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第11話 聖力を持つ子ども

 親が聖騎士でなくても聖力の検査はやっぱり全員がしているようで、検査を終えて戻ってくるとたまにあの石についてつい話してしまいそうな子もいた。

 まだ幼い子どもだから仕方ないのだろうけど、それでもきちんと約束を守ろうと話さない子どもが多いのだから、この世界の子どもの成熟の早さには驚く。学舎を卒業する頃には大人だからそれも当然なのかもしれないけど。


 そして他に誰が聖力を持っているか知ることなどできず全員が呼ばれ終わり、授業が始まることなくみんな遊び続けた。



「みんな、お昼ご飯の時間だよ〜! お片づけをしてからみんなでお弁当を食べようね」

「「は〜い!!」」


 正午の鐘が鳴り、みんなで隅に寄せた分の机を戻して持ってきた弁当を広げる。私の近く(特に隣)に誰が座るかで喧嘩になりそうだったけど、主に先生や他のしっかりした子がなんとか仲裁してくれた。

 私も宥めようとはしたけど、ほとんど力になれてはいなかった。私がよくこの中心になるはずなのに、いつまで経っても仲裁の仕方が上手くならない。


「みんな準備できたかな? それじゃあご飯の前に、お祈りをしましょう!」


 そんなことがありつつも、先生の声に合わせてお祈りをしてから、初めての学舎や一緒に食事という出来事に大興奮の子どもたちに囲まれて弁当を食べる。

 弁当とはいってもすごく簡素なもので、植物の枝を編んだ弁当箱にパンだけの人もいるし、チーズや果物など他にもあれば十分だ。なので手間だろうに、ばらけないよう真ん中だけ切れ込みを入れてサンドウィッチ風にして、色々な具材を入れて果物までつけてくれている母さんの弁当はとても豪華だった。

 ちなみに水筒は分厚めの少し硬さのある防水性の獣皮(毛はない種らしい)だ。多少硬いとはいえ少しでも力を入れればぐにゃりと形が変わるので、とても飲みにくい。他の子よりは上手く飲めているとはいえ、飲みにくさややっぱり少し残る皮の臭さにはいつまで経ってもあまり慣れなかった。



 そうして昼食を食べ終えるとまた自由時間になって、今度は外遊びも許されるようになった。外遊びが好きな子に誘われて私も外に出て遊ぶ。……のだけど。


(今度は何なんだろう)


 また、子どもたちが呼ばれ始めたのだ。1人ずつかと思えば前の子が帰ってこないまま次の子が呼ばれ、それぞれ別部屋にいるのかいないのか1人ずつ帰ってくることもあれば複数人で帰ってくることもある。

 面談という名の聖力検査の時間にばらつきがあったのは、ごく一部の人だけ聖力の説明のために時間が長いこと、つまり聖力を持っている人が誰かがわからないようランダムにしていたのだと思う。果たして小さな子どもがそこまで考えるかな……? と疑問には思うけど。

