黒の水晶玉(2)
今回は少し重い話になるかと思いますが、ぜひぜひご覧くださいませ。
「おはよ~!アル、リリーちゃん」
「おはようございます、二人とも」
食堂に入って出迎えてくれたのはここの領主王夫妻。ヤッホー!と今日も元気なエルクシルと、それとは真逆でおしとやかなフローラ。
「おはようございます。エリクシル様、フローラ様」
「エル、お前はもう少し落ち着くということを覚えろ」
「えぇー、いーじゃなーい。べっつにぃー」
口を尖らせているエリクシルの正面に、全くと言いながら彼は席に着いている。それを横に私は相変わらず、あははと苦笑いを浮かべることしかできない。チラリと私の正面に座っているフローラの方を見ると、相変わらずねと言いたそうな雰囲気がムンムンと漂っている。彼女にとっては、これが当たり前なことなのだろう。特に私の旦那様がエリクシルの前に現れたときは…。
朝食を食べ、最後にデザートがやってきた。エピナント国の特産である、イチゴがメインのフルーツポンチだ。シロップの代わりに炭酸水が使われており、器は半玉のスイカの中身をくりぬいた物。フルーツは苺がメインではあるもののスイカや白玉、キウイ、バナナなどが入っている。これはさまに、ちょー豪華な一品だ。
「んー!おいしーー!」
口の中でシュワッと弾ける炭酸水と、それが染み込んだフルーツ。一回一回噛むごとに弾けてるのが分かる。
これぞまさに、スイーツ界の宝石箱や~!
「ん~!たまらんー。いくらでも食べられるぅ」
「ふふっ、本当ですか?それは良かったです」
フローラが微笑みながら話しかけてきた。
「はい!ここの特産であるイチゴはとても甘くて美味しいですし、なによりもシロップの代わりに使われている炭酸水が絶妙にマッチしていますね!私、炭酸水が使われているフルーツポンチって初めてなんですっ!」
「そうなのですか。気に入っていただけたのなら良かったです。まだまだあるので、たくさん食べてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ほのぼのとした空気のなか、私はパクパクと食べる。そんなにたくさん食べたら太るのでは?と思う方もいるだろう。
だが、そんな心配は無用なのだ!
私は生まれつき、あまり太る体質ではない。それを利用してかしてないか、私は好きなものを好きなだけ食べてきた。(もちろん適度な運動はしてきたけども…)とにかく!今の私にとって、この体質はすごくありがたい。こんなに美味しいものがたくさん食べれるなんて、まさに至福の時だー。
「んー、しあわせ~」
「良かったね、リリー」
「はい!」
ニコニコと笑顔を向けながら彼に頭を軽くポンポンされた。
(美味しいものを食べるときも幸せだけど、陛下に頭をポンポンされるのも好きだなぁ)
なぁんてしみじみ思っていると、斜め向かいに座っているエルクシルが、そうだそうだと口を開いた。
「今日は実際に、我々の秘宝を目にするわけだけど………あー、なんて言うかねー。うーんと……」
「……と?」
さっきまでは勢いが良かったのにモゴモゴと今度は口ごもってしまった。しかも目までが泳いできてる。一体なにがあるのだろうか。
するとそれをみかねたのかフローラが、エルクシルの横腹へ一発拳を入れたのだった。
「ふごっ!!……ゴホッ、ゴホッ!ちょ、フローラちゃーん」
「全く、しゃんとしてください。私は意見をはっきりと述べない男性は嫌いだと申し上げた筈です。………あっごめんなさいね、お二人とも」
「あはは、いえお気になさらず……」
「…………………………」
牽制を入れた後で、ニコッと笑顔を向けられてはなんとも言えない。
だがそれ以上に驚いたのが、彼だけではなくその妻であるフローラも拳を入れるとは思いもしなかった。
(んー、なんだかエルクシル様が可哀想になってきた)
「えーとあの、エルクシル様。それでお話の続きはなんでしょうか…?」
またまた哀れな感情を抱きつつ、エルクシルに話の続きを促した。彼は余程痛かったのか、今も目頭に涙を浮かべている。
あの一発、結構凄かったからなぁ。
「あぁー、そうだったそうだった。いちよう見てもらうんだけど。ビックリするよ、あれは。多分、初めて見た人はいろんな意味で腰を抜かすんじゃないかなぁって思う」
「そうなのですか?んー、たぶんですぎ、なんだか私の斜め上の予想をいきそうですね。その水晶玉」
「まぁ大体、普通は手のひらサイズだしねぇ」
普通は手のひらサイズ。……まさか本物は結構な大物なのではないだろか。うーん、どうなのだろう。
私は普通に占いなどでよく使うような水晶玉を想像していた。なんだか先ほどから流暢に答えているエルクシルの言葉がだんだん怖くなってくる。しかも、腰を抜かさなければいいだなんて、とてもじゃないが縁起が悪すぎりる。
「エル、あまり妻を困らせないでくれ。……大丈夫だよ、リリー。まぁ多少は驚くだろうけろど、いたって普通だから、ね?」
「はぁ…、そうなのですか。陛下がそうおっしゃるのなら、分かりました!」
どこか半信半疑な伏しはがあるが、彼が言うのであればなんだか信じきれる、そんな気がするから不思議だ。これはまさに愛のパワーなのではないか。
相手を信じられる、信じきれるまで、たどりつくまでにはどのくらいかかるのだろうか?私は出来るだけ相手のことを信じるようにしている。だが、私はあることがあってからは少しだけ入念に疑い深くなるのだ。
