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7 貿易都市ルフォード

 ルフォード市。

 周囲を外壁に囲まれた円形の都市。貿易が盛んで、ストーンズ王国の各地からヒトとモノがやってくる。しかし、街は外部の人間で溢れ返るため、治安レベルは高くなく、市場価格から外れたり、違法なモノを売ったりする闇市場も存在する。


 北の門で衛兵にスレイヤー免許を見せ、ルフォードに入ったオレは、目の前に広がった光景に圧倒された。

 三百六十度どこを見ても、人。人。人。

 おそらくルフォードで最も活気のある場所の一つである大通り(メーンストリート)は数え切れないほどの人でごった返していた。目が回りそうだ。


「お上りさんまるだしね」


 門をくぐり、隣にやってきたフィルトに呆れたような目を向けられる。


「こんなに人がいる場所、ほとんどきたことねえんだよ」


「あんた、どんな田舎出身よ。王都に行ったら気絶するんじゃない?」


 バカにするように見てくるフィルトにはイラつくが、田舎出身というのは正しい。

 オレは辺境の村出身だからな。人口も百人くらいだったし。


「ほら、行くわよ。財布スられるんじゃないわよ」


 フィルトに先導されるようにして大通りを歩く。

 フィルトが絶世の美少女だからか、道ゆく人々の視線がオレたちに集中する。

 だがフィルトにとってはいつものことなのか、特に気にした風もない。


「で、これからどうするんだ?」


 オレも人の視線、おもに侮蔑の視線には慣れているので、男どもの嫉妬に満ちた視線を気にせずフィルトに話しかける。


「聞き込みよ」


 聞き込みか。

 悪魔化調査に限らず、あらゆる調査の基本だな。


「だったら手分けした方がいいんじゃねえか?」


 と提案すると、


「ダメよ。あんた、サボるつもりでしょ」


 バレたか。


「……じゃあどうすんだ、片っぱしから話を聞きに行くのか?」


「いちいち人に聞かないで、自分で考えなさい」


 ちっ……いや、それはそうだな。

 調査をする場合、目星をつけて動くのがセオリーだ。

 真実に繋がりそうな人物や場所を絞り込み、それから手当たり次第に調べる。

 今でいうと、ルフォードの悪魔化調査に繋がりそうな人物や場所を。

 となると、


「市役所か」


 ルフォードの市役所なら、何か知っている可能性は高い。


「それも一つね。だけど今回は、この通り沿いにある、依頼主の王魔会・ルフォード支部を訪れるわよ」


「王魔会か……」


 ストーンズ王国悪魔調査委員会――通称・王魔会にはイかれた連中が揃っているとの噂だ。

 正直あまり関わりたくないが、依頼主とあっちゃ仕方がない。


「そういや、悪魔化調査って結構時間かかるだろ。今日中に――って、あれ?」


 横を見るが、隣にいたフィルトの姿がない。

 首を振ると、フィルトは露店で何かを買っていた。いつのまに。

 フィルトが紙袋を腹に抱えて戻ってくる。ニコニコとご機嫌だ。

 フィルトが買ってきたのは、熱々のフライドポテトだった。


「私、フライドポテトが大好物なのよね」


 そう言って幸せそうにポテトを頬張るフィルト。

 フライドポテトって……そんなカロリー高いもん食ってよく太らないな。

 フィルトはスレイヤーにしては手足が細いし、くびれもあるし、え、こいつ、よく見ると胸ちっさ……


「どこ見てんのよ、スケベ」


 フィルトがポテトをもぐもぐしながら睨んでくる。ほっぺを膨らませて、リスかこいつは。


「え? どこも見てませんが。というか見るものが何もな――ごぼぁ!!」


 腹にマジの膝蹴りを叩き込まれた。

 吐き出しかけた胃液を飲み込みつつ、文句を言おうと顔を上げたら、


「――次、胸についてバカにしたら、殺す」


 と、胸ぐらを掴まれながら言われました。

 うん、怖すぎ。

