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3 Fランククエスト

 クエストへ出向くにあたり、オレは竜小屋へと足を向けていた。

 スレイヤーは単独ではクエストに参加することはできない。

 自分と契約している相棒を連れて行く義務があるのだ。

 そんなわけで、竜小屋の前はクエストに行く前の生徒で溢れていた。


「お、カイトじゃないか! 久しぶりだなぁ!」


 竜小屋の入り口に着くと、筋骨隆々の男に肩を組まれた。

 むわっ、と強烈なニオイが鼻を突く。


「おい、あんま近寄るな。ドラゴンくせえ」


「ははっ、そう言うなって! お前と俺の仲だろ?」


 顔、言動ともに暑苦しいこの男の名は、ガイ。

 オレと同じ二年で、ドラゴンテイマーの授業を専攻しており、その一環で竜小屋の管理を担当している。こんななりだが、テイマーとしてはかなり優秀らしい。


「ルビィちゃんに会いに来たんだろ? 彼女、お前に会いたくて首を長くして待ってるぜ!」


「……オレを喰いたくての間違いだろ」


「はっはっは! そんなことはないさ! 案内してやる、付いてこい!」


 竜小屋に入り、奥へと進む。

 広大なフロアには膨大な数の檻があり、生徒たちは相棒のドラゴンの檻に入って世話をしたり、背中にまたがって出発口からクエストに出かけたりしている。

 今の時間は、言うなれば出勤ラッシュってとこだ。


「よし、着いたぞ! ルビィちゃん、久々にカイトが来たぞ!」


 ガイがそう言った直後。


「ルゥアァァァァァァ!!」


 ガッシャァァァァン!

 一匹のドラゴンが檻に強烈なタックルをかました。


「はっはっは! いつも以上に元気だ! カイトが来て余程嬉しいようだな!」


「どう見てもちげえだろ! オレを食う気満々だぞ、あいつ!」


「そんなことはない。ルビィちゃんはカイトにぞっこんなんだぜ?」


 ニカッ。

 ガイが白い歯を見せてくるが、信じられるか。

 見ろ、今も憎しみのこもった目でオレを見てるぞ。


「それじゃ、俺は仕事に戻るぞ! 出発手続きは俺がやっておくから、安心してクエストに行ってこい!」


 ガイが去り、オレは檻の前に立った。中にいるドラゴンを見上げる。

 三メートルはあろう体躯を包む、闇よりも深い漆黒の鱗。鉄板をも貫く牙と、鋼をも切り裂く爪。今は閉じている巨大な両翼。先端が鋭く尖った、細く長い尻尾。そして――暗がりの中で輝く真紅の瞳。


「久しぶりだな、ルビィ」


「――ルァァァァオォォォォォ!!」


 うん、ダメだこれ。めっちゃ怒ってるわ。


「ルビィ、最近来れなくて悪かった。だが聞いてくれ、オレも忙しかったんだ。勉強とか、修行とかな」


 オレが必死に弁明するも、ルビィは「嘘つくな」と言わんばかりの懐疑に満ちた目を向けてくる。全然信じてねえぞこいつ。

 おいおい、これじゃクエストどこじゃねーぞ。


「なあ、悪かったって。これからはもっと来るようにするから。だからクエストに行こうぜ? な? オレの退学がかかってるんだよ」


 手を合わせて懇願するも――プイッ。

 ルビィは顔を背け、そのまま体ごと反対を向いて丸くなってしまった。取りつく島もない、って感じだ。

 お嬢さん、こりゃ相当おかんむりだな。

 ……しゃーない、この手は使いたくなかったが。


「ルビィ。一緒にクエストに行ってくれたら、一週間『最強DX飯』にしてやる」


 ピクッ!

 ルビィの体が反応した。


「好きだろ? 『最強DX飯』。少しばかり値は張るが、他でもないお前のためだ。貯金を切り崩して奮発してやる」


 ピクピクッ!

 ルビィの体が徐々にこちらを向きはじめる。


(よしよし……この作戦ならいけると思ったぜ)


 『最強DX飯』とは、ネズミ肉や牛肉、果物をはじめとしたドラゴンの大好物がふんだんに使われた特製の餌だ。

 『最強DX飯』と聞いて涎を垂らさないドラゴンはいないと言われてるくらいだ。

 まあ、その分高いんだがな。

 その出費はこれからルビィに働いて稼いでもらうとするぜ、はっはっは!


「ルゥゥゥ……」


「無理をするな、ルビィ。大人しく本能に従うといいさ」


 が、なかなか振り向いてくれない。

 ルビィはお姫様気質だから、こういう簡単な餌じゃプライドが邪魔して乗ってくれないことがある。

 ここはもうひと押し必要か。


「オーケイ、ならこれでどうだ? 今日頑張ってくれたら、今度の休日にエンドワルツの温泉スパに連れてってやる」


 ピクピクピクッ!

