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4 紫電と蒼炎

(なんで、こんなところに……ッ)


 この森は悪魔がいる地域とはかけ離れている。

 だから、いるはずがない。

 いや違う。

 悪魔はこうしてひっそりと別の地域に侵入し、他の生物を悪魔に変えることで増えていくんだ。


 あの悪魔の名は『ヴォージーク』。

 別名、黒鬼。どう猛な森の狩人だ。

 危険度は――B。

 当然、Fランククエストには出てくるはずのない強敵。


(……逃げるか?)


 それも手だ。

 しかし今オレがこいつを逃せば、この森はあっという間に悪魔の巣窟と化すだろう。

 だが……逃げて何が悪い?

 誰がどうなろうと、オレにはどうだっていいことじゃないか。

 別にいいだろ。

 自分さえ良ければ、それで。

 はは、そうだ。

 オレさえ助かればいい。

 それでいい。

 いいんだ。


「――伏せなさい!」


「ッ!」


 声が聞こえるや否や、オレはハッとして体を伏せた。

 直後、頭上を熱い何かが通り過ぎる。

 それは尾を引きながら、吸い込まれるようにしてヴォージークの顔面に直撃した。


 ――ドガァァァァン!!


「グルォオォォォォォォォ!!」


 ヴォージークが絶叫する。

 燃え上がる、蒼炎。


(蒼い……炎……)


 その鮮やかな煌めきに一瞬目を奪われながら、オレは後ろを振り向いた。

 思わず息を飲む。

 快晴の夏空のように鮮やかな青色のポニーテール。キツめの目の奥にある青い瞳はまるで磨き抜かれたサファイアのようで、まつ毛はけぶるように長い。手足は長く、肌は白魚のよう。そして手に握るは、透き通るような空色の長剣ロングソード

 こんな状況だというのに、見惚れてしまった。

 それ程までに可憐な少女が、そこにいた。


「危ないッ!」


 少女が叫ぶ。

 オレは素早く横にステップを踏んだ。

 直後、巨大な拳が一瞬前にオレがいた空間を叩き潰した。ずん、と大地が揺れる。

 オレは「はっや……」とつぶやく少女の隣に移動した。


「オレはカイト・ヴィンテイジ。お前もスレイヤーだな?」


「ええ、そうよ。私はフィルト。フィルト・ダイナハイツ」


 ――こいつが、あの。

 エンドワルツ生でその名を知らぬヤツはいない。

 フィルト・ダイナハイツ。

 オレと同じエンドワルツ学園の二年にして、学園最強クラスのスレイヤー。

 二つ名は『蒼炎ブルー』。


「……なんであのダイナハイツがこんなところにいんだよ」


「フィルトでいいわよ。……なんでって、クエストに決まってるじゃない。あいつを討伐しに来たの。カイトこそなんでいるのよ」


「オレだってクエストで来た。Fランククエストで、だけどな」


「えっ、F ……!?」


 驚愕するフィルトを尻目に、オレはヴォージークを見据えた。

 来る――!


「よし、あとは任せたぜ」


「はぁっ!?」


 ドスドスと突進してくるヴォージークに背を向け、オレは走り出した。


「ちょっ、あんた、それでもスレイヤー!?」


「あいつは頼んだぜ、フィルト! シー・ユー!」


「っ、この最低男!」


 フィルトは悪態を吐きつつ、辛くもヴォージークの突進を避ける。

 と、突進をかわされたヴォージークが勢いそのまま、そこらに生えていた木を数本なぎ倒し、さらにオレ目掛けて突貫してきた。


「げっ!」


 こっちに来やがった。

 ――ちくしょう、どうしてこうなるんだ。

 簡単なFランククエストのはずだったのに。

 いつもそうだ。

 オレはただ、平和な生活を送りたいだけなのに。

 誰かが邪魔をして、オレの平穏を切り裂いていく。


「ボサッとしてんじゃないわよ!」


 フィルトが疾駆し、オレとヴォージークの間に飛び込んでくる。

 フィルトは舞うように剣を振るい、ヴォージークの右膝を切り裂いた。


「グオォォォォォ!」


 だがヴォージークは怯むことなく、フィルトに狙いを変えて巨大な拳を振るった。


「ふっ!」


 フィルトはそれを紙一重で避け、目にも留まらぬ速さで回転しながらヴォージークの腕を斬り刻む。


「グルァァッ!!」


 たまらずヴォージークも立ち止まった。


(あの女……)


 強い。途轍もなく。

 身のこなし。剣技。どれを取っても一級品だ。


「――カイト! 私が引きつけているうちにさっさと逃げなさい!」


 フィルトが叫ぶ。

 なんだよ。

 自分から囮になるってか。

 オレだけ逃げろって?

