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8 悪魔化調査

「王魔会最高幹部、だと……!?」


 しかも今、第二位ケルビムって言ったか?

 第二位ケルビムは全世界で百人ほどしかいないといわれる。

 つまりこの愛らしい容姿をした幼女は、悪魔も尻尾巻いて逃げ出す、人類トップクラスの超人――!


「あまり人を見た目で判断するなよ、若きスレイヤー。いや、カイトと言ったか」


「どうしてオレの名を……」


「これを見たのだよ」


 マフィンは指先に挟んだカードを投げて渡してきた。

 これは――オレのスレイヤー免許証ライセンス


「ネイル」


 マフィンが指を鳴らした。

 するとマフィンの背後から一人の女が現れる。

 バレッタで後ろにまとめた、淡藤色のロングヘア。ピチッと着こなしたスーツと黒縁のメガネといい、パンイチのオレを見ても眉ひとつ動かさないところといい、いかにも仕事ができそうな風体だ。それに美人。そして目につくのが、前髪をかき分けるようにして生えたツノだ。

 亜人――鬼人族オークの血を引いている。おそらく人族ヒューマンとのハーフだろう。


「どうぞ」


 オレはパフェと呼ばれた女に、綺麗に畳まれた制服を渡された。


「昨晩、お前は玄関ホールに服を脱ぎっぱなしだったからな。回収してやったのだ、感謝しろ」


 尊大な口調でそう言うマフィン。

 酒を飲んでる時も偉そうだとは思ったが、今はもっと偉そうだ。

 見た目はガキのくせに。仕事モードってことかね。


「あざす。……で、最高幹部サマがわざわざここに来たのには他にも理由があるんだろ?」


 オレはパフェから服を受け取り、ズボンを履きながらマフィンを見た。

 なんで美女&美少女たちの前で着替えてんだ、オレ。


「その通り。お前たち二人は『悪魔化調査』のクエストを受けてここに来たのだろ? その件について話があってな。だがまあ、お前たちの準備が終わってからにしよう。準備が終わり次第、四階の幹部室にこい」


 身を翻したマフィン、その一歩後ろを歩くパフェ。

 二人を見送ったオレは――、チラッ。

 ビクビクしながら振り向くと、フィルトが制服にリュックを背負った状態で腕を組んで立っていた。

 群青色の籠手を付けて剣を腰に差し、武装も完了している。

 オレと同じベッドで寝たことが不服なのか、顔は不機嫌そうだが。

 よかった。オレに見られるのが嫌で速攻で着替えてたか。

 もし着替えてない時に振り向いたら焼却されてからな。危ないところだった。


「さっさと準備しなさいよ」


 フィルトはそう言い、オレの脇を抜けて部屋を出て行く。

 急ぐのは面倒なので、オレはのんびりゆっくりと部屋についていたシャワーを浴び、それから着替える。

 白いワイシャツの上に防刃・防魔加工がされたジャケットを羽織り、同じく防刃・防魔のズボンを履く。

 籠手は家に忘れた。いつも忘れるんだよな、オレ。

 で、最後に剣を腰に差す。

 その後ようやく、落し物がないか確認した後に部屋を後にしようとして――見つけてしまった。

 窓際、ベッドと壁に挟まれるようにして床に落ちた、それを。


(こ、こいつは……)


 オレは震える手つきでそれを拾い上げた。

 薄水色の布のそれは柔らかく、丸められたハンカチのようだ。

 恐る恐る両手で広げると、オレの予感は的中した。


(パ、パンツじゃねーかぁ……!)


