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6 出発

 どたどたどた……!

 遠くから聞こえる忙しない足音で、微かに目が覚める。意識はまだ朦朧としているが、それが誰の仕業かはわかり切っていた。


(……朝っぱらからうるせえな……)


 どたどたどた……!!

 足音はどんどん近づいてくる。

 すると次第に、錆びた鉄のようなしゃがれた声が聞こえてきた。


「朝だよ、ガキども! さっさと起きないと、朝食抜きだよ!!」


 どたどたどた!! どんどんどん!! どたどたどた!! どんどんどん!!


 足音、ノック、足音、ノック。

 それはとうとう、オレの部屋の前までやってきた。


「朝だよ、ガキども! さっさと起きないと、朝食抜きだよ!!」


 どんどんどん!!

 部屋のドアが激しく叩かれる。

 オレは一つあくびをし、再度眠りにつこうとして――バァン!! と部屋のドアが蹴破られた音で、夢の世界から無理やり引っ張り上げられた。


(まだ寝足りねえってのに……)


「返事はどうしたんだい、この寝坊助!!」


「ぐごー、ぐごー」


 オレは寝たふりでどうにか回避を試みるが、


「またあんたかい、カイト!! まったく、いつもいつも……ちゃっちゃと起きないかい!」


 ポカリ、と固いもので頭を殴られた。


「痛ぇ……。もう少し寝かせてくれよ、クロッケの婆さん」


 頭をさすりながら、オレはベッドの横に立つ老婆を見やる。

 クロッケの婆さん。男子寮の寮監で、背が低いのと、いつも片手にある年季の入った杖が特徴だ。口うるさく、いつも誰かに怒っている。ま、それが生徒の為だってみんな分かっているから、憎めないんだけどな。

 クロッケの婆さんは眦をつり上げ、杖を振り上げた。


「ダメに決まってるだろう! だいたい誰が婆さんだい! あたしゃまだピチピチだよ!」


 シワシワの間違いだろ。

 どっからどう見ても婆さんだっての。


「ふわぁぁぁぁぁ……」


「大あくびなんかしてんじゃないよ! 返事はどうしたんだい!」


 ポカリ、と再び頭を杖で殴られる。


「……この時間に起こさないでくれって、いつも言ってるだろ」


「今起こさなかったら、あんた昼過ぎまで寝るじゃないか。いいから起きな! 夕飯も抜きにするよ!」


「ぐごー……んあ? なんか言ったか? 婆さん」


 また寝るところだった。寝れるならもっと寝ていたいが。

 オレがあくびまじりに言うと、クロッケの婆さんはプルプルと震えて、


「まったく、あんたは一年生の時から一切変わらないね! 怠惰という言葉はあんたのために作られたと言われても納得するよ! そんなだから万年落ちこぼれのままで……」


 と、ガミガミと説教を垂れてくる。

 ふと、廊下の方からひそひそ声が聞こえてきた。


「……またあいつだぜ」


「懲りないヤツだな」


「落ちこぼれのカイトらしいな」


 などと、食堂に向かっている最中の生徒がオレの噂話をしているようだ。


「聞いてるのかい、カイト!」


「ん? あぁ、聞いてるよ」


「まったくあんたって男は……入学試験の時の輝きは一体どこにいっちまったんだい。最初はあんなにチヤホヤされてたじゃないか」


 たしかに入学してすぐの頃は色んな人に話しかけられたもんだ。

 みんなすぐにオレが怠け者で噂ほどの実力もないと判断して、離れていったがな。

 今や学園中から嘲笑の的だ。


「オレは怠惰に過ごせればそれでいい」


「はぁ、そうかい。まあいいから起きな。飯が冷めるよ」


「……ありがとな、クロッケの婆さん」


 背中を向けたクロッケの婆さんにオレがそう言うと、


「ふん……ちゃっちゃと着替えて支度しな」


 そうぼやくように言い、クロッケの婆さんは出ていった。

 オレは重い体を動かし、制服に袖を通す。

 白と黒のツートーンを基調とした制服を見るだけで、気が重くなってくる。

 同時に昨日のことを思い出す。


(オレはなんであんな約束しちまったんだ……)


 脳裏にフィルトの端正な顔が浮かぶ。

 あんなヤツ、顔だけだ。

 人に容赦なく魔法を撃ち込むような乱暴女と一緒いたら寿命が縮んでしょうがねー。

 さっさと一回だけ適当なクエストに行って、コンビを解消しよう。


 古びた寮を出ると、そこには誰もいなかった。

 若干遅刻の時間ということもあるが、フィルトもいない。


(ようやく来なくなったか)


 気分がいいので、オレは鼻歌を歌いながら登校する。

 だがその途中、オレは近くからフィルトの魔力を感じ取った。

 魔力は人によって質が違う。

 その質を感じ取れば、直接目で見なくとも近くにいることくらいは分かる。

 特にフィルトのような凄腕のスレイヤーの魔力は特徴的な質をしているからわかりやすい。


(あいつ……何してんだ?)


