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「ありがとう」

作者: 高鳥瑞穂




――10月15日 AM6:30。予想最高気温22度。降水確率40%。空調の設定温度を一度調節。体骨格を調整。微修正完了。

――昨日の会話データをエピソードデータベースへ登録。矛盾点を微修正。

――調整完了。“起動”。


「あら、おはよう。今日は早起きね」

「おはよう美世。いつもこんなもんじゃないかい?」

「そうかしら。ご飯用意できてますからね」


ニコニコと部屋から出ていく美世――87才、女性――を追いかけリビングへ向かう。テーブルにはパンと紅茶と、少し崩れた目玉焼きが出ていた。


「ごめんなさいね、卵くずしちゃって」

「別にいいさ。カラさえ入ってなければ同じだろう」

「んもうまたそんなこと言って。失敗しちゃってますけど、ちゃんとしてれば結構味も違うんですからね」


美世が呆れたように言って向かいに座る。メガネをかけて電子新聞を広げつつトーストをかじる。


「もうすっかり目が悪くなりましたね」

「そうだな。新聞一つ読むのにもメガネが必要だよ。老眼鏡なんて絶対かけてやるもんかと思ってたんだけどな」


あらあら、と目尻にシワを蓄えて笑う。

美世が食器を下げて食洗機が回り始めると、ゆっくりした時間がことさらゆっくりと進んでいく。

テレビが芸能人ばかりの騒がしいバライティになると、美世はテレビを消してしまった。


「散歩でも行くか?」

「ええ、そうしましょう」


――AM9:00、健康維持のため散歩を提案。


「いい風ね」

「秋めいてきたな。寒くないか?」

「丁度いいくらいよ。……ねえ、ちょっと座りましょうか」


公園のベンチに腰掛ける。美世は横の自販機で紅茶を買い、隣に座った。


「ねえ修司さん」

「ん」

「話をね、聞いてほしいの」

「何だ?」


「あの人の話をね。聞いてほしいのよ」


――ルーチン外行動。最優先処理。

――”あの人”の該当を検索……不明。


「誰のことだ?」

「あなたじゃない方の、修司さんのことですよ」


――処理不能

――処理不能

――処理不能


「あのね、あの人はね、バライティ番組が大好きで、私がテレビを消すと不機嫌になるんですよ」


ふふ、と目尻にシワを蓄えて笑う。


――人格登録に追加。


「朝はぐずぐずといつまでも起きないし、老眼鏡が大嫌いで、老眼鏡をかけるくらいなら新聞を読まないの。そもそも新聞を読む人じゃなくて、ニュースはいつもネットで済ませていたわ。新聞は私のワガママでとってもらっていたのよ」


――処理不能

――ローカルメモリに保存を実行。


「ねえ、あなた・・・のこと、ニュースで見たわ。学習型介護ロボット?って言うんでしょう?」

「ぁ……」


――人格ルーチンに深刻なエラー発生。サブ制御システムに移行。会話ルーチンを移譲。


「私は、生活型介護アンドロイドです」

「そっか、そういうのね。ごめんなさいねもう物覚えが悪くって。昨日一生懸命覚えたんだけども」

「いえ、特に誤りではありません。……いつから、気づいておられましたか」

「昨日からね、なんだか調子がいいの」

「深刻な認知症の症状が軽減されているようお見受けします」

「そうね、不思議ね。だから昨日気付いたのよ。あなたはそうやってしゃべるのね、あの人のマネごとよりいいと思うわよ」



「いつまでもこのままでいられるかはわからないでしょう?だからもう、終わりにしようかと思って」


「安楽死って、どうやるのか知ってる?私調べごとが昔っから苦手でね。わかるなら代わりにやってもらいたいの」


「明日になったらもしかしたら忘れちゃうかもしれないから、委任状書いておくわね。あら、こういうのって娘あてにしておけばいいのかしら?あなた娘のよね?」


「最後にちゃんとおしゃべりができてよかったわ」


「今にして思うとね、ずっと一人きりが寂しかったのよ」


「あなたがいてくれて、昔みたいに生活できて。とても嬉しかったわ」


「だから、ありがとう」





ピピ……


「ありがとう」


ピピ……ピピ……




     ありがとう




――人格の新規登録……エラー

――骨格の大規模修正……エラー

――初期化処理を実行…………エラー



「コイツも駄目だな」

「メモリが一部の記録でループして初期化もできない……最近増えてますねこのバグ」

「お客さんのとこでは起こってないが……使いまわして製造費が抑えられるからあの価格でレンタルしてんだけどなぁ。こうなっちまうとバラすしかねえ。この事業、もう駄目かもな」

「AI不良だとは思うんですが、内部メモリの吸い出しにもほとんど失敗してるし……。ほんとにわからないですね」

「ま、そういうのは開発の連中が考えることだ。流すぞ」

「はいはい」


老いた男性姿のアンドロイドを解体レールに乗せる。

彼はゆっくりとめをつむり、眠るように解体場へ入っていった。


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