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第8話 春のお告げ

 雪がしんしんと降り積もる音を聞きながら家の中で過ごす日々が、こちらの世界でひと月半ほど過ぎた。

 年越しの日は家族内で祝ったけれどそれ以外は特に代わり映えのない毎日で、内職をする両親たちをたまに手伝いながら過ごしていた。


 けれど最近は段々と寒さが和らいできて、雪の降る量も頻度も少なくなってきている。そのため除雪を終わらせたところから、雪と寒さのせいで休止せざるを得なかった仕事を再開する人が増えてきた。

 母さんもその1人だけれど、特に父さんは多少休みが増えたとはいえ元々休止期間などなく、周りが仕事を再開し始めてからもさらに忙しそうにしていた。


 というのも、どうやら魔蝕種というのは冬に発生しやすく、その討伐と警戒に当たるため他の職業のように冬休みを取ることは難しいらしい。ただ発生しやすい割には雪で動けないものもいるらしく、春先にかけて活発になるとのことだった。

 そういうわけで、雪の中も仕事に出ていた父さんは大きな休暇も貰えないまま、さらに繁忙期に入っていた。



「荷物は全部持った?」

「うん、だいじょうぶ」


 母さんに頷いて見せたエルト兄さんが、よいしょと荷物を抱え直す。


 仕事の再開ということは、一応聖騎士見習いという職業に就いているエルト兄さんも学舎に戻るということだ。

 積雪で塞がれていた道が通れるようになってきたことで馬車での移動の目処がつき、そして今日、家を出発することになっていた。


 残念ながら、多忙な父さんは数日前から帰っておらず、母さんもすぐに仕事のため迎えのときのように門まで行くことはできない。

 テノ兄さんは見送りに行きたがったけれど、結局こうして家の前で見送ることになった。


「次にーさんはいつ帰ってくる?」

「うーん……、毎年はさすがに難しいから、また2年後かしらねぇ」

「いや、やっぱり卒業まではずっと向こうにいるつもりで、もし帰るとしても次からはおれが自分で払うよ。そもそも本当は帰る予定はなかったし。こうやってとちゅうで帰って来れるのはめずらしいことなんだよ」


 馬車──それも魔蝕種対策のため護衛つきのものを利用するには、大金がいる。もう子どもではないため、エルト兄さんが利用するとなればもちろんエルト兄さん自身が支払わなければならない。

 でも両親はどうにも愛情深いというか過保護なようで、自分たちが支払うからと言って、1度だけでも帰ってくるよう促した。そのため今年は帰省したらしい。エルト兄さんは気にしているけど、聖騎士は高級取りらしいので両親としては金銭面はあまり問題ないのだろう。

 ただもう子どもではなく半分住み込みのようなものなので、エルト兄さんも両親も社会的には帰省は難しいのだろうと思う。


 なんてことを詳しく説明されはしないけれど、それなりに考察できるようになった。

 それだけこの世界に馴染んできたということだろう。


「本当は春のお告げまでいられたら良かったのだけど」

「もう学舎も始まるし、さすがにそんなに長くはいられないよ。それにあっちでも春のしゅくえんはあるから、その……。……はなれていても、みんなのことを祈ってるよ」


 恥ずかしそうに口籠もりながらも伝えてきたエルト兄さんの言葉に、母さんがきゃあと声を上げて抱き締める。


「母さんたちも、あなたのことを祈っているわ」

「……うん」


 エルト兄さんは少し顔を背けながらも、拒否できずされるがままだった。けれど少しして「そろそろ行かなきゃ」と声を上げると、腕を離した母さんから離れ、テノ兄さんの方を向いた。


