謎を解く鍵は?
地下から戻ってきた私たちは、カトリーヌとヴァシェロン、メアリーに事情を話し、木のいい匂いのする円卓のテーブルを囲んで早速話し合いへと興じた。
「さて、とりあえず書き出してみましたがどうですか?」
円卓の上には私が書いたメモが載っている。内容はもちろん、言い伝えの文章
『人が皆持っている愛する心が1つになることで希望の光りは導くだろう』
私が投げ掛けた質問に対して皆、微妙な顔をしてしていた。眉間に皺を寄せている者や腕組をしている者、肘を机に乗せて紙を一点凝視している者もいる。卓上に置かれたローズティーを飲みながら考えている者もいた。
かくいう私も眉間にシワを寄せながら腕組みをしている。どこに謎を解く鍵があるのだろうか。謎は深まるばかりだ。
「なんだかなぁ。こうしてみるとただの普通の文章みたいじゃないか?なぁ、フローラ?」
「そう、ですわね…。こうしてみると改めてふつう、ですわ」
「だが今までの歴代領主王が解ききれていないんだ。なんとかするしかない。……チッ、ここで今までのツケが回ってくるとはな。私はリリーとイチャイチャしていたいだけなんだが…」
「おーい、アル。最後なんか言ったか?舌打ちの後がが聞こえたような気がするだがなぁ?」
「─なんでもない。気のせいだ、気のせい」
そーかぁ?とエルクシルが乾笑みを浮かべている。
先程まで重くなっていた空気は少しは軽くなったように思われる。だが、問題事態は深刻だ。
「…あの、恐れながら発言をお許し頂けないでしょうか?」
「あら、もちろんよカトリーヌ。今は重要な話し合いだもの。そのようなことは気になさらないで」
私の目の前に座っていたカトリーヌが手を小さく挙げて、フローラからの発言の許可を得た。彼女は待女なので、必然的に主人からの許可を得てから行動や発言をしなければならない。だが、今回のことはフローラが言った通りそれこそ重要な話し合いなのでどんどん意見が欲しいところだ。
カトリーヌは「ありがとうございます」と言ってから姿勢を正した。私を含めてどのような意見がでるのかと私を含めた皆がカトリーヌに注目している。
「あの、先程から皆様は普通の文章だ。とおっしゃっていらっしゃいますよね?もししたらこれは、単純に考えたらいいのではないでしょうか?」
「単純に?」
「はい、単純にです」
私を含めてみんな、頭にハテナマークを浮かべているだろう。単純にと言われても、どう単純に考えればいいのかが分からない。なので、私はカトリーヌに話の続きを促した。
「私もあまりどう説明すればいいのか分からない部分もあるのですが、とにかく単純に考えればいいのではと思ったのです。文章自体はそれほど難しい内容ではないかと思われます。…ですが、文章が謎なぞだとしたら、かなり頭の回転力をフル活動しなければならなさそうですがね」
「うーん、やはり微力な回答にしかなりませんでしたね」と申し訳なさそうにするカトリーヌを見ていたメアリーが、「そんなことはないよっ!」と力の限りフォローしていた。
今思えばこの二人も随分仲良くなったものだ。最初は、お互い初めまして状態で遠慮しがちだったのが、短い間の中で今では「さっ!メアリー、やるわよっ」「えぇ!やりますか!」とお互い意気投合しているのだ。同じ待女という立場もあるのだろうが、なによりも同じ女同士という意識の方が強いのだろう。2人を見ているとなんだか微笑ましくなってくる。
エピナント国に来て新しい繋がりを持てたのは私だけではない。これからも2人には仲良くいてもらいものだ。
「あの、リリー様。わたくし、何度も読んでみて思ったのだけれど、ここの文章を見てくださる?」
「はい、フローラ様。どこでしょうか?」
美しいお顔に少々眉間に皺を寄せてしまっている。手を頬に当てて、困ったわというような仕草になんだか可愛く思えてくる。でも実際、可愛いと美しいが入り混じったような顔立ちをしているのでどんな仕草でも絵になるのだが。
っと今はそんなことはどうでもいい。フローラ様が「ここよ、ここ」と指でさした文章の一部分を私も読んでみる。
「『人が皆持っている愛する心が1つになることで』ですか?」
「えぇ、そこよ」
「特に変わったような言葉ではないと思うのですが…?」
「もちろん、言葉自体は単純よ。でもね、私が気になるのは『人が皆持っている愛する心』の部分なのよ」
「う~ん」
分かるような、分からないようなそんな感じだ。腕組みをしながら考える。誰がどうみても『人が皆持っている愛する心』の文章は単純であろう。でも、何かが引っ掛かる。それは何なのだろうか。
「確かにフローラ様がおっしゃっている意味も分かります。何かが引っ掛かりますよね?」
「そーなのよねぇ」
「リリー。多分だが『人が皆持っている愛する心』、それは何に対しての『愛する心』なのかが引っ掛かるんじゃないか?」
「…っあ。それです!それですよっ。ナイスです陛下っ!」
私の心のわだかまりが解け、答をくれた彼を誉めたとたん「そうか」と言ってはそっぽを向いてしまった。でも、私は知っている。彼の頬がだんだん赤く染まっていっているのを。態度は素っ気なかったが、完全な照れ隠しだ。可愛いなと思いつつ、彼が導いてくれた答を考える。
私が引っ掛かっていたのは、何に対する愛する心か。それには、2つのパターンがあるのではないかと私は考えた。
まず1つ目は、この国に対する愛。つまりは郷土愛だ。エピナント国をどれほど愛しているのか、それを問われているのではないかと思った。フローラ様から聞いた昔話では、エピナント帝国の時代はなかなかに皇帝が残虐な行いをしたせいで、帝国を出るに出れなかった者もいたという。皇帝に対する恨みが溜まりに溜まり、この国自体のことが好きでなかった者もそう少なくはないはず。
現代のエピナント国は問題ないとは思うが、果たしてどうなのだろう。私が見た限りだとみんな笑顔で生活しているし、活気に満ち溢れている。そう考えれば問題ないと思う。
次に2つ目、それは時代の王のことをどう思っているのかだ。この考えも先ほどの昔話と同じように照らし合わせて考えることができる。約2000年前エピナント帝国の皇帝、ジャバイカル・エドラス・エルセレフ。彼のことを信頼、親愛していたものは住民たちの間ではないに等しいはずだ。あの反乱の後の話は聞いてはいないが、恐らく今まで以上に酷かったに違いない。いくらその後、魔女によって秘宝に呪いをかけられてしまったからといっても、自分が犯してしまった罪はそう簡単に消えないのだから。その結果が、今では亡きお城の破壊に繋がったのだろう。
現代の領主王である、エリクシル・キアラ・エルセレフは住民たちからの信頼も厚い。彼のことが好きな人はたくさんいるはずだ。そう考えると、意外にも私の中での条件はすでにクリアしているのではないだろうか。
だが、その答は今は得られない。本番にならなければ分からないことばかりだ。
非常に悩ましい問題である。ひたすら考え尽くしても最終的には本番まで、それはただの仮定にしか過ぎないのだから。一発本番が非常にプレッシャーだ。でも、やるしかない。
そのあとも私たちの話し合いは夜遅くまで続いた。その次の日も話し合いには興じたが、祭の儀式の準備や予行やらなんやらであまり話し合いは出来なかった。
最終的になんとか捻りだしてはみたが、得られた答は全て仮定の話。その答を試すことさえも出来ないまま、私たちは、エピナント国の精霊祭を迎えることになった。
ありがとうございましたm(_ _)m