探査機
きらめくことなく点々と輝いている星々を背景に、広大な宇宙空間を列隊になって宇宙探査船団が進んでいた。彼らの大きな目的は銀河を脱出して隣の銀河へ、さらには深宇宙への長い長い旅に出ることであった。
探査団の三代目司令官は船団の先頭を進む宇宙船の広い指令艦橋に立っていた。もちろん出発してから乗員のほとんども代変わりをしているが、出発当初の情熱は失われてなどいなかった。各々の持ち場でてきぱきと業務をこなす部下の働きぶりを見て、司令官は満足気な表情を浮かべていた。部屋の前面にある巨大なスクリーンにはリアルタイムの船外の映像が映し出されていた。
彼らは現在、銀河の外縁部に到達しかけていたがスピードを落とすことなくひたすらに進んでいた。もちろん、別の生命が住む恒星系を探すのも任務の一つだった。だが、将来的には隣の銀河までの長い長い旅になるだろうと考えられていた。
彼らは今しがた近傍に発見した恒星系について、具体的な探査内容を決定しなければならいときにさしかかっていた。
「先行している探査機からは、なにか新しい情報はあるか?」
指令官は部下の一人に近づいて尋ねた。
「はい、目標恒星系内にあります岩石型惑星の一つから、人工的と考えられる電波を捕らえています」
「なにか意味のあるものが?」
「いいえ、今のところは意味をなしていないという感じです。といいますか、雑多な信号がごちゃ混ぜになっているというのが正確でしょう。時間をかけて分析すれば、個別に内容を判別できるかもしれません」
「ならば担当部署に任せておけ」
そのとき、別の一人が大声を上げた。
「司令官!付近に人工的と思われる天体物をレーダーが捕らえました」
「うむ、どういった代物だ?」
「今、最新の映像を出します」
スクリーンの一つに、荒く不鮮明な画像が表示された。それでもなにかしら人工物と思わせる形状であることは誰もにも見てとれた。
「もうしばらくすれば鮮明な映像データが出せると思います。ただ現時点でも、アンテナと思わしきものや非常に細長い突起物が存在するのがわかります」
「ふむ。速度はわかるか?」
「相対速度を差し引くと、おおよそ毎秒一万七千メートルの速度です」
「なるほど、それなら近づけそうな速度じゃないか」
その後まもなくのうちに有人調査部隊が編成され、派遣することが決定した。
調査隊は慎重な足取りで対象へ接近した。事前に無人探査機を発進させていたが、危険な動きは見られなかった。
探査隊員と指令室との間でやり取りが始まった。彼らはしばらく、船外活動をしながら対象の外観を見て回っていた。
「有機反応はありません」
隊員は各種のセンサー類を当てながら回った。めぼしい発見はなさそうだと、拍子抜けした様子になったときにセンサーの一つが警報音を鳴らした。
「内部に高レベル放射性物質を探知です」
「それは本当か?」
「ええ、どうも遮蔽はされているようですけど、強力な放射線源があることが推測されます。間違いなく核物質、プルトニウムでしょうかね?」
「まさか、」司令官は腕を組んで考え込んだようすだった。「宇宙機雷のような代物ではあるまい。前みたいに戦闘生物がいるような惑星に近づくのはごめんだぞ」彼は当時のことを思い出すように苦い表情を見せた。
「分かりません。他の可能性としてはバッテリー代わりとも推測されますが、」
「どうかな?」別の隊員が割って入った。「だとしらずいぶん割りのあわない電池だことだ」
「どのみち兵器だとしたら今頃は爆発しているはずですよ。それにいかんせん、この人工物はかなり劣化が進んでいるように思えます。十分に機能していないのは予想できます」
「わかった。必要なことを終えたら君たちはすぐに帰還してくれ」
「了解しました」
「今後の方針については協議ののちに決定する」
会議室には各部門の代表とエンジニアや学者が集まっていた。他の船の関係者もホログラム投影で参加していた。
「私としては乗り込んで調査してみたいと思いますよ」
調査隊の研究主任はきっぱりと言った。
「あの電波を撒き散らしている惑星には、近づくべきでないと思いますけどね」
保全局の所長は慎重な様子だった。
