本番のはじまり
本年度もよろしくお願いします
確かな不安を残しつつ、私たちは精霊祭の本番を迎えた。
楽しみたい思いはあるが、それ以前に不安しか頭をよぎらない。相手に対しては失礼だろうが、今はこれが最善な思いだろう。
(あぁ、早くなんとかして解決したい!!)
くぅぅ!!と歯がゆい思いばかりが胸を締め付けしまう。
「リリー。とりあえず、今は楽しもうか。せっかく綺麗に着飾っているのに顔の表情で台無しになってしまうよ?」
世界一可愛いのに、と平然と言ってしまうこの人はなんともずるい。確かに、今日は朝早くから待女の人たちが大勢で駆け寄ってきては、あれよこれよと綺麗に磨き上げられた。そんな待女たちの最高傑作だという私本人が台無しにしてしまっては、彼女らに申し訳ない。
「そうですね、今は楽しみます。頑張ってくれた待女たちに申し訳ないですしね」
「うん。その方がいい。それに、君はとても笑顔が似合う人だ。浮かない顔をしてたら勿体ないよ」
「─っ!」
思わず頬がほんのり赤くなってしまった。私は相変わらずそういうのには慣れない。いつかはなれたいのだが、はたしてそんな日は来るのだろうか……?
◇◇◇
「えーっと、壇上早々にさっそくだが私が言いたいことはただ一つ。今年も無事に精霊祭を開催できたことを嬉しく思う。精霊祭は100年に一度のお祭りでもあり、祈りを捧げる儀式だ。今年こそ我々は自由に空を飛べる種族になれるだろう…。その為には、最後の最後までみんなの力を貸して欲しい。よろしく頼む。……とまぁ堅苦しいのはここまでにして。皆の者!祭の間は大いに騒いで飲んでくれっ!!でも、泥酔だけは気をつけろよ」
エリクシル様が以上だ!と言った瞬間にわぁぁぁ!と一気に歓声が上がる。私たちはソルマージュの幹の近くに設置されている壇上のすぐそばの特別来賓席に座らせてもらっている。のだが、歓声がすごい。壇上のすぐ側の歓声だけではなく、遠くからも、それこそ時間差で歓声が聞こえてくる。私が疑問に思ったことを、隣に座っている彼に聞いてみると、こんな答が返ってきた。
「わざわざ拡声器の機械を使わなくても、風魔法の力で遠くまで聞こえるようになってるんだよ。まぁ、いつも使うような風魔法ではなく、少しだけ応用編?みたいな感じでね。コツは、上手く自分の言葉を風に乗せるんだ。けれど、なかなかにそれが難しくてね。地味にセンスがいるんだよ。上手ければ今みたいに、拡声器のように遠くまで届けられる。けれど、下手であればハウリングみたいになっちゃうんだよね。…あの嫌な音だよ」
というふうに、これもまた分かりやすく説明してくれた。この魔法は応用編というより、かなりの難易度な魔法なのでは?というツッコミが入ったり入らなかったりするが、とにかくまぁ大変な魔法なんだなというのには変わりない。魔法を使えない私が言うのもなんだが、魔法を使うのであれば上手く使ってもらいたい。私もあの、キィーンという音は絶対に聞きたくない。
「よぉ!アルもリリーちゃんも特別来賓席から離れて楽しめよー。じゃないと次は100年後だせ?」
「エル」
「エリクシル様っ!」
声をかけてきたと同時に私の旦那様と肩を組んでいたのは、もうお分かりであろう、その人だった。今日は特別な日なのでさっそくお酒に呑んだくれているのかと思いきや、足元を見ると実にしっかりとしていた。
先ほどの真面目な感じとは逆に、いつものおちゃらけたエリクシル様だった。
「エリクシル様、先ほどはお疲れ様でした!とても素晴らしい挨拶でしたよ」
「本当か?!いやぁー、やっぱこういう時だけは真面目にやってみるもんだなぁ!」
「あはは…。なんとなくですが、今ので私の中の評価が少しだけ下がりましたよ」
「マジかっ!?!?」
この瞬間、馬鹿め、と私の隣に居た人が毒を吐いたような言葉が聞こえたが気にしないことにした。
「エル、そういえばフローラルーンは?一緒じゃないのか?珍しいな」
そういえばと私もエルクシル様の近くを見回した。私がここに来てから、だいたいはいつもお隣に居たフローラ様。たまには、お一人でゆっくりでもしたいのだろう。そう思ったのだが、少しだけ予想は外れていた。
「あ?あぁ。フローラな。…えぇと。実はさ、俺、さっきから探してんだわ。あいつのこと」
「探してる?何故だ?どこか友達のところにでも行ってるんじゃないのか」
「私もそう思いますけど」
単純ではないだろうか。フローラ様もいくら夫がいるとはいえ、友達も少なからずいるだろう。
彼はそうなんだがなぁと言っては、さっきの元気いっぱいなハツラツとした顔とは裏腹に、今度は神妙な顔になってしまった。
(これは…、何かあったな?)