 おそらくフィルトが落としていったものだろう。

 ま、まあ、大丈夫だ。

 どうせ理不尽に一発殴られるだろうが、あとでこっそり渡せばいいんだから。

 だが、まずいことに。

 誰もいない部屋で、パンツを両手で広げる男。

 こんな状況を誰かに見られでもしたら――


「――遅い! いつまで準備してるの!」


 突然ドアが開き、入ってきたのは――フィルト。


「「…………」」


 フィルトはオレを見、その手に握られたパンツを見た。

 それからパンツを見、オレを見る。

 パンツ、オレ。パンツ、オレ。

 その反復動作を何度か繰り返したフィルトはやがてうつむき、プルプルと震えだした。

 スカートから覗く足から首まで、温度計のように真っ赤にしながら。

 そして、


「宇宙の塵となれ――――――――ッッ!!」


 両手をこちらに伸ばした、直後。

 凄まじい爆音とともに部屋の窓が割れ、蒼炎が外に噴き出した。



「――失礼します」


 フィルトを先頭に来賓室に入る。

 豪奢な部屋の奥、机を挟んだ向こう側にあるソファ型の椅子でマフィンが踏ん反り返っていた。

 その斜め後ろにネイルが立っている。


「おお、ようやく来たか。――うむ、カイト。この半刻で何があった?」


 マフィンが丸焦げになったオレの姿を見て、こてん、と首を傾げた。


「何もない。ただしオレの他に、部屋が一つ、パンツが一つ燃え尽きたがな」


「うむ、やはりさっきの音はお前たちだったか」


 スレイヤー同士の喧嘩は慣れっこなのか、それとも王魔会ではあんな爆音は日常茶飯事なのか、マフィンは特に気にした風もなく酒を煽りながら言葉を続けた。飲み過ぎだろ。


「まずは名を名乗れ」


 隣でフィルトが一歩前に出た。


「エンドワルツ学園二年、フィルト・ダイナハイツ。階位は第四位ドミニオンズ


 それを聞き、マフィンは「ほう」と声をあげた。


「聞いたことがある。学生でありながら、すでに上位ほどの実力を持つ逸材がいると。そうか、お前が『蒼炎ブルー』か。……あ、何度か雑誌の表紙でも見たことがあるぞ。なるほど、たしかにかなりの器量好しだ。まっ、私のキューティさには敵わんがな! はっはー!」


 酒をがぶ飲みするマフィン。

 え、フィルトのヤツモデル(そんなこと)もしてんのか。

 まあたしかに、ルックスだけは一級品だしな。ルックスだけは。

 ……ってか、フィルトの後に名乗るのやだな。

 オレ、最下位エンジェルだし。

 まあいい。


「エンドワルツ学園二年、カイト・ヴィンテイジ。階位は第九位エンジェルだ」


 オレが名乗ると、マフィンはその深緑色の瞳でオレの顔をじっと見つめた。何かを考えるように。

 第九位エンジェルと聞いてバカにしてくるかと思ったが……なんだろう。


「どうかしたか?」


「お前……」


 マフィンは何かを言いかけたが、フィルトを一瞥して言葉をとめた。


「なんでもない、すまんな。話に入ろう」


 なんだよ。なんでもないことないだろ。

 いや……まさか。

 気づいたのか。

 オレの秘密・・に。


「悪魔は人類の天敵。よって、生物の悪魔化は必ずや食い止めなければならない。最近、ここらの地域で悪魔化の報告が相次いでいる。ルフォードもその一つだ」


 マフィンが肘掛けに両肘をつき、手を組む。

 まあ……今はこっちが優先か。


「――ルフォード市・三番街に悪魔化の予兆がある。ここ数日、三番街では原因不明の火災が多発しているとのこと。ルフォードの衛兵も向かっているが、吉報はなし。そこでお前たちに向かって欲しい」


「分かったわ」


 フィルトが即座に頷く。

 オレは正直面倒だとしか思わなかったが、フィルトに脇腹をつねられて下手したらちぎれそうだったので、仕方なく「了解だ」と応える。


「ただの『悪魔化調査』と侮るなかれ。悪魔化の拡大を防ぐのはスレイヤーの重要な使命だ。心してかかれ」


 オレとフィルトが首肯したのを確認し、それからマフィンは眼差しを一層真剣なものにした。


「カイト、フィルト。伝えたいことはそれだけではない。……お前たちを正しき心を持つスレイヤーのようだ。だからここまで話すことにした。そのつもりで聞け」


 途端、オレとフィルトは互いに指を指して「こいつは違う「わよ」ぜ」と睨み合う。

 そんなオレたちにマフィンは若干呆れたような顔をしたが、頰を緩ませた。


「目を見れば分かるよ。その者が正しき心を持っているかどうかはな」


 へっ、オレが正しき心を持ってるだって? とんだお笑い種だな。

 肩をすくめたオレにも構わず、マフィンは続ける。


「私はここ最近の悪魔化の状況を分析した結果、近々この地域で悪魔の大きな動きが生じると読んだ。その調査をすべく、私は直々にルフォードへやってきたのだ。王都からだとかなり時間がかかったがな」