 フィルトの魔力は校舎とは別のところから感じる。

 それに、どこか揺らぎを感じる。

 魔力が揺らいでいるということは、心身に影響が出ているということだ。


「ったく……めんどくせえ」


 けどまあ、放っておくわけにもいかないか。

 曲がりなりにも、今だけはコンビだしな。今だけは。

 オレは頭をがしがしとかくと、道を逸れて小道へと入った。


 フィルトは噴水広場にいた。

 噴水のそばに設置されたベンチに座っている。

 そして……痛むのか、苦悶の表情で胸の辺りを抑えていた。

 少しして、フィルトはやってきたオレに気づいたのかハッと顔をあげた。


「カイト……」


「どうした、体調でも悪いのか」


 オレがぶっきらぼうにそう尋ねるとフィルトはかぶりを振って、


「ううん、もう大丈夫。……けど、心配してくれるのね。カイトの魔力は感じてたけど、まさか来るとは思わなかった」


 クスリと微笑むフィルトが可愛くて、オレは不覚にも顔を赤くしながらそっぽを向いた。


「オレをなんだと思ってるんだよ。大丈夫なら、もう行っていいか?」


「うん…………あ、やっぱり待って」


 フィルトが背中を向けたオレの右手に触れた。フィルトの手は異様に冷たかった。


「カイト。私、あんたに迷惑かけてることは理解してるわ」


 ぽつり、とフィルトがそんなことを言う。


「でも、私にはどうしてもやらなきゃいけないことがある。そのためにはあんたのように優秀なスレイヤーの力が必要なの。私一人じゃ足りない」


「……何度も言うが、オレは優秀なスレイヤーなんかじゃない。それに、オレがお前と組むのは一度きりだ。それで分かるだろうぜ。オレがスレイヤーなんか向いてないってことがな」


「そんなこと――うっ」


「フィルト?」


 振り返ると、フィルトが再び胸を押さえていた。


「お前、平気かよ」


「うん……平気。いつものことだから。ごめん、もう少し休んでから行くわね。先に行っていいわよ」


 そう言って見せた笑顔は、勝気なフィルトには似合わない弱々しいものだった。

 オレはここでフィルトを置いていくのもなんだか忍びないので、


「ここで待ってろ」


 そう言い残し、噴水広場を後にした。

 校舎の方に向かったオレは、古城のような外観の校舎の近くにある売店に足を運んだ。

 すると中で新聞を読んでいたらしい男が顔を出した。


「やあ、カイトじゃないか。珍しくチャイムの前に着いたな。ちょうど朝の商売を終えようと思ってたところだが、何か買うか?」


 彼はルーベンス。通学路にある売店の店主だ。エンドワルツには十年以上いるらしい。一年の頃からオレはここの売店をよく利用しているので、すっかり顔なじみだ。


「よう、ルーベンス。そうだな……じゃあミネラルウォーターを二つをくれ」


「二つ……?」


 片眉をあげたルーベンスは、不意に何かに気づいたようにニヤリと笑った。


「女か。カイトにもようやくそういう時期が来たか。ほれ」


 ぱしっ、ぱしっ。

 ルーベンスが背後の冷蔵庫から取り出して投げてきた紙ボトル二本を受けとる。


「そんなんじゃねーよ」


 オレは肩をすくめつつ、ポケットから取り出した二枚の銅貨をカウンターに置いた。


「女ってのは否定しないんだな。ま、頑張れよ。学生時代に恋愛しなきゃ後悔するぞ」


「ここはスレイヤーの学園だぜ? そんなことしてるヤツの方が少ねえだろ」


「関係ないさ。お前の年頃の男女ってのは、どんなヤツでも一度は恋をするもんだ。それはスレイヤーだろうが変わらない。十年以上ここにいて、俺ぁそのことを知ったね」


 ふーん。

 ま、オレには縁のない話だ。

 恋愛なんて面倒だしな。



「ほらよ」


 噴水広場に戻ったオレは、紙ボトルをフィルトに渡した。

 フィルトはやや驚いたようにオレを見た。


「これ……私に?」


「ああ。この前のレモンティーのお返しだ。飲め」


 紙ボトルを受け取ったフィルトは、おずおずとした動きで蓋を開け、こくこくとミネラルウォーターを飲んだ。


「……おいしい」


「ただの水だろ」


 そう言ってオレは自分のミネラルウォーターを呷った。

 初夏の蒸し暑さに冷たい水が沁みる。


 りーんごーん、りーんごーん……


 校舎の方からチャイムの音が聞こえる。

 見れば、校舎にある時計塔の鐘がぐらんぐらんと揺れていた。


「結局……遅刻しちゃったわね。ごめん、カイト」


「別に、いつものことだ」


「……その。ほんとはあんたにこんなこと言いたくないけど」


 という憎まれ口を前置きにして、


「ありがとね、カイト」


 そう、フィルトは上目遣いで言った。

 無意識だろうが、その表情は卑怯だ。


(……こんな顔もするのか)