 それと同じようにまた何かあるのかな。


「レネアちゃん! みんな遊んでるのにごめんね、先生と一緒に来てもらってもいいかな?」


 と疑問に思いながらもクラスメイトほぼ全員で遊んでいたら、ジュリ先生が近づいてきて私が呼ばれた。


「えぇー!! いまいいとこだったのに!」

「しょうがないよ、レネアちゃんもどってくるまでぼくたちであそんでいよう」

「はやくかえってきてねー!」

「うん! いってくるね!」


 みんなに手を振って先生の下へ駆け寄ると、先生は微笑ましそうにくすくす笑っていた。


「もうすっごく仲が良いんだね! お友達たくさんできたね!」

「うん! うれしい!」

「先生とも仲良くしてくれると嬉しいなぁ」

「うん! いっぱいなかよくする!」


 先生とにこにこ話しながら、またまた別の教室へ向かう。そこには誰もいなくて、中へ入ると先生がしゃがみ込んで私に目を合わせてきた。


「レネアちゃんにはしばらくここで待っていてほしいの。1人になっちゃうけどごめんね、これで遊んでいてね」

「うん!」


 渡されたいくつかのおもちゃを手に教室を出ていく先生を見送って、扉が完全に閉まったところで浮かべていた笑みを消す。

 1人でおもちゃで遊ぶわけもなく、机に置いて椅子に座りただじっと待った。そうして何もない時間が5分ほど経った頃、がちゃりと扉が開く音がした。


「あ、レネアちゃん!」


 誰が来たのかと振り返ると、先生に連れられてそこにいたのは、最初に会った空色の目をした男の子だった。


「ノルくん!」


 ノルヴェリオ・アニアーテ。昼食の時などの仲裁にも入ってくれていた、利発そうな子。

 どうしてノルくんが? と首を傾げていると、先生はまた「2人で遊んでいてね」と行ってしまった。


「レネアちゃんなにしてたの?」

「これであそんでた!」

「ぼくもあそぶ! なんでぼくたちよばれたんだろうね」

「ねー」


 ノルくんが私の隣に来ておもちゃを手に取る。と、今度は時間を空けることなくすぐ先生がきた。


「お待たせしてごめんなさい」


 それもエネッタ学長が、だ。これは私たちがブラフ側なのではなく、本命なのでは。


 学長はおもちゃを置いて検査の時のように前に用意されている椅子へ座るよう促すと、私たちと向かい合うようにして彼女自身も腰を下ろす。そして優しい笑みを浮かべたまま私たちを呼んだ目的について話し始めた。


「みんなで遊んでいたのにごめんなさいね。レネアちゃんとノルくんにお話ししたいことがあって、2人には来てもらいました」


 いったい何だろう、とノルくん共々背筋が伸びる。


「お昼前に、聖力があるかどうかの検査をしたでしょう? その時に聖力があることを説明したけれど、聖力があったのはあなただけではなかったの。隣にいるレネアちゃん、ノルヴェリオくんも聖力を持っているのよ」

「えっ!?」

「えっ」


 驚いて声を上げて、ノルくんとばっと顔を見合わせる。ノルくんの顔には「レネアちゃんも!?」と書いてあったけど、私の驚きは「他に聖力を持っている子がいることを言ってもいいのか」ということだった。

 だって、あんなに他の人に言わないよう言ってたのに。聖力を持つ者同士ならいいってこと? 口を滑らせないように隠していたんじゃないの? ここで顔を合わせたら意味がないんじゃ、と驚愕と疑心が拭えない。


「ノルヴェリオくん、レネアちゃん」


 芯のある声で名前を呼ばれて顔を戻し、学長を見つめる。


「聖力を持つ者はとても少ない。あなたたちはその特別な力を持った、特別な人間です。あなたたちはこのユーテルク学舎を卒業した後は、聖騎士学舎へ行き、聖騎士にならなければなりません。あるいは、狭き門ではありますが、神殿へ行き神官や巫女になる道もあるでしょう。しかし必ず国のため、人々のため、神のため、その身を尽くさねばなりません」


 それは重い言葉だった。まだ4つにも満たない子どもへ向けるにはあまりにも重い、定められた未来。


「不安に押しつぶされそうになることもあるでしょう。期待を重く感じることもあるでしょう。自分は他の人とは違うのだと、独りぼっちに感じることもあるでしょう。あるいは、自分は選ばれし特別な人間だと、驕ってしまうかもしれません」


 けれど、と凜とした声が響く。


「あなたたちは独りではありません。隣にあなたと同じ聖力を持つ人がいます。これから3年間だけでなく、卒業した後も同じ聖騎士学舎へ行き、同じように聖騎士になるでしょう。そして、お互いだけではありません。聖力を持っていない他の友人も、あなたたちと変わりない、大切な友人です。そのことをしっかりと心に留めておきなさい」

「「──はい!!」」


 学長の言いたいことが全てわかったとは言えないけれど、それでも彼女は私たちをとても心配していて、迷わないよう道を示してくれたということだけは理解した。教育者として素晴らしい人なのだろう、と思う。