「テノは、そろそろ仕事も決めなきゃいけないだろうからがんばって。でも今のうちにたくさん遊んでおくんだよ」

「うん! オレ、とーさんとにーさんみたいなせーきしになる!!」

「…………そっか。おうえんしてるよ」


  テノ兄さんのきらきらとした瞳を受けたエルト兄さんは、僅かに息を詰まらせた後、柔く微笑んだ。

 けれどその笑みはどこか違和感があるような気がして、でもその理由はわからなかった。


「レネアは、春から学び舎だね」

「うん」

「勉強は難しいかもしれないけど、がんばって。それから……えーと、たくさん友達ができるといいね」

「うん。がんばれ」

「はは、うん、がんば『る』、ね。がんばれ」


 小さく笑ったエルト兄さんに間違いを指摘され、目を瞬かせる。学び舎の勉強がどんなものかはわからないけど、確かにこれは前途多難そうだ。

 ……それから、友達をたくさん作るというのも。


「母さんも、元気でね。父さんにも伝えておいて」

「ええ。エルトも怪我や病気のないようにね。無理はしないで」

「うん」


 聖騎士学舎を卒業した後の流れがわからないから想像でしかないけど、もしかしたらすぐにどこかの町に配属されてしまって、これが今生の別れになるのかもしれないな、と思う。

 聖騎士は金銭面はともかく時間的な余裕や、もしくは危険な仕事から最悪を想像してしまう。そうでなくとも、病気で若くして命を落とすことだって前世より多い。

 もしそうなったら嫌だな、と小さな刺が胸を刺すのを感じて、不謹慎かと考えを真っ新にする。


「みなが健康で善き日々を過ごせるよう、神の御加護があらんことを」

「神の御加護があらんことを」


 エルト兄さんと母さんが右手を胸に置き、祝福の言葉を互いにかける。

 私とテノ兄さんもぎこちなく真似をすると、エルト兄さんはふ、と笑って、扉に手をかけた。

 

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「いってらっしゃい! またね! ばいばい!」




◇◆◇




「おぅい、テーブルはこの辺りの予定でいいか?」

「お肉はあれくらいで足りるかしら」


 ワイワイ、ガヤガヤ。

 色々な物をあっちへ運び、こっちへ運び、席を計画し、豪勢な食事の準備をする。


 凍えるような寒さが和らいで、皆明るく、活気づいてきた。その中で1番の力の源となっているのは、春のお告げとその祝宴だった。


 この世界、この国では、神の春のお告げとしてソエシアという花が一斉に開く。

 その花が蕾をつけた頃から春の祝宴の準備は始まるが、肝心の春のお告げはいつ来るかわからない。だからそろそろだろうという感覚に従って準備し、その日を今か今かと皆期待に胸を膨らませながら待っていた。


「とーさん、きょーはさくかな?」

「さあ、どうだろうな。昼を過ぎても咲かなかったら、今日じゃなかったってことだ。いつ咲くか楽しみだなぁ」

「うん、たのしみ!」

「っと、じゃあその飾りをそこにつけてくれ。そうしたらその辺りの邪魔なものも片づけてくれるか?」

「わかった!」


 ちらりと覗いた家の近くのソエシアはまだ咲いていない。でも今はまだ空が真っ青になったばかりで、昼までは時間がある。


 この準備をしている間に花が咲いてもおかしくはないと思いながらも、結局私たちにできる手伝いは終えてしまった。


「よし、こんなもんだろう。遊んできていいぞ!」

「はーい!」


 父さんの許可とともに、テノ兄さんに手を引かれていつもの遊び場へと直行する。寄ってくるブタを躱しながらついた先にはいつもの友達がいて、私たちを見つけると手を振ってきた。


「テノくん! レネアちゃん!」

「あ、メグ! ひさしぶり!」

「おはよ! レネアははるのおつげのおてつだいしてる?」

「おはよう。うん、してるよ」


 普段なら、「何してるの?」とか「今日は何して遊ぶ?」から始まる会話も、最近は春のお告げの話で持ちきりだ。どんなことがあったとか楽しみだという話は必ず出るし、遊んでいる最中もみんなちらちらと近くのソエシアの花を見ている。

