その多くが気軽にモンスターを狩りに来るだけで、ほとんど成長することはなかった。
これは非常に由々しき事態。
いつまで立っても俺のもとにはたどり着けないだろう。
考えに考え抜いた結果、俺は妙案を思いついた。
『そうだ! 各ダンジョンに、ランダムで出現する強力なボスを配置しよう!』
『……は?』
初心者ではまず倒せないほどに強力なボスを各ダンジョンに配置する。
そのモンスターと遭遇した者は自らの実力不足を実感し、より強くなるため修行に励むことになるだろう。
初心者でも逃げることに徹すればなんとかなるようノロマなモンスターに限定しておけば、リスクヘッジとしても問題なしだ。
それはまさに完璧な計画(いい発音)。
側近からは『魔王様、馬鹿なんですか?』と言われたりもしたが。まったく、今思い出しても不敬な奴だ。我魔王ぞ。
ちなみにこの仕組みを導入以降、逃走した探索者のうち99%が、二度とダンジョンに挑戦することはなかった。
きっとそれからずっと鍛錬を続けているのだろう。
まあ、逃走から100年以上経っても現れない者がほとんどだったのだが……その間に人族の寿命が延びたと考えれば全て納得だ。我天才。
とまあ、前世の思い出はほどほどに。
現状はそこまで余裕を見せれる状況ではなさそうだ。
ブラッディゴーレムは攻撃力と耐久力に能力値が全振りされており、反面動きが非常に遅い。
俺や小西たちなら逃げるのは難しくないだろう。
問題は数十人にも及ぶ新人シーカーの存在と、この広間が行き止まりになっているという事実。
さすがにこの状況では、戦闘経験0の彼らが全員生き延びるのは不可能だ。
「……仕方ないか。俺が蒔いた種でもあるしな」
小さく息を吐き、俺はブラッディゴーレムに向かってゆっくりと歩を進める。
「どうする小西? 俺たちが囮になるか?」
「……それしかないだろう。入り口に陣取られてる以上、被害を0にはできないだろうが、それでもできる限りのことをやるしかない」
「割のいいバイトのはずが、とんだことに巻き込まれちゃったわね……」
「仕方がない。全員、覚悟を決めろ! 私達で一秒でも時間をかせ――っておい、神蔵くん!?」
いい感じに盛り上がっている小西たちの間を抜け出たタイミングで呼び止められてしまった。
俺は振り向くことなく言葉を投げかける。
「アレは俺が倒します、小西さんたちは下がっていてください」
「なっ!? 馬鹿を言うな! アイツはレッドファングとは格が違う! 身のこなしでどうこうできる相手ではないんだぞ!?」
「大丈夫ですよ。それにちょうど、覚えたばかりのコレを試したいところでしたから」
それ以上、言葉を紡ぐ気はない。
ブラッディゴーレムに向かい合った俺は、右手の人差し指と中指を突き付けるようにして構え、小さく口を開いた。
「火炎の矢」
唱えると同時に、システムによって自動的に火属性の魔力で作られた術式が出現する。
あとは術式を開放するだけで、無事に魔術は発動するだろう。
だが、ダメだ。
こんなものでは、まだ全く足りない。
「魔術をぶつけるつもりか!? だが無茶だ! 初級魔術程度、簡単に弾き返されるぞ!」
小西の言葉は正しい。
このまま放ったところで、ブラッディゴーレムを討伐することは不可能だろう。
魔術とは本来、魔導書で基本術式を習得した後、自らの魔力に合わせて改良していく必要がある。
だがシステムが生み出すものは、基本術式の段階で止まっている。
それこそが先ほど違和感を覚えた部分でもある。
これでは安定性はあるものの、威力・規模・指向性の変数が不十分と言わざるを得ない。
ならばどうすればいい?
その答えなど一つしかない。
「簡単な話だ。現状で足りないのなら――より強靭な形に書き換えてしまえばいい」
魔力を注ぎ、力尽くで術式に新たな変数を加えていく。
術式は書き換えられ、より強力な魔術へと変貌する。
ただ、これでもなお足りないことを感覚的に理解していた。
ならば――――
「――――魔よ、集い、廻れ」
レッドファングを呼び出した時と同様、錬成して質を高めた魔力を術式に注ぎ込んでいく。
さらに術式内で魔力を圧縮し空間を生み出すことにより、強引に注ぎ込める絶対量を増加させる。
通常ならば術式が耐え切れず魔術が暴発してしまうような方法だが、卓越した技能によって俺は不可能を可能にしていた。
練り上げ、注ぎ、凝縮させる。
その一連のサイクルを、限られた時間の中で魔力が尽きるまで永遠に繰り返す。
『一定の熟練度に達しました』
『スキル【初級魔術適性(火)Lv8】に進化します』
『一定の熟練度に達しました』
『スキル【初級魔術適性(火)Lv10】に進化します』
『一定条件を満たしました』
『スキル【中級魔術適性(火)Lv1】を獲得しました――――
怒涛の勢いで脳内に鳴り響くシステム音。
だがそれに意識を割いている余裕はない。
魔力の流れは加速度的に増し、やがて臨界点を迎える。
さあ、お披露目といこう。
「いくぞ、ブラッディゴーレム」
『ッッッ! ゴルォォォオオオオオオオオ!』
俺が纏う魔力に圧倒されながらも、なお歯向かおうとする格上に対して――――
『一定の熟練度に達しました』
『スキル【中級魔術適性(火)Lv7】に進化します』
『一定の熟練度に達しました』
『スキル【中級魔術適性(火)Lv10】に進化します』
『一定条件を満たしました』
『スキル【上級魔術適性(火)Lv1】を獲得しました』
俺は、その一撃を放った。
「術式変換――【超越せし炎槍】」
刹那、鍛え上げられた火炎の槍が、周囲一帯を崩落させるのではないかと思わせるほどの轟音とともに放たれた。
指向性の変数を加えたことにより、後方への影響はなく、大気中の酸素を燃料に膨れ上がりながら一直線にブラッディゴーレムへと向かう。
そして、接触。
拮抗することは、一瞬としてなかった。
炎槍が持つ莫大な熱量によって岩石の鎧は瞬時に蒸発し、その巨体を貫く。
それでもなお勢いを落とすことなく推進する炎槍。
やがて遠くから、耳をつんざくほどの爆発音が鳴り響くのと時を同じくして、大穴の空いたブラッディゴーレムだった何かがその場に崩れ落ちた。
その光景を見て、俺は討伐完了を確信する。
「これで無事、終わりましたよ」
振り返り、皆を安心させるためにそう伝える。
しかしその言葉に対する返事はなく、
「「「……………………」」」
そこにはただ、ぽかーんと口を開けた小西たちの姿だけがあった。
まるで何が起きたか分からないとでも言いたげな表情だ。
それほどまでに、彼らにとっては規格外の光景だったのだろう。
仕方ない、もう少しこのまま待つとしよう。
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『レベルアップしました』
『レベルアップしま――――
待っている間に鳴り響くシステム音。
それをファンファーレにして、俺は改めて決意を固める。
前世の記憶と力を駆使し、瞬く間に最強の座まで駆け上がってみせようと。
「さあ、次は――どんな強敵が俺を待ち受ける?」
かくして、前世では魔王だった俺によるダンジョン攻略が幕を開くのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
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『蓮夜の活躍がまだまだ見たい!』
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