第1話 開拓地と境界線の守護者 1-8
結局のところ、戦況の趨勢は時間の問題だったという事なのだろう。
そのような事を、ホァンは専用ハンガーに降着している自分のHNアグリィを見上げながら考えていた。
戦いは、最初の大型の高速型侵蝕獣との交戦以降は特に問題なく、数に勝る相手であっても勝利を収め、全員が無事にディ・グロリアへと帰還していた。
整備担当の複数の人員が、次々ハンガーに付属している工業用クレーンやリフトに乗り、HNに貼り付くように配置につく様子が見える。粒子排出口や関節部。装備している武装類。コクピット内部の損耗等の確認を行うためだ。
「そっちを引っ掛けてくれ!装甲を外す!」
「シャープ・ブローを取り外す!腰部のロックを解除!」
「粒子排出口の開放は装甲整備と洗浄後に行う。コアクリスタルの活性化率の推移だけでも、今のうちにチェックするよ!」
HNは非常に強力な兵器で、かつ、ある程度の量産性や整備性もあるが、一度でも実戦で本格的に運用された機体の整備や調整には、細心の注意を払う必要があった。
構造として、搭乗している剣士の尋常ならざる身体能力を余すところなく機体の動作に反映させるため、コクピットブロック内のシステムや各関節部、シャープ・ブロー等装具の重心に至るまで、搭乗者本人の特性に合わせて細かく調整がされており、万が一にでもそのバランスを崩すことになってしまうと、再調整に時間が掛かるからだ。
「ホント、大変だよね。感謝感謝っと…」
ホァンは、今しも戦場の如く機体の周囲を動き回って整備をしている担当者に向けて、心の中で合掌した。
「ここに居たカー。マスター・ホァン」
声が聞こえたと同時に、ホァンは頭頂部に何かが置かれた重みを感じた。
「…突然背後から頭ポンポンして、撫でないで、リースゥ。びっくりするから」
撫でられながらも顔を背後の人物に向け、苦笑を浮かべる。一方のリースゥは楽しそうに、朗らかに笑っていた。
「それは失礼したネ。撫でやすいとこにあったカラ。そんなことより。クロト隊長とシロヴィア様、呼んでるカラ、早く来るネ」
そんなことよりから始まった、割りと重要だと思われる事項を世間話のように振られる。
「お二人が?と言うか、撫でてる暇があったらそれを真っ先に伝えて!直ぐに行くよ!」
ホァンは、直ぐに服装を確認して身だしなみを整えると、急いでハンガーを後にした。
帰投後のシロヴィアは、機体を専属の整備員に任せ、まるでサロンのような談話室で、クロトと共に喫茶休憩をしていた。横には二人のDMであるブラン・ティア、プレト・ファボも同伴している。
ディ・グロリア内には、艦に所属している人員の、休憩のための場所も居住場所以外に複数確保されており、自由に利用することが出来るようになっていた。
「こうして、ゆっくりとお茶を共にしたのは、二ヵ月ぶりかな?クロト」
「そう、ですね。ここのところ、お互いに忙しかったですから…」
二人ともカップを手に、コーヒーを嗜みながら世間話に花を咲かせる。
互いに同じ艦に属し、同僚ではあるものの、シロヴィアはライディア王女付きの近衛軍人としての任務が別にあり、クロトとは別の指揮系統に組み込まれているため、互いに時間が合わず、談笑する機会がほぼないのである。
「ところで…。今回のこの浸透。どう思われますか?シロヴィア卿」
「そうだな…。境界門の結界は中型以上の侵蝕獣侵入は防ぐことが出来るが、小型は比較的容易に突破できる構造になっている。それを確認に来たのかも知れない。今回は大型一体に対し、小型が多過ぎるからね。ディ・グロリア観測班のDM。君のプレト・ファボ。そして私のブラン・ティアも、皆同じ結論に至っている」
「それ故の、先ほどの包囲殲滅、ですか。小型侵蝕獣は浸透が速く、加えて数も多いですからね」
シロヴィアの推論に、クロトが頷く。
「個々の性能こそHNに大きく劣るとはいえ、非戦闘員の多い開拓地はひとたまりもありません。マスター・クロト。任務終了後に、今後の巡回方針を再考いたしましょう」
「そうだね。効率化を図らなければ…」
「そうか。それならば…」
二人のやり取りを聞いていたシロヴィアが、ポンと手を打つ。
「どうだろう。私の方から、本部にライディア王女の近衛兵団を含めた、ディ・グロリアへの配属を具申すると言うのは」
「え?近衛軍を、ですか?」
「確かに、それが可能であれば、巡回部隊の増強も、シロヴィア様やブラン・ティア殿の助力も得られやすくなりますから、願ってもない事ではありますが…。可能なのですか?」
シロヴィアの唐突な申し出に、クロトとプレト・ファボが、共に目を丸くする。
王族近衛兵団が転属してくるとなれば、その名目上の長たる王族も艦に属することになる。この場合は、ライディア王女付近衛兵団がディ・グロリア所属として登録される。
