六話
手錠を外すと奴隷商人の男は去り、クレイとアリアは二人きりになった。
奴隷を買ったことなどないクレイにとっては気まずい雰囲気だ。
「と、とりあえず僕の住んでるところに行こうか」
「……はい。ご主人様……」
アリアは力なくボソリとそう答えた。
「あの、ご主人様はやめてくれるかな? 僕はそんなに偉くないから」
「……ではなんと呼べば?」
「そうだな。普通にクレイとかでいいよ」
「……分かりました。クレイ様」
様はいらないと言いたいクレイだったが、いきなり気安く呼ぶのも抵抗があるだるだろうとそれで許した。
その足でクレイはアリアと共に繁華街を出て住まいのある郊外に向かった。
先ほどまでの華やかさは消え去り、地味で古い家や宿が続く。
リンカーの中心街はとてもじゃないがクレイでは家賃が払えない。
だが中心から離れればそれもうんと安くなり、場所を選ばなければかなりの格安で部屋を借りることができた。
クレイが住んでいるのは郊外のアパートが建ち並ぶ地区だ。
その一角にある部屋をギルドの紹介で安く借りていた。
部屋の前に付くとドアに張り紙があった。
クレイがそれを読んでみると立ち退きの勧告だった。
「そんな……。あと二日って……」
クレイは落胆したが、すぐにアリアがいることを思い出して笑顔を取り繕う。
「と、とりあえず中に入って。狭いけど」
「……失礼します」
中に入って魔鉱石の明かりを付けるとクレイは一息ついた。
だがすぐにまた緊張がやってくる。
普段クレイしかいない部屋に今日は女の子がいた。
可愛らしい亜人の奴隷がだ。
クレイはアリアのことを眺めた。
(この子が僕のものになったんだよな……)
アリアの胸は亜人の中でも大きい方だろう。
肉付きはよく、お尻や太もももむっちりとしている。
クレイは股間を膨らませ、思わずつばを飲み込んだ。
するとアリアが恥ずかしそうに自分を抱いた。
「申し訳ありません……。こんな体で……」
アリアは手で体に刻まれた傷跡を隠す。
それを見てクレイは我に返った。
「なんでそんな傷が?」
「……わたし、なにをやってもダメなんです。奴隷として働いても物を壊しちゃうし……。手先も器用ではないので……」
「……だからその罰で?」
アリアは眉をひそめて小さく頷いた。
「娼婦になってもこの傷のせいで誰も相手にしてもらえなくて……」
泣きそうになるアリアを見てクレイは気持ちを切り替えた。
「ちょっと待ってて」
そう言うとクレイは奥の部屋に向かい、ノートを手に取りすぐ戻ってきた。
「その、僕は紋章使いなんだ。って言っても分からないかな?」
「いえ、なんとなくは……」
「よかった。それで最近開発した『聖刻印』っていう紋章があるんだ。これは偶然手に入れた古文書からヒントを得たんだけど、人が持つ潜在能力を徐々に発揮する効果があってね」
話が分からずアリアは首を傾げる。
「えっと、つまりこれを亜人に使うことでその血の中にある野生の力を活かせるんだ。ほら。野生の動物って傷の治りが早いでしょ? だから多分その傷にも有効だと思う。その、使ってもいいかな?」
アリアは警戒していたが、新たな主人の命令を受けて首を縦に振った。
「……クレイ様がそう仰るなら」
許可をもらい、クレイはアリアのお腹に手をかざした。
「大丈夫。痛くないから」
クレイの手が微かに光り出す。
するとアリアの下腹部に桃色の紋章が浮かび上がってきた。
ハートと羽を基調にしたその模様は娼婦が刻む淫紋に似ていた。
しばらくすると紋章はアリアに定着し、かと思うと消えて見えなくなった。
「終わったよ。どうかな?」
「……よく分かりませんが、少し体が温かくなってきた気がします」
「効いてるってことだと思う。これで傷の治りはよくなるはずだよ」
それを聞いてアリアは喜んで頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
クレイは初めてアリアが笑っているところを見た。
小さな笑みだがそれでも力になれて嬉しかった。
先ほどまで顔色が悪かったアリアの血色が良くなると、次は別の問題にぶち当たる。
「あの、それでわたしはなにをすればよろしいでしょうか?」
「そうだな。とりあえず今日は食事を取って寝ようか。僕も色々あって疲れてるし」
「かしこまりました。すぐに準備します」
「え? えっと、料理はできるの?」
「簡単なのは大丈夫です」
と言って出てきたのはクレイの家にあったなけなしの食材を切ったり焼いたり煮たり燃やしたりしてできた正体不明の存在だった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
土下座して謝るアリアにクレイは苦笑した。
(なるほど……。どうりで売られるわけだ……)
「あはは……。まあ、じゃあ、今日はパンだけ食べようか……」
クレイは買ってきたパンを二等分してアリアと分けて食べた。
それだけでは満腹にはならなかったが、それでも誰かと食事を取るのは久しぶりなこともあり、クレイはある程度の満足を得る。
しかしそれもベッドに入って横になるとこれからの不安で吹き飛んだ。
仕事はクビなり、退職金も失い、その上部屋も追い出される。
未来に暗黒が立ち籠めているのは誰の目からも明らかだった。
クレイが溜息をつくとアリアがやってきた。
「失礼します」
アリアはそう言うとクレイが寝ているベッドに入ってくる。
そして布団の中に潜り込もうとするのでクレイは慌てた。
「え? なにしてるの?」
「そ、その……、奴隷としての奉仕を……」
アリアは顔を赤くした。
「奉仕って……まさか……」
「目を瞑っていてください。わたしの体はこんなですが、それでも精一杯頑張りますから」
再び布団に潜ろうとするアリアをクレイは制止した。
「ちょっと待って! そういうつもりで助けたんじゃないから!」
「……ですが」
アリアは恥じらいながらもクレイの股間を見た。
ズボンは盛り上がり、見事なテントが張られている。
クレイは顔を赤くした。
「その、説得力はないかもだけど、とにかく今日はいいよ。ほら。会ってすぐだし」
「……クレイ様がそう言うなら」
アリアはベッドから降り、近くの床に横たわった。
その姿は寒そうでクレイは心が痛む。
しかしこの部屋にベッドは一つしかなかった。
「……あの、もしよければだけど。一緒に寝る? も、もちろんそういうのはなしで」
「クレイ様が望まれるのでしたら」
アリアはまた立ち上がり、ベッドに入ってきた。
クレイは咄嗟に背を向けるが、柔らかい感触がそこに触れた。
(こ、これって……!)
クレイは心臓をバクバク言わせながらもなんとか自制心を保ちながら目を閉じる。
いつもはエレノアの大きすぎる胸を思い出して一人で果てていたクレイだが、今日は股間を大きくしたままだった。
いっそのこと前言を撤回してアリアを襲うことも考えたが、それも可愛らしい寝息が聞こえてくるとうやむやになった。
クレイが振り向くとアリアの健やかな寝顔がそこにあった。
それを見たクレイは恥ずかしく思いながら決心する。
(この子だけでも守らないと……)
これからのことを考え、そのせいで頭が疲れるとクレイは眠りについた。