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第4話 加護聖術

 家の鍵が開いてすぐ駆け出したのはテノ兄さんで、私の手を掴みながらこっちこっちとエルト兄さんを先導する。


「レネア、にーさんにしょーかいするぞ!」


 すぐに立ち止まった場所は、2週間くらい前から新しく家族になったフォコを住まわせている、普段私たちが生活する大部屋。そこできょろきょろと視線を動かすと、テノ兄さんは一点で目を止め、私に指差しながら耳打ちした。


「ほら、あそこ」

「うん」


 フォコは風に吹かれて生きている性質上、決まった住処を持たない。なので我が家でも寝床を用意することなく、部屋の中を好きに過ごさせている。もちろん自分で動ける範囲はほぼないに等しいので、「好きに」と言ってもたまに風に飛ばされているだけだ。


 今はいつもの場所にいたのか、と内心呟きながら、テノ兄さんに言われて気づいた黒い塊にゆっくりと近づく。

 いきなり駆け寄るとその風で浮き上がってしまうので、フォコへの配慮だ。


「えるとにいさん、こっちきて。あのね、みしぇたい……んー、いるの」

「見せたい……。物? 何だろう」


 声をかけると同じようにゆっくり近寄ってきたエルト兄さんに、掬い上げた黒い綿毛を突き出す。

 テノ兄さんが見せたいならテノ兄さんが見せればいいのに、と思わなくもないけど、拾ってきたのは私なのだから私が紹介するのが筋なんだろうな。


「フォコ? つかまえたの?」

「ううん。なんか、はなれるない、だった……」

「かぞくがふえたんだよ!」

「そうなのか。よかったね」


 エルト兄さんは少し驚いてから優しく笑うと、それを見たテノ兄さんも満面の笑みを見せて話しだした。


「さいしょはレネアにしか近づかなかったけど、さいきんオレにも少しだけさわらせてくれるようになったんだ!」

「テノが優しいのが伝わったんだね。よかったね」

「うん!」


 へへ、と褒められて嬉しそうに笑うテノ兄さんの頭をエルト兄さんが撫でる。そしてまじまじとフォコを観察すると、次に私を見た。


「レネアは、この子が好き?」

「え?」


 予想外の言葉に、フォコを差し出した体勢のまま固まる。


 好意を持っているかどうかということ? 何で今そんなことを訊くの?

 エルト兄さんの考えていることも、私がフォコを「好き」かどうかも、何もわからない。だって、そんなこと考えたこともなかった。


 ……でも。テノ兄さんも、父さんも母さんも、新しい「家族」が好きで。私は特に懐かれているようだから、きっと好きになるのが「普通」だ。

 だからきっと、特に理由もなくフォコに指を差し出してしまうのが、「好き」あるいは「気に入ってる」ということなのだろう。

 まだよくわからないけど、たぶんそう。


 ──そうだといい。


「……うん、すき」

「──そう、大切にするんだよ」


 黙った私に困り顔をしていた兄さんが、一拍置いて安心したようにふわりと笑う。


 よかった。「普通」の返答ができたんだ。

 きっとこれが「好き」で、これからそれが当たり前になっていく。そんな期待の混ざった予感がした。



「可愛いね。おれもさわってもいい?」

「うん、もちろん」


 母さんが昼食の準備をしている間、主にフォコについて話す。


 フォコは屋内での生活も人もだいぶ慣れたのか、私がいなくても落ち着きを見せるようになっていた。

 今も見知らぬ人であるはずのエルト兄さんがいるけど、普段と変わらず警戒する様子は全くない。ふわりと兄さんの手に落としても、抵抗することもなかった。


「いつもはどうしてるの?」

「てきとー、に……? いつも、このへやいるよ。うえ、ものの? がおおい、かな」

「ごはんはこーたいであげてるんだよ! たまにさんぽにも行くんだ!」

「散歩に? 風に飛ばされないよう気をつけてね」


 本当は、家に連れ帰った時に駄目だと言われて、逃がして終わりだと思っていた。なのに家族にも懐く(?)し、逃げたかったら逃げてもいいんだよ、というつもりで散歩に連れ出しても逃げる様子はない。