 5秒も経たずにもう1度見るのは堪え性がないと思うけど、それだけ楽しみなんだろう。


「そろそろさくかな?」

「あ、あっちのおはなは!?」


 昨日はひとしきり話したら遊び始めていたけど、どうやら今日は遊ぶのではなく町を探検するらしい。

 春のお告げへの期待が収まらないみんなは、ソエシアだけでなく他の花や祝宴の準備を見かけては近寄り、どんどん進んでいく。


「あれなんだろ!」

「おれんちにもあるぜ! えーっと……」

「いいにおいする!」

「はやくごちそうたべたいよ〜」


 年も違えば普段はあまり遊ばない子も集まって、みんなで好き勝手に話しながら歩く。

 そう遠くへは行きたくないな、なんて思いながら私もきょろきょろと周りを見渡し、色々な物を見ていた。


「あ……!」


 最初に声を上げたのは誰だっただろう。隣にいた子かもしれないし、もしかしたら通りすがりの誰かだったかもしれない。

 それでも視線を向け立ち止まった誰かの行動が伝染するように、みんなが近くのそれに気づいて小さな歓声を上げた。



 小さな蕾がゆるりと震え、少しずつその身を露わにする。

 色とりどりの花が咲くこの国で、寒く厳しい冬の後1番始めに目覚める花。神のお告げを、春の訪れを知らせる花。

 黄と白のその蕾が町中で一斉に花開き、長かった冬の終わりと春の始まりを告げた。


「春のお告げよ!!」

「春が来たぞ! みんな酒と馳走を持ってこい!」


 開ききった瞬間、静かだった町にわぁと大きな歓声が上がる。待ち侘びた日に誰もが喜び、準備をしていた祝宴を始めるべく仕事を放り出した。


「レネア、かえるぞ!」

「わ……、うん!」


 友達と話すため離れていたテノ兄さんがいつの間にか近づいてきて、私の腕を取る。そして近所の子にも声をかけると、勢いよく駆け出した。


「にぃさん、まって!」

「ごめん! でも早く!」


 カメの歩みで来た道を、行きとは違う彩に目を奪われながら走って戻る。

 その途中再び歓声が上がると、誰からともなく空を見上げた。


「精霊様だ!」


 真っ青な空に、鮮やかな川が流れている。

 ハチやチョウ、それからトリの精霊獣を中心に、普通の生き物であるそれらが春を祝福するように空を舞う。


「……きれい」


 前世では考えられない光景。でもそれがこの世界では普通で、何より美しい。


 目を奪われながらも走って、長いように感じた短い距離を戻ると、家の前では父さんと母さんが祝宴の準備をしながら待っていた。


「レネア! テノ! お祝いするわよ!」

「あぁ、ようやく春が来たな! 開花の瞬間は見たか?」

「うん! せーれーさまも!」


 こっちよ、と今日まで準備をしていたところに案内され、親戚や近所の人に混ざっていく。

 開けた場所に置かれたテーブルには計画して持ち寄った料理が運び込まれ、祭りというよりは適当に集まって始まった宴会のようなものだ。


「待ち望んだ春が来たぞー!!」

「皆が無事に冬を越えられたことを祝って! これからの幸福を祈って!」


 しばらくして準備が整うと、皆両手を合わせ、指を絡めるように折る。

 神への感謝と祈りを。大切な人への想いを込めて。


「エルトも、今頃同じように祝っているかしら」

「あぁ、俺たちの祈りも、エルトの祈りも届いているはずさ」


 1人離れたところで頑張っている家族を想い、そうしてみんなの祈りが終わった頃。あとは飲んで騒いでお祝いだと、思うがままに騒ぎ出した。

 普段より豪勢な食事を手で掴み、口へ運ぶ。いつもより少し高価な酒も開けて、汚れなど気にせず飲んで食べて。テーブルの向こうでは歌う人や踊る人もいて、みんな歓声を上げたり笑ったりと賑やかだ。


