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Killing Syndrome 2  作者: 兎鬼
プロローグ
1/5

純白


9月15日(日)11時


守護教会 本部


「やってくれたな、大黒天」


「まさか貴方が、僕と同じ救いを信仰していたとは!嬉しい限りだよ!」


「伎芸天、お前は少し黙っていろ。お前が話すとややこしくなる。……しかし大黒天。悪いが今回は拙僧も黙っているわけにはいかないぞ」


重々しい雰囲気の中、わたしに向けて3人の男が口を開いた。どの男をとっても皆、特徴的な容姿をしている。はじめに口を開いた男は細い四角い眼鏡をかけ、髪をワックスでカッチリと今風にセットしている。さらにスーツの着こなしなどは、誰が見ても完璧で、どこにも非の打ち所がない。これだけ言うとエリートサラリーマンのようだが異質なのは、メガネから、身につけている衣服まで、すべてのアイテムが白一色に染められているところだ。

そして、2人目に発言した男は、服装こそフード付きの白いロングコートを着ているだけだ。しかし、顔を見ると、明らかに頭のネジが飛び、瞳孔は開ききっている。そして、何より目立つのが髪が、引き込まれるほど美しい緑色に染められているところだろう。

最後の男は、袈裟を着込み頭を丸めている。身長が頭ひとつ高いところを除けば、いわゆる格の高い僧正という印象だ。けれど、彼もまた全身が白い。


とまぁ大袈裟に言ってみたが、要するに全員が白い洋服を着込み、異様な雰囲気を放っている。それも、ここの場所を考えれば当然と言えば当然なのだが。


ここは東京の一等地にある、守護教会の本部タワー最上階。職員用のエレベーターに特殊なキーを使わなければ辿りつくことすらできない部屋だ。


およそ100畳ほどの大きな空間を贅沢に使い、神の部屋として使われている。しかし、せっかく高層階にそびえる、家賃だけでも豪華なこの部屋には、残念ながら明かり取りの天窓以外に窓がない。いや、それどころか調度品の類も、本棚やソファに至るまで一切置かれておらず、広い空間の中央には大きな円卓と、その周りにある椅子、それに火が落ちると灯される質素な照明があるだけだ。


しかし、この閉塞感の強い質素な空間にあっても、ここが本部最上階の神殿であると言うことは明らかだった。何故なら、家具や壁、この部屋にあるもの全てがくすみ一つない純白に染められている。そして何より、円卓の奥にそびえる階段の頂上に、あの男が座っている時点で、この場所が神を称える組織の中枢であると言うには十分だろう。


彼はこの国の神。本当の名前は誰も知らず、国家機密のため知っていても誰も口にすることは許されない。

見た目は20歳くらい。身長は170cmほどで小柄だが、よく見ると程よく筋肉が付いている。彼はアルビノと呼ばれる特異体質で、全身が白く、瞳だけが赤く浮かび上がっている。彼の能力はわからないが、わかることは、少なくとも彼は、組織が発足した19年前のあの日から、全く歳をとっていないということだ。


階段の上の玉座に座っているというのに、その威圧感は、わたし達幹部が座るこの円卓にまで届いている。普段は温厚で干渉をしないが、今日は手すりに肩肘をつき、赤い瞳を見開いてこちらを見ている。


名目上、これは幹部会議という体裁を取っている。しかし神の前で話す以上、実際は裏切り者を炙り出す異端審問だ。


本来ならこんなシチュエーションで話すことを望む奴など居はしない。しかし、そんな神の見下ろす円卓上で、わたしこと一橋幸之助は先日開いた記者会見の件で仲間から糾弾されている。チラッと横を見ると、一緒にここにきたはずの森くんは、素知らぬ顔を装いつつもニヤニヤと楽しそうに笑っていた。憎らしい気持ちもあるが、まあいい。れなに部外者面をしていられるのも今のうちだ。


「みなさん。まずは報告を」


「話の内容の如何によっては容赦はない。それを弁えて発言しろよ、大黒天」


「ええ、明王。わかっておりますとも」


大黒天というのは、この組織におけるわたしのコードネームだ。もちろん他のメンバーにもそれはある。緑の髪の頭のイカれた青年が伎芸天。剛僧が帝釈天。そして、この組織を神の代行として仕切る、眼鏡の男が明王だ。