 前世でペットを飼ったことはなかったし、憧れもなかったから全く飼う気はなかったけど、人生何があるかわからないものだ。


 としばらく3人で話していると、どこかへ行っていた父さんがひょっこりと顔を出す。


「お、フォコを見てるのか。可愛いだろ。よくいるが、こんな間近でまじまじと見ることなんてあまりないから珍しいだろう?」


 そのまま近づいてくると、私たちが顔を突き合わせている上からエルト兄さんの手の中にいるフォコを覗き込んだ。


「うん。フォコってなつくんだね。それにもびっくりした」

「父さんも、わざわざフォコを飼ったなんて話聞いたことがない! しかも捕まえたわけじゃなく懐いて離れないから飼ったなんて、話の種になるぞ!」

「確かに」


 私からすればこれが当たり前なので珍しいという感覚がわからないけど、みんなが言うってことはよっぽど珍しいんだろうな。会話が膨らむような話はないと思うけど。


 あ、でも、餌をあげるのは話の種になるかな。ならお昼の餌やりは兄さんに経験してもらうのもいいかもしれない。


 そう思いついて、それを伝えようと口を開く。けど私がエルト兄さんに話しかけるより早く、エルト兄さんがあ、と声を上げた。


「そういえばこの子は拾ってきたってことだけど、穢れは祓ったの?」

「あぁ、もちろんしたぞ。ほとんどなかったけどな」


 フォコを連れ帰ってきたあの日、私はすぐに手を洗わされて、フォコは父さんが帰ってくるまで隅に置かれていた。曰く、外で過ごしていたなら穢れがついているかもしれないからとのこと。


 人に害をなす魔蝕種のその発生源の1つが穢れ、あるいは魔霧だ。物や生き物を少しずつ魔に犯していくものを穢れ、空間に淀み溜まって可視化できるものを魔霧と言うらしい。それらが成長することで魔に取り憑かれた状態や、形を持った魔獣や悪魔になる。

 穢れは少しならばあまり問題はないけれど、人体にとってよいものではない。だから念のために、穢れを祓うことができる聖導士の父さんに祓ってもらう必要があった。


 と聞いたけど、実際のところよくわからない。穢れは普通目には見えないものらしいし、目に見えるような霧状のものは町中ではなかなか見かけない。魔獣や悪魔などの魔蝕種も、出たという話は聞くけど私の目では見ていないのでいまいち信用しきれていない。

 帰ってきた父さんが穢れを祓った時も、魔が出てくると危ないからということで人気のない離れたところでやっていたので、私は見ていないし。


 ただ、前世では存在しない生き物や聖騎士や聖導士という職業、たまに見る父さんの聖導士としての仕事から、そういう世界なんだなと信じるようにはしている。

 ……まだ疑いたくなる気持ちもあるけれど。


「簡単なものだが、加護聖術(テオシーナ)もかけてある」

「野生の動物は魔に好かれやすいから、初めのうちは加護聖術で守っておく、んだっけ」

「そうだ。何度かかけていたら魔への耐性が多少つくから、そうなればずっと必要というわけじゃない。それまでは、人と暮らすならば加護聖術をかけて人も動物も守っておけってことだな。町中ならともかく、一応外で拾ってきた石とかでもだぞー」


 そして穢れを祓ったらしい父さんが戻ってきて次にしたのは、母さんに聞かされて魔法みたいなものかな? と思った加護聖術(テオシーナ)だった。

 私にはよくわからないけど、どこか神秘的で美しいそれを、週に3回フォコにかけていた。


 けれどその時に聞いた説明では「魔から守るために加護の聖術をかける」としか言われなかったので、詳しいことは知らなかった。


 初めて知ることに、へぇと心の中で相槌を打つ。

 エルト兄さんはわかっているというように頷いたから、聖導士や聖騎士にとっては当たり前の話らしい。


 聖導士も勉強することが多いんだな、と思いながら聞いていると、エルト兄さんが窺うように父さんを見る。どうやら本題は学んだことの確認ではなかったようだ。


「あのさ、おれ、まだ聖術はあんまり習ってなくて。できたら父さんが聖術をかけているところを実際に見てみたいんだけど……だめかな? 2週間前に拾ってきたってことは、もう必要ないかな……」

