第1話 転生
描写しつこいかも
全然進まない
いつか書き直したい
まどろみの中にいるようだった。
暖かい日差しに包まれて、ゆらゆらと揺れているような感覚。
明るくなったり暗くなったり、遠くの方で優しい声が聞こえたり。何も見えないけれど、うつらうつらとする意識の中で一定間隔でずっと聞こえるドクドクという音が、何より心地良かった。
たまに意識が浮上して、うとうととしながらまた眠ってを繰り返す。
そんな時間がずっと続いていたある日、突然遠くの方が騒がしくなって、体が締めつけられるように苦しくなった。
少しだけはっきりした意識で永遠に感じるような苦しさに耐えていると、しばらくしてまた突然締めつけがなくなる。そして今までよりもはっきりと聞こえる騒がしい人の声の中に、一際大きな、どこかで聞いたことのあるような声が聞こえた。
忙しなく動く肺が苦しい。聞き覚えがあると思ったのはおぎゃー、おぎゃーと騒がしく泣く赤ん坊の声で、自分の口から出ているのだろうと気づく。体は疲れていて、でも懸命に生きているのがわかる。
私が生まれた日。それが、“私”の最初の記憶だった。
生まれ変わった、と自覚してしばらくは、また胎児の頃と同じようにうつらうつらとまどろむ毎日を送っていた。
誰かが話しかけてくれているのはわかるのだけど、どうにもいまいち覚醒しない。優しい声とドクドクという心音に安心して、すぐ眠ってしまう。
寝てまどろんでの繰り返しの中、初めて意識がはっきりとしたのは(恐らく)母親に話しかけられた時だった。視覚はまだ発達途中で、近くないとわからない。ついでに言うと、声の聞き分けがやっとできるようになってきたぐらいだ。
とにかく、この時初めてはっきりとした意識の中で、母親の声を聞いた。
「ウナ セ トツマ ラァ」
いや、日本じゃないの?
ずっと日本だと思っていたから、まさか海外とは想像すらしていなかった。英語や中国語ではないし、ドイツ語やフランス語、イタリア語とかでもないと思う。どこの国だろう、とは気になるけども、未発達の目では部屋の様子すらわからない。
とりあえずは、自分の名前と言語を覚えることから始めなきゃいけない。それから日本ではない文化に慣れていくこと。
生きていく上でまず重要なことを覚えていかなければ、と第一目標を決めた。
そんなこんなで季節が3周して、(話すのはともかく)やっと言葉もなんとなく理解できるようになった。
そして1番の難関である言語の壁を乗り越え始めたことで、この世界についてわかったことがいくらかある。
まず、私の名前はレネア・マーセイン。セレイス国のカタボスチェという小さな町に住む、一般家庭の第3子だ。
名前から推察できる通り東アジア圏ではなく、町の様子などを見る限りこの世界は中世から近世あたりのヨーロッパのようだった。
このヨーロッパのようというのは、推察の意味ではなく、似ているという意味だ。
そう。似ているだけで、同じではない。
似ているけれど、私の知るヨーロッパとは大きく異なるものだった。
『むかしむかし、神と人の間に産まれた1人の少年がいました。神に愛されたその少年は、多くの祝福を受けていました。
しかし、魔物が空を覆い、海を汚し、人を喰らい、この世界は闇に包まれてしまいました。人々は魔物を倒そうとしますが、剣は魔物をすり抜けるばかりです。次々と襲いくる魔物に人々は恐怖し、嘆くしかありませんでした。
そんな中、勇敢で、優しく、思慮深い少年は、魔物が蹂躙するこの世界で1人でも救おうと立ち上がりました。
聖なる力を持つ少年は剣を振るい、その力によって魔物を倒します。けれど、強大でおびただしい数の魔物にたった1人では敵いません。
そんな少年の前に、1頭の立派な角を持つ鹿が現れ、少年に頭を下げました。怜悧な鹿の力を借りて、少年は魔物を退けました。
次に、1匹の優美な舞魚が現れ、少年の周囲を舞いました。慈悲深い舞魚の力を借りて、少年は魔物を倒しました。
