黒の水晶玉(3)
「さぁ、この鉄の扉を開ければ我々の秘宝を目にすることができる。………リリーちゃん、心の準備はいいかい?」
「はい!もちろん大丈夫ですよ、エルクシル様!例え火が吹こうが、槍が向かってこようが、ましてやモンスターが大量に出てこようが大丈夫です!!」
「…いや、リリーさすがにそれははない…」
「…あの、リリー様さすがにそれはありませんよ…」
彼とフローラの冷静な同時ツッコミに対し、ですよね~あははと返す。ちなみに、私に投げ掛けてきた本人はゲラゲラと笑っている。ましてや、笑いすぎて腹が痛いー!などと言っているではないか。この人は案外笑いのツボが浅いのかもしれない。この人はどこに行っても万人受けがいいに違いない。
ところで、私たちが今いる場所は巨大大木の王城の地下室に通じる扉の前だ。ここに入るまでには厳重になっている警備をエルクシルたちの顔パスで通り抜けてきた。扉の前に来るまでには、狭く暗い階段を降りてきたのだ。階段の幅は大人が2人横並びになれるのがやっとの道幅であり、石造りの壁の側面には等間隔に洋灯のランプに火がつけられていた。周りの空気じたいはジメッとした感じはなく、案外カラッとしていたのだ。
エピナント国は私がかつて居た日本と同じくらい湿気が多いらしい。日本の古代の地下室は、かなりじめじめとしているみたいだが、では何故こんなに空気がカラッとしているのだろうか。答は、なんとこの王城には特殊な魔法がかけられているらしい。詳しいことは、「秘密だよっ☆」とエルクシルに言われてしまった。
他国のことに関してはこれ以上の質問攻めはできないので、黙っておく。凄く気になりはするが…。特殊な魔法ということは、かなりの上級魔法に違いない。もしくは、最上級かも。とにかくこの予想が当たっていようが当たってまいが、このような魔法をかけれるエルクシルのことは素直に凄いと思う。
(ま、私の旦那様には負けるけどね!)
なんていったて私の旦那様は、レナトゥース国の王様でシャルエル大陸の全責任者でもあるのだ。なのでこの国はエルクシルが治めているとしても、最終的には全ての報告書などは彼の元に預けられる。彼がここの大陸を治めるに至った経緯は知っていても、エルクシルがどうやってここの国を治めるに至ったのかのキッカケは知らない。いつか何気なく聞いてみようかな、と今では思っている。
(少しは私もここの大陸の住人になりはじめたってことなのかな…?)
だとしたらこんなに嬉しいことはない。私はこれからも彼の側で王妃として頑張っていくだけだ。
「おーい、リリーちゃーん。おーい」
「リリー、どうしたんだ?」
「…………っは!」
私はいつの間にか回想に入ってから、かなり自分の世界に入っていたようだ。エルクシルと私の大好きな人が心配そうな顔をしている。ちらりと横目でみると、フローラも心配そうな表情を浮かべていた。
「…っあ!すみません。なんでもないです。ただやっぱり少し、緊張している自分がいるみたいで」
「そっか、でも大丈夫だよ。なにかあったら必ず私が守るから…ね?」
私の彼は少しでも緊張をほぐそうと思ってくれたのか頭を撫でながら、いつもの百倍増しの甘い声。しかも最後の「ね?」の場面はまさに画面が割れるほどの破壊力!いつもは妄想でも鼻血が出るほどヤバいのに、現実は妄想ほど甘くはなかった。現実なめてた!