 フィルトさんや、それは女の子がしていい顔じゃないよ。


「オレにもポテトくれ」


「一本だけね」


 結局何本かくれたので、もそもそと二人でフライドポテトを食べながら王魔会の支部を目指して歩く。

 オレは先ほど言いかけたことを口にする。


「もぐもぐ。悪魔化調査って今日中に終わんのか?」


「もぐもぐ。たぶん終わらないでしょ」


「もぐもぐ、ごくん。……じゃあ、帰りはどうするんだ。今から調査してから帰るんじゃ、門限に間に合わないんじゃねえか?」


「もぐもぐ、ごくん。そりゃあそうよ」


 フィルトはこともなげに頷く。


「おいおい。オレは別に構わねえが、優等生のお前が門限破りはマズイだろ」


「そうね、だからルフォードで一泊するわ」


「……は?」


 オレは立ち止まった。

 聞いてねえぞ、そんな話。


「適当に宿を探して泊まるわよ。学園側にはカイトの分の外出申請もしておいたから。クエストで使ったお金なら後で必要経費として返ってくるし、問題はないでしょ?」


 たしかに申請さえ出せば、クエストという名目で割と長期間でも遠征できるし、その分の費用もある程度まではエンドワルツ側から出る。だから問題はないけど。でもよ、


「明日って休日じゃねーか」


「それが何よ。スレイヤーに休日があるとでも思ってるの?」


 げぇー、マジかよ。

 休日返上でクエストですか。

 休日にずっと寝るのがオレの一週間の楽しみなのによー。

 ああそうか、一泊する予定だからこいつ剣の他に荷物を持ってたのか。

 泊まるんなら言ってくれよ。

 いや、言ったらオレが来ないと踏んで言わなかったんだな。

 それは正解だ、くそっ。

 やっぱり、こんなヤツと組むんじゃなかったな。



「ここが王魔会の支部か」


 大通り沿いにあった縦長の建物を見上げる。王国という名前が付いているのは伊達じゃないらしく、柵に囲まれた建物はなかなか豪奢な見た目をしていた。少なくとも、オレの故郷の村にあった建物で一番大きかった村長の家の三倍はあるな。

 ポストの上には赤い文字で『ストーンズ王国悪魔調査委員会・ルフォード支部』と刻まれたプレートが貼ってある。


「何用だ」


 門の前に立っている猪頭がオレたちを見た。

 亜人か。こいつは猪人族オークだな。

 亜人とは、人族ヒューマンに近く、遠い存在。

 亜人の定義は様々だが、一言でいえば、人っぽいが(・・・・・)人ではない人(・・・・・・)

 亜人は人間と体格や知能はほぼ一緒だが、持って生まれた見た目や能力に違いがある。

 例えば目の前にいる猪人族オークであれば、人族ヒューマンよりも筋力があり、嗅覚も鋭いが、代わりに手先が不器用で細やかな作業が苦手、といったように。

 とはいえ、人も亜人も根本的にはほとんど変わらない。

 世の中には亜人差別なんてものもあるらしいが、オレは気にしないね。


「オレたちはスレイヤーだ。悪魔化調査の依頼クエストを受けて来た」


 免許を見せつつ言うと、


「おお、そうであったか。だが……忠告しておくが、今は中に入らない方がいいぞ」


「? どういうこと?」


 フィルトの問いに、猪人族オークの門番は口ごもった。


「うむ……いや、なんというか。王都にある王魔会・本部より、とある方が視察に来たのだが、その方が、その……宴会を……うむ。お二方、ひとまず中に入ってみるといい」


 なにそれ。

 ちゃんと言ってくれよ、怖いんですけど。


「入るわよ」


 この世に怖いものなどないのか、フィルトが門を開けスタスタと階段を上がっていく。

 仕方なしにオレも付いて行き、ガチャリ。

 二人で大きな扉を開けると、そこには。


「Foooooooooooo! 飲め飲めぇ! もっと飲めぇぇぇぇぇぇ! 飲みまくれ、お前らぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「「「「「オォォォォォォォォォォォォ!!」」」」」