愛らしい少年は成長し、秀麗な青年になりました。けれど、魔物はまだまだ多く、人々は安心して暮らせません。
次に、1羽の梟が現れ、少年に唄を唄いました。獰猛な梟の力を借りて、青年は人々の住む地を取り戻しました。
次に、1頭の竜が現れ、青年に藍色に輝く鱗を授けました。誠実な竜の力を借りて、青年は多くの魔物を打ち払いました。
秀麗な青年は成長し、精悍な男になりました。けれど、いくら倒しても魔物は次々と現れます。
そして最後に、1匹の翼蛇が現れ、男の額に口づけを落としました。厳格な翼蛇の力を借りて、男は魔物の母たる女神を見つけました。
5柱の神を従えた男は魔の女神の僕である大きな魔獣を退治し、世界は浄化されました。人々は皆男を讃え、10度夜が明けるまで宴を続けました。
しかし、いつまた女神が力を取り戻し、魔物が現れるとも限りません。男が5柱の神に世界の各地を守るよう願うと、神は愛した男のためにその場所を守ることにしました。
神に愛された男は安寧を得た人々の暮らしに安堵し、その姿を真っ白な鳥へと変え、やがて神の国へ行きました。
そして神々は今もなおこの世界を見守り、男の願いを叶えんと5つの国を守護しています』
これが、おとぎ話のように紡がれるこの世界の歴史。何度も何度も聞かされながら懸命に理解した物語。
そう、この世界は地球ではない。地球には存在しない生物が日常で現れ、創作物に出てくるような魔物も存在するらしい。
これを知った時は唖然とした。転生というから、私が死んだ後の同じ世界に生まれ変わると思っていたのに。
確かに転生先の希望はないと言ったけれども、だからといって全く違う世界に転生させられるとは……。
「──めでたしめでたし」
「わーっ!」
寝物語として聞かされるこれを、兄のテノは気に入ってよくせがんで聞いていた。
幼児向けに噛み砕かれて、会話と戦いの描写が追加されたそれは、絵本などないこの時代では日々少しずつ異なる言い回しで理解するのに苦労した。
そもそも絵本があれば、言葉の理解がもっと早かっただろうに。絵本って偉大だ。
「まじゅーって、とーさんがいっつもやっつけるやつ?」
お話が終わると、テノ兄さんはいつも母さんを質問攻めにしている。子どものなぜなに期とは恐ろしいもので、隣で聞いているだけの私のでも疲れてくるのだから、笑顔を絶やさず答える母さんはすごい。
私も、わからないことばかりでもっと訊きたいことはあるけど、それを訊くための言葉がわからないので2人の話を聞いていることが多い。
もちろんそれだけで十分勉強にはなるけど、そもそも2人の話している言葉の聞き取りや理解ができなかったりするのでなかなかに難しいかった。
「父さんはあまり戦わないけれど、そうね。みんなを襲うわるーい化け物よ」
「わるいやつをとーさんがやっつけてるんでしょ! カッコいぃ……!」
「そう! 父さんたち、聖騎士様や聖導士様が助けてくださるのよ」
「オレもとーさんみたいにせーきしさまになる!」
父さんを尊敬しているらしいテノ兄さんは大興奮で、少し耳が痛い。
「かぁしゃ、かぁさん」
「ん? なぁに?」
とうっ、とうっと剣で魔獣を切る真似をするテノ兄さんを放って、母さんの服の裾をくいっと引っ張る。
「まじゅう、は、まろーしゅ?」
「そうよ! 母さんたちの話を聞いてたのかしら? よく覚えてたわね、偉い偉い! 物語に出てくる『魔なる力』を持つ魔獣は、たくさんの種類がいる『魔蝕種』の中の1つなの。悪魔ってよく聞くでしょう? あれも魔蝕種の1つで、魔獣とは違うものよ」
「せーしょーしゅは?」
「神獣や精霊獣……つまり神様や精霊様が、『聖なる力』を持つ『聖清種』よ」
足りない語彙で尋ねるせいできちんと私の質問が伝わるかは不安だったけど、さすが3児の母。それぞれに合わせて答えるのがうまい。
始めは簡単な言葉で擬音語も多かったけど、私は難しい言葉が好きだと思われたのか、きちんとした説明をしてくれることも多くなった。もちろん私の質問がきちんと伝わらないときもあるけども。