笑顔の破壊力で終わりかと思いきや、今度はこめかみにチュッ、と軽くキスをしてきたではないか。
「ふぁぁっ!!」
思いっきり変なところから声が出てきてしまったが、こういうちょこっとしたスキンシップは凄く嬉しい。ちなみに、今の私はゆでダコみたいに顔は真っ赤だろう。
「あーあ、全く見せつけてくれちゃって。お前ってそんなキャラだったけか?」
「恋愛云々に関しての昔のことはどうでもいい。それよりも私は今の方が大切だ」
ケッ、とそっぽを向きながら話すエルクシルに対し私を抱いて離さないスパッと話す旦那様。
それを横に私が気になったのは二人の話のワードに出ていた、昔の恋愛云々に関して。別に深くまで追及するわけではないが、やはり私も女だ。少しばかり気になってしまう。
二人がいつまでも言い合っていると、後ろからパンっと音が響いた。
「さっ。お二人とも、そろそろその辺にしておきませんか?いつまで扉の前で立っておけばよいのです?」
音の正体はフローラが手を叩いた音だった。確かにさっきから、扉の前で立ち止まっている。主な原因は私だが。
「あっ、そうだった。そろそろ行くか」
「えぇ、とっととよろしくお願いします」
フローラに急かされ、へいへーいと返事をしたエルクシル。さて、という風に両肩をぐるぐると回した。軽い準備運動かなにかだろうか。
「さぁ、いくぜ。この魔法を唱えるのも大掃除の時の去年ぶりだなぁ」
よしっ!と言ったあと、両手を扉の前にかざし魔法詠唱を開始した。手をかざしたエルクシルの周りは青白い光に包まれている。扉の方を見れば五重もの魔方陣が浮かび上がっていた。通常は魔法を使うのに浮かびあがる魔方陣は一つなのだが、五重もの魔方陣が浮かびあるということは最上級魔法の証であるのだ。
魔法の詠唱呪文の意味などは私には分からないが、とても細かく少しのミスも許されないものだというものは私でも知っている。
ここに来たときに妃教育として、魔法の基本的なことを教えてもらった。私は普通の人間の為、体の中に魔力というものはないらしい。いくら頑張っても魔力というものは得られないため、魔法詠唱の術式を覚えても意味は無い。魔法を使えるのはこのシャルエル大陸に住む魔族の血筋をうけついだ種族のみ。
だから私が習ったことは、魔法を詠唱する上で最も大切なこと。それは、正確に詠唱する。自分の中にある魔力量をこえる魔法は詠唱しない。最後に、詠唱呪文の意味を理解して唱えることの3つ。
これをきちんと出来てこそ初めて魔法として成立するのだ。実に奥が深い。
エルクシルが魔法詠唱を唱えている後ろで、今か今かと待ち望んでいる自分がいる。
(─早く見てみたい)
─ドキドキ ドキドキと鼓動がうるさい。ある日を境に黒くなってしまったの水晶玉。それをエメラルドグリーンの元に戻して、エルフ族が今よりもっと自由に飛んでいる姿ををこの目で見てみたい。
私がフローラから聞いた昔からの言い伝え、『この呪いを解きたければ、人が皆持っている愛する心が1つになることで希望の光りは導くだろう』
この謎をとくことで、エピナント国はあるべき姿に戻る。
「さ、詠唱は終わった。…開けるぞ」
いくぞ、と視線だけで合図する。それに対して私たちは一つ頷いた。
─ギィィィ
重苦しい鈍い音が地下に響きわたる。扉は鉄の扉なのだが開けるときは手動みたいで一苦労みたいだ。エルクシルが、「重い"ぃー」と言いながら開けている。
扉が開けてすぐ私が見たものは、真っ黒に染まった大きな水晶玉だった。ここは神殿に近い作りをしており、周りを見てみると天井、側面は白の大理石に染まっている。水晶玉を乗せている台座にも贅沢に大理石一色だ。壁側には地下を降りたときと同じで、等間隔に洋灯のランプが使われていた。水晶玉は大きいだけといえば誰しも想像に難くないだろう。私は身長155センチあるのだが、私の身長の2倍位の大きさだ。重さもそれに比例しているに違いない。
そして、その室内はものすごい邪気に満ち溢れていた。魔力がない私でも目にハッキリと写っている。見えているだけでも、かすかに黒い靄が漂っているのかが。
(─なんだか怖い)
無意識のうちに自分の体を自分の腕で抱きしめている。鳥肌までは立ってはいないが、なんだか武者震いが止まらない。
「─っ……」
「大丈夫かい、リリー?」
「─あ、はい。…大丈夫です」
いつの間にか私の腰を彼が支えてくれていた。私の足は力があまり入っておらず、立つのがやっとの状態のことに遅れて気がついた。
これは驚いて腰を抜かすどころか、漂う邪気に負けて腰を抜かすの間違いなのではないかと思ったほどだ。
「そろそろ精霊祭だからなぁ。早く奉られたくてしかたがないんじゃないかぁ?」
「はぁ…エルクシル様。こんなときに冗談はよして下さいませ」
「はははっ、分かってるよ」
そんなことを言いっているエルクシルは相変わらずのようだ。だが、水晶玉を見上げながら急に真剣な顔になり「…それにしても」と言いながらフローラに話しかけた。
「毎回ここに来るたびに思うんだが、年々力が増しているような気がしないか?」