 これから長い付き合いになるだろう隣の男の子を見る。まるい澄んだ空と目が合って、彼は瞬きをすると晴れやかな顔で笑った。


「これからよろしくね、レネアちゃん!」

「うん! よろしく、ノルくん!」


 私もにっこりと笑顔を返すと、さっきまで厳粛な態度だった学長も表情を緩めて私たちを微笑ましそうに見つめた。


「もしかしたら神殿へ行くかもしれないけれど、きっとこれからもずっと一緒なのだから仲良くね。けれど、あなたたちが聖力を持っているということは決して他の人に話さないように。例え家族であっても、自分以外にもいるということすら話してはなりません。これは国からのお触れです。いいですね?」

「「はい!」」

「よろしい。もし少しでも悩みや気にかかることがあれば、ご両親や私たち先生に相談してね。先生に話せなければ、他に人がいないかだけは十分に注意して、事情を知っているお互いでもいいわ。あなたたちはひとりではないから大丈夫よ」


 はい、と返事はするもののきっと私が相談することはないだろう。他の人に秘密を漏らすこともないけど、心配なのはノルくんの方だった。果たしてぽろっと口を滑らせないで3年間過ごせるだろうか。それで私も危険に晒されるんだけど。


 とそんな心配する相手をちらっと見ると、学長を呼んで隅の方へ連れて行ってしまった。屈んで耳を傾ける学長に何やらこそこそと話している。どうやら私に聞かれたくない話が早速あるらしい。

 元々聞こえてはいないけど耳を塞いで明後日の方を向いて、聞いてないですよとアピールしておく。すると案外すぐに2人は戻って来たので腕を下ろした。


「ごめんね……!」

「お待たせしてごめんなさいね」

「ううん、だいじょうぶ」


 私たちが呼ばれたのはお互いの紹介とさっきの話だけらしく、それ以上は何もないようだった。


「それじゃあ教室に戻りましょうか。レネアちゃんが先に戻って、少ししたらノルヴェリオくんと、時間を空けましょう」


 学長に従って「またあとで」とノルくんに手を振り、先に教室を出る。外にはハスト先生が立っていて、先生に連れられてたんぽぽ組の教室へ戻った。




◇◆◇




 学舎初日は大きな諍いもなく終わり、夕暮れの中ぽつぽつと保護者が迎えにやって来た。父さんはかなり早い方に来て、「迎えが来たよ」と言われて校門(と呼べるような門はないけど)の方へ向かう。

 …………かと思いきや、別の空き教室へ誘導された。


「レネア!」

「とうさん!」


 中で待っていた父さんの方へ早足で駆け寄るとぎゅっと抱き締められた。そしてすぐに離されるとにこにこと話しかけられる。


「お帰り、初めての学び舎はどうだった? 楽しかったか?」

「うん! たくさんおともだちもつくったよ!」

「そうか。よかったなぁ」


 想像していた通り気持ち悪いほどに私だけ特別に好かれて、決して良くはなかったけど、込み上げる吐き気を押し殺して笑って頷いた。父さんは下を向かせるように私の頭をくしゃりと撫でると、話を切って私をここまで連れて来てくれたジュリ先生に向かい合った。


「それで、お話とは……」

「レネアちゃんについてなのですが、本日聖力検査をしたところ、聖力があることが確認されました」


 学長が後で両親とも話すと言っていたのがきっとこれだろう。ジュリ先生は早速本題に入った。父さん自身も聖騎士だし、エルト兄さんの時もきっと同じことを言われてるはずだから、父さんはぱっと喜色を浮かべたけど慣れた様子だった。


「やはりそうですか! いやぁ、よかった」

「『やはり』?」


 慣れてるのは当然だろうけども、「やっぱり」というのは予想外で理解できなかった。私は自分が聖力があるなんて考えたこともなかったのに、父さんは予想してたってこと?

