人(他の人)を詠む(1)
自分のことよりはまず他人を…と念じつつ詠みました。
ー総歌ー 人は風ときに暴れそよぎ過ぎゆかんまためぐりこよ地にあれて吹け
(以下本歌編)
よはひ八十こゆべき翁野毛山にホームレスなりしが死にてカラスつく
その翁病死にあらず消さるらし憂き世耐へきてしまひこれはも
風を聞く森の千葉のそよげるを人の世みにくただ風を聞く
ふぜいあるどぶ川堤ゆくほどに夫婦寝をるはなんのけしきや
どぶ川の縁石畳家なるか家具のべふせる夫婦あはれも
そもいかにかくあさましうなりけるやしづむる背子に妻のはべるも
ながれくるハーモニカの音なつかしくならす老女の澄みしこころと
「にいちゃんね」おもねるみっちゃんおよすけて子守りのあの子ももういない
かはひらし観覧木馬母そふ幼女むかしいざなふいとしさの里
※佐野藤岡P/Aの遊園地にて
おもしろき石垣あればのぼりあゆむ幼き子らよ未来沢のぼれ
寒からむとおもふものからこれは野暮冬も粋だね今女子高生
※「~ものから」:~ものの、~けれども
電車なか座地蔵ゐならびよに立たぬ我うっせきを読みてこゑにす障害児あり
※よに:絶対に、決して
殺伐と眉根ひそむる少女ゐき古刹の阿修羅ここにそ見たり
※スペイン内乱の報道写真にその子あり
垣はらふ真理の語り部いとしかり神のアフリカ、オイボにつたへ
※詩人で写真家の板垣真理子さんを詠む。彼女は毎年のようにアフリカを訪れ、現地の人々をメインに動物、風物を詩に描き、写真に撮っている。作品は両方とも実に良い。
※オイボ:外国人
名人は間とれねばそれならず演を縁とし落を楽ともす
※先代三遊亭円楽師匠を詠む。間とは緩急自在の高座の間を指し、且つ客との縁を結ぶが如く、両者の間を取り持つことを云う。
べらんめえと客さえ叱る強男それのべさすは弱への愛かも
しまひにはめぐみの園へまねかれて重きなしたり、いよっ演学士
※上二首、故・立川談志師匠を詠む。めぐみ:ΝΗΚ渡辺めぐみアナウンサー。
落語家の江戸前づくしべらんめえ立て板水と聞いてはればれ
時こへて高座にまじるこゑありて我しを罵ればこれぞ野ざらし
※故春風亭柳昇師匠のСD中に「プータ」と罵る声あり。巷で私はプータと呼ばれている。
浅草や睨つけなじる与太者にをぢてはならじと若き警官のあり
忘れはつ日本のこころ情けをよ揺すりかへしむこまどり姉妹
老ひたりとおもふものからなほ愛し昭和歌姫いとどしのべり
今はもや六郎絵のみに星の夜まづしさしたひて天心はなれ
※六郎:谷内六郎 ※まづしさ(貧しさ):ここでは心の素朴さ、美しさを云う。
僧正であらぬ旅路の即身仏いかなおもひで払拭したまへる
※もはや乞食遊行に疲れ果て永遠の投宿をするが如く即身仏を寺に申し出たと言う。
人形か母に手をつぐ女の童世の痴れ者のえたへで頭をなづ
※質屋で会った母子とその折りの痴れ者を詠む。男の子を背負い女の子を連れた若き母親。人形のように可愛い女の子は自分が何処にいるのか理解していない。そのあまりのいじらしさに抑えかねて…
※えたへで:堪えることができなくて
神妙に老母の容体つげくれしヘルパーの娘に唯唯忸怩
塵にまよひ異邦人ともなりきれずママンの里へ繁くもなれず
※カミユの「異邦人」に自分を模した。