「……そう、ですねぇ。私は、あまり魔力量がそう多くはないので微々たる違いは分かりかねかすが、確かに前回来たときと比べて力は増していると思われます。ですが、なぜでしょうか?………ちなみに、アルファス様はいかがですか?前回来たときと比べて、違いはあるかと思われますか?」
私を含めた全員がアルファスに視線を移す。彼は、はぁといいながら少し考えたあと口を開いた。
「フローラが先ほど言った、これに関しての謎はそれほど難しいことではないと思うのだがな」
「─えっ、どうゆうことだ?アル?」
シラッと当然の如く言っている彼に対して直ぐに説明してくれと言わんばかりのエルクシル。フローラもどういうことかと首をかしげている。当然、私もだ。まず、あまり理解が追い付いていないのが現状だ。
「? 簡単なことだと思うが。これは特別な力を持った魔女によって水晶玉がエメラルドグリーンから黒へ変化したんだ。ついでに言うが、かけられた魔力は長年同じ魔力量のままでいられるはずがない。簡単に例えると、小麦から作った麺を茹でた後に、水に長時間浸しておくと膨張しながらふやける。そうなると、どうなると思う?…エル」
「えっと、麺が延びる、だよな?…つまり、麺が延びるイコール量が増えるってことか?」
「まぁ、大雑把に言えばそういうことだ。麺が延び続ければいつかは入れ物の中から溢れ出す。……この水晶玉もそろそろ魔力量が限界に近づいている証拠じゃないか、と個人的には思うな」
なるほどー、とみんな納得してはいるが私はこの話を聞いて気がかりなことが一つのあった。
「あの、陛下。つまり限界に近づいているってことは…もしかしたらですよ!ただの予測ですが、その、水晶が割れちゃう…ってことはありえます…かね?」
恐る恐る聞いてみたが、彼はさすがだねというような顔をして私の質問に答えた。
「うん、そうだね。リリーが言った通り、そうなってしまう。もし割れてしまえば、エルフ族はもう一生空を飛ぶことはできない」
「──っ!」
私が恐れていた答えに息をのんだ。エルクシルとフローラも愕然としている。
「だぁー!くそっ!!なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだぁ!?俺は!バカにもほどがあるっ…」
「…エルクシル様」
私は、自分自身を責めてしまっているエルクシルに掛ける言葉も見つからない。先ほどの彼の言葉を簡単にまとめると、このままでは水晶玉が危ないということだ。エピナント国は、空を飛ぶことに誇りを持っている種族。このまま放置しておくわけにはいかない。
(─私にもなにか出来ることがあれば協力したい!お節介かもしれないけど、このままじゃこの国が危ないっ)
よしっ!と覚悟を決める。
「早くこの水晶玉の呪いを解きましょう!精霊祭はあと2日です、まだ時間はありますよ!!」
「…リリーちゃん」
「陛下も協力してください!お願いします!」
「………」
この時ばかりは返答が遅かったといえよう。そうだねぇ、といいながらエルクシルとフローラに視線を向けた。
「うなだれているところ悪いんだけど、二人はどうなの?」
「もちろん!どうにかできるならなんとかしたい!」
「私もです」
二人とも真剣な眼差しだ。この国を治めているトップとして、責任や覚悟がある。
「うん。二人の意思はしっかりと伝わった。…リリー、君が居てくれて良かったよ、ありがとう」
「いいえ、私はただお世話になった恩を少しでも返せたらいいなって思っただけですから」
私は魔力はないし、大した力もない。けれど、私と仲良くしてくれた二人に対して私ができることは、この国を少しでもいい方向にしたいという気持ちだけ。
「さてと、話も決まったところで早速戻って話し合いだ。これには、従者のカトリーヌ、ヴァシェロン、メアリーを同席させよう。少しでも博識なヤツがいた方がいいだろうからな」
「ほぉ、お前にしては懸命な判断だな」
「うっ、うるさいぞ!アル! 俺はこれでもこの国の領主王だ。国の為ならなんでもしてやる!」
「ふっ、そうか」
二人は相変わらずの仲だが、なんだかんだいってお互い信頼している。
さっきまでは緊張した空気間が漂っていたが、今ではすっかりいつもの空気に戻っていた。それに思わずホッと胸をなでおろしている自分がいる。それほど、私自信も緊張していたのだろう。
でも、呪いを解呪する期限まであと2日、それまでになんとか言い伝えの謎を解かなければならない。もし、解呪が出来なかったら?これ以上は考えたくもない。
「さっ、三人とも戻りましょう。一時の時間も惜しいです」
「そうですね。お二人とも、いつまでも戯れていないでい行きますよ!」
「ちょっ、フローラ!?別にこいつとは戯れてないぞ!」
「…私が戯れたいのは、リリーだけなんだが…」
「ふぇっ!へ、陛下!?ここでなんてこといってるんですかぁ!」
部屋には私の声が響きわたる。嬉しいけれど、人前では少しだけやめてほしい。そう思った、今日この頃の私だった。
ありがとうございました。