第1話 開拓地と境界線の守護者 1-3
程なくして近空に現れた空中戦艦ディ・グロリア一隻と、空中駆逐艦ハリエテンス二隻は、中継基地からある程度の距離を維持した状態で、シロヴィア達と通信を介して接触。必要な準備及び派遣するべきHNの機数についての確認を行った。
『機数は六。装備は対侵蝕獣用兵装。我々空中艦隊は上空待機及び火力支援の適宜実行でよろしいでしょうか?』
「ああ、それで問題ないだろう。私とブラン・ティアは、ここから直接現場へと向かい、偵察を実行。そのうえで派遣されたHN部隊と合流し、本格的な視察を開始する」
『了解しました。十分に、お気を付けください。ああ、いえ。私ごときが申し上げることではありませんが…』
「いやいや、そんなことはないさ。有難う艦長。肝に銘じておくよ。それじゃ、またあとで」
そう言って微笑し、シロヴィアは通信を終了した。
その間、ブラン・ティアは頭に装備した、ヘッドギアカチューシャ型の広域通信装置を稼働させ、フロンティアフィールド周辺で巡回中の、基地所属のHNアグリィに対して、現巡回任務を一時解除し、対侵蝕獣用の警戒態勢へと移行することを、基地司令長官ダルフィス、ロイヤルガード・シロヴィアの連名による命令として伝達した。
「マスター。巡回任務中の基地所属HNアグリィへの命令伝達、完了しました。全てが承諾する意思を示しています」
「分かった。あとは…」
通信機を上着へ収めた後、自分のアグリィへと跳び乗り、搭乗。最初にそうしたように、機体操作用固定アームに自らの体を捕捉させ、機体と自分の動きとを同期させる。
『私たちが出撃すれば開始だな』
腕を伸ばし、ブラン・ティアを掌の上へと乗せ、コクピットへと導く。
「有難う御座います、マスター。では出力を機動力に振り分けますね」
ブラン・ティアは、コクピットに滑り込むと、すぐさま後部座席へと軽快な動作で移動。専用インターフェース起動のための準備に入った。同時に後部座席が球状のプレートに囲まれ、機体の頭部方向へとスライドしていく。
「準備完了です。いつでも、マスターのタイミングで開始できます」
「有難う。それじゃあ、始めようか」
シロヴィアはコクピット部の機密扉と装甲とを閉じ、機体を直立させた。同時に、腰に装備されたシャープブローと、頭部に装備された目に当たるセンサーに光が宿った。
「機体本体、正常に起動。シャープブロー保全装置、正常に動作。各部センサー類、正常に動作。視覚操作、よし。腕部、脚部操作、よし…。全て問題なし。さあ、行こうか!」
「はい!」
シロヴィアは、固定アームに動作を伝え、機体を動かし始める。頭部の少し上から全身を包むように粒子が流れ、跳躍を介することなく機体が空中に浮遊を始める。その後、流れた粒子が機体に翼を与え、空へと誘われるように飛行を開始した。
「減速開始。ディ・グロリアと同高度まで上昇します…」
「流石に、ここからなら境界門が良く見えるな」
ある程度の高度まで上昇した後、シロヴィアは視覚センサーを使って山の向こう側に位置する境界門―境界域外とフロンティアフィールドとを分離する光の結界の出入り口―を見る。
そこには揺らぎ一つない正常な状態の、まるで鏡のように周辺の景色を映している境界面があるが、その中で一ヵ所、そこだけは別の世界とでも言いたげに、一定範囲内に固定されたような波紋が見えていた。それを、人々は境界門と呼んでいた。
「境界門の動作、正常です。出力も安定しています。こうして見ている分には、ただ美しいだけですね。向こう側を知らなければ、ですが」
「いやはや全くその通り。一度でもあの向こう側に出ていけば、今見えている光景がいかに正常か良く分かるだろうな…」
機体を滑らせるように飛行させながら、徐々に近づいてくる境界門を見据える。
波紋は一定範囲内で、一定の間隔を維持しながら広がり、戻ったりしている。その影響か、周囲から映る緑溢れる景色が奇妙に、しかし規則正しく歪んでいた。センサーを介して見ているとはいえ、あまり見続けて気分の良いものでもないと、シロヴィアは苦笑する。
「境界門通過まで、あと二十秒。フォトンシールド、スタンバイ」
ブラン・ティアの声が事務的に響き、その後、機体前面に粒子が収束し、盾のようになっていく。
境界門を通過するだけならばシールドは必要ないが、通過した直後に侵蝕獣の奇襲を受けて損害を被ることを回避するための措置である。
「一応、シャープブローも抜いておくか…」
シロヴィアの動作に合わせて、機体が腰の剣を抜き放つ。片刃の刀身が煌めき、そこにも粒子が集まっていく。
「ブラン・ティア。ディ・グロリアに伝えてくれ。これより境界門を通過。合流場所を境界門近郊の湖に変更すると」
「了解しました。直ぐに伝達します」
後方で情報のやり取りをしている音を聞きつつ、シロヴィアは慎重に境界門へと接近。周辺の、青々とした木々が生えているギリギリの高度をゆっくりと移動していく。
「さて、向こうは今どうなっていることやら…」
言葉とは裏腹に、特に何かを心配している風でもなく、機体を境界門の揺らぎへと進入させていく。水面に沈んでいくように、または潜るように。しかし一切の水音はせず、奇妙なほどの静寂さと暗闇とがコクピットを満たしてゆく。向こう側には、ぼんやりと光が見え、進むべき道だけが示されている。
そして徐々に光に近付き、全てが明るさを取り戻した次の瞬間。その視界全てに飛び込んできたのは。
燃える様な朱色と紅。鮮やかな山吹色に染め上げられた森と、七色の色彩を際立たせた花の覆う一面の平原であった。
「ほう…。なるほど、今は季節が違っていたか」
シロヴィアは、その景色に感嘆の声を漏らした。