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第14話 ノルヴェリオの秘密1

 喧嘩もどきの仲直りから、テノ兄さんはすっかり元通りに戻った。いや、吹っ切れたのか、擬似反抗期の最中に慣れたのか、口調だけは戻らず男の子らしいものになっていってるけど。

 それはともかく、両親に対する反抗期じみたものは修まり、私に対してもやんちゃな面もあるけれど優しく世話焼きなお兄ちゃんに戻った。いつも笑顔で元気で、まだ1ヶ月も先の月蛍祭や私の誕生日を楽しみにしているようで元気すぎるくらいだった。

 それから、私は気づいていなかったけど、元々両親とは聖力や将来のことについて何度も話し合っていたらしい。職業や聖騎士の話になると今でも苦しそうな顔はするけど、きちんと将来のことを考えてるみたいだ。



 そんな感じで他に問題が起こることもなく日々は過ぎ、学舎の生活にも慣れてきて、とある行事の日がやってきた。


 綺麗な方だけど汚れても大丈夫な服を着て、着替えも持たされて、靴も動きやすくしっかりとした生地のものを履かされている。

 今日は、みんなが待ちに待っていた初めての遠足の日だった。


「地面には気をつけろよ。レネアはどんくさいんだから」

「うん」


 停留所まで送ってくれた父さんと別れ、テノ兄さんと他の子と一緒に牛車を待つ。

 昨年のことを思い出しながら楽しそうに話すテノ兄さんと友達と話していると、あ、という声が聞こえてきた。


「みんな! おはよう!」

「おはよう、アラン!」


 そこにいたのはアランで、学舎に通う際のものではない何かの小さな荷物を持っている。

 私と同い年だというアランが今ここにいるということは、薄々気づいてはいたけど学舎には通わず家の手伝いなどをしているのだろう。遊び場に来ることが少ないのも、きっと。


 アランは私たちに近寄ってくると、普段と異なる私たちの様子を指摘し首を傾げた。


「みんな、いつもと何かちがう?」

「おう! けーじゅの森に遠足に行くんだぜ!」

「そうなんだ! いいなぁ。みんな気をつけてね」


 蛍樹の森──大きな大きな、この国の神が住まうという、神の森。果たして遠足なんかで子どもが入っていいのかと不思議に思うけど、そこに私たちは遠足に行くらしい。

 興奮気味のみんなと話していると、ふとアランがその森の方を見る。


「かみさまのいる森かぁ……。……あのね、本当かどうかわからないんだけどね、もし雨がふったりだとかどうぶつがいかくしてきたりだとか、森に入ろうとして入れなくなったら、森には入らない方がいいってことらしいよ」


 かみさまやせいれいさまが来るなって言ってるのかもね、とアランは眉を下げて言った。


 それは聖力を持つ知り合いとやらが言っていたのだろうか。そんなまさかと言いたくなる内容でもあるけど、この世界だと本当にそういうこともあるのかもしれないなと思う。


「あ、おれもう行かなきゃ! じゃあね、またね!」

「またねー!」


 少しの間話すと、アランは慌てたように去って行った。それをみんなで見送るとちょうど牛車もやって来て、徐々に熱くなってきた日差しを浴びながら学舎へと向かった。




 学舎に着くとクラスで遠足の説明が最後にもう1度あって、それから学舎にある全3台の牛車に再び乗り込んで出発する。行き先は神に関わる全てを司る、この町の神殿だ。神殿は蛍樹の森と町を繋ぐ門の役割を果たしており、この遠足に協力してくれているらしい。


「けーじゅの森ってどんなんだろう!?」

「せーれーさまいるかなぁ!」

「遠足たのしみだね!」


 私を中心にいつもとは比べ物にならないくらい興奮気味な子どもたちを乗せた牛車が進む。

 その進む際の風はあるけれど、初夏になって過ごしやすい時期を少し過ぎてしまった気温は少々暑い。それでも動いていなければ汗はかかない程度だろうけど、登校より長い時間直射日光を浴びていてはさすがに暑かった。


 とはいえ、森に入れば木陰もできて涼しいだろう。今日は見事な晴天で、移動中は暑いけれど絶好の遠足日和だった。




 …………はずだった。




「うぅぅ…………」

「なくなっちゃうのかな……」

「すっごくたのしみにしてたのに!!」


「いったいなぜ急に……」

「ラピフォリスさまに何か──」



 神聖なる神殿の外からざあざあと音が聞こえる。

 残念なことに、現在、見事なまでに雨が降っていた。



 道程の3分の2を過ぎた頃から、行き先の空が曇り始めた。それでも神殿近く、蛍樹の森の真上は真っ暗でゴロゴロと雷も鳴りつつも何とか保っていたけれど、牛車が神殿に着いた瞬間に雨が降り始めてしまったのだ。