 樽酒を一気飲みする金髪ツインテールの少女――いや幼女と、それを囲んで雄叫びとともに酒を飲む男ども。幼女は半裸、男どもは全裸だった。

 バタン。

 オレとフィルトは扉を閉めた。


「…………何か見た?」


「何も見てない」


 フィルトに問われ、オレは即答した。

 後ろを振り向くと、猪人族オークの門番が門の向こうでなんとも言えない哀しげな表情でこちらを見ていた。うん、同情するよ。


「よし。ここは後回しにして、市役所に行くか」


「そうね。後回しというか、もう来なくていいんじゃない?」


「間違いない」


 今だけは息ぴったりのオレとフィルトが王魔会の前から去ろうとした、その時。


 バァン!!


 扉が勢いよく開き、中から幼女が出てきた。

 金髪ツインテールの幼女はオレを見るなりずいと迫ってきて――くさっ! こいつ酒くせえ!

 にぱっ!

 幼女は可愛らしい笑顔を咲かせ、手に持った酒瓶を突き出した。


「――飲め♪」


 ……ほんとに帰りたい。



 目が覚めると、知らない部屋にいた。


(どこだ、ここ……)


 上体を起こすと、ズキリと頭が痛んだ。


(あぁ、そうだ……)


 今の頭痛で思い出したが、昨日の夕方、あの幼女に捕まったオレは問答無用で酒を飲まされ、パンツ一丁まで脱がされた挙句、日付が変わるまで宴会に巻き込まれたのだ。

 フィルトもいたが、あいつはうまいこと酒を避けながら情報収拾していた気がする。酔いすぎてあんまし覚えてないけど。

 ……だが、ここはどこだ?

 宴会の後のことは一切覚えてない。

 どこかの宿屋だろうか。ガラス窓の宿屋なんてそうはないはずだが。

 ダメだ、何も思い出せん。

 飲みすぎたな、ほんとに。


(まあ……酒は好きだからいいんだけどよ)


 この国では十五歳から酒が飲める。

 オレは十七だから、バッチリ合法だ。

 とはいえ、さすがに異常な量を飲んだからか、頭が痛い。


「……?」


 今気づいたが、誰かが隣で寝ている。

 掛け布団を捲った瞬間、オレは息を飲んだ。


(フィルト……!?)


 艶のある空色の髪にねっとりと白い肌。ため息をついてしまいそうなほどに可愛い寝顔。

 間違いない、フィルトだ。

 ていうかこいつ、


(し、下着じゃねえか!)


 フィルトが着ているのは、薄ピンク色にレースがあしらわれたブラジャーとパンツのみ。

 きめ細かい肌が露出し、フィルトのスタイルの良さが際立っている。

 それに、柔らかそうな桜色の唇が触れられる距離に……。

 

(うぉい! オレもパンツ一丁じゃねえか! 昨日脱がされたまんまかよ!)


 お、おいおい。

 もしかしてオレ、こいつと……

 いやいや! 落ち着け!

 そんなわけないだろ。

 オレはともかく、フィルトがそんなことを許すはずがない。

 だからこれは、何かの誤解で……


「ん……」


 げ、フィルトが起きそうだ!

 何がなんだか分からんが、脱出しなければ!

 見つかったら百パー、殺される!


「……何してんの、あんた」


 そろりそろりと部屋を抜け出そうとしたオレに、死刑宣告とも言える声がかけられる。

 恐る恐る振り返ると、寝起きのフィルトが眠たそうな顔でオレを見ていた。


「その、フィルトさん……昨晩のことはね、互いに忘れましょうや」


「? 何言ってんの、あんた」


「いやだってね、オレとお前はほら、こんな恰好だし……いや、でもオレはなんも覚えてないですし。ここはほら、なかったことにするというのは……」


 と、オレが捉えようによってはクズな発言をすると、フィルトは頭の上に疑問符を浮かべていたが、自分の姿を見下ろし、ハッとしたように布団で隠した。みるみるうちに顔が赤くなっていく。