 ルビィの体が起き上がり、とうとうオレの方を向いた。


「交渉成立だな」


 ふっ、と息を吐き、オレはポケットの鍵を使って檻に入り、ルビィに近づいた。

 はっはー、まったく手のかかるお嬢さんだぜ――

 がぶっ。


「いってえぇぇ――!」


 腕を噛まれた! 血出てるんですけど!


「いてえな! 何すんだ!」


 オレがキレるも――プイッ。

 ルビィは鼻を鳴らし、顔を背けた。

 ちくしょう、まだ怒ってやがったか。

 だが――腰を下ろしてくれている。

 さっさと乗れ、ってことか。


「ったく、可愛げのない相棒だぜ」


 オレは苦笑し、ルビィにまたがった。


「よし――行くぜ、ルビィ!」


「ルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」


 ルビィが羽ばたく。

 浮き上がったルビィは加速し、瞬く間に出発口をくぐり抜け、大空に羽ばたいた。

 相変わらず速えな!


(心底面倒だが……クエストか、久々にいっちょやるか)


 ま、Fランクだけどな。




 目的地に着いたのは、出発してから一時間後だった。

 ルウィードと呼ばれる小さな街に降り立ったオレは、久々に空を飛べて満足げなルビィを街の入り口にある竜舎で待たせ、早速依頼主の元へ向かった。

 依頼主の家は、街のはずれにあった。古びた屋敷だった。


「ごめんくださーい」


 中から出てきたのは、気品のある老婦人。

 客室にお邪魔して話を聞いたところ、大事に飼っていた猫のグラハムが一週間前に逃げ出してしまったらしい。

 オレは老婦人からグラハムに着せていたという猫用の服を借用し、ルビィの元に戻った。


「ルビィ、この匂いの持ち主がどこにいるか分かるか?」


 ルビィは鼻が利く。離れていても、どこにいるか大体の位置は分かるだろう。

 ルビィは服を嗅ぐと、ややあってとある方角を向いた。

 それは街中ではなかった。

 街の外、ルウィードから北にある森の方角だった。


(森、か……望み薄かもな)


 飼い猫が森に迷い込んで生きているとは思えない。野生動物からすれば格好の餌だろう。

 が、行かないわけにもいかない。

 こちとら退学がかかってるんだからな。


「ルビィ、案内してくれ」


 オレはルビィにまたがり、北の森へと向かった。



 森はかなり暗かった。

 この中から探すのは骨が折れそうだな。

 この時期は日が暮れるのが遅いから、それが救いか。

 再度ルビィの背中に乗り直し、森の上に出たオレは、ルビィの嗅覚を頼りに、森を奥へと進む。

 三十分後。


「……?」


 なんだ? 今の声。

 動物の鳴き声にしちゃあ、おぞましすぎる(・・・・・・・)

 ……まさかな。


「ルゥ」


 ルビィが不意に速度を落とした。

 グラハムはこの辺りか。

 見つけたら死体……とかはやめてくれよ。


「よし。じゃあオレはその辺で待機してるから、ルビィが捜してきてくれ」


 と言うと、森に振り落とされた。


「いてて……ルビィめ」


 肩をさすりながら立ち上がる。

 日が傾いてきて薄暗くなった森からは様々な音がする。

 葉擦れの音や怪鳥の鳴き声、狼の遠吠え、虫のさざめき。

 それらの音が渦巻く森で一匹の猫を捜し出すのは至難の技だ。


「かったりいなぁ……」


 夜までに見つかればいいが。

 頭をがしがしと掻き、オレはしばらくの間、周囲を探索することにした。

 それから十数分後。


「いねえなあ……」


 グラハムのヤツ、どこまで行きやがった。

 ちくしょう、もっと楽なクエストだと思ってたぜ。


(……?)


 ふと、オレは違和感に歩みを止めた。


 ――静かすぎる。


 先刻まで騒がしかった森が嘘のように静まり返っている。

 聞こえるのは木の揺れる音と、低い風の音だけ。

 風の音はどこかそう、呼吸のようで――


「ッ!?」


 オレは弾かれるようにして上を見た。

 いる。

 木の上に。

 暗くてよく分からなかったが、いる。

 巨大な黒い影が。


(……冗談だろ?)


 唾を飲み込むのも束の間、黒い影はオレめがけて飛びかかってきた。


「くッ!」


 ズガッッッ!

 地面が抉れる。

 間一髪、横に転がることで回避したオレは、目の前で身体を起こすそいつを見て目を疑った。

 闇に溶け込むような漆黒の体毛。異様に発達した両腕。飛び出した白い目。むき出しの歯茎の間にずらりと並ぶ、黄色い牙。

 ゴリラ?

 違う。


「ギュオォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 大気が震える。

 こいつは。


 ――悪魔だ。

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