虐げられし月は大地の姫君を溺愛する
こんにちは! おうぎまちこと申します。
2/14に完結した「記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士」の過去編・ifルートを2/18より追加連載しております。
この短編は過去編第1話を少しだけ見せる試みで投稿することにしました。
本編は、初期以外は大河ドラマや少年漫画を意識したので、男性読者様も読みやすい内容になっています。
一応Wヒーローだったので、主人公は最後は1人の人と結ばれますが、ifではもう1人の男性と結ばれていたら……?と言った内容を書こうと考えています。
この短編をお読みになりまして興味を持っていただけたら、ぜひ本編にもお越しくだされば幸いです♪
『ルーナ、約束して、私達は家族よ、家族になって幸せになりましょう』
『はい……約束します、姫様、私が、貴女様の家族になって、貴女を必ずや幸せにいたします』
満月の夜。
ティエラは、穏やかに光を放つ月を眺めながら、忘れてしまっていた記憶に想いを馳せていた。
※※※
ティエラは、ゆっくりと目を開く。
近くに人影が見えたので、そちらに目をやる。
視線が捉えた先には、白金色の髪に蒼い瞳の麗しい青年と、紅い髪に碧の瞳の少年がいた。
彼らは二人とも、笑顔になってティエラの方を見ている。
「姫様! 良かった、目を覚まされたのですね」
「ティエラ! 心配かけんなよな、ったく」
そう言われて、少しだけ記憶の整理をする。
何かを見に行きたいと、ルーナを誘ったところまでは覚えている。けれども、それ以降の記憶が抜け落ちてしまっている。
「私、ルーナと一緒に、何かをさがしに行って……私、また何かにつかれたの? でも、全ぜん何も思い出せない……」
何を見に行きたいと自分は言ったのだろうか?
思い出そうとすると、なんだか頭に靄がかかるようだ。
「姫様は、数日間眠られていたのですよ」
穏やかな笑みを浮かべながら、白金色に蒼い瞳の青年――ルーナが、ティエラに声をかけてきた。ルーナは、ティエラよりも十歳年上で、現在二十歳頃。彼女の婚約者に当たる人物だ。
「俺がそばにいても全然、目を覚まさないから、焦ったよ……」
そう言ってため息をつきながら、ティエラに声をかけてくる紅い髪に碧の瞳をした少年はソル。ティエラの護衛騎士として、幼少期からいつも一緒に過ごしている。なぜだか分からないが、ティエラは彼がそばにいてくれると体力や霊魂に憑りつかれた後の回復が早い。
ティエラは、数日間の記憶が曖昧だった。
「無理して思い出されなくて結構ですよ。姫様が無事にいてくださるのなら、私はそれだけで幸せです」
ルーナがティエラにそう声をかける。
ソルが、そんなルーナを怪訝な目で見ていた。
ティエラも、今まで偽りばかり口にしていた婚約者の反応が、少しだけいつもと違うことに気づいた。
(何だろう? 私がねむっている間に何かあったのかしら?)
そうは思ったが、なんだか瞼が重たい。ティエラにまた眠りが訪れようとしていた。
「まだ、お身体の回復がうまくいっていないのでしょう。私もソルと一緒にそばについておりますから、ゆっくりお休みください」
ルーナの涼し気な声を聴きながら、ティエラはまた瞳を閉じる。
何があったのかはよく分からない。
だけど、正直なルーナを見ることができて、ティエラはなんだか幸せな気持ちになった。
そうしてそのまま、ティエラはルーナと交わした大切な約束を忘れたまま、また日常に戻って行ったのだった。
※※※
以降、ティエラはルーナからとても大事にされるようになった。
ソルがティエラのそばを離れるとき、それは顕著だった。
今までも、魔術を教えてくれる時は丁寧だった。ただ、これまでだと、「仕事がありますので。分からないところがあったら次回までにお教えいただけますか?」と言われていた。でも今は、「仕事が終わってから、また参りますので」と言い、仕事が終わってからわざわざティエラの魔術の勉強に付き合ってくれる。
魔術ができるようになると、ティエラの亜麻色の髪を手にとって口づけてくる。
「さすが我が君、わからないことでも、一生懸命に取り組む貴女様はとても可愛らしくて、心が和みます」
そう言われると、ティエラは、次も頑張ろうと嬉しくなる。彼女は、たくさん本を読み勉強に励むようになった。
休みの日には、ゆっくりお茶をして過ごすこともあった。ソルがお茶を淹れるのが得意なのだが、ティエラはなかなか上手ではない。
ティエラが作った失敗作を渡してもしっかり飲んで感想をくれる。
「他の茶よりも渋みが強いですね、少し抽出される時間が長いのかもしれません。私は意外と好みですよ。貴女様の淹れたものであれば、何でも大丈夫ですから、またお持ちください」
そう言ってティエラに微笑みかけるルーナを見て、ソルが呆れた顔をしていたこともあった。
市井の様子を知りたいと言えば、二人で城下街まで出かけることも増えた。もちろん、ソルを連れていくこともあるが、圧倒的に二人であることが多い。ティエラが憑依されやすいため、二人の時は短時間だが、楽しく過ごせていた。
