第1話 開拓地と境界線の守護者 1-6
「レドール、私が正面に回って妨害を掛ける。合わせてくれ!」
『了解しました。左後方から挟みます!』
「頼む!」
その設計思想から近接戦闘兵器を主兵装とするHNで戦闘を行うわけだが、シロヴィア、レドールを始め、後方支援として待機状態にあるミズェル、ホァン両名にしても、音速に近い速度で行われる鍔迫り合い、流し合いを逐一自分の目で捉え、次にどう動くべきかを予測し、実際に動いていた。
「マスター・シロヴィア。敵侵蝕獣、挟撃を突き破ろうとしています。上手く行けば、このまま作戦通りに仕留められます。ズバッと、やっちゃいましょう」
「そうだな。後方に負担が出る前に終わらせる。ブラン・ティア、敵を挑発する。少し無茶をするぞ!」
「承知しました。いつでも、どうぞ」
シロヴィアが、さらに速度を上げて前に出る。フォトンシールドが空気を押しのけ、周囲に軽く衝撃波を散らした。
侵蝕獣は、これよりも前に蓄積されていると思われる緒戦で記憶から戦法を予測する能力を備えていることは、全てのガーデン所属の剣士やDMにとって常識であった。
「レドール殿!レドール殿!敵は挟撃を嫌い、正面から戦いを挑んでくる感じです!仕留めやすい位置に来るでありますよ!」
「分かりました。敵進行方向の妨害と行きましょう。アカ・ノシア、火器管制での援護を頼みます」
「イエッサー!」
レドールは、シロヴィアとは別方向へと高速移動し、急旋回。ちょうど正反対の位置に回り込む。
火器管制、情報処理、姿勢制御の微調整自体は、各人のDMが行うものの、高速で行われる戦闘では、剣士本人がその速度を制御し、維持することが課題となる。しかし、この場で戦闘を行っている全ての存在が、その課題を難なく超えていく。
一度、二度、三度。侵蝕獣の進路を妨害するように接近してはぶつかり、弾き、また進路を妨害するようにぶつかりを繰り返し、そして。
自分の機体と、レドールの機体と、侵蝕獣とが直線上の位置に並んだ、次の瞬間。シロヴィア機はシャープ・ブローを上段に構え直し、急に減速。侵蝕獣を待ち構えるように佇む。
「挑発に乗りましたね。マスター・シロヴィア。チャンスです」
「そうだな。そろそろ終わらせよう」
機体の前面に展開しているフォトンシールドの粒子が、シャープ・ブローの刀身へと移動していく。それは戦闘開始前に見せた動作と酷似していたが、しかし。
『レドール、仕掛けるとしよう』
それはごく自然に送られてきた通信だった。
「分かりました。シロヴィア様」
そしてレドールもまた、ごく当たり前という風にそれを受け、突撃の途中で足を止め、シャープ・ブローをシロヴィアがしているのと同じように構える。纏うフォトンシールドの方向が刀身へと変わっていく。
「アカ・ノシア。シロヴィア様と同時に刃風を放ちます。照準の微調整を頼みます」
「イエッサー!ブラン・ティア殿にも負けないよう、しっかりと狙いますので!」
レドールの視覚情報にレール型の補助照準が現れ、現在の狙いと、目標の位置とのズレや、距離、影響範囲が表示される。そこに重なるよう、アカ・ノシアの演算結果が表示された。
「方向、ほぼ良し。ズレ、誤差範囲内。距離、有効射程内。狙い、ほぼ良し、であります!」
「シロヴィア様との同時攻撃になりますが、大体の狙いで大丈夫です。恐らく、それが狙いだと思いますから」
その時を待つレドールが、正面の離れた位置にいるシロヴィア機の動作に注目しながら推論を述べる。その間にも侵蝕獣との距離は開き、あともう少しで有効射程を離脱しようとした、その刹那。
シロヴィア機が、思い切りシャープ・ブローを振り下ろした。同時に、刀身に纏っていた粒子が解放され、さながら、巨大なかまいたちのように放たれた。
「こちらも行きますよ!照準は少しだけ上を狙います!」
「イエッサー!」
レドールもまた、自分の構えたシャープ・ブローを思い切り振り抜き、刀身の纏う粒子を前方に向けて解き放った。同じようにかまいたちが侵蝕獣に向かう。
侵蝕獣を中心に、挟むようにして放たれた二つの刃風。シロヴィアの放った一撃に対して上昇による回避に入った侵蝕獣は、回避したちょうど下側でレドールの放った一撃とシロヴィアの放った一撃とが衝突して発生した衝撃波に、突き上げられるようにして上空に押し上げられてしまう。それによって一時的に揚力を喪失し、失速してしまった。
「もう一撃、いけるか?」
「行けます。ズバッと」
その隙を見逃すようなシロヴィア達ではなく、初撃を振り抜いた返す刀で、侵蝕獣に対し二回目の刃風を放つ。失速して推進力を失った侵蝕獣に攻撃を躱す余力など無く、直撃の後に微塵に切り刻まれ、紫の血煙となって風の向こうに消え去った。
『お見事です。シロヴィア様』
『流石の腕前であります』
「体の動きに合わせて、思うように機体が動いてくれるから、やりやすいね。HNが最強の機動兵器だという宣伝が事実だと実感できるよ」
「マスター・シロヴィアの無茶に応えられるよう機体に調整が施されていますので。当然の結果かと」
「遠回しに怒られている気がするのは、私の気のせいかな?」
「気のせいかと。それに、無茶については、今更な事でもありますので」
「ははは…。参ったね。よし、全員いったん集合しておくれ。次の場所に移動しよう」
号令に合わせて、チーム全員が一か所に集合を始める。
『刃風二連撃…“飛燕斬”は派手ですねぇ、やっぱり。残骸すら残らないなんて』
『お見事でした!』
後方で待機していたミズェル、ホァン両名も合流し、第一声を伝達する。そして。
『早速、提案なんですけど、次は山の方面に向かいませんか?さっきの侵蝕獣の来襲した方向が、さっきから気になって仕方ないですよ。あっちは前の調査で、人工物の跡が確認された場所だったもんで』
ミズェルが次の行動についての意見を提案した。
『私も彼女と同意見です。あれだけの痕跡があって、一体だけとは考えにくいので…』
「……ホァンはどう思う?」
少し考えたうえで、ホァンに水を向ける。
『えっと…。私も同意見ですが、クロト隊長のチームとあまり離れない範囲で行った方がいいのでは、と思います。向こう側で、対多数の戦闘が発生している可能性もありますから』
「ふむ、なるほど。どうだい?レドール、ミズェル」
『可能性はありますね。速度特化の性能であれば、陽動も出来ますから』
『右に同じでーす』
「…よし。次の目的地は、件の人工物跡の確認された付近としよう。その後は索敵を継続しつつ、クロト達との合流を目指す。もしも途中で急変があった場合は、それに対応する。これで行こうか」
全員の意見を考慮し、シロヴィアは判断を伝達。異論のないことを確認した後、行動に移した。
ここまでのお付き合い、有難うございました。
感想等あれば、お気軽にコメント頂けると幸いです。