 ちくしょう、可愛いな。


「……おう」


 オレは少し恥ずかしくなってそう頷くにとどめた。

 今日はやけに素直だ。いつもと違うと調子狂うぜ。

 いや……もしかしたらこの姿が本当のフィルトなのかもな。

 普段の勝気な態度は、優等生としての自分に恥じない姿を周囲に見せつけているだけなのかもしれない。


「私、誰かに何かを奢ってもらったのはじめて」


「なんでだよ。友達いないのか?」


 オレが冗談のつもりでそう言うと、フィルトは機嫌を損ねたらしく、


「いないわよ、そんなもの。というか、いらないし」


 ぷいっ。そっぽを向いた。

 おいおい、マジでいないのかよ。

 オレでさえ数人はいるぞ?

 ま、いつもの感じじゃ誰も近づいてこんわな。

 この前構内でフィルトを見かけたが、「私に話しかけるな」オーラがひしひしと伝わってきたし。

 ――というバカにしたようなオレの視線に気づいたか、げしっ。

 フィルトはオレの足を蹴ってきた。


「痛っ」


 足を抑えるオレの前で、すくっ。

 フィルトは立ち上がり、腕を組んでふんと鼻を鳴らした。


「もう治った。約束のクエスト、今日の放課後だからね。忘れるんじゃないわよ」


「……わーってるよ」


「受注は私がやっておくから。放課後になったらすぐ竜小屋の前集合ね」


 そう言い残し、フィルトは去っていった。

 ……すっかりいつもの調子に戻ってたな。


 ――傍若無人なフィルトと素直なフィルト。どっちがほんとうのフィルトなんだろう。


 ふと、そんなことを考える。

 そういやオレってあいつのこと全然知らないな。

 と思ったが、ま、どうでもいいか。


 どうせ――一度きりの関係なんだから。



 ――放課後。

 オレはルビィの背中に乗って雲海の上を突き進んでいた。


「ふわぁぁぁぁぁ……」


「でっかいあくびね」


 横で青い鱗のドラゴンに乗ったフィルトが呆れたように見てくる。

 その表情は、どこか嬉しそうだ。


「なんだよ」


「なんだよって、何がよ」


「顔がニヤけてるぞ」


 そう指摘すると、フィルトは慌てて口元を隠した。横目で睨んでくる。


「あんたこそ、あくびなんかして。気が緩みすぎじゃない? これからクエストなのに」


「うるせえ女だな」


「は?」


「冗談です」


 そのボッ! ってヤツやめろや! 怖いから!


「ったくよ……ルビィ、お前はオレと違ってやる気満々だな」


 背中を撫でてやると、ルビィは「ルゥ♪」と嬉しそうに鳴いた。

 毎晩『最強DX飯』を食べているからか、ご機嫌な様子だ。


「あんたの相棒、いいドラゴンね」


 横からフィルトが話しかけてくる。


「……お前の相棒もな」


 フィルトがまたがる、蒼い鱗のドラゴンをチラリと見やる。

 ルビィはスピードに関してはトップクラスだが、このドラゴンは余裕で付いてきている。


「当然よ。マリアネは、ハイドラゴンのパパとサファイアドラゴンのママのハイブリッドなんだから」


「マリアネ……メスか?」


「オスよ。ちなみに相当な男嫌いだから、あんまり近づかない方がいいわよ。腕とか、食いちぎられても知らないから」


 おっかねえな。ドラゴンは主人に似るって噂は本当だな。


「お前、その荷物はなんだ?」


 フィルトが背中に背負ったリュックを指差す。


「なんでもいいでしょ」


「さいですか」


 ま、なんでもいいや。

 にしても……長時間座っているとケツが痛くなるな。


「あとどのくらいで着くんだ?」


 夕方現在、オレとフィルトが向かっているのはルフォード市。毎日大勢の商人が出入りしている貿易都市だ。

 そこでのクエストは、『悪魔化調査』。人々や動物が悪魔化していないかどうか調査するのが目的だ。

 依頼者は『ストーンズ王国悪魔調査委員会』。通称・王魔会。ストーンズ王国の悪魔調査・討伐を主とする組織で、名うてのスレイヤーも多く所属している。王魔会は悪魔調査という危険な性質上、慢性的な人手不足らしく、彼らはこうしてたまに外部のスレイヤーにクエストを依頼してくる。

 ……噂によると、王魔会にはなかなか頭のイかれた連中が揃っているらしく、そのせいで誰も入りたがらないとか。ただの噂だがな。


 このクエストの難易度はD。

 通常、第九位エンジェルのオレはFランクのクエストしか受けられない。

 が、階位が上の人が同行する際に限り、一もしくは二ランク上のクエストに挑戦することができるという制度により、受注できたのだ。フィルトは第四位ドミニオンズだからな。


「――そろそろ着くと思うけど」


 というフィルトの言葉に呼応するように雲海が終わり、豁然と眼下の景色が広がる。

 目に飛び込んだのは、城壁に囲まれた都市だった。

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