 神殿内に入って神官の説明を聞く頃には雨脚は強くなり、説明どころではなく大人たちはばたばたと慌ただしく話し合っている。集めて待機させられた子どもたちはみんな不安そうに、不機嫌そうにしながら固まってそれを見ていた。


「中止になっちゃうかな」


 近くに座っていたノルが誰に言うでもなく呟く。


「どうだろう。でもちゅうしになっちゃうしても、きっとべつの日でやるから、だいじょうぶだよ!」


 私が慰めるように言えば、みんな少し機嫌を戻したようだった。



 …………そういえば。アランが言ってたことが当たってしまったな、と思い出す。

 まさか本当に私たち、もしくはその中の誰かが蛍樹の森に住む神や精霊に歓迎されてない? そんなまさか、いやでもこの世界なら本当にあるのかな。どうなんだろう。


 アランがもし聖力を持つお姉さんに聞いたなら、同じ聖力を持つノルも知っているのだろうか。同じく聖力を持っていて、さらには聖騎士の父さんが身近にいる私が聞いたことないのに、ノルが知っているかは微妙なところだけど。


 みんな適当に雑談しているだけで暇だから、話題が途切れた時に話してみようか、と考えてノルに(もちろん名指しで話すわけにはいかないけど)アランの言葉を話してみることにした。


「そういえば、あさ、アランと会ったの。そしたら、雨がふるしたり、どうぶつがいかくしたり、森に入るできなかったら、かみさまがわたしたちきらいかもね、ってゆわれた。ほんとうかなぁ?」

「あっ! いぇなもきいたよ! あらんくんゆってた!」

「えぇーっ! あたし、かみさまにきらわれちゃったの……!?」

「そんな、どうしよう……!」


 私は単なる話題のつもりだったけど、どうやら変な話をしてしまったらしい。みんな一気に不安になって涙目になってしまう子までいた。

 この世界だと神の存在は重要だということをすっかり忘れていた。というより、嫌われたことに不安になるほどとまでは思っていなかった。


 しまった、と少し後悔と焦りを感じながら宥めようと口を開く。だけどそれより早く、きょとんとしたノルが言葉を発した。



「アラン、ってだれ?」



 えっ、と声が漏れる。


 アランを知らない? そんなまさか。いや、でも冗談のわけもノルが忘れるわけもないし、本当に知らないんだろう。

 アランは学舎も通ってないし、遊びに来るのもたまにだから、ノルがこっちに遊びに来ない日でちょうどすれ違っちゃってたのかな。何てタイミングが悪いんだろう。


「アランは、えぇと……近くのともだち」

「ノルににてるんだよ!」

「ぼくと? へぇ、ぼくもいっしょにあそびたいな」


 アランの言っていたことは、ノルがアランと顔を合わせたことがないということにびっくりして飛んでいってしまった。まぁ特に気にしていたわけではなかったからどうでもいいか。



 そうしてみんなでアランについて説明していると、慌ただしかった大人たちの方が静かになった。そして厳格さと神聖さを感じさせる白いローブのような制服を纏った神殿の男性が私たちの前にやってくると、「みなさん」と声を上げた。


「せっかく来ていただいたのですが、しばらく雨が止みそうにないこと、また止んだとしても地面の状態が悪いため、本日の遠足は中止とさせていただきます。大変残念ですが、どうかご理解ください」


 50代で亡くなるのも普通なこの国ではおじいさんと呼ばれるくらいの年代であろう、人の良さそうな神官長は、凛と響く声で中止を告げた。

 もちろん不平不満が子どもたちから飛び出し、慌てて先生たちが止めようとする。けれど神官長は顔を顰めることなくにっこりと微笑んだ。


「本日は中止となりますが、必ず行う予定ですのでみなさん安心してください。次回の遠足は秋か冬ごろになるかと思われます。どうかそれまで楽しみにしていてください」


 数日の内に行われると思っていたけど、まさか予備日は考えられていなかったのだろうか。さすがにそうは考えられないから、きっとこの世界特有の何かしらの事情があるんだろうけど。


 “何かしらの事情”を考えながら聞いていると話はすぐに終わり、雨が止むまで神殿内で待たせてもらうことになった。

 そして1時間ほどして小雨になると、行きとは打って変わってどんよりした雰囲気ですごすごと来た道を戻ったのだった。




◇◆◇




 学舎に戻るとまず濡れた身体を拭き着替えて、それからしばらくして昼食を食べた。そして昼寝を挟んでからいつもの授業はなく自由時間になった。

 こっちの方は雨に降られていなかったらしく、遠足が中止になった鬱憤を晴らすかのようにみんな外に遊びに出ている。いつも通り私にはたくさんの誘いが来るけど、順番にとフランたちと遊ぶことにした。


