藤の花に香る花
幼いころに見た絵本の1ページに僕は目を大きく開き
釘付けになったことを今でも覚えている。
その話しは隣の国の幼い王子が互いに王子だと言わずに
内緒で子供らしい遊びをし過ごしていく冒険ものの絵本。
”互いの国同士の戦争が続き、いつもの約束の場所で待っていても
ボクより少しお兄さんの子は来なかった。
何日待っても来なかった・・・。
泣き崩れて待ち合わせの木の所でいつの間にか眠ってしまったボクの体を
優しくゆする振動に少しづつ目が覚めてゆき
その眼に映るのは甲冑を着たあのお兄さんだった。
でもいつもと違う、いつも遊んでいた顔と違い少し大人びた顔つきに
ボクは小さな恐怖を覚えた。
目の前にいるのは・・・大人だ。
俯く頭をガムシャラに撫でまわした手は少しゴツク大きな手だけど
いつもボクを撫でる暖かさは同じで
見上げると、やんちゃな笑みを浮かべるお兄さんのいつもの顔でいたことに
少し安堵を覚えつつ、重い甲冑のままボクの横に座ると
話していなかったのに急に話し始めてきた。
「お前は・・・隣の国の王子なんだろ?」
「・・・黙っててごめんなさい」
「俺もだから対等だろ?」
大きく息を吐きながらお兄さんは自分の身分を明かしつつ
目を閉じながら
この数日ここに来れなかった事を謝ってきたが
何故かボクは涙が流れてきた。
初夏の風がサワッ・・・と吹くとお兄さんの前髪も風に優しく揺れながら
小さな声で”約束したのにな・・・”と最後まで聞き取れない声で
ボクに言いながらお兄さんは2度と目を覚ますことがなかった。
よく見れば、ボロボロになった甲冑に何処か怪我をしてるのか
甲冑の隙間から流れる赤い血にボクは触れればお兄さんの体を何度も何度も揺すり
続けたが反応は無く、ただ優しい夢を見てるかの様に優しい顔でいた。
初夏の日差しが木々につく葉の隙間から差し
優しく揺れる風がどこまでもこの空高く吹いていくのを
ボクは眺めてゆくしかない・・・
それは大人になろうとも変わることなく・・・。”
その絵本の続きが思い出せなくて、どんな題名だったかも忘れてしまったけれど
そのページの内容だけは変わらず今も覚えてて
母が読んでくれた絵本の1つだ。
母はいつも僕が寝付くまで二胡をゆっくり奏でてくれて
そんな優しい母が大好きで
絵本を読んでもらってからいつの間にか影響されてたのか
僕は助けれる医者になりたいとそう願ってた。
あの絵本の様に無力では無く、助けれていたのなら物語りは変わっていただろう・・・。
桜雨が止み、蒼天の雲の隙間から覗く太陽の日差しは
少しぬくもりがある暖かさを降り注いでいた三月の末。
飛行機に乗って約3時間ほどで、日本へと降り立ったが
これが初めてではない。
まだ学生の時に交換留学生として高校2年になったときに1年間、
日本に留学をしていたこともあるが久しぶりに見た日本は、
あちらこちら少し変わっていたことに
少々戸惑いながらもキャリーバッグをゴロゴロを引きながら
祖母が住んでいた小さな町の住所が書かれた紙を片手に
僕の願いを叶える為に向かってくるタクシーを止める為に
手を上げ、住所を伝えると不思議そうな顔をされたが
タクシーは書かれた住所の元へと走りだした。
タクシーの窓から見える風景が都会から少しづつ色が変わるように
山が増え建物も少なくなり田舎へと向かい
どこを見渡したても自分が住んでいた上海とは全く違い
見るもの全てに小さな感動を覚えつつ、握っていたスマホで
(#日本 #素晴らしい風景)と打ってつぶやいた。
御伽噺に出てきそうな風景に僕は釘付けになりながら
暫く窓から覗く風景を眺めていた。
「お客さん、観光か何かですか?」
運転手がハンドルを握りつつ、ミラー越しに聞いてきた問いに
首を振りつつゆっくりとした口調で話した。
「いえ・・・僕は此処に住みに来ました」
運転手の反応が気になりつつ、話した言葉が日本語で通じてるのか
少し不安でドキドキと鼓動が早くなり
答えが来るのを待つと
運転手はミラーでにっこりと柔らかな笑みを浮かべ
「そうですかぁ」と優しく答えてくれたことに安堵を覚え、ほっと胸を撫でおろした。
「行き先場所は日本でも得に変わった区域ですが、
日本がお好きな方にはとても新鮮な場所かもしれませんね~」と運転手がいい
