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Killing Syndrome 2  作者: 兎鬼
プロローグ
4/5

目覚め


××月××日××時××分


「よう。よく会うな」


気がつくと、私は病室のベッドの上に居た。どうやら私は、気持ちのいい陽気のせいで眠ってしまったらしい。ベッドの脇にはいつもの通り、"彼"が座っている。


「おはよう、私どれくらい寝てた?」


「10年くらいかな」


彼は私が起きるのを待って、声をかけてくれたようだ。彼の言葉の意味を私は知らないはずなのに、不思議と彼の言葉には疑問を感じない。


彼は私の手を握りながら、優しく微笑んだ。私はその顔が嬉しくて堪らず、甘えたい気持ちで一杯になった。しかし、よく見れば、私の体はもうすっかり大人になってしまっていた。


寂しい気持ちでいっぱいになって、私は彼の顔から目を逸らしてしまった。すると、今度はベッドの脇に、誰も座っていない2つの椅子と、棚の上の花瓶に生けられた綺麗な花をを見つけた。


「ねぇ、あの花はあなたが生けてくれたの?」


「いや。俺のはもう枯れてしまったよ」


「そっか」


悲しさを紛らわすために、なんとなく口にした言葉に、今度は彼が悲しそうな表情を浮かべてしまった。私は、私が寂しい気持ちよりも、もっと悲しい気持ちになった。そして、同時にまた笑顔を見せてほしくなり、私は彼の頭に手を置いて精一杯の笑顔を作った。


彼は私の顔を見てにっと笑って見せたが、それはもう私の好きな笑顔ではないような気がした。


彼は私の手を頭から下ろすと、ギュッと握りしめながら心配そうな顔を浮かべた。そして椅子から立ち上がり、私の顔をじっと覗き込んだ。私はなんとなく、彼が去ってしまうような気がして彼の手を強く握握り返した。


「ねえ、どうして椅子を立ってしまうの?」


「……ここは俺の椅子じゃないんだよ」


「なら他にもあるじゃない」


「ここは将来、お前の大切な奴が座る場所だ。それに、まだお別れじゃない」


彼は困ったような顔をしながらも、私を安心させようと優しい言葉をかけてくれた。私はその言葉と表情に心底安心した。


そして、同時に気がついた。これは夢なんだと。すると途端に、記憶が波のように頭に流れ込み、彼の顔だけが見えなくなってしまった。


きっと彼だけがこの夢の中で、私の知らない物なのだろうと思った。


窓から外を覗くと、今までの夢とは違い、窓の外まではっきり見える。そして外には桜が綺麗に咲いていた。


「私は死んだのか?」


「バカ言え。これは今までと同じ、ただの夢だ」


「そうか。確かに最近、よく会うな」


改めて彼に向き直り聞いてみたが、冗談のように一蹴されてしまった。


「フフフ」


「ハハ」


私たちは少し見つめ合った後、何故か笑い合っていた。


10年ぶりか。久しぶりに、ようやく自分の夢が見られた。私は不思議とそう思い。同時に妙な安心感と、言い知れぬ不安に襲われた。


気になって棚の上の花瓶を見てみると、生けられた花は、桃色の可愛らしい花から、小さな赤い花に変わっていた。


それから、他愛もない話で私たちはひとしきり笑い合い、そして、それからまた少しして私はベッドから起き上がった。


「そろそろ行くよ」


「そうか。しばらく会えないだろうが、いつも見てる」


「知ってるよ」


私は窓を開けると、窓の桟を蹴り思い切り外へ飛び出した。彼の表情は確認しなかったが、きっと優しい表情で見守ってくれているに違いない。私はそう思った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


9月21日(土)19時50分


バン


突然廊下に響いた音に、私は起こされた。急いで目を開けるが、眩しくて何も見えない。けれど、浮遊感がある。どうやらまだ空中に浮かんでいるようだ。


なんだか、幸せな夢を見ていたような気がするが、何にしても数秒の間しか眠っていなかったようだ。


体をひねり、なんとか姿勢を正して地面に着地する。状況を伺おうとするが、視界が定まらない。どうやらさっきの音は、照明が一気に点灯された音のようだった。


状況は明らかにまずい。ただでさえ押されていたのに、飛び上がった瞬間に目潰しをされてしまったのだ。間違いなくメイド達が押し寄せているに違いない。


私は必死に瞬きをし、光に目を慣らす。そして、目がようやく慣れてきた頃、私はそこでようやく敵の全容を掴む。

見えていない範囲には敵はおらず、その上私が闘っていた場所は、なんと奥に扉があるだけの真っ直ぐな廊下だった。もしも私が真っ向勝負をすることをやめて奥へ走っていたら、早々にたどり着いてしまえたかもしれない。


しかし、敵が大勢で先も見えず、後ろには退路があった。ふつうの人間ならば奥にすぐ扉があるなんて思うはずもない。単純な仕掛けに少し腹立たしい気持ちが湧き立ってくる。


今度こそ反撃してやろうと、改めて大量のメイド達に向けて構えをとる。


「あれ?」


しかし構えを取り、見つめた先には異様な光景が広がっていた。さっきまで、凄い勢いで迫ってきていたメイド達が全員、そのままの姿勢で動きを止めている。耳を済ませるが、モーターの駆動する音すらも聞こえない。どうやら、メイド達は動力レベルから静止してしまったようだ。


安心しても良さそうな場面だが、待てよ?