女の勘が告げている。これは確実に何かあったに違いない!と。とにもかくにも、エリクシル様から事情を聞くことにした。
「実はさ、これから夜にある儀式に向けての最終打ち合わせをする予定なんだ。あいつは真面目だからなぁ。少ししたことでも、すっぽかすことなんて絶対にしないんだ。むしろサボってる俺を見つけては、首根っこを取っ捕まえてでも椅子に座らせる人だからさぁ」
「……」
「……」
(フローラ様スゴすぎ…!分かってはいたけれど、完全にエリクシル様を尻に敷いているっ)
「えぇと、まぁそういうわけだからさ。フローラを探しにここに来たんだよ。探した場所は、ソルマージュ木の近くとか、出店の近くあたりとか見てみたんだが居なくてな。もしかしたら、どこか入り組んだ道とか行ってるのかもしれないなぁとか今思ったりしてるわけよ」
「そうですか…。いろいろなところを探しても、フローラ様が見つからないのは心配ですね」
「まぁそうだな。でも、案外ひょっこりすぐ帰ってるんじゃないか?」
「そうか?そうだといいんだがなぁ」
エルクシル様はとても心配そうな顔をしている。私はここに来てから、彼らに随分とお世話になった身だ。ここは一つ、私も一緒に探すのが道理ではないだろうか。これで少しは恩返しが出来ればいいのだが。
(よしっ!ここは陛下も巻き込んで探しに行こう)
「陛下っ!私たちもっ…」
探しに行きましょう!と声をかけると同時に、遠くからから聞き覚えのある声が聞こえた。
「っあ!居たいた~!リリーちゃん、紹介したい人がいるのよぉー」
「ふ、フローラ様!?」
「フローラ!!!」
「…言った通りになったな」
手を振りながら近づいて来たのは、エリクシル様のお探しの人物であるフローラ様だった。しかも、天使の微笑みを私たちに向けながら誰かを引き連れているではないか。私たちが心配するようなことは全くなく、私たちの元にたどり着くまで終始笑顔だった。
だが、フローラ様がたどり着くが否や、直ぐにあの男が口を挟んだ。
「フローラ!どこ行ってたんだよぉ~。すごく心配したんだぞ!」
「エリクシル様、申し訳ありません。彼女を見かけたものですから、つい…」
「彼女?……っあ、もしかしてっ」
「ご機嫌麗しゅう存じます、エリクシル様」
「おぉ!久しぶりだな!元気してたか?」
めちゃくちゃ綺麗な言葉を使ってる彼女は、一体何者だろう。一つ一つの礼儀作法が尋常ではないくらい綺麗だ。思わず見とれてしまう。
「陛下、陛下。この方はどなたかご存知ですか?」
「ん?あぁ、彼女は…」
「アルファス様、ここは私が紹介いたしますわ」
小声で話していたのだが、フローラ様にはバッチリと聞こえていたらしい。
エリクシル様と楽しそうに話している女の子を、フローラ様が手招きして呼び戻した。
「リリー様、紹介いたします。彼女は、ディダ・エンストローム。私がここに嫁ぐまで待女をしてくれていた子よ。ずっと側にいてくれた大切な人なの」
「お初にお目にかかります、リリアーナ様。私は、サンレット国の王城で現在は待女頭を務めております。ディダ・エンストロームです。以後、お見知りおきを」
「こちらこそ初めまして。私はリリアーナ・ディア・レナトゥースといいます」
(この綺麗な子はサンレット国の待女頭なのか)
さすがは、フローラ様の元待女というべきか。一つ一つの動きに隙がない。彼女は空色の瞳と髪色を持ち。髪は肩口のところで切り揃えていた。今日はお祭りだからなのか、メイド服ではなく淡い紫色のロングドレスを着ている。
そして、わたしから見た第一印象はとても落ち着いていて物静かな子、というような感じだ。
ちなみにだがサンレット国はこの大陸の中では一番小さな国だ。中心地にある、レナトゥース国を基準にみると北北西に位置する。そこの国はとても花が綺麗で、一度は訪れたい場所だと、私の勉強を見てくれている先生が教えてくれた。
そして、私に向けられた体は次に隣にいた彼に向けられた。