小さなトンネルをくぐろうとした時に
トンネル入り口名には「和郭地区」と書かれていたのが一瞬見えたと
思いきや真っ暗なトンネルへと入り、何処までも続きそうなトンネルの中を
ゆっくりとタクシーは数分走り続け先に見える小さな出口に明かりが
少しづつ大きくなっていった。
トンネルを抜けると同時に一瞬眩しい光の中に吸い込まれた感じで目を覆い
少しづつ目を開いて行くとそこには
まっさらな青空に教科書で見たような田舎の眩しい風景が広がる・・・。
暫くして指定した場所に降ろされると、空港での空気とはまるで違う異世界へと
迷い込んだ様なそんな不思議な気持ちと
何処からか聞こえる三味線の音と共に、この町だけが時が止まった如く
日本の古い和風建築の家がぽつりぽつりと軒並び
教科書や本でみたぐらいの時代を遡った様な建物や畑や田んぼが広がり
この町を一周ぐるりと囲むように山はそびえていた。
まるで外部からこの町を守るかのように山々は言葉にならないほどの
青々としていた。
この一瞬で僕は此処が好きになった。
理由は得にないけれど、こんなに綺麗な風景は見たことは無い。
・・・・
僕は、日本人の父と中国人の母を両親に持ち
殆どが上海と言う場所で育ち、父が日本人と知ってから
いつかは日本に行きたいと思う様になり
勉強を重ね、交換留学生として日本に高2のときに1年間だけ男子校へと留学した。
慣れない風習もあり馴染めずに居た時に助け船を出してくれた友のことを
いつまでも想いつつ、
帰国後、医大学に進級しとんとん拍子に卒業し研修医として今日念願叶って日本へと来れた。
だが喜ばしい話しだけではなかった・・・
僕が此処に来れたのは、父方の祖母が亡くなり祖母の家を手放すと聞き
僕は頭を何度も下げて祖母が暮らしていた家に住みたいと言い
父や母を困らせながら幼い子供の様に駄々を捏ねて
最後は両親が呆れるほど粘り、日本行きが決まった。
国を出るときに父が何度も故郷は不思議な地域で
日本の中でも特別区とされていて、そこに住む人を和郭と呼ばれ
外部からこの地区だけ切り離された閉鎖されてる地区だが
けして怖い話しではなく、文明を守る為に歩みを止めた地域だということ。
その和郭には掟があり、それを聞いても父は
「自分の目や感覚で覚えなさい」・・と言ったきり何も教えてくれず
日本に来てしまった。
それがどうゆう意味なのか分からなかったけど
家の前にキャリーバックを置き、少し周りを歩いてみて父が言ってた意味が分かった気がした。
けして枯れることなく時を止めた、時に逆らうかの様な町並みに
そこに住む人々たちが息づき
タイムスリップしたかのような町並みで色々困る事も増えるだろうなぁと
ポツリと思いながらも前向きにとらえようと大きく深呼吸をしながら背伸びをし
住めば都という言葉のように、きっと僕を受け入れてくれるはず。
祖母の家はこじんまりとしている和風建築の一軒家。
すぐに生活できるようにと親戚の人達が家具などを用意してくれたのもあり
すぐには困ることなく生活ができそうな感じがした。
キャリーバックを部屋に入れて荷ほどきを始める前に、換気の為に窓を開けると
庭にふと目が行くと、そこには池があり赤い橋が掛かっていたのを見てしまい
僕はその場で固まった。
本でしか見たことが無かった日本庭園が広がり色彩鮮やかな世界が僕の目に写り込み
大きな桜の木が満開に咲き、その花びらが池の水面へとひらりと舞い落ちると
言葉にできないほどの雅な世界観が広がった。
橋まで歩いてみると池には鯉が2匹、つがいだろうか仲良く泳いでいるのを見ると
目を細め微笑ましい感情がくすぶり始め
桜の木の反対側には紫色が太陽の光でより一層と色をハッキリと魅せる藤の花がしだれ咲き、
この家の番地には「藤壺道1番地」と名がついていたのは
藤の花が咲いているから源氏物語と重ねて家の住所だと分かると
心の奥から今にも喜びが溢れて大声で喜びの歓喜を上げてしまいそうだった。
日本式で宜しくお願いしますのは、こうゆう風だったはずと脳内で
一礼を再生すると
藤の花に向かい頭を下げながらハッキリとした言葉と声量で
「どうぞ宜しくお願い致します!!!」
そう天まで届きそうな声が響いた・・・。
-続-