 首を傾げると、父さんは私を振り返って理由を教えてくれた。


「レネアは父さんが加護聖術を使っている最中に現れる光が視えていただろう? あれは、聖力を持つ者にしか視えないんだ。だからレネアに聖力があることはわかっていたんだ」

「へー」


 そうだったんだ、と思い返して納得する。確かに光は見えていた。その様子を知っていたから、父さんは私も聖力があると確信していたんだ。


「ではご説明は不要かもしれませんが、レネアちゃんのことについてご説明させていただきます」


 ジュリ先生の話はだいたいさっきも聞いた通り、聖力があることは他言しないこと、卒業したら基本近くの街の聖騎士学舎に行くこと。それから保護者向けの説明が色々とあって、難しい単語は全く理解できずに私は説明を流し聞いていた。



 父さんに既に理解があるために、質問もなく説明はすぐに終わった。私は先生たちににこにこ手を振って挨拶すると、父さんと手を繋いで暗くなり始めた空の下帰路につく。

 祝いの言葉や聖力・聖騎士についての話、初めての学舎での様子など話題は尽きなくて、前者は聞いているだけで済むものの、後者は特に一生懸命考えて話している間に家に着いた。


「ただいまー!」

「ただいま!」

「お帰りなさい!」


 ドアを開けると既に帰宅していた母さんが笑顔で出迎えた。


「レネア、どうだった?」

「たのしかった! あと、わたしが、せーりょくもってるいわれた!」

「まぁ! おめでとうレネア! すごいわ!!」


 やっぱり母さんも知っていたのだろう、驚く様子はなかったけど、すごく嬉しそうにして私をぎゅーっと強く抱き締めてきた。


「もうすぐ夕飯ができるから、荷物を置いて手を拭いてきなさい。今日はお祝いにご馳走様よ! ご飯の時にたくさんお話を聞かせてね」

「はーい」


 部屋に向かおうとすると、学舎が休みだったテノ兄さんも帰ってくる。


「──テノ、今日の聖力検査で、レネアに聖力があることがわかったの。だから今日はお祝いよ」

「え、」


 母さんが知らなかったらしいテノ兄さんに伝える。テノ兄さんは勢いよく振り返ると目を見開いて母さんを見て、それから私を見て動きを止めた。よっぽど驚いたらしい。あんまりにもじっと私を見つめるから、居心地が悪くなってくるほどだった。


 そうして、しばらくして豪勢な夕食が始まった。


「──レネアの学び舎入学と、聖力の認定を祝って! かんぱーい!」

「かんぱーい! おめでとう、レネア!」

「おめでとう!」

「ありがとぉ!」

「……ぁ、おめでとう、レネア」

「ありがと、にぃさん!」


 かけられる祝福の言葉にお礼を言って、食事を進める。ただ誕生日や行事などにはいつも笑顔で賑やかなテノ兄さんが今日は少し静かで、笑顔もいつもと比べると硬いような気がした。


「……にぃさん、だいじょうぶ?」

「えっ? うん! だいじょーぶだよ!」

「レネア、学び舎はどうだった? お友達はできたかしら」


 気になって兄さんに声をかけても、口角を上げて頷かれるからそれ以上言うこともなかった。心配性の母さんたちも気にしてないから、気にするほどのことじゃないんだろう。

 私だって、頑張って普通に振る舞おうとしてるのを鵜呑みにしたり無理に暴いたりするほど、鈍くも無神経でもなかった。初めて見たけど、兄さんの演技は少し無理してるとわかりやすかった。



 そして食べながら未だ覚束ない文法や単語に必死に頭を回転させ、前世を含めても初めてなくらい喋り続けたせいで、祝いの席だというのに私は割と疲れていた。途中で「ゆっくりでいいのよ」「無理して話さなくても大丈夫だぞ」という言葉に落ち着けはしたけど、気分的に今後数年分くらい喋ったような気がした。

 でも学舎での様子を聞きたそうにしていたし、テノ兄さんも学舎であったことをよく報告していたから、これからもそうするようにしよう。


「レネアも今日は疲れたでしょう? 明日からは授業も始まるのだし、ゆっくり休んで」

「はぁい」


 食べ終えてしばらく団欒をしていると、母さんに早めに寝るよう促される。さっきも喋り倒して、日中も歩いて遊んでで、体はだいぶ疲れていた。


「おやしゅみなさぃ」

「はい、おやすみ」

「おやすみ、レネア」


 家族に寝る前の挨拶をして、眠たい目を擦って寝室へ行く。

 私の声に気づかなかったのか、私が疲れていて聞こえなかったのか、テノ兄さんの返事はなかった。


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