「あぁ。なんだ、そういうことか。もちろんいいぞ」

「えっ!! もういっかい!?」

「本当? ありがとう!」

「前回で終わりのつもりだったが、元々もう1回やるか迷ってたしな」


 父さんの許可に、エルト兄さんが瞳を輝かせる。けれどそれよりも、テノ兄さんの喜び様が凄まじかった。

 テノ兄さんはいつも加護聖術を楽しみにして、じっと見入っていたからなぁ……。もう見れないと思ってたから、さらに嬉しいのだろう。


「食事までは……まだあるな。今からやるか!」

「えさやりも。エルトにいしゃ、やる、いいよ」

「いいの?」

「うん」

「じゃあやらせてもらおうかな。ありがとう、楽しみだな」


 先に餌やりから。

 ゴミとは別に集められているパンくずと、適当に拾ってきた葉っぱの入った小さな籠をテノ兄さんが持ってくる。そしてそれを、フォコを棚の上に置いたエルト兄さんに渡した。


「フォコのちょっとまえにおくんだよ」

「ここぐらい?」

「そう! それで、フォコをのせたげて!」


 籠の中身を適当に摘んで、テノ兄さんの指示通りぱらぱらと落とす。そしてフォコをその上に乗せると、餌に気づいたフォコはわずかに位置を調整すると少し平ぺったくなった。


「すごい。こんな風に食べるんだ」

「手の上に乗せるか? それも面白いぞ」

「レネア、きょーはオレやっていい?」

「いいよ」

「ありがと! じゃあにーさん、手まっすぐしてて」


 父さんの提案に、今度はテノ兄さんがエルト兄さんの手のひらに餌を置いて、さらにフォコを乗せる。


「わ、何これ!」

「にーさんくすぐったい?」

「うん。はは、面白いね」


 私もやったことがあるけど、口が触れているのか何なのか、不思議な感覚だった。その感覚に珍しくエルト兄さんもはしゃいでいる。


 そうして新鮮な反応を見せるエルト兄さんを中心に、少食なフォコの餌やりは終わった。




「よし、じゃあやるか!」

「かごせーじゅつ!」


 隣から少しずついい匂いが漂い始めた中、床に置かれたフォコと父さんを中心に、少し離れて3人並ぶ。


 父さんの職種は、聖騎士である。生まれつき聖力を持った一握りの者だけがなることのできる、魔蝕種に対抗する唯一の力を持った兵士。それが聖騎士。

 その中でも剣を振るうより聖術を得意とした聖騎士を、一般的に聖導士と言う。彼らは剣の代わりに杖を持ち、魔蝕種を倒す他に聖術を用いて人を守り、癒すことができるらしい。


 フォコの前に立つ父さんの手には、聖導士であることを示す独特な形の木製の杖が握られている。その先には水晶のような石が嵌め込まれており、窓から差し込む光が反射して輝いていた。


「じゃあみんな、静かにしているんだぞ」

「はーい!」

「はい」

「はい」


 笑って私たちに注意した父さんが前を向くと、その表情は真剣なものになる。服は普段と同じなのに、手に持った杖とその表情に、父親ではなく聖導士としての彼の姿が見えた。


 小さく息を吸った父さんが、杖をフォコの真上に掲げて両手で横に持つ。そして普段よりも優しく、凛とした声で、加護のための言葉を紡ぎ始めた。


「聖なる心。聖なる光。魔を祓い生命(いのち)を護る、聖なる力。世界に満ちるは神の御心。小さきものを助け、弱きものを護らん。あまたの神、あまたの精霊よ。我が祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え」


 フォコがぽう、と明るくなって、きらきらと淡い光がわずかに漂う。それと同時に目には見えない力が流れ始め、空気が澄んでいくような感覚がした。


 “神様”と出会った時に似たそれは、あの時よりもずっと弱い。けれど父さんの言葉に少しずつ勢いを増して、どこからともなく吹き始めた風がふわりと髪を攫った。


「我が名はランデル・マーセイン。セレイス国が守護神、フィセラーノに仕え、聖なる力を以って民を護る者なり。我が祈り、我が生命(いのち)を捧げ、家族たる小さき獣に加護を与えん!」


 そして言葉が切れると、父さんは流れるようにくるりと杖を半転させ、縦に持ち直したそれをトンと軽く音を立てて床につく。その瞬間周りに浮かんでいた光が収束し、ぱちんと弾けてフォコを覆った。


