05 初バトル探偵
「ここは……」
絵に書いたような青い空に、地平線まで続く草原。
遠くの方で複数の風車が回っているのが確認できるが、周囲に人工物は無い。
なんとも牧歌的な光景。
幼い頃より都会で育ち、旅行なんてしたことのない令人にとって、それは初めて見る大自然だった。
「まるで……、まるで○ィンドウズのデスクトップのような……」
「いや、例え下手か。もっとこう、他にあるだろう」
思わず呟いた令人に、彼の手を握っていたマキナが突っ込む。
「風車があるから、ある程度の文明をもった人間がいる世界なんだとは思うが……」彼女はそう言いながら空を見上げ、にやりと笑う。「……なんというか、これぞファンタジーって感じの風景だな」
その視線の先、空の向こうには昼間だというのに大きな月が見えていた。
しかも、その月の隣には一回り小さいもう一つの月。
「月が、二つ……?」
「とりあえず令人君の世界とも、今の私が生まれた世界とも違う場所であることは間違いないようだね」
驚き言葉をなくす令人に、マキナがそんなことを呟いた、その時だった。
手を繋いだまま空を見上げていた二人の背後に迫る、異様な気配。
それが殺意であることを、令人は本能で察知した。
「……先生っ!!」
咄嗟の判断で、掴んでいたマキナの手を引き寄せる。
直後、彼女が先程までいた空間に大きな石斧が叩き下ろされていた。
「馬鹿なっ!?」
つい数秒前までこの周辺には自分たち以外誰もいなかった。見渡す限りの平原で、身を隠せるような遮蔽物もなかったのに。
突然の攻撃から距離を取りながらそんなことを考えた令人は、自分たちを襲った武器の持ち主の姿を確認しようとして、更なる驚きに目を見張る。
「クキキキキキ!!」
そんな甲高い鳴き声を上げて石斧を構え直していたのは、人間ではなかった。
人型をしているが明らかに人とは違う骨格。
緑色の皮膚にとがった鼻や耳、ぎょろりとむき出しになっている両目。
小柄な背丈に鋭い牙。
その漫画やゲームでよく見る姿は確か、何という名前だったか……。
娯楽に疎い令人が頭を悩ませていると、彼の目の前にその答えが現れた。
『ゴブリン Lv.3』
そう書かれた文字が、化け物の頭上に浮かび上がったのだ。
「…………は?」
ただでさえ化け物の出現に驚いていたのに、今度は何だ。
幻覚?
AR技術?
戸惑いが隠せない令人に、彼の背に隠れるように回り込んだマキナが叫ぶ。
「いろいろ突っ込みどころはあるだろうが、来るぞ助手よ!」
その言葉に我に返った令人が戦闘態勢を取ると、ちょうどゴブリンが再び襲いかかってくるところだった。
「クキキ!」
再び石斧を構えて、振り下ろそうとしてくるゴブリン。
しかし、小柄な体格に合わない重武器を装備しているせいか、その動きは鈍重で読みやすい。素早く回避した令人は、子鬼の隙だらけになった横っ腹を蹴り飛ばし距離を取った。
『DAMAGE 25!』
踵が当たった箇所に浮かぶ小さい文字。
なんだかよく分からないが、25のダメージを与えられたということなのだろうか。
「意味が分からない……」
「そうかい? 私は逆に分かりやすくて良いと思うが」
うんざりと呟く令人に、マキナがそう答える。
どうやら彼女はこの化け物や、突然浮かび上がる文字の仕組みが分かってきたらしい。
すぐにでも彼女の推理を聞きたいところだったが、今は戦闘中だった。
「……」
早々に片付けよう。
そう判断した令人は懐に手を伸ばし、密かに自分の世界から持ち込んできていた「武器」を取り出す。
「へ?」
それは、リボルバータイプの改造拳銃だった。
ぽかんとした顔で、令人の取り出したそれを眺めるマキナ。
「な、なにそれ?」
「はったり用の安物なので精度に不安はありますが」
「安物って、おいおい君……」
これ以上追求される前にと、令人は引き金を引く。
乾いた発砲音が三発。
腹部、胸部、頭部。
令人は慣れた手つきで、子鬼の急所と思われる箇所に銃弾をたたき込む。
しかし、
『DAMAGE 6!』『DAMAGE 5!』『DAMAGE 10!』
「クキキキ!」
「……む?」
人間ならば防弾チョッキでも着込んでいなければ間違いなく殺害できたはずのその攻撃は、ゴブリン相手にはあまり通用していないようだった。
というか、出現する数字が正しいならば先程蹴り飛ばした時の方がダメージが出ているまである。
「どういうことだ……?」
怪物とはいえ、人型なのだから肉体の構造は同じだと思ったのだが。
ゴブリンの反撃を警戒しながらも首を捻る令人に、納得顔でマキナが言った。
「多分、助手のステータスがダメージに反映されているんだ」
「ステータス?」
「今の助手はSTRに全振りで、DEXにポイントを割り振っていないんだ。だから、攻撃力がDEX依存である遠距離武器ではダメージを稼げない」
「STR? DEX? あの、言っている意味がよくわからないのですが」
突然の横文字に眉を顰める令人の背中を叩いて、マキナが叫ぶ。
「とにかく! 今の助手は、銃で撃つより殴った方が強い、ということだ!」
「は? いや、そんな訳が……」
「いいから! 殴って殴って殴りまくれー!!」
マキナのかけ声に背を押され、令人は前に出た。
再度攻撃を仕掛けようとしてきたゴブリンをいなし、銃把部分をたたき込む。
「クキィッ?!」
『DAMAGE 20!』
確かに、銃弾よりも効いている。
ならば、と令人は足払いでゴブリンの体勢を崩し、のし掛かった。
両足で敵の動きを封じ、噛まれないように左手で頭部を掴みながら、とにかく殴り続けてみる。
『DAMAGE25!』『DAMAGE30!』『DAMAGE20!』『CRITICAL! DAMAGE45!!』
十発ほど殴り続けただろうか。
ゴブリンの頭に浮かび上がっている文字の色が、白から赤、赤から黒へと切り替わったと思ったところで、標的は動かなくなった。
令人が力を失ったゴブリンから離れると、その肉体は彼の目の前で煙となって消滅する。
「一体全体……」
「何か落ちてるぞ!」
ただただ戸惑う令人をよそに、前に出るマキナ。
彼女は先程まで死体のあった場所に落ちていた何かを拾い上げ、言った。
「金貨だ」
「金貨? 何で……?」
令人は驚き、マキナの手をのぞき込む。
確かにそこには、『G』という刻印がされた金貨と呼べる物が収まっていた。
見る限り令人の知らない国の硬貨のようだが。
「ゴル金貨だね」
「知っているんですか?」
「ふふん」
驚き問いかける令人に、マキナは得意げに鼻を鳴らす。
「見覚えのある景色。二つの月。何も無い空間から突然ポップしたゴブリン。倒したことでドロップしたゴル金貨……、間違いない」
彼女はビシリと人差し指を突き出し、ポーズを決めた。
「我々は今、ゲーム『エルエオワールド・オンライン』の世界に来ているのだ!」