 はっ……いいじゃねーか。

 最高だな。

 オレはいつも通り、サボればいいってわけだな。

 女一人残して尻尾巻いて逃げればいいってわけだな。

 そうさ、いつも通り――


「ぐっ! しまっ――」


 オレを守るように戦っていたフィルトが、ヴォージークの強烈なパンチをいなしきれずに剣を落としてしまった。

 直後、ヴォージークが拳を振り下ろした。


「あ」


 フィルトに影が落ちる。

 ああ。

 一秒後、彼女は死ぬ。

 オレのせいで。

 オレが怠惰であるが故に。


『兄ちゃん、助けてっ! 兄ちゃんっ!!』


 ――ドクン。


 心臓が跳ねる。

 そうだ。

 そうだろ。

 あの時、決めたんだ。

 もう二度と、目の前で誰かを失わねえって。

 もう二度と、誰かを救うチャンスをみすみす逃したりしねえって。


 ――ドクン、ドクン。


(ったくよ……)


 オレは努力が嫌いだ。

 汗を掻くのが嫌いだ。

 一生懸命が嫌いだ。

 戦いが嫌いだ。

 できることなら、一生堕落したまま生きていたい。

 だが、そうもいかねえ。

 このどうしようもなく厳しい世界では。

 平和に生きるためには。

 大切な誰かを護るためには。


(――本気で生きなきゃならねえ時がある、か)


 オレは剣の柄に、手を添えた。


「すぅぅぅぅぅ……」


 一瞬の出来事だ。

 息を細く、長く吸い込む。

 目を閉じ、感覚を極限まで研ぎ澄ませる。

 そうして体内に流れる力の奔流を認める。――魔力だ。

 魔力は誰にでもある。気づいていないだけだ。

 魔力は認識することでコントロールできる。

 魔力を燃焼させ、全身に巡らせる。頭のてっぺんからつま先まで。筋肉や内臓にも。身体の隅々へと。

 魔力の扱いこそが、常人とスレイヤーの差だ。


 そして、

 魔力を完全にコントロールした時、

 人はその力(・・・)を行使することができる。


 オレはゆっくりとまぶたを持ち上げた。


「――【雷霆剣らいていけん】」


 瞬間、オレの意識のなかで、世界が限りなく停止に近づく。

 フィルトに振り下ろされる鉄槌。

 直撃まで、瞬きほどの時間もないだろう。

 だが、のろまだ。

 どんな攻撃も、オレにとっては遅すぎる。


 バチッ、バチチッ!


 オレの身体から紫の稲妻がほとばしり、全身を包み込んだ。

 地面を踏み抜く。

 刹那、オレは音を置き去りにした。

 剣を抜き払い、満身の力を込めて振り抜く。

 オレは地面を削りながら、ヴォージークの背後で立ち止まった。


「――え?」


 フィルトが素っ頓狂な声をあげる。

 直後、


(仕舞いだ)


 世界が、加速する。


 ――ズガァァァァァァァァァンッッッ!!


 遅れて轟いた音は、さながら落雷。

 パキン、と何かが割れる音が森に響く。そして、


 さぁぁぁぁぁぁ……


 悪魔は砂となって崩れ落ち、天に吸い込まれるようにして消滅した。

 その場に残ったのは、真っ二つに割れた、握りこぶしほどの赤い球。

 風が吹いて木々が揺れる。

 その隙間から降り注いだ茜色の日差しが、オレの手に握られた剣の透き通るような紫色アメジストの剣身を照らし出す。


「……ふぅ。ま、こんなもんか」


 息を吐き、オレは振り抜いた剣を腰に納めた。


 これが――魔法。

 非力な人類の唯一にして、最大の武器。


 ヴォージークが砂となったのは、魔石を破壊したからだ。

 魔石は生物なら誰にでもある。人間にも、悪魔にも。

 魔石を破壊されれば、生物は砂となって消える。


「紫電……あんたまさか……」


 どさっ、と尻餅をついたフィルトが呆然とオレを見つめ、そう呟いた。

 オレは何も答えず、フィルトに歩み寄ると、手を伸ばした。

 フィルトがその青い目でまっすぐとオレを見てくる。


「あんた……よくヴォージークの魔石の位置が分かったわね。戦ったことがあるの?」


「さぁ、どうだろうな。……って、のわっ!」


 フィルトはオレの手を掴むと、ぐいと引っ張った。

 体ごと引っ張られ、自然、オレはフィルトを押し倒すような格好になる。

 ふわりと女の子特有の甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐる。


「お、おい。何すん――」


「ねえ、カイト」


 ドキッとするような悪戯っぽい笑みを浮かべ、フィルトは言った。


「あんた――私の下僕になりなさい?」


 ――この時は思いもしなかった。

 この少女との出会いが、オレの人生を大きく変えることになろうとは。

 停滞していたオレの人生が、かつてないスピードで動きだすことになろうとは。

 激しい戦火の渦に身を投じる日々が、始まることになろうとは。

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