なおディ・グロリア自体はシロヴィアの所有物なので、部隊の司令権限はシロヴィアに帰属するが、当然、王族は最重要護衛対象として、指揮系統の外に置かれる。
「問題ないだろう。なあブラン・ティア?」
「はい。マスター・シロヴィアは、ライディア王女殿下の直属ですから、近衛兵団も快く転属を受け入れるでしょうし、ライディア王女殿下の護衛についても、マスター・シロヴィアが直接行いますので、問題はありません。ただし、皆様には気苦労をお掛けする可能性が高まりますが…」
ブラン・ティアが視線をクロトに向ける。
「その点は、問題ないかと思われます、ブラン・ティア殿。元より私達は、貴方直属のロイヤルナイツです。部隊員も、直ぐに慣れるでしょう」
クロトは胸を張り、笑う。
「マスター・クロトが問題ないのでしたら、私に異存はありません」
プレト・ファボも、淑女然とした笑みを浮かべた。
「分かった。では私の方から掛け合ってみよう。正式に決まったら、艦の人員には私の方から伝えよう」
「はい。お願いします」
すると。
「シロヴィア様。クロト隊長」
声の方向を向くと、通路の奥側から、ホァンとリースゥがシロヴィア達の居る場所に向かう様子が見えた。そして、四人の居る場所に到着すると、ホァンはきびきびとした動作で、リースゥはのんびりとした雰囲気で、それぞれ敬礼を行った。
「ホァン・ドウリー。リースゥ。命令に従い、出頭しました!」
「ああ、そう畏まる必要はないよ。少し、話がしたかっただけだからね」
「ええ。どうぞ、そこの椅子に座ってください」
「あ、はい…。分かりました」
微笑みを浮かべる二人の様子に、ホァンは緊張した面持ちで、リースゥは微笑して、近くの空いている椅子に腰かけた。
「こちらをどうぞ。粗茶ならぬ、コーヒーですが」
「お茶請けもどうぞ」
いつの間に動いたのか、ブラン・ティアとプレト・ファボの二人が、二人分のコーヒーとお茶菓子を用意し、並べ始める。
「あ、有難う御座います…」
「頂きますネー」
「……さて」
二人ともがカップを持ち、ブラン・ティア、プレト・ファボが席に戻った頃合いで、シロヴィアが口を開いた。
「まずは、お疲れ様と言わせてもらうよ。それで、話というのは他でもない。感想を聞きたくてね」
「ぜひ、忌憚のない意見を聞かせてください」
「えっと…。配属初の任務だったので物凄く緊張しましたが、無事に乗り越えることが出来ました。有難うございました。もっとお役に立てるよう、頑張ります!」
ホァンはグッと手を握り、会心の笑みを浮かべた。
シロヴィアやクロト。ブラン・ティアやプレト・ファボ。そしてリースゥも、ほほえましそうに笑顔を浮かべ、その表情を見ていた。
「まあ、気負い過ぎないように頑張りましょう。それに近々領土争奪戦がありますから、ロイヤルナイツ仕様のHNの扱い方にも、早めに慣れておいてくださいね」
「はっ!そう言えば…。しかし、今回の争奪戦、投入戦力として、シロヴィア様が指名されるんでしょうか?」
「ああ。そうなる“予定”だ。ロイヤルガードや軍内部には、当然だが、家柄のない私を好く思っていない人物も居る。加えて、今回の争奪戦の相手が、あの“剣聖”アガートの属するガーデン「フィオナ・マク・フィン」とくれば、なおさら様子見をするだろう」
「そ、そんな…!それではまるで、体のいい試金石扱いではないですか!」
声を荒げ、ガタッと椅子を蹴るように、ホァンがその場に立ち上がる。
「マスター・ホァン。座るヨ」
「だって…!」
変わらずのんびりとした口調のリースゥに向けても声を荒げようとするが。
「座るヨ」
「う…。うん」
目だけが笑っていないリースゥの表情に怒気を削がれ、大人しく椅子に座り直した。
「気持ちは有難いし、私も正直鬱陶しく思っているところだ。しかし、ライディア王女やリグノ様の気苦労を思うと、どうもな」
シロヴィアは苦笑を浮かべたが、直ぐに微笑みを浮かべ直した。
「ああ、すまない。こういう話をするつもりではなかった。まあ、なんだ。取り敢えず、出来る限りの準備はしておいた方がいいだろう。暇がある時に、艦の剣士全員で模擬戦でもやろうじゃないか」
「あ、はい!その時は、ご指導ご鞭撻、宜しくお願いします!」
「次こそは、シロヴィア卿から一本を取りたいものです」
それまで沈黙していたクロトも微笑みを浮かべ、気遣いも含めてなのか、気概を言葉として表してみせた。
「はは。喜んで相手になろう」
その後は、皆が数分前までの空気を消し飛ばすように、いたって普通の世間話に花を咲かせるのだった。
第1話はこれにて終わりとなります。ここまでのお付き合い有難う御座いました。
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