「司令官、あくまで我々の最終目的はこの銀河系からの転出と、深宇宙を目指すことです」
「それになにか罠という可能性もありますよ。あの小型の人工天体は、もしかすると周辺の監視装置という可能性もあります」
「もちろん、」司令官はゆっくりとした口調で続けた。「前回のように、不必要にリスクを冒す危険は避けるべきと考える。もっとも、精緻な調査をしたいという気持ちは、私だって同じだ。ただ、やっと銀河外縁部まで到達しかけている今は、銀河脱出のための加速をしなければならない時期にも来ている。船団がバラバラになるような事態も避けたいのだ」
「司令官、それでは無人探査機を使うつもりですか?」
「そうだ。あの大型の非回収式探査機を使う」
「それはまだ建造中で、転出先の銀河で使う予定ではありませんか?」
一人が言ったが、司令官はうなずいただけでエンジニアの一人に顔を向けた。
「はい、その大型探査機ですが現在一機が完成しています。外装は小惑星に似せたもので、できればテストを兼ねた実地動作を、と考えておりました」
「どうだろうか?皆さん、ちょうどよい機会だと思うのだ」
少しばかりざわついたが、結果その案は採択された。
「大型の非回収式探査機を発進させる許可を出す」
系内に進んで行った探査機からは刻々と情報が伝えられた。その恒星系の外側にあるガス惑星のうち一つにはこれ見よがしに幅の広い、立派な輪があるのが分かった。恒星に近い側には岩石型の惑星がいくつか回っている様子だった。そのうちの一つは青っぽい色をして大気を持った惑星だった。それには不釣り合いなくらい大きめの衛星が一つ、伴っていた。
「我々と似たような生き物がいるかもしれませんね」
「そうだな。スペクトルの分析じゃ、窒素と酸素からなる大気で、あの緑や茶色なのは陸地で青いのは海だな」
解析班の人たちつぶやくように会話をしながら、送られてくる映像に集中していた。
「電波の解析が一部終わったそうです」
司令官のもとに部下の一人がやってきた。
「そうか、音声? それとも映像か?」
「言語の解析はとてもすぐには手に負えないような感じです。とにかく映像は取り出せました」
スクリーンに映像が映し出された。
そこには船団の乗員たちと似たような恰好の生き物が行き交う様子が映っていた。それから映像の視界が広がってゆき、おそらく都市と思われる場所を映し出した。背の高い人工物が乱立しており、道にはそれはもうひしめくようなくらいの数が行き交っていた。
「これは、すごいな……」
「それと彼らが自分の惑星を何て呼んでいるかは、わかったようです」
「なんていう名だね?」
「 “地球” だそうです」
「ちきゅう? はあ、まるで土の塊みたいな意味だな」
「まあ間違いではありませんけどね」部下は小さく笑った。「みるところ彼らはそれなりに宇宙文明も持っているようで、化学反応を用いた推進機構の宇宙船を上げているようです。たまたまその映像も拾いましたよ」
今度はロケットの打ち上げシーンに映像が切り替わった。
「まあ、それしても今しがた解析班の部屋をのぞいていたんですが、他の映像も見るには地球の住人は忙しげに活動してるようです」
「そうか、」
「どうなさるおつもりです?」
「何がだね?」
「彼らも宇宙探査をしている様子ですけど、といっても黎明期と言える程度ですが、我々の存在を知らせますか?」
「いや、」司令官はモニターに映し出される映像に目をやったまま答えた。
「こいつらは、ほっといてもそのうちに追いつくかもしれない、我々に」
「でしょうか?」
「どうだろうね」司令官は苦笑した。「賭けるか?」
「いえ、遠慮しときますよ」
司令官は都市を行き交う地球人の映像を見つめたままだった。
「どう見える? 彼らの性格を」
「どうでしょうね? 負けん気が強そうにも思えますよ」
「そうだな。私もこの映像を見た途端、そう思った。下手に干渉するのは止めておこうじゃないか」
「司令官の判断にお任せしますよ」
「よし、探査機はそのまま通過させるように指揮所へ伝えてくれ」
「承知しました」
それから宇宙船団は速度を上げ、銀河の外へと向かって行った。