第7話 フーリア
「ただいま」
「ただいまー!」
「たらいま」
「──ッレネア、テノ、エルト!!」
家に帰った私たちを出迎えたのは青ざめた表情の母さんで、すぐさま駆け寄ってくると抱き締められた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「うん。聖騎士様がすぐ来て、穢れも祓ってくれたよ」
「そう……。あぁ、本当に良かった……」
ずっと気を張っていたのだろう、私たちが無事なのを確認すると力が抜けていき、安堵の息を漏らす。
「『フーリオ』さまとせーれーさまに会ったんだよ! すっごくでっかくて、かっこよかった!!」
「あら! すごい、お会いできる機会なんて滅多にないのよ。良かったわね」
「うん!」
「──よし、2人とも疲れたでしょう? 今からお昼ご飯を作ってくるから、休んでいてね」
母さんは私とテノ兄さんを促すと、エルト兄さんを呼んでキッチンの方へ向かっていった。
「被害はどうだったの?」
「発生場所はどうだかわからないけど、通りは少なかったよ。でも結構人がいたし、そもそも町中に出るなんてありえないから──」
難しい顔をしながら話す内容は明るいものではなくて、私たちは遠ざけられたのだろうなと察する。きっとエルト兄さんが聖騎士見習いだからというのもあるだろう。
徐々に聞こえなくなっていった会話に意識を向けるのをやめて、いつの間にか側からいなくなったテノ兄さんの下へ向かう。
そういえばたくさんの聖騎士が駆り出されていたみたいだから、昼までの勤務の予定だった父さんの帰りも遅くなるのかもしれない。
予想通り、父さんが帰ってきたのは私たちが夕飯を食べ終わってしばらくしてからだった。それでも何日か家を空ける可能性も考えていたから、ずいぶん早い方だと思う。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
「お帰りなさい。早かったね」
「あぁ、父さんはどちらかと言うと研究職に近いからなぁ。最初のとにかく人手が欲しい段階が済んだら、あとはそっちの専門家にお任せさ。ただ、魔蝕種が発生した原因が解明されなきゃ、父さんも忙しくなるかもな」
疲れきった様子の父さんが手を拭いてからどっかりと椅子に座ると、母さんが少し温め直した料理を持ってくる。
「そうそう、この子たちも実はその現場にいたのよ」
「何だって……? 怪我はないんだな?」
「ないよ! オレたち、『フーリオ』さまとせーれーさまに会ったんだよ!!」
「おぉ! それは良かったな」
父さんは一瞬険しい顔になったけれど、無事だと知るとほっと胸を撫で下ろし、元気なテノ兄さんの話を聞きながら食事をつまみ始めた。
「せーれーさまはすっごくでかくて! まっ白だったんだよ!! 『フーリオ』さまもすっごくかっこよかった!!」
「そうだろう! ちなみにあの精霊様のお姿はタカという動物だ。そして精霊様は人間には使えない自然の力を使うこともできるんだが、見たか?」
「ゆき!」
「そうだ! すごかっただろう? あれが精霊様の力なんだ」
饒舌な父さんは普段の明るさとはまた違って、精霊様(と『フーリオ』様)を本当に尊敬しているんだなというのが伝わってくる。
……それにしても。
「とうさん、『ふーりお』さまって?」
何となくわかるような気もするけど、はっきりさせようと聞いておく。
「『フーリオ』様っていうのは、精霊様と『フーリ』……とっても大事な約束をした人のことだ。精霊様は普段はそこらにいて気紛れに人々を守ってくださるが、気に入った人と『フーリ』をなさることもある。そうして精霊様のお力を借りることのできる人を『フーリオ』様と呼ぶんだ」
大事な約束、つまり日本語にすると「契約」とかに近いのかな。精霊と契約した人が、『フーリオ』。なるほど。
「けーやくってなにする?」
「うぅん、その精霊様によるが、大抵は『気に入ったから守ってやろう』という感じじゃないか? キスなどの祝福を受ければ契約が成立するとは聞くな。そうやって気に入られる者は聖騎士の素質がある者が多いから、必然的に聖騎士としての働きにもお力を貸してくださるんだ。そしてそのフーリオ様も、その精霊様のお力を少しだけ使えるようになるんだ」
剣で斬りつけると魔蝕種が凍っていったのは魔法や超能力じゃなくて、精霊様の力を借りたということらしい。
使えない普通の人間からしたら魔法や超能力と同じだ。本当にここはファンタジー世界なんだなぁ。
「父さん、やっぱりフーリオって少ない?」
父さんがパンを飲み込んだのを見計らって、母さんと一緒に蝋燭の明かりを頼りに内職をしていたエルト兄さんが不意に質問を投げかける。
「あぁ、とても少ない。この町には2人だけだ。もっといれば魔蝕種の被害も少なく済むんだろうが……。いや、力を貸していただいているのにこんなことを言ってはいけないな」
「そっか……。おれの学年も2人しかいないらしいんだ。少ないとは聞いていたから実際どうなんだろうとは思っていたけど……。あ、あとおれにはフーリオの友達がいないからわからないんだけど、フーリオってあんなに精霊獣と対等に話せるの?」
確かにエルト兄さんの言う通り、今日見たフーリオ様と精霊様は、「凍らせろ」とか、神のように敬う私たちと比較するとかなり対等に見えた。上下関係が見えたのは、最後精霊様が去っていく時くらいだ。