わたしは明王から順に、幹部たちにゆっくりと目配せをしていく。そして、わたしが言い訳をしだすのを全員が期待し始めたタイミングで森くんに視線を送り、本題を切り出す。


「しかし、まずは研究成果並びに今回の作戦から得たものを、黒闇天から報告してもらおうかと」


「え?わたくしですか!?」


黒闇天は森くんのコードネームだ。急に話を振られた森くんは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。普段冷静な彼女の驚いた表情は本当に貴重だ。だからわたしは彼女を驚かせるのが本当に好きだ。


もちろん、これが狙いではない。わたしにくらべ森くんは仕事面では組織の中でも、かなり信頼が厚い。だから、同じ成果報告でも彼女の口からしてもらう方がいい。


「大黒天。もちろん、今回の件に何か関わりがあるから話させる。という理解でいいんだよな?」


「当然だよ」


しかし、この作戦が通用するのは明王以外の人間に対してだ。明王とは長い付き合いになる。良くも悪くも、彼はわたしのことを正確に評価するだろう。付け焼き刃など彼には通用しない。


わたしは森くんに目配せをして助けを求める。すると彼女は仕方ないと言うふうにため息をつくと、カバンから資料を取り出し、わたしに手渡した。


「わかりましたわ。ではわたくしから報告させていただきます」


森くんの号令に合わせ、わたしは左回りで資料を回す。そして全員に行き渡ったところで、明王が席を立ち階段の下にいる、神の側近に資料を渡す。

側近が階段を上り切り、神の元まで資料が渡ったところで、森くんは再び話し出した。なんだかんだ言っても、やはり彼女は面倒見がいいと思う。


「まず実験の成果ですが。正直、費用に対する成果は得られませんでしたわ」


「おい待て、それでは拙僧たちの集めた費用が無駄になったと言っているようではないか」


「帝釈天、お待ちになって。まだ続きがありますわ」


捲し立てる帝釈天の言葉を、森くんは手をかざし遮る。そして、本人の邪悪さを知らない男なら、誰でも落とされてしまいそうなほど、妖艶な笑顔で微笑むとウインクをして見せた。


「あ、あぁ」


帝釈天は顔を赤らめ、すぐに視線を逸らしてしまった。


「実はわたくしもうまくいくなんてこれっぽっちも思っていなかったんですけれど、なんと、成功の兆しが見える例がありましたの」


森くんは勿体ぶるように言葉を止め、一呼吸ののちに再び話し出す。


「一時的にですけれど、あの薬から能力を獲得する個体が現れましたわ。まぁその個体も全部死にましたけれど」


「まさか!」


森くんの報告に、明王は声を上げ目を丸くしている。他の幹部たちも声こそ出していないが、皆驚きの色が顔に現れている。けれど、報告はまだ終わりではない。


「それと、今回の収穫ですけれど。わたくし、リブラを拾いましたの」


森くんはニヤッと、悪寒が走るような笑みを浮かべた。そして、頬に手を当て上目遣いに幹部たちを見つめた。


そして幹部たちは皆、森くんの求める通り、顔は青ざめ額に汗をかき、先ほどとは比べものにならないほどの驚きを見せている。

実際、あの実験の目的とリブラという拾い物の組み合わせの威力はとてつもない。あの素材を悪用しようという者が持てば、間違いなく大変なことになる。事実、わたしはリブラが神の手に渡らないように手を回していたほどだ。


だがしかし、既に神の手に落ちてしまった以上、あれを奪うことは事実上不可能。ならば、この状況を利用するほかに選択肢はない。そんなわたしの心中を知ってか知らずか、森くんは驚く幹部達の様子を見て舌舐めずりをしている。


わたしは森くんの援護を受け、一気に立ち上がると、神に向けて声を上げる。


「神よ。あなたなら、わたしの行いを認めてくださるはずです」


「貴様、不敬だぞ!我々を超えて不可侵の神に直接言葉を求めるつもりか!」


しかし、わたしの行動を見て、危険を察知したのか、わたしの言葉を遮るように帝釈天が声を上げた。けれど、横槍が入ることは予定通り。わたしは帝釈天の言葉をさらに遮り、言葉を続ける。