「なっ、ば、ばっかじゃないの!? わ、私とああ、ああああんたがな、何をしたっていうのよ! するわけないでしょうが!」


「いやでも、起きたら隣にいたじゃねえか……」


「そ、それはあんたが昨日飲みすぎて歩けなくなったから私がここに運んだの! そしたらベッドが一つしかなかったから、仕方なく隣で……わ、私だってあんたと一緒になんか寝たくなかったわよ! そ、それと、私は昔から洋服を着たままだと寝れなくて、だから――」


 両手を斜め上に伸ばし、いろいろと訴えてくるフィルト。なんか外国人みたいな仕草だ。

 この国じゃあんまそういうオーバーリアクションする人はいないから、珍しいな。

 つーか、服を着たままだと寝れないってどういうことだよ。まあそういう人もいるって聞いたことはあるが。

 ……とはいえ、


(酔い潰れたオレを運んでくれたのか……)


 それには感謝しないとな。

 ぜってー口には出さないけど。

 オレはふーっ、ふーっ、と荒い息を吐いて怒りの形相のフィルトから目を逸らすと、チラリと部屋を見渡した。


「ここはどこだ?」


「……王魔会・ルフォード支部の客間よ。あの女に無理やり飲まされた私たちを哀れに思った他の職員が泊めてくれたの」


 王魔会の……通りで小ぎれいな部屋だよ。


 コンコン――ガチャリ。

 不意にドアが開き、ガン、とドア付近にいたオレは後頭部をぶつけた。


「おお、悪い。なんだお前たち、起きていたのだな」


 顔を出したのは、金髪ツインテールの幼女。手に酒瓶を持っている。

 身長はオレの半分ほど。顔は小さく、お目目ぱっちりでお人形みたいな顔をしているが、その深緑色の瞳はどこか子供らしくない、達観した光を宿している。

 ベージュ色の子供用トレンチコートを着ているのだが、どうもちっちゃい子が背伸びしている感が否めない。ていうか暑そうな服着てんなぁ。今、初夏だぞ。


「お前は……」


 オレは昨晩のことを思い出して吐きかけるが、どうにか飲み込むと、幼女相手に怒鳴った。


「てめえ、昨日はよくもたらふく飲ませやがったな! おかげで今日もクエストだってのに二日酔いだぞ!」


「はっはー、昨日は楽しかったな! 久方ぶりに羽を伸ばせたぞ! やはり酒は最高だな」


 言いつつ、ぐびぐびと酒を飲む幼女。昨日あれだけ飲んでたのにまだ飲むのかよ。

 見た目は幼女なのに酒を飲んでいると違和感ありまくりだ。


「楽しかねえよ! つーかお前誰なんだよ! ガキのくせに酒を飲むな!」


「なんだ、私のことを忘れたのか? 昨晩何度も相撲した仲じゃないか。なかなか強かったぞ!」


 あぁ……なんかそんなこともした気がするな。頭が痛い。


「カイト。その人、王魔会の重鎮よ」


 フィルトがベッドの方からそんなことを言ってくる。

 は……嘘だろ?

 このガキが王魔会の重鎮?

 王魔会ってのはヤバい集団らしいが、仮にも国家組織だぞ。

 そんなところの重鎮がガキなわけ……


「おいおい、今のこの国はガキを雇わにゃならんほど人手が不足してんのか?」


 オレが幼女を指を差すと、ボキッ。

 指を曲げられた。


「いってええええ!」


「脱臼させただけだ。折らなかっただけ感謝しろ」


 そういう問題じゃねえだろ。

 幼女はこほんと息をつくと、バッ、と胸に手のひらを当てる仕草――ストーンズ王国流の敬礼をした。


「――私はストーンズ王国悪魔調査委員会・最高幹部が一人、マフィン・ハートゴールド。そして私はスレイヤーでもある。階位は――第二位ケルビムだ」

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