「いいや、あくまで精霊様が力を与えてくださっているだけで、フーリオと言えど対等などとんでもない。あの方はかなり特別な方だ。だから、精霊獣にお借りした力も他のフーリオ様より強いんだろうな」
「そんなことあるんだ。なのに『フーリア』様じゃないの?」
「『フーリア』様はもっと特別なお方だ。そもそもの存在が違う。フーリオも『フーリア』様も昔は今より多く存在していたらしいが、この国はもう何百年も『フーリア』様はいらっしゃらないよ」
また知らない言葉だ。『フーリオ』と似てるけど、少し違う。
「……ん、あぁ、2人にも説明した方がいいな」
視線に気づいたのか、私とテノ兄さんの方を見た父さんは口の中の物を飲み込むと、再び説明し始めた。
「神が遣わされた子、神の子のことだ。その御子様が神獣と契約すると、『フーリア』と呼ばれるんだ」
「みこさま……?」
「神がとある母体に自らの子を人の姿で遣わす。あるいは、とある人の子に寵愛を授け神の子とする。いろんな説があるが、その子どもは人ではなく神の子であり、その力を持って神から与えられた使命を全うするのだそうだ」
……それは。
人の間から産まれたなら、それは神の子ではなく人の子ではないのか。
なんて、出そうになった言葉を飲み込む。
私はまだこの世界について知らないことばかりで、この世界は私の常識を超えるものがたくさんある。だから本当に神が存在するように、神の子も存在するのかもしれない。
つい前世の常識で考えてしまうけど、もしかしたら本当に動物や半獣の姿なのかもしれないし。
「フーリオといえど、神獣とは契約できない。ただの人が神と契約できるはずがないだろう? でも、御子様は神獣と契約することができるんだ。フーリオとフーリアはその存在からして全く違うんだよ」
テノ兄さんはあまり理解できていないようだったけど、エルト兄さんは納得したらしい。
すると、ずっと話を聞いていた母さんが口を開いた。
「古い言い伝えだけれどね、御子様には共通することがあるらしいの」
「共通すること?」
「そう。お母さんのお腹の中に入る前やお腹の中にいるときに、神様と会ったことがあるんですって」
どくり、と心臓が跳ねる。
息が止まって、真っ白なあの世界が脳裏に広がる。
「オレかーさんのおなかの中のことおぼえてない!」
「おれも。そもそも、ふつうに生きていても神獣と会うことなんてないよ。神殿で仕えていても、会うことができるのは本当に少しなんでしょ」
「そうだな。まぁ言い伝えみたいなもんだから真偽はわからん。ただフーリオの契約のように、産まれてくる前に神獣と出会って、祝福のキスを受けるらしい、ってただの噂だ」
落ち着け。そう、ただの言い伝えだ。人々が作って語り継いだだけの、噂話だ。
みんなに気づかれないように、小さく息を吸って吐く。普段から無口で良かった、とこれほど思ったことはない。
「でも、そうね。こんなことを言うのは不敬かもしれないけど、母さんはあなたたちがただの人で良かったわ」
「なんで? みこさまはすごいんでしょ?」
「そうよ。でも、御子様は神様から遣わされたお方だから、すぐに神の国へ帰られてしまうの。神様が自分を選んで御子様を遣わしてくださるのは光栄だけれど、もし大事な大事なあなたたちがすぐに帰ってしまったら、母さんはすっごく悲しいわ」
母さんはそう言って、笑いながら私たち3人をぎゅっと抱き締めた。それにテノ兄さんはけらけらと嬉しそうに声を上げる。
「特にレネアは長寿の花、レインテから名づけたからな。長生きしますようにと名づけてすぐに帰ってしまうとしたら皮肉なもんだ」
3人に押し潰された体は苦しさを訴える。でもその苦しさに心臓は落ち着いていって、温かいもので満たされていく。
母さんのその言葉は言って大丈夫なの、とか。そもそも元から神の子だったら今と同じ接し方はできないでしょ、とか。名前の由来なんてあったの、とか。
思いついた考えは一瞬で流れていって、ただ「大事にされているんだ」という思いだけがすとんと胸に落ちてきた。
まさか、と思ってしまったけど、冷静に考えれば私が御子様なんてあり得ない。
だって、私には特別な力なんてない。
神様には会ったことがあるけど、あれはこの世界に転生する前のことだ。この世界の神はほとんどが獣の姿をしているらしいから、きっとあの神はこの世界の神様じゃない。
それに転生特典はもらったけど、キスはされていない。産まれてからこの3年間も、神様と会ったこともなければ契約もしていないのだから、違うはずだ。
なんてまどろっこしい言い伝えのある世界に転生してしまったんだろう。おかげで無駄に焦ってしまった。
別に文句ではないけど、白髭を蓄えたあの神様を思い浮かべながらそんなことを心の中で呟く。
不思議な世界だけど、でも、きちんと私の望んだ特典の通りに、自分の子どもを愛する家庭の下に転生させてくれた。
嬉しい、かはよくわからないけど、転生したこと、この家族の下に産まれてきたことは良かったと素直に思う。
もう会うことのない神様に向けてありがとうと感謝の念を送りながら、“私”を痛いほど愛してくれる家族を小さな腕で抱き締め返した。
やっとタイトルの説明できた!!
だいぶ遅くなりましたすみません……。楽しみにしてくださっていた方がいたら申し訳ない。
一言でも感想等いただけたらめちゃくちゃ嬉しいです。マシュマロも設置してるのでぜひ。
今そんなにモチベがないので、感想等いただければ舞い上がって更新速度が確実に上がります。(どの程度かは言っていない)




