第1話 開拓地と境界線の守護者 1-2
前回の続きとなります。お楽しみください。
二人は機体から身を乗り出し、自然の風を一身に受けながら、灰色の路面へと降り立った。先にシロヴィアが、次にブラン・ティアがシロヴィアの支えを受けながら。
「お疲れ様です、シロヴィア卿。ブラン・ティア殿。当基地への視察、歓迎いたします」
その二人を敬礼で迎えたのは、中継基地と周辺のフロンティアフィールドの総括責任者を務める男性ダルフィスと、御付きの剣士及びDMが一人ずつ。
「お出迎え、有難う御座います。ダルフィス卿。あれから、変わりありませんか?」
シロヴィアもまた敬礼を返し、先ほどブラン・ティアが纏めた電子書類を提出する。
「ええ、まあ、どうにかこうにか順調というところです。開拓者の皆も、基地の面々もよく働いてくれていますし、余程のことが無い限り、今後の生産流通に問題は出ないでしょう」
「それは何より。リグノ様もお喜びになることでしょう」
ダルフィスの報告に微笑を浮かべたシロヴィアだが、すぐにまた表情を引き締める。その視線は、ダルフィスの左後方に控える護衛の剣士とDMに向けられていた。
剣士もDMも、装束は戦闘衣を身に纏い、腰には剣やHN召喚器を帯びている。それはつまり、二人ともが臨戦態勢を取っているという事を表している。
「ところで。最近の境界域の様子や動きはどうですか?剣士とDMの護衛を連れているところを見るに、何かあったのではないかと勘繰ってしまうのですが」
「ああ、これは失礼を。緊急時に戦闘態勢を速やかに整えられるよう装備を指示しておりまして。特に差し迫った危機があるというわけではなく、心構えの啓発のためにこうさせておるのです」
シロヴィアの言葉の意味を即座に汲み取り、ダルフィスは護衛の戦闘装備についての説明を始めた。シロヴィアは、横に立っているブラン・ティアを意味有りげに見やり、腰にしている剣の柄に触れた。
「なるほど…。まあ、我々剣士を始め、こういう職に就いているヒトであれば、常在戦場の心構えは感心ですね」
「光栄です。では、基地内の休息室への案内を致しましょう。ささ、こちらへ…」
そう言って先導しようとするダルフィスに、シロヴィアは微笑を向けて首を横に振った。
「いえ、お気持ちだけ受け取らせて頂きます。私たちは、ディ・グロリアと合流後すぐに、境界域への視察に向かいますので」
「おや、そうなのですか?これは残念です。フロンティアフィールドで取れた新茶をご披露したく思っていたのですが。しかし、シロヴィア卿もお忙しい身、心中お察し致します」
ダルフィスが、心底残念そうな表情をする。
ガーデン『リグノ・デイ・キャバリー』は、茶葉や珈琲豆を特産品の一つとして他のガーデンに輸出しているため、これらの品質は特に重要視されている。別の側面で語るなら、ガーデンへの、産業面での貢献を端的に宣伝できる材料であると言えた。
「有難う御座います。それでは、また後で」
「失礼いたします。ダルフィス様」
シロヴィアとブラン・ティアは、礼を述べてすぐにその場を離れ、基地のHNが係留されている場所へ向けて歩いていく。ちなみに彼女のHNアグリィも、同じ場所に駐機してある。
似た容貌の青い機体がずらりと並ぶ光景は、あたかも多数の騎士たちが王族を迎える列を成しているようにも見えた。
「……テロリストの動きはともかく、境界域では、何かがあったようですね。あの護衛を見る限りでは」
「ああ。恐らく、結界を越えて侵蝕獣が侵入してきたんだろう。大きく被害が出なければ、本国に報告する必要は無いからな。しかし、そうなると…」
シロヴィアは足を止め、近くに降着している、基地所属のHNアグリィを見上げる。
彼女が使用しているロイヤルガード用のアグリィとは、少々意匠の異なる装甲が施されたそれには、戦闘によるものと思われる新しい傷がついていた。
「今回の視察は、侵蝕獣との戦闘も覚悟しておく必要があるという事か。装備は、大丈夫だったか?ブラン・ティア」
「はい。シャープ・ブローとコアの出力調整は必要ですが、侵蝕獣との戦闘は問題なく可能です」
ブラン・ティアは、手首に付けている装置から情報を呼び出し、空中にウィンドウを表示させながら答える。彼女の読みあげに応じて、文字が上へと流れていく。
「了解。ならディ・グロリアにもその旨を再確認して、備えてもらう必要があるね。HNの調整もあるだろうから」
「分かりました。ついでに伝えておきましょう…」
「……」
髪の毛をふわりと膨らませながらデータを送受信するブラン・ティアから目線を外し、シロヴィアはフロンティアフィールドに向けて視線を送る。
広大な穀物、果樹、稲作地帯を、有人の農耕用車両が行き交い、補助装置を利用しながら農作業に勤しむ人々の姿が見えた。それらは雄大で、牧歌的な、悠々とした生命力に溢れる光景ではあったが、それらはまた、多くの過ちに対する人類の反省の上に成り立っているものでもあった。
(…なんであれ、これは守らなければならない。他のガーデンからも、境界域の脅威からも)
軽く胸下で腕を組み、吹き抜ける風に堂々と身をさらしつつ、決意を新たにするのだった。