「あっ、ノルくんたちだ!」

「なにしてるのかな」

「行ってみる?」

「うん! ねぇねぇ、なにしてるの〜?」

「フラン! レネア!」


 けれど当たり前にイェナがくっついてきて、しばらくして遊びながら敷地の隅の方に移動していくと、校舎の裏の細道の方にノルやフィルたちを見かけた。

 フランが声をかけると笑顔で迎え入れてくれて、珍しく一緒に遊ぶことになった。結局クラスの半分ほど、10人の大所帯になっている。


「こんなにいるならおにごっこしようぜ!」

「いいな! じゃんけんだ!」


 せっかく人数が集まったのだからと、みんなで遊ぼうと誰かが言い始める。もちろんそれに異を唱えるはずがなくフィルの一声で鬼ごっこに決まった。


「まって、ここではじめるのはあぶないから、うんどうじょう行ってからやろう」


 じゃんけんを始めたらすぐ走り出しそうなのをノルが宥める。校舎の裏は日陰で暗く、木々が並んでいるせいで狭くてでこぼことして走るには危ない。

 だからノルが誘導したのに。


「じゃあうんどうじょーまでかけっこな! よーいどん!」

「あっ、ずりぃぞ!」

「まってよ〜!」


 駆け出したフィルに何人かが反射的に動く。そしてすぐにほとんどの子が慌てて後を追い始めた。

 もちろん私も例外ではなく、一瞬ぽかんと惚けるものの足を動かし始める。けれどその瞬間、私より早く反射的に走り始めていたイェナが私の少し先でべちゃりとこけた。


「…………う、うわぁぁぁん!!」


 泣き声が響いて、驚いて前を走っていた子たちも振り返って戻ってくる。私が駆け寄るとイェナは私にしがみついて、それでもなお痛い痛いと泣き喚いた。


「ぼく、せんせいよんでくる!」

「イェナちゃんだいじょうぶ……?」

「だいじょうぶだよ、イェナ。いたいのいたいのとんでけー!」


 みんな心配そうに集まって宥めていると、ノルが呼んできてくれたジュリ先生が慌ててやって来る。


「イェナちゃん! 痛い痛いだね、すぐに手当てしようね」


 そして血を流しているイェナを抱き上げると保健室へと運んだ。




「イェナ、どうしたのかな」


 一緒にいた子たちは心配になってみんな保健室に集まった。イェナは泣き止みはしたものの、未だにぐずぐずと鼻を鳴らして涙を零している。

 確かにこけたにしては深い傷だけど、いつも呑気なイェナがここまでぐずっているのは珍しい。


 と、思っていたら、ふと何かに気づいたのか再び泣き出してしまった。


「ふぇ、うぇぇぇん!!」

「あらあら、どうしたの? イェナちゃん」

「かみかじゃり、なくなっちゃったぁぁ……!!」


 あ、と知っている子はみんな声を上げた。確かに、さっきまでつけていた小さな髪飾りがない。

 遠足につけて行ったら落とすからとお母さんに許可されなかったのを、1つだけこっそり持ってきたのだとイェナは私たちに見せてきた。前世のピンのようには簡単につけられないそれを強請られて朝私が苦労しながらつけたのが、今はその髪にない。


「そっか、じゃあ先生が後で探しに行って来るね」


 きっとこけた拍子に落としてきたのだろうと気づいた。そして、私が探しに行った方がいいのかなと、漠然と考える。

 そうしたら、イェナの私への“愛”に見合うだろうか。


「イェナちゃん動くと痛いかな? じゃあしばらく保健室で休んでいようね。みんなは遊んでらっしゃい」

「はーい。ノル、レネア、あそびに行こうぜ!」

「れねあちゃん、いぇなといっしょにいて!」

「保健室は病気の人や怪我してる人の場所だから、元気な人は教室かお外に行かないとなのよ」

「じゃあみんな、1回のみもののみにもどろうよ!」

「そうだね!」


 自分もと動こうとして動けず顰めっ面のイェナに手を振りながら、みんなで教室に戻る。そして水筒の果汁を飲んでいると、ノルが声を上げた。


「ぼく、行きたいところあるんだ! だからいっしょにあそべないや、ごめん!」


 またね、と靴を履いて教室を出ていく。それを見送って何をするか考えているみんなを見ながら、私もさっき考えていたことを決めて静かに離れた。


1話で終わるつもりがまた長くなったので分けました。今回は1と2で。たぶん。

次回更新は1週間内にできればいいなとは思っています……。したい気持ちはある。


評価や感想等いただけると励みになります。

具体的には更新速度上がるかも


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