 王都はルフォードやエンドワルツがある地域とは随分距離があるからな。

 にしても、悪魔の大きな動き、か……。

 にわかには信じがたいが、悪魔はいつだって唐突に現れ、全てを滅ぼしていく。

 ――そう、五年前のように。

 国家機関で重要なポストを担うマフィンがわざわざやってきたということは、その大きな動きとやらが起きる確信があるということだろう。

 ……厄介なことになりそうだ。


「それを私たちに伝えてどうしろと?」


 フィルトが目を鋭くする。

 マフィンはかぶりを振った。


「どうもしないさ。無理をしろとも言わない。ただ、スレイヤーとして覚悟を決めておけと言いたかった。話は以上だ」


 ふむ、もう終わりか。 

 何か引っかかるような気もするが、まあいいか。


「下がっていいぞ。『死ぬなら墓場で死ね』」


 スレイヤー式の暴言じみた挨拶をされたオレとフィルトは「お前もな」「そっちこそ」と返す。

 部屋を出る際、マフィンがオレに向けて一言、呟いた。


「――果実に魅入られたか」


 オレたちは廊下に出、ドアがバタンと閉まる。

 フィルトは「?」と首をかしげていたが、オレはドアをじっと見つめる。


(……やっぱり気づいてたか)


 かつてオレが犯した、禁忌のことを。



 王魔会・ルフォード支部を後にしたオレとフィルトは、レストランでブランチ――朝昼兼用の食事を取った。

 請求は学園にしたので、たらふく食ってやったぜ。

 その後、竜車――竜が引く車両のことだ――に乗り、一時間ちょい。

 オレたちは三番街に到着した。

 現在は昼すぎ。太陽は頂点に差し掛かっている。

 マフィンの話によれば、ここ三番街に悪魔化の予兆があるとのこと。

 ここはフィルトと協力して周囲に警戒しつつ、調査に専念すべきなのだが――


「おい待てよ、フィルト。あれは誤解だって言ってんだろ」


「……」


 人気の少ない三番街。

 フィルトは今朝の事故を根に持っているらしく、オレの方を見ようともせずにスタスタと先を歩く。


(ったく……なんなんだよ。確かにオレも悪いけどよ。あーくそ、女ってめんどくせえ)


 オレは頭をがしがしとかき、ため息をついた。


「悪かったって。いい加減機嫌直せよ」


「……」


「分かった、謝ればいいんだろ? ゴメンナサイ。はい、これで許せ」


「……」


 反応なし。

 どうすりゃいいんだ。

 あぁでも、このままこれまで以上に仲が険悪になれば向こうからオレに愛想をつかしてくれるかも。それいいな。

 そう思ったオレがあえて黙っていると――

 ピタッ。

 不意にフィルトが立ち止まり、くるりと振り返った。


「許してあげる」


「ほんとか」


 許さなくていいんですが。


「その代わり――」


 フィルトは人差し指を向けてきた。


「悪魔が出たら、まずはあんたが戦いなさい」


「……なんでだよ」


「私の前で力を示して。じゃなきゃ許さない」


 ここで、別に許さなくてもいいけど? とか言ったら燃やされそうだから言わねーよ。言わねーけど。自分勝手な女だよ、ほんと。


「分かった。だが期待するなよ。オレは別に強くない」


 オレが言うと、フィルトは「またまた」的な顔をして、


「約束よ?」


 とウインクした。

 自己チュー極まりないヤツだが、可愛いのはマジだな。いちいち心臓に悪い。


(なんかまた面倒なことになった気が……)


 ともあれ、どうやらフィルトの機嫌は直ったらしい。

 ならよしとするか。



 二時間後。

 オレはフィルトとともに薄汚れた道を歩いていた。

 二時間ほど三番街の住民に聞き込みをして辿り着いたのがここ、スラム街。

 どの街にも存在する、治安が行き届かない地区だ。

 少しずつ暗くなってきた空を仰ぎつつ、ふとオレはフィルトに尋ねてみた。


「お前、なんでスレイヤーになったんだ?」


 フィルトはこちらに一瞥くれると、前を見て答えた。


「あんたに関係ないでしょ」


 ちっ。あいかわらず可愛げのないヤツだ。


「前にも言ったけど、私には時間がないの。あんたは何も言わず私の下僕として働けばいい」


「……そうかよ」


 よーく分かったぜ。

 こいつが今までのコンビに振られた理由。

 いくら顔が良かろうが、こんな自己中心的なヤツ、どんな聖人だって愛想を尽かす。


(このクエストが終わったら、絶対にコンビを断ってやる)


 そんな決心を固めるオレの視界に、ふと。

 道の端でしゃがみこんで泣いている少女が映った。


(何してんだ? あんなとこで……)


「おい、大丈夫……」


 オレは手を伸ばしかけて――、動きを止めた。

 少女は泣いてなどいなかった。


 少女は――人を喰っていた。

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