「かみさま……」
「いつもお祈りしてるでしょう?」
うん、と曖昧に頷いて考え込む。
この世界でも宗教はある。私の知る宗教とは全く異なるもの。その何よりの違いとして、この世界では神は実在している。……らしい。
ラピフォリス様が隣の町に現れたらしいとか、また別の町で神に連れ去られた者がいるとか、神の要求する供物の量がどうとか話すのをよく聞く。
とは言っても、前世の記憶のある私からすれば信じられない話だ。だから、始めは妖や神が実在すると思っていた時代の地球のどこかなのでは? と考えていた。
その過去の地球という考えは、地球には絶対に存在しない生き物や聖導士として確かに働いている父の様子などから撤回して、ファンタジー世界であると改めたけれど。
言語は必須で覚えなきゃいけないし生きていく以上勝手に身につくだろうけど、何より厄介なのはこの宗教観だ。
無宗教だった私には、食前や行事のお祈りも、信仰を基礎とした考え方も馴染みがなさすぎて周りから浮いてしまう。
神が実在しているなんて、20年弱生きてきた常識を覆すのは難しい。
「《……って、ぁたし1回あってゆじゃん、かみしゃま》」
「どうしたの?」
「ううん」
もしかしたらこの世界でも本当に神は実在しているのかもしれない。なんて、実際に目で見なければ信じられないけど。
とりあえず、恐らく魔獣・悪魔=魔蝕種、神獣(神樹)・精霊獣(精霊樹)=聖清種だということはわかった。そして魔獣は人間を襲うため、それを倒すことのできる兵士が聖騎士(と聖導士?)として働いている。
と、頭の中で相関図を描いたものの、人間と神の関係がよくわからない。
守ってくれるように祈り、恵みや生きていることに感謝する、毎日のお祈りやたまのお祭りはある。そこは前世と変わらない。
でもそれにしては、前世の宗教よりも神様との距離が近い。……ような気がする。
これが、神様が実在していることによる違い?
「じゃあそろそろお祈りして寝ましょう。今日は父さんは寝ずのお仕事だから、そのお祈りもね」
「はーい!」
「はぁい」
母さんの言葉に思考を中断して、のそのそと居住まいを正す。そして慣れてきた口先だけのお祈りを済ませると、薄いベッドに潜り込んだ。
テノ兄さんと、さらにその向こうから伸びる腕に抱き締められて、とくとくと鳴る自分の心音を感じながら目蓋を下ろす。
考えたって無知な状態から思いつくことなんてない。何もかもが違いすぎるから、こればかりはもっと言葉を覚えて少しずつ知っていかなければならないのだ。
◇◆◇
前世の世界と今世の世界では言語や生物の他にもたくさん違いがあって、生まれてから3年以上は生きることとこの世界に慣れることに必死だった。
石造りの家に不衛生な生活、雑味の残る食事やその他文化の違い。始めは嫌悪感や違和感があったけれど、それも3年も経てばかなり慣れてくる。
でも、どうしてもいまだに慣れないこともある。
「かあさん」
小さく呼ぶと振り返って、どうしたの? と優しく撫でてくる女性。細められた青の瞳は慈愛に満ち、柔らかな笑みを浮かべている。
今世の母。“私”の家族。
母も、父も、兄2人も、みんな私に優しい。けれど、私にはそれがわからない。私にとって、家族とは私を拒むような背中と冷たい目を持つ人だ。
だから、私にはわからない。なぜ私を見て笑うのか。なぜ優しい言葉をかけるのか。
父さんや母さんと呼ぶたびに違和を感じる。触れられるとその部分がくすぐったくなる。笑いかけられると心臓が変になる。
愛されたいと願った。
子どもを愛してくれる家族の下に生まれたいと願った。
変わりたいと願った。
「だっこ」
「ふふ、甘えんぼねぇ」
手を伸ばせば、その手を取ってくれる。触れた部分と胸が温かくなって、口元がむずむずとしてきゅっと引き結ぶ。
まだ私にはわからないことばかりだけど。
でもきっと、これが愛なんでしょう?