第1話 開拓地と境界線の守護者 1-5
その後、ディ・グロリアが境界門を通過するまでに、作戦行動に必要な事項の確認を行い、各々機体の最終チェックに入る。通信回線を開放している機体は他の剣士やDMとの会話に興じている。ホァンもまた、クロトやシロヴィアの計らいで、部隊の仲間との会話に花を咲かせていた。
一方で、シロヴィアとクロトは、機体に内蔵されている、通称シーカーアイと呼ばれている小型の偵察機を二機飛ばし、周辺の状況を偵察していた。
すると。
「ディ・グロリアが、境界門を通過したようですね」
「ディ・グロリア、境界門通過を確認」
そのうちの一機で境界門周辺を偵察させていたブラン・ティアとプレト・ファボが、別々に、ほぼ同じタイミングで声を上げた。
「了解した。シーカーアイを他の地点へ向けておくれ」
「分かったよ。一旦、シーカーアイを戻してもらえるかな?戻らないと」
マスターである二人は、自分のDMが集めている映像を視聴しながら、HNで散歩でもするかのように湖畔を移動していたが、報告を聞くや否や、すぐさま部隊の待機地点へと引き返した。
『集合してください!作戦行動前の最終確認を行います』
所属機に対するオープンチャンネルで、クロトの声が各機体のコクピットに響く。
直後、部隊全員がすぐに移動。事前に伝達された配置につくと、全員がフォトンシールドを起動させた。機体各所を護るように覆う光粒子が舞い散る。
『先ほどのデータの通り、作戦目的は、結界近辺に接近している侵蝕獣の撃退。三機編成二チームで行動。なお、ホァンの属するチームには、シロヴィア卿が指揮官として参加されます。ホァン、良いですね?』
『は、はい!クロト隊長!シロヴィア様、宜しくお願いします!』
コクピットに、緊張が解けた様子のホァンの声が響いた。
「ああ、こちらこそ。私も色々と勉強させてもらうつもりで行くから、宜しく」
『はい!』
『足、引っ張らないよう、励むヨ。マスター・ホァン』
『分かってるよ!』
「はは…」
このリースゥの存在がホァンを支えているのは間違いないと、シロヴィアは微笑み、確信するのだった。
数分後。二チームに分かれて行動を開始したシロヴィア達は、ディ・グロリアがカバーできる範囲を越えないよう注意しつつ、索敵行動を行っていた。
『こちらのシーカーアイ、反応ありませんねぇ。足跡とかは見えるんですけど。ミズェルはどうです?』
『こちらも一部の痕跡以外は、特には。ただ油断はできないよ?侵蝕獣の性能はHNより格下だし、小型数体なら剣士だけでも何とかできるけれど、戦闘の巧者は間違いなくあっちだからね』
『分かってます。旧大戦の主力兵器ですから、姿をくらますくらいは、何ということなくやってのけるでしょう。ホァンはどうですか?』
『こ、こちらも、何も確認できません。索敵範囲を少し広げます!』
各々でシーカーアイを飛ばしながら、飛行状態のチームを球形に包むように展開。互いに連携しながら情報収集。これが、HNを用いた部隊単位での索敵の基本であった。
「シロヴィア様。どうにも奇妙です」
ブラン・ティアは、敢えて秘匿回線でシロヴィアに語り掛ける。
「そうだな。これだけ痕跡が確認されているのに影も形も見当たらないとはね。排気反応も無し。これは、もしかしなくとも…」
「はい。急襲を警戒するべきと考えます。この地域のフロンティアフィールド近辺では、高速機動タイプの侵蝕獣は確認されていないため、対応が遅れる可能性があります」
そう言うと、ブラン・ティアは宙に像を結ぶ架空コンソールに指を走らせ、ディ・グロリアと通信。リグノ・デイ・キャバリー全体で共有されている膨大な戦闘記録から、類似する状況についての情報のみをピックアップしていく。
「……今確認しましたが、ここ最近で、別のフロンティアフィールドにて、類似した状況が記録されています。その全てで、高速機動型の侵蝕獣による急襲があった模様」
データを次々と参照し、記録されている情報を読みあげていく。
「その侵蝕獣は、まだ、討伐記録がありません。外見は…」
そこまで読み上げた、次の瞬間だった。
『け、警告!シーカーアイが、こ、高速で接近する飛行型侵蝕獣を確認しました!』