 流石にそこまで大騒ぎはしないけれど父さんたちも普段より陽気で、色々な人と談笑している。テノ兄さんも学び舎の友だちを見つけて行ってしまったため、私は側でたまに話しかけられる声に適当に返事をしながら1人ご飯を食べていると、不意に名前を呼ばれた。

 

「レネアちゃん!」

「あ、セロ」


 振り返った先にいたのは、薄緑の髪をした小さな(と言っても“私”より大きい)男の子。セロは頰を薄く染めぱあっと顔を輝かせると、すごい勢いで駆け寄って来た。


「ひ、ひさしぶり、だね! あの、えっと……いっしょに食べてもいい……?」

「ひさしぶり。いいよ、こっち」


 彼は近所の子で、私の2つ上だけど、家の手伝いが忙しくて学び舎にほとんど行っていないらしく、もちろん子ども同士で遊ぶところにもあまり来ない。

 ただ親に連れられて初めて会った時からなぜか私に懐いていて、たまに会うとわかりやすいくらい嬉しそうに話しかけてくるのだ。極度の人見知りらしい彼にしては珍しいらしく、彼の両親からとても驚かれたし、一緒にいたテノ兄さんが話しかけようとすると私か両親の後ろに隠れていたことからその驚きは理解できるだろう。


 嬉々として喋るセロに相槌を打ちながら、2人並んで豪勢な食事を食べる。

 空はもう青一色で、けれどあちこちに見える黄と白の花が昨日までとは違う春と、今日という特別な日を感じさせた。


「お、セロじゃねぇか。いっぱい食ってるかぁ?」

「ひゃ、ひゃい!」

「そういえば2人はうちの子とは会ったことあるかい? トットとライリーと言うんだが。──おーい、トット! ライリー! こっちにおいで!」


 と2人で和やかに過ごしていると、さっきまで父さんと母さんと話していたおじさんたちが私たちに気づいて話しかけてきた。

 突然のことに、隣のセロは目に見えて緊張し出した。声は裏返っているし、食べ物を掴んだ手は行き場を失って宙に浮いたままになっている。

 そして呼ばれた子どもたちがやって来ると、さらに驚いて縮み上がってしまった。


「あ! えーっと……レネア?」

「うん。トット、だよね。ちょっと会ったがあるよね。よろしく」

「ライリーだよ! よろしくね!」

「はじめまして、ライリー。よろしく」


 私と2人が自己紹介を済ませても、セロは硬直が解けないまま。同じ年頃どころか年下だろうに、相変わらず人見知りは治っていないらしい。

 それでも私には人見知りせず、今も助けを求めるように身を寄せてくるのだから、セロのことがよくわからない。


「ハハッ! セロは相変わらずだなぁ! こいつはセロ。すんごい恥ずかしがり屋だが、よろしくしてやってくれ」

「うん!」


 見かねたおじさんが代わりにセロの紹介をしてやると、2人は元気な声で返事をして私たちに話しかけ始めた。


「ふたりはおともだちなの? きょーだい?」

「それなにたべてるの?」

「ぁ、う……」

「ぶ、わははははっ!!」


 セロはさらに私ににじり寄って腕を掴み、それを見たおじさんや父さんたちまでもが笑い声を上げる。それに対してセロは私の腕を掴む力をさらに強くして、と連鎖が止まらない。


 本当にセロはこのままで大丈夫なのだろうか、と少し疑問に思ってしまう。

 忙しいセロとはたまにしか会うことはないけど、家族と私以外に人見知りをしていないところを見たことがないし、想像ができない。

 これだけ極度の人見知りなのに、何で私にだけはこんなにも気を許しているのだろう。


 不思議で仕方ないどころかどこか違和感があって、彼と会うといつも心の中はすっきりとしない。

 もちろん他人の気持ちなんて考えたってわからないから、無駄に気にするのはやめることにしているけど。


「ほら、セロ。がんばって」

「う、ぇぇ……れねあちゃんん〜……」


 どうしようか考えて、エルト兄さんを思い出して真似をしてみる。するとセロは情けない声を出して、再び笑い声がこだますることになった。


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