今この瞬間、廊下に灯りが灯り、メイド達は動きを止めた。とすると、ライトは目潰しの為に灯されたんじゃない。


ドクン ドクン ドクン ドクン


意識した途端、私の心臓の鼓動が早く大きくなる。少し眠ったおかげで、頭が冴え渡っている。

この戦闘があのじいさんの発案でリハビリなのだとすれば、こんな中途半端な場面で戦闘終了なんてことがありえるはずがない。だとしたら、ライトが灯ったのは戦闘終了ではなく、レベルアップでは無いだろうか。


心拍を鎮めるため、目を閉じて深呼吸をする。集中力が高まり、心拍が落ち着いてくる。

しかし、私は研ぎ澄まされていく意識の中で気がついてしまった。通路の奥の扉の向こうに何かがいる。それも、地底人と同等以上のオーラを放つ何者かが。


急いで肘と膝のプロテクターを外し、いつ攻撃されてもいいように構えを正す。


ギィィィイイ


すると、私の準備が整うのを待っていたかのようなタイミングで、通路の奥の扉が開き、得体の知れないオーラの正体が顔を見せる。


「お前……」


扉から出てきたのは、またもメイドだった。しかし、今度は明らかに雑兵ではない。彼女は私の首筋に注射器を突き刺し、私の脳に記憶を叩き込んだメイド。イチだった。


カツーン カツーン カツーン……


広い通路には、イチの足音と、私の心臓の音だけが響き渡っていた。そして、イチの足音が近づくたびに鼓動はまた大きくなり、緊張が増していく。


イチの姿形は完全に他のメイドと同一のものだ。しかし、この廊下でずっとメイド達と戦ってきた私には分かる。あいつは、他のメイドとは格が違う。関節やモーター周りにも駆動音は一切なく、動きは人間よりも無駄がなく、滑らかで美しい。けれど何よりも違うのは、イチには生き物特有の気配がある。


イチはメイドの波のすぐ後ろまで行くと、その場で足を止めた。そして、両手を顔の前まで持っていくと、2回手を叩いた。


パンパン


キュィィィィイイイイン


すると、動きを止めていたメイド達は、一斉に活動を再開し、恥じらうような仕草で裾を正した。そして間を開けず、急いで通路の端に移動するとその場に跪いた。


彼女の手拍子によって、まるで戦国時代の大名行列のように彼女の通り道が出来上がってしまった。私は驚きのあまり、思わず構えを解き、イチの美しい姿に見惚れてしまった。


「よし」


イチは通路が開いたのを確認すると、メイド服のスカートの裾を両手でつまみ、おしゃれに礼をした。そして、腰に刺さっている得物に手を添えると、淑女のような気品の良い表情を消し、戦士のような眼差しを私に向けた。


「あっ」


あまりに鋭い視線に、私は現実に引き戻される。私は急いで構えをとるが、おそらく殺すチャンスはいくらでもあっただろう。まるで彼女視線は、構えをといた私を軽蔑するようだった。


「ご無沙汰しております。メイド長のイチと申します。第一段階は、ワタシの独断で終了とさせていただきました。僭越ながら、この後はワタシの担当となりますので、よろしくお願い致します」


「何を言っているのか分かんねーよ」


素直に疑問を投げかけるが、イチには答えるつもりはないようだ。イチは私の言葉を無視して、更に腰を落とした。見れば、彼女の腰に刺さっているのは刀のようだった。


瞬間、料亭で当てられたような重い空気が通路に満ちる。しかし、地底人のそれとは違い、イチの気迫は殺気ではなくレベル差による重圧のようだった。


「お前を倒せば良いのか?」


「ええ。できるものなら」


イチの構えはあの日料亭で見た地底人の構えそのものだが、どうやらイチが地底人より弱いということは無さそうだった。


強くなりたければ、地底人を超えてみろと言うことか。確かに理にかなっている。明らかなレベルの差はあるが、新しい体を慣らすにはちょうどいい。


「おす!」


私はイチの礼に答えるため、空手の礼をし改めて構えをとる。そして渾身の力を込めて、イチの懐を目指し踏み込んだ。


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