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十話



 一人になったクレイはまた周囲を彷徨っていた。


 田舎に帰ると言ったが、故郷で待つ者はもういない。


 虚しさだけが支配する中、クレイは涙を流しながら道なき道を進んだ。


 今まで必死に努力してきたが、結局それは報われなかった。


 職も家もなくし、好きだった人にもあしらわれ、クレイは絶望していた。


 才能のなさに愕然としているとなにもかもがどうでもよくなってくる。


 今自分がどこを歩いているかさえ分からず、クレイはフラフラと足を動かしていた。


 すると近くの物陰でなにかが動いた。


 クレイが呆けながらもそちらを向くと辺りに血が流れていた。


 驚くクレイ。


 その視線は近くの木の下で動く巨大な化け物にぶつかった。


 そこにいたのは四つ足の獣型モンスター『ビッグマウス』だった。


 ビッグマウスはワニのような長く大きな口を持つ全長四メートルほどの中型モンスターだ。


 普段は森や岩場などに生息するが、食べ物を求めて街の近くに現れることがある。


 その大きな口で大の大人も丸呑みにしてしまう危険なモンスターだった。


 ビッグマウスの口からは人間の腕がはみ出ていた。


 その持ち主はバキバキと音を立ててかみ砕かれていく。


「ひいっ!」


 思わずクレイは悲鳴を上げてしまう。


 するとビッグマウスはクレイの方を向いた。


(エレノアさんが話してたランクCモンスターってまさか……!)


 ランクCともなるとゴールド帯以上のギルドが担当する強敵だ。


 当然なんの戦闘能力も持たないクレイでは太刀打ちできない。


「うわああああああああああああぁぁぁ!」


 クレイはすぐさま逃げ出した。


 それを追ってビッグマウスがバタバタと走り出す。


「ギシャアアアアアッ!」


 大きな体の割りに俊敏なビッグマウスはクレイに向かって飛び掛かった。


 だがすんでの所でクレイは避ける。


 ビッグマウスは勢い余って木を突っ込み、咥える形になった。


「今なら……!」


 逃げるチャンスだと思ったクレイだが、ビッグマウスの凄まじい力が十メートルほどの木の幹を噛み砕く。


 クレイの行く手は倒れてきた木に遮られてしまった。


 クレイが振り向くとそこには大きな口を開けたビッグマウスが待ち構えていた。


 その時クレイは全てを悟った。


 自分がこれから死ぬのだと。


「……なにもない人生だったな」


 クレイはボソリと呟いた。


 そこにビッグマウスが襲い掛かる。


「ああ……。死んだら異世界に転生したりするのかな……?」


 巨大な牙を蓄えた大きな口が目の前に来るとクレイは諦めて目を瞑った。


 ぐちゃり。


 肉が潰れる痛々しい音が辺りに響く。


 クレイはそれを聞いて自分が食べられたと思い、来るはずの痛みを覚悟した。


 激痛だろうがすぐに楽になる。


 そう想像していたクレイだが、中々それは訪れなかった。


(誰かがいる?)


 足音からそう判断したクレイは恐る恐る目を開けた。


 すると目の前に衝撃的な光景が広がる。


 夕日に照らされたのは舌を出して横たわるビッグマウスの死骸だった。


 その横には息を切らしたアリアが血を浴びながらも立っている。


「…………アリア?」


 事態が分からず呆然とするクレイだが、ホッとすると同時に足の力が抜けてその場でへたり込んだ。


 すると腹部にうっすらとクレイの刻んだ紋章が浮かび上がったアリアが近づいてくる。


 太ももを伝って大量の汗が滴り落ち、その目には涙が浮かんでいた。


 アリアはクレイの前に屈むと泣きながら告げた。


「無能だなんて言わないでください……。わたしはあなたに救われたんですから……!」


 アリアはクレイに抱きついた。


 クレイは驚いたが、それよりも申し訳なさが大きかった。


「……ごめん」


 アリアはクレイから離れながら首を横に振った。


 そして涙を拭い、手を差し伸べる。


「ダメだと言うなら変えてみせましょう。これからはわたしと二人で。どんな時でもついていきますから。あなたは無能なんかじゃありません」


 その言葉にクレイも涙ぐむ。


「うん……!」


 クレイはアリアの手を取り頷いた。


 初めて自分に存在価値があると思えた。


 夕日が二人の涙とビッグマウスの死体を照らす中、少年は覚悟を決める。


 世界を変える覚悟を。


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