「わたしが求めたのは救いだ!2つの鍵が出そろった今、もはやあの組織は無用!ならば、危険を排除し戦乱を未然に防ぐことが本当の意味での救いの道ではありませんか!」


「貴様、自分の言っていることがわかっているのか!もし戦争が引き起こされれば、信民にどれだけの被害が出ることになるのかわからないのか!」


「明王!お言葉ですがあなたが動かないから、わたしが代わりに動いたのでしょう!」


互いの言葉がぶつかり合い、静かなホールの中に響き渡る。しかし、状況は明らかにわたしが優勢。もちろん全てが狙い通りに行ったわけではない。しかし、家族を犠牲にし、わたしに対する疑いは少しは晴れたはずだ。そして、結果だけ見れば実験は成功し、神の求める能力者を連れて帰ることにも成功している。被害が出ることは間違い無いだろう。しかし、教会にとっても邪魔な組織をつぶすことにはメリットがあるはずだ。


そして何より、鏡花が覚醒した今、わたしには足踏みをしている理由などない。あの子の存在が露呈する前に、なんとしても計画を次のステージに進めなければならない。


「なんだと貴様!第一、成果が出たのだって偶然ではないか!貴様は実験が行われる間何をしていたのだ!」


「もはや難癖ですね。わたしは成果を出し、救いの道を進もうというのです。あなたの発言こそ神の意向にそぐわないのではありませんか!」


わたしの挑発によって、明王の怒りを買い、その怒りが次のわたしの言葉を生む。しかし、わたしの発言に決定的な根拠がある以上、言葉を続ければ続けるほど明王の言葉は感情論に落ちていく。このまま、後数分もすれば、わたしの方が正しいということが伝わるはずだ。


しかし、わたしが希望を見出し、次の発言を考えていると、わたしの言葉を遮るように静観していた神が口を開いた。


「待て」


やはり一筋縄ではいかないようだ。

我々の頭上から静かでいて、そして荘厳な声がホールの端の端まで響き渡る。その瞬間、ホールに満ちていた怒りの空気は一瞬にしてかき消され、替わりに張り詰めた嫌な緊張感が広がった。


わたしは一度会話をやめ、襟を正し姿勢を正すと、神の玉座の方へ向き直る。視線を送ると、明王も帝釈天も同じように聞く姿勢を整えていた。


しかし、我々の予想を裏切るように、信じられないことが起きた。神は言葉を発することなく、すっと椅子から立ち上がり、そしてそのままゆっくりと階段を降り始めた。


「か、神よ、お待ち下さい!わざわざあなたが動かずとも……」


「よい」


ガタガタッ


あまりの異常事態に、明王は慌てて椅子から立ち上がり、神が動き出すことを静止しようと声をかけた。しかし、神の言葉がそれを許さない。行動を止められた明王は所在なく額をびっしりと汗で濡らし椅子に戻った。


けれど、恐ろしいのは何も明王だけではなく、周りでそれを伺うわたしにも悪寒が走るようだ。

神が1段ずつ階段をゆっくりと降るごとに、物々しい緊張が強くなり、見ているだけのわたしと帝釈天の額にはも汗が噴き出してくる。


神はゆっくりと階段を下り切ると、階段の正面、本来もう1人の幹部、梵天が座るはずの空席に座った。


「明王よ、そんなに大黒を責めないでやってくれ。大黒は確かに成果をもたらしただろう?それに、家族を失ったのだ」


「は、はい、わかりました。」


明王は神のオーラと言葉の圧力に押され、なす術もなく静かにうなずいた。


我々の間に満ちている感情は、恐怖だ。神が階段を降りてきた以上、何かが起こり歯車が動き出すのは間違いない。

なぜなら、神が我々の前であの階段の下に降りるのは、実に15年ぶり。"彼"が殺されてこの組織が発足されたあの日以来はじめてなのだから。


神の言葉は一見わたしを助けたようだ。しかし、わたしはただ救われたわけではないらしい。神は優しい言葉で明王を諭しているはずだ。にも関わらず彼から放たれている禍々しいオーラは時間を追うごとに大きくなっていく。階段を降りてきた以上当然だが、確実に本題がある。わたしは唾を飲み込み、神の言葉を待つ。