どこに行くにも手を差し出してくる。彼の長くて綺麗な指。それで、ティエラの小さな手を、割れ物を触るかのように優しく包み込んでくれる。ティエラは彼に手をひかれるのも好きだった。
遠くへ向かう時には、ルーナに横抱きにされて移動することも多かった。そのため、城の中ではよく注目を浴びる。外でも似たように、ティエラを抱きかかえることがあった。外出の際、ルーナは白金色の髪とその容貌から目をひくためローブをまとうことも多いが、正直悪目立ちしているように思う。
そして、ルーナには何も言わずとも、ティエラが欲しているものがあれば、すぐに贈り物として差し出してくる。まるで彼女の心を読んでいるようだった。さすがに高価な物に関しては、ルーナの給金は国民の税から得ているのでもらえないと説明した。
ティエラが、城下街でヘンゼルとグレーテルの姉妹に出会い、城に迎え入れたいと話した時もそうだ。色々と彼は裏で動いてくれたようで、お願いしてしばらくしたら、二人を城に迎え入れてくれた。
とても嬉しかったので、ティエラは思わず、ルーナに抱きついてしまった。
「とつぜん抱きついてしまって、ごめんなさい。ルーナ、本当にありがとう」
ティエラが満面の笑みでそう伝えると、ルーナもとても嬉しそうに微笑んでいた。
「貴女様の、そのお顔を見たかったのです。ありがとうございます」
物理的にも心身的にも、ルーナはティエラの願いを何でも叶えようとしてくれる。
ルーナのそう言った優しさが好きだったのはもちろんだ。
だけど、それよりも――。
彼が本心で話してくれるようになったのが、ティエラはとても嬉しかった。
※※※
ティエラが、城の中にある小さな森の木陰にルーナを誘い、涼みにやってきていた。
最近は、ルーナはティエラの叔父プラティスの研究を手伝うと言って、会えないことも多かった。久しぶりに会った彼は少しだけ疲れた様子だった。
ティエラはルーナに元気になってもらいたいと思って、休日に彼を外に連れ出したのだった。
緑の葉が多く茂る場所で、二人が腰を落ち着けていると、子猫がティエラにすり寄って来た。
彼女は、子猫と戯れながらルーナと談笑していた。
「姫様、お気遣いいただいて、本当に嬉しく思います」
そう言ってにこやかな表情を浮かべるルーナを見て、ティエラは少しだけほっとする。
(よかった。ルーナ、少しは元気になったかしら?)
ティエラは、彼に元気が出て来たようで嬉しくなる。
そうしていたところ。
ティエラが抱えていた猫が、彼女を爪で引っ掻いてきた。ティエラの手の甲にひっかき傷ができ、血が玉のように膨らみ、滲む。猫はティエラの手から離れた。
それを見たルーナが猫を掴み、その首に手をかけた。
締め上げられた子猫は、うめき声をあげ、じたばたと身体をよじっている。
ルーナに表情がなく、ティエラは背筋がぞくりとした。
彼女ははっとし、彼から猫を引きはがす。
「だめよ、ルーナ! まだ子ネコなの!」
ルーナの手を逃れた猫は、慌ててどこかへと走り去ってしまった。
ティエラの声に我に返ったルーナが、呆然と自分の手を見ていた。
「……姫様、私は……。大変、申し訳、ございませんでした……」
ルーナの蒼い瞳に、睫毛で影ができる。彼の額に汗がにじんでいる。
彼は自身の行為に戸惑っているようだ。焦燥のようなものが、ティエラにも伝わってくる。
彼の心のうちに、何か鋭利な刃のような、そんな得体の知れない狂気が一瞬だけ見えた。
ティエラは、ルーナの腕にそっと手を当て、彼の顔をのぞきこむようにして話し掛ける。
「このところ、様子が変よ……どうしたの、ルーナ? おじ様のところによく出入りするようになってから、なんだかおかしいわ」
ルーナは頭を振る。
「ああ、いえ、姫様が気になさることではありませんよ。ご心配をおかけしてしまいましたね」
そう言って、ルーナはティエラに微笑みかけてくる。
彼は、先ほどまでとは打って変わって、穏やかな調子だ。
ただ、ティエラはそのことに違和感を覚える。
(せっかく、正直なルーナが見えるようになっていたのに……)
また、ティエラの前でも表情を取り繕ろうようになってしまった。
彼に何があったのかは分からない。
またルーナが、ティエラに嘘をつくようになった。
この頃から、少しずつだが歪が生じ始めたような気がする。
せっかく縮まっていた彼との距離が、遠くなっていくような感覚が、ティエラの中に生まれた。
それは、年を重ねるごとに止まらなくなっていった。
※※※
今にして思えば、あの頃――。
ルーナは、ティエラが成人するとどうなるのかを、国王やプラティス達から聞かされていたのかもしれない。
自分に関する話だったのに、ティエラはルーナが何をしようとしているのか知ろうともしなかった。
もし、約束した日のことを忘れずにいたとしたら、それとも何か違う出来事が起こっていたとしたら――。
もしかしたら、どこかで選択肢が違っていたとしたら、今とは違う未来を迎えていたのかもしれない。
ティエラは、どこからずれてしまったのだろうかと、満月を見ながら思いにふけった。
良ければ、『記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士』(本編完結・タイトル模索中)にお越しください♪