彩りのある人生を
『春いちばん』
僕が「中学校」にやってきたのは、四月のはじめ。強い風が吹いていた春の日。
午前八時すぎ、今日から始まる新しい生活にみんな、高揚感の中に、ほんの少しの不安を抱えながら、自分たちの教室に足を運んでいた。僕もそうだった。中学校でも、『ともだちができるかな』とか『小学校のともだちが同じクラスだと良いな』なんて考えながら、教室に向かった。
僕は、何て言って教室に入ろうか考えながら、静かな教室の前につったっていた。
「おはよう、彩人」
教室から出てきた進藤に大きな明るい声で話しかけられ、びくついた。
どうやら、小学校からの友達の進藤も、同じクラスらしい。
進藤は、僕の学生服が気になるみたいだ。
「やっぱり、彩人のもぶかぶかなんだね。『成長期だから大きめで良いのよ』って洋品店のおばさんに、言われたんでしょ」
話しかけた進藤のうしろから、同じくぶかぶかの学生服を着た一真が現れた。
「おはよう、彩人。進藤と二人で待ってたんだ。君が来るのを」
いつもながら耳にすっと入っていく、爽やかな声だ。
「二人とも、中学校でも同じクラスで安心したよ。今年もよろしくね」
今日は二人とも、学生服を着ているからだろうか、初めてあったかのように、会話をしているのが新鮮だった。
そのとき、教室の入り口のドアが開いて、色の白いタレ目の女が入ってきた。紺色のスーツを着ている。
「おはようございます、みなさん。出席をとるので、自分の席についてください」
どうやら先生みたいだ。僕と二人は、急いで自分の席に座った。
出席を取り終わったのち、先生が口を開いた。
「今日から、君たちの担任を務めます。田中希子です、よろしくね」
優しそうな人に見えた。
「さっそくですが、入学式を体育館で行いますので、体育館に移動します。佐藤くんを境に二列で廊下に並んでください。」
周りを見渡してみる。佐藤は僕ひとりのようだ。一列目の一番後ろに、すぐさま並んだ。
「おはよう、あのさ」
声が聞こえた方に振り向いた。
「佐藤くんだよね、私二列目の一番後ろの結川咲。これから一年間よろしくね」
結川さんは、少し大きめのセーラー服を着ていた。ポケットから、少し出ているハンカチの犬柄が、笑っていた。
「こちらこそ、よろしくね。結川さん」
話しかけられたことが、嬉しくて、自然と笑顔になった。
前の人が動き出した。体育館に向けて移動し始めたようだ。階段を降り、下駄箱の前を通りすぎ、体育館へ続く外の、わたり廊下に出ようとした時だった。
ヒューッ
わたり廊下へ出ようと、開きかけたドアから風が、吹き込んだ。となりの結川さんの揺れた長い髪を、僕は見ていた。目があった。
「風、すごかったね」
結川さんは微笑んだ。
僕は何も返事できずうなずいた。
綺麗だった。
春いちばんだった。