神は言葉を終えた後、わたしの方へ振り返り、笑顔を強めた。そして、それまで笑っていて閉じていた、優しい糸目を見開きわたしの目をじっと覗き込むように見つめた。


今まで修羅場は幾度となく超えてきた。人だって何人殺したかわからないほどに殺してきたし、梵天にだって睨み殺されそうになったこともある。にも関わらず、神の笑顔は今までに体験したどの恐怖よりも度を越して恐ろしい。わたしの背筋は凍りつき、額からは滝のように汗が流れ出る。必死に平静を保っている風を装っているが、もはやこれも意味はないだろう。


「しかし、大黒天。これから起こる被害が、お前にわからないはずはなかろう」


「はい。……しかし、戦果はすぐに上がります。神が戦力を使う許可を下されば……」


恐怖を必死に振り払い、神の言葉に遅れることがないよう言葉をつなぐ。しかし……


「ならぬ!」


わたしの決死の言葉は、部屋中に響き渡る神の一喝にかき消されてしまった。そして言葉と共に放たれた殺気に、部屋にいる人間はもれなく肩を震わせた。見れば、明王も帝釈天もわたしと同じように額に汗をかき、威圧から逃れようと神から目を逸らしている。


どうやらこの様子では、家族程度の犠牲では神のわたしへの疑いは晴れていなかったらしい。

そして、もはや何を言っても無駄なのだろう。神は、おそらく既にわたしの処罰を決めている。そしてこの後の指令で、わたしは死を命じられるか、そうでなくても同じくらい恐ろしいことを任されるに違いない。


神はわたしの不安に応えるように、一層笑みを強めると、冷たい視線のままゆっくりと口を開いた。


「これはお前が仕掛けたことだ。まずお前1人で、No.3のおる本部を襲撃しろ。そして奴の首をとり、それを貴様が果たす責任として献上せよ」


予想通り、無茶な指令が飛んできた。神はかつてわたしが居た組織を、わたしが滅ぼすことによって、踏み絵をさせたいのだろう。しかし、いくらなんでも戦闘系の能力を持たないわたしが、No.3を含む組織全員を相手取るなんてできるはずがない。ならばこの指令は、体のいい死刑だ。

そしていくら解散を頼んだとはいえ、まだ相当数の人員が残っているはずだ。ボスを殺せということは、ボスにたどり着くまでもしくはわたしが死ぬまでに出会った他のメンバーは皆殺しにしろと言うことだ。


幹部たちはみな顔を見合わせ、そこまでするかと言いたげに驚いた様子を浮かべている。けれど事実わたしが裏切っている以上、神のしたいことは一方では確かに理にかなっている。


「神よ。私が監督に付いていきましょう」


「ならぬ」


見かねた明王が助け舟を出してくれたが、それすらも神に遮られてしまった。明王も元々は"彼"の組織に所属していた人間だ。きっと思うところもあるのだろう。神はそれをわかっていて遮ったのだろう。


この窮地をどうやって切り抜けるか、わたしが頭の中でシミュレーションしていると、神はわたしの予想だにしなかった行動をとりはじめた。


神はある男の方へ向き直ると、おもむろに手を伸ばした。そしてとんでもない指令を出した。


「しかし、大黒のためにも監督役は必要だ。しからばお前がいけ、伎芸天」


「え?僕ですか?」


事態は最悪の展開を迎えた。わたしと共に任務の遂行を命じられた男、伎芸天は技術職の総責任者にして、兵器開発のプロフェッショナル。彼はこの世界からの昇天、すなわち死を崇拝し、なによりも形を残さない殺し方をこよなく愛す。裏での通り名はボマー。


わたしの認識が甘すぎた。ボマーは何も理解していない。けれど、わたしがどうしようが、神は確実に組織の人間を皆殺しにさせるつもりだ。ならば、続く台詞はこう。


「お前の研究の成果を多分に発揮して、任務にあたるがいい」


わたしは何としても、計画を次のフェーズに進め、そして組織を生かさなければならない。


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