 薄い膜のような光はしばらくフォコの周りをきらめいていたけれど、少しして、ふ、と溶けるように消えてしまう。

 一見なくなったかのように見えるけれど、それはフォコに馴染んで収まったのだということは理屈でなく理解できた。


「とまぁ、こんな感じだな」

「すっ、げーーー!!! ぽわって! 光った!!」


 にか、と笑って振り返った父さんに、いつもより興奮した様子のテノ兄さんが駆け寄っていく。


 フォコを連れ帰ったあの日に初めて見た、異世界らしい魔法のようなもの。清らかで美しい聖術は、テノ兄さんのように何度見たとて夢中になるのも道理だろう。


 さらに今日は少し言葉が増えて、より格式張っていたような気がした。だからテノ兄さんもいつもより興奮していたのかな。


「すごい。すごいすごい! こんな風になってるんだ! 聖力はそういう風に……。なるほど」


 わ、静かだと思っていたエルト兄さんもすごかった。

 それほど表情に出るわけじゃないけど、よく見れば目はきらきらと輝いて、抑えきれない興奮が見て取れた。


 自分の感じたことを思うまま喋るテノ兄さんをうまく相手しながら、父さんはエルト兄さんの質問に答えていく。

 私は2人の話している聖力の扱い方というのはよくわからないから、とりあえずフォコを拾い上げて適当なところに置いておいた。


「あ。ありがとうな、レネア」

「うん。……ねぇ、とうさん。きょおはいつも、もっとながい? その、ことば、が」

「あぁ、せっかくだしきちんとしたものを見せてやろうと思ってな。と言っても堅いだけでそう大変わりはしないんだが」

「いつもは? 杖も使うないでいいの?」

「いや、できる限り使ってたぞ。このくらいの簡単な加護聖術なら使わない人も多いが、完璧な方がいいだろう? だから父さんは使うようにしてるな」


 杖は絶対に必要なものだと思っていたけど、なくてもできるのか。わざわざ使うのは几帳面なところもある父さんらしい。


 付け加わった言葉はよくわからなかったのは残念だけど、いつもと違った理由にも納得したし、綺麗なものが見れてよかった。

 うん。綺麗なものが見れるのは、嬉しいことのはずだ。


「レネア」


 と、父さんの呼ぶ声がしてそちらを見る。


「なに?」

「──どれくらいきらきらしていた?」


 質問の意図がわからなくて首を傾げた。

 どのくらい、とは? 範囲? それとも量?


「いっぱい……?」


 密度も範囲もあの白い空間で見たのには遠く及ばないけど、父さんの両腕を広げたくらいの範囲にはまばらに光が漂っていた。


 ……あ、でも。


「今まで……の、より、多いかった……?」


 週3回、今までしていたのより輝いていたような気がする。気のせいじゃないかと言われれば納得してしまうくらい自信はないけど。

 言葉が長かったのと関係あるのかな。でも父さんはそう変わらないって言ってたし、やっぱり気のせいかな……。


「──そうか。……よし、そろそろ昼食の時間だ! 母さんを手伝いに行くぞ!」


 どうして? と訊こうと思ったけど、話はこれで終わりだというように声を上げたからやめておいた。

 父さんが説明はいらないと思うなら、それでいい。


 父さんが3人の背中を軽く叩いて、手伝いに行くよう促す。


「あなたたちー! ご飯できたわよ!」


 すると隣の部屋から母さんの呼ぶ声が聞こえてきた。

 ちょうどいいタイミングに4人で顔を見合わせると、誰からともなくくすりと笑みを漏らす。そして同時にはーいと大きな返事をすると、ご馳走の準備をするべく台所へ向かった。


「触らせてくれるようになった」と言ってるけど、フォコは自分では動けないから、別に触ろうとすれば触れる。ただ綿毛をわさわささせたり多少逃げようとしたりするので、嫌がってるのを感じてテノが触ってないだけ。

っていう蛇足。本文中に入れられなかった私の未熟さが出ました。


基本的に、1度こちらの言葉で言われて、説明が終わった言葉は、日本語に訳せるならその後は日本語で表記してます。

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