「お久しぶりでございます。アルファス様」
「あぁ、久しぶりだな。元気そうでなによりだ」
気軽に話すこの2人は、フローラ様がここに嫁ぐ前から親交があったのだろう。別にやきもちとかそういうものの類いではないのだが、どのくらい親しかったのは気になりはする。
そして、王城で働いているディダの話をまとめてみると、フローラ様はサンレット国の王女だったということになる。あまりフローラ様のことについては深入りしていなかったが、これではっきりしたと言ってもいいだろう。フローラ様の所作とディダの所作、どちらも洗礼されていた。
気がつけば、私がいろいろと考え込んでいた間に、話が進んでいたので慌てて耳をかたむける。
「ねぇ、ディダ。私はこの後、少し所用があるの」
「左様でございますか」
久しぶりに会えた主人を前にして嬉しそうにしていたディダが、少し寂しそうな表情になった。ここ何年も会うことはなかったのだろう。
彼女の表情に気づいたフローラ様が、そうだ!というような表情で、あることを彼女に提案した。
「ねぇ!ディダ。良ければこのまま一緒に行かない?」
「えっと…ですが、私はここの者ではありません。ですので……」
「いいじゃないっ、せっかくだから!これから夜に行われる儀式の打ち合わせをするだけよ。…後はそうね。あなたの知恵を少しだけ借りたいのよ」
「……知恵を、ですか?」
「えぇ、だから…ね?」
「……………」
言い終わると同時にフローラ様の天使の微笑みが発動された。その微笑みを受けたら決して断れない何かがある。その微笑みを受けているディダはしばらく考えた後、ようやく口を開いた。
「はぁ、畏まりました。私の知識が役立つかどうかは分かりかねますが、是非ともお役に立てれば嬉しい所存です」
「やった!ではエリクシル様、ご一緒に参りましょう。リリー様とアルファス様はいかがなさいますか?」
「えっと、そうですね…」
ここで隣にいる彼にチラッと視線を向けてみる。彼は私の視線に気づいたら直ぐに考えこんだ。そして、考えた末に出した結果はこれだった。
「そうだな…。彼女の知恵を借りたいというのはあの事だろう?夜まで時間はないしな」
「えぇ。そうですわ」
「そちらの方も早急に対処しないといけないが…、今は午後2時か。フローラルーン、儀式の打ち合わせはどのくらいで終わるのか教えてもらってもいいか?」
「そうですわね。打ち合わせと言いましても、少しばかり準備もありますので大方、2時間弱というところかしから」
「そうか、じゃあ2時間後にそちらに伺おう………と思うのだが、どうだうか?リリー、短い時間だが少しでも楽しめるのではないかと思うのだが……」
とゴニョゴニョと言い出した彼はとても可愛い顔をしていた。なんて言っても、頬が少し赤くなっているのだ。彼が言いたいことは多分、あのことだろう。しょうがない、ここは私が言ってやろうではないか。
「つまりは、デートですね?陛下」
「っ! そ、そういうことだ」
私がハッキリと言葉に出すと、それ以上に頬が赤くなっていった。いつもはクールな彼が珍しいと思ったり思わなかったりするが、スキンシップとデートは別物なのだろうか。それとも、大切な事を放っておいてででも私と一緒に居たいと思ってくれたのか。どちらかは分からないが、あえてここは黙っておく。それ以上に私はこれからの初デートが楽しみで仕方がないのだ。
「ふふ、分かりましたわ。アルファス様。それでは、また後のほど」
「あぁ、道中気をつけてな」
そして、じゃあまた後でー!と言ったエリクシル様の後ろ姿を見届けてからは、いよいよ私たちの時間だ。
行きたいところはいっぱいある。さぁ、ここからは誰にも邪魔をされない。時間がくるまで目一杯楽しむぞー!
「さぁ!行きましょう、陛下!」
「あぁ、そうだな」
彼の手を引き歩き出す。私が前世から大好きなら出店という場所へと。
ありがとうございましたm(_ _)m