とりあえず話してみると、私は享年30歳くらいだ。正直に話すとあまり年は覚えていない。でもどちらかというと、うろ覚えに近いのかもしれない。だが、あのときだけはハッキリと覚えている。
─────────
それは高校2年生のときだった。私の友達、仮にAちゃんとしておこう。
私はAちゃんととても仲が良かった。小学校からの幼なじみ的な存在で、中学校、高校と同じだった。でも、高校に入ってからはクラスも別々になったりして一緒にいられる時間は、朝と夕の登下校時間だけだった。
そんな華のセブンティーン時代を過ごしていた頃、Aちゃんが同じクラスの女子数人にいじめられている、という噂を耳にしたのだ。ここでも仮にいじめていた子達をまとめて言って、いじめッ子としよう。
そんな噂をたまたま耳にした私はAちゃんに思いきって聞いてみた。そのときは、下校時だったので二人きりだった。聞くなら今しかないと思ったのだ。デリカシーが無いと言われてしまったら返す言葉は一つもないが、とにかくその時の私は心配だったのだ。
『Aちゃん、言いずらかったら別にいいの。あの…ね。たまたま噂で聞いちゃったんだけど、その………い、いじめられてるって、本当なの………?』
私は恐る恐る聞いてみた。絶交されても仕方がない質問に対し、Aちゃんは
『うーん。それ、ただの噂なんじゃないかな?私そんなことされてないよ!本当に。信じて。ま、もし仮にいじめてきたら百倍返しにして返せばいいだけの話だし、ね?そうでしょう?あんなの私の敵じゃないって!』
Aちゃんは本当に何事もないような素振りで笑ってみせた。その笑顔から私はそれはただの噂なんだなと、信じることにした。だって、私たちはずっと一緒にいてお互いのことを信頼しきっているから、そう思っていたのだ。
そのときから約2週間後、私はある光景を目にしてしまった。
それは、放課後のときだった。Aちゃんとは一緒に帰る約束をしていたので、私は玄関先で待っていた。いつもだったら私のすぐ後に来るのに、その時だけはとても遅かった。10分後、20分後。少しずつ時間が経つにつれ、何かあったのではと心配になった。少しだけAちゃんの教室を覗きにいこうかな、そう思って進行方向をグランド側から階段側へと体を移した。その時のだった、私のすぐ後ろでドサッという鈍い音がしたのは…。
驚きと共に体がビクついてしまい、後ろを恐る恐る確認しようと体を向けた。目の前には何もなく、そこから少しずつ少しずつ視線を下を向けていった。
『ひぃっっっ!!!』
ドサッと尻餅をつき、目は涙目、体はすごく震えている。私の体が一気に鉛のような重さになった。少しも動くことはできない。悲鳴以外の言葉は出せない。そんな状態だった。
そう、ここまでくるとなんとなくは想像出来るだろう。私が見てしまったものは、地面に倒れていたのはAちゃんだったのだ。仰向け状態であり、頭からはたくさんの血が流れていた。正直私はそのあとの記憶は完全にない。けれど、私が妄想癖になってしまったのはこの頃からだ。妄想に浸れば友達は居なくならないし、ずっと一緒にいることができる。だがそれが完全に美化していった未来はそう遠くない。
Aちゃんが亡くなってから私は一時期部屋に閉じ籠った。だが後日、母から聞いた話だとどうやらAちゃんはいじめっ子にいじめを受けていたらしい。最初は軽いいじめだったそうだ。だがそれが次第にエスカレートしていき、それに耐えきれなくなったAちゃんは屋上からの飛び降り自殺をはかったそうだ。
その話を聞いたときは、なぜあのとき言ってくれなかったのか。それとも私はそんなに頼りなかったのかと様々な思考を巡らせた。でも、あのときAちゃんは『信じて』と言ったのだ。なんで?なんで?『私は信じてたのに』と同じことばかり自問自答していた。いじめられていることを告白することは、かなり勇気がいるだろう。けれど、せめて私にだけは相談して欲しかった。
あの後の私はどうやって立ち直ったのかは覚えてはいないが、転生してしまった今でもこのことだけはハッキリと覚えている(その他のことはうろ覚えだが…)。私はとりあえず相手のことは信じる。でも中身は半信半疑なのだ。
っとなんだか暗い話になってしまったが、今の私はとても元気だ。
いつの間にか感傷に浸ってしまっていた間に食器は片付けられ、3人で今すぐ例の物を見に行こうか、後がいいか話し合っている。
私は人を信じていいのか疑う部分はあるけれど、今は信じていいのかな。そんな気がする。それでも私の最愛の人に出会ってからはなんとなく、信じてもいい。そんな気がするのだ。いろいろと矛盾しているところはあるけれど。
「皆さん!今すぐ見に行きませんか?私はどんなものかすごく気になりますっ!」
「!…そうかぁ。リリーが言うなら今すぐ見に行こうか」
「そうだなぁ!気になるなら例の物は直ぐに見た方がいいに決まってる!」
「はぁ、全く。エルクシル様、落ち着いて下さい」
エルクシルとフローラはまだ出会って少ししか経っていないのに、ずっと昔から友達みたいな感覚は実に不思議だ。それくらい居心地がいいのだろう。
「さぁ。行こうか、諸君!いざ、地下室へ!!!!」
「おーー!」
エルクシルを先頭に元気だけが取り柄の私、その隣に彼とやれやれといった様子のフローラが続いたのだった。
ありがとうございました。
できるだけ月1更新を目指しておりますが、次は11月くらいに更新する予定です。
次回もよろしくお願いいたします