ホァンの焦った声が響き、直後、部隊内早期警戒システムの機能で、シロヴィアのコクピットに警告のアラームが鳴り始めた。他の機体にも同様の警報が鳴り響いている。
「全機、シャープ・ブローを抜け!全DM、戦闘支援を開始せよ!」
シロヴィアは端的に指示を出し、自身は真っ先にシャープ・ブローを抜くと誰よりも素早く前に飛び出した。
「マスター・シロヴィア!対象、音速機動で接近中。後十数秒で接触します!」
「分かった。防御、いなしは可能だね?」
「多少の不確定要素はありますが、可能です」
「ならば、良し!」
固定アームに捕捉されている腕や脚を動かし、機体がそれに正確に追従する。構えとしては防御重視で、衝撃を受け流す時のものだ。
加えて、展開しているフォトンシールドを前面に重ねるように移動させ、より確実に防御できるようにする。この間僅か数秒ほど。剣士とDMの能力、そしてHNの性能だからこそ可能な、やり取りの早さと動作だと言えた。
「接触まで三…二…接触……今!」
カウントダウンが終了するか否か、という刹那。シロヴィア、ブラン・ティアの目の前に高速機動タイプの侵蝕獣が姿を現した。上下左右の軌道修正は出来ないらしく、真っ直ぐにシロヴィアの機体へと突撃する。
「!」
侵蝕獣の鼻先がフォトンシールドに接触し、激しくスパークが起こる。機体は後方の推進装置を始動。受け止めることに成功した。そこで観察すると、外観は、翼竜とも呼ばれるワイバーンで、実に高速移動に向いた鋭利かつ空気抵抗の少なそうな形態をしていた。
「せぇっ!」
一瞥するように観察し、シロヴィアは迎撃行動に出た。
フォトンシールドのみで侵蝕獣の突撃を防ぐことが出来たので、次いで、構えたシャープ・ブローを使い、侵蝕獣を一閃。激しい放電現象を起こし続ける、フォトンシールドのエネルギーを上乗せした刃によって弾き飛ばした。
飛ばされた侵蝕獣は、速度を利用して上空へと逃れ、再び軌道に戻らんと旋回する。
僅か秒単位の交戦だが、これがHNと侵蝕獣との戦闘の基本的な展開の一つだった。
『ミズェル!ホァンを援護してください!私は前に出ます!』
『了解、レドール!ホァンは、私の隣で!』
『は、はい!』
その交戦の少し後、部隊の三機もそれぞれの配置に付き、シャープ・ブローを構える。
「ブラン・ティア。私が今弾いた奴を分析!」
「承知しました。早期警戒システムの記録映像から推測すると、先ほど申し上げた高速機動タイプと、九割以上の確率で一致しています。ほぼ間違いないかと。戦術としては、このまま正面決戦で問題ありません。対象は、機動性の代わりに運動性が低く、側面移動が困難のようですので」
「分かった。君の分析を信じる。他にも伝えよう」
「承知しました」
ブラン・ティアの分析報告を、シロヴィアが即断即決をもって指揮下の部隊員へと共有することを許可する。それだけブラン・ティアの分析能力の正確さを信頼していると同時に、彼女自身の判断に対する自負が垣間見えた。
すぐさま情報はレドール、ミズェル、ホァン間で共有され、その情報に基づいた行動を各自のDMからマスター側へと提案されていく。
「レドール。私とペアで動こう。真正面から迎撃する!」
『了解しました』
シロヴィア機の隣についたレドール機は、標準型よりも短めのシャープ・ブローを二振り構え、通常よりも鋭角的なフォトンシールドを展開しつつ、次の戦闘行動を開始したシロヴィア機の動きに追従する形で、戦闘へと参加していった。
一方、ミズェル機とホァン機は、標準型シャープ・ブローと小型盾を装備し、後方に侵蝕獣が抜けないように警戒し、その時には突撃してでも足止めするための配置についていた。
『ホァン。あいつ、速いみたいだから、突撃重視の機動が求められると思う。心の準備は良い?』
「と、突撃ですか!?」
『うん。シロヴィア様が何とかしてくれるとは思うけれど、動けるようにはしておいた方がいいと思うよー』
「万が一…という事ですね?」
『ま、そう言うこと。頑張ろうねー』
高速機動を繰り返しつつ、突撃してくる侵蝕獣と目まぐるしく剣戟をぶつけ合うシロヴィア機とレドール機を目で追いつつ、ミズェルは気楽そうに、ホァンは緊張した声音で会話を交わす。
こうして、境界外部での最初の戦闘が始まった。