17話 尊、先輩の言葉を思い出す
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台所を出てふらふらと歩いていると、だんだん恥ずかしくなってくる。
「テンパっていたとはいえ、何とかしようと思っていたとはいえ。何であんなクサいことを言ってしまったんだ。」
両手で頭を抱えながら嘆いていると、外の冷たい空気のお陰で頭が冷えてくる。ふと見渡せば夕暮れ時の”イーストウッド村”の景色が、目の前に広がっていた。前世に比べれば、何もかもが存在しない世界。電気はないため夕暮れに食事をして、遅い時間に行水をする時には蝋燭が欠かせない不便な世界。
風呂はないし、食事は不味い。”娯楽なんて言葉すらあるのか”と疑いたくなる程の、つまらない場所・・。
そう思っていたから、前世みたいな少しでも住み易い場所を作ろうしていた。不味い食事を改善して少しでも快適で楽な生活が出来るようにと、メイプルとミュートを育てる毎日。
「俺は2人に”家族”なんて言っていたが、心のどこかで”奴隷”もしくは”便利な道具”として見ていたんだな。」
俺は転生する時に、レイチェルにスローライフをしたいとお願いした。なぜスローライフを願ったかと言えば、老害から押し付けられる不毛な仕事から逃げて好きに生きたかったからだ。
「まさか転生先で老害と同族になるとはな、しかもメイプルの意見に飴と鞭で丸め込むやり方は老害以下の所業だな・・・。救われないな、俺は。」
老害とのやり取りを思い出していると、俺に仕事を仕組んでくれた先輩の”経営資源が充分であると経営が安定する”って教えて貰ったことも思い出す。
「確か・・。
・ヒトとモノとは、そのまま人と物でありこの両方をうまく組み合わせることによって、資産(利益)を増やしていくことが会社の意義に繋がる。
・お金は、人を雇う、物の購入する、製造する機械を購入する等の”ヒト”と”モノ”の取得に必要になってくる。そのため、お金の安定はそのまま会社の安定に繋がってくる。
・情報は、何もせずともモノが売れる場合は必要ではなかった。しかし、モノが飽和状態で売れなくなった時、売れる機会を作るために必要とされるようになった。
だっけか。」
そう思い出していると、これに続くはずの先輩の言葉を思い出す。
”いいか、伊吹。重要なのは今言ったことが、上手く回るようにすることが俺達の仕事だからな。”
俺は一番大事な部分を忘れていた。そうだ、俺の仕事は上手く回るようにすることで、上手く回すことじゃない。
・工場作業員は原材料を加工して、付加価値がついた製品を作る。そして営業員は、製品を売りお金を回収する。
→俺の仕事は原材料の供給と製品の原価の計算、そして営業員の値段とお金の回収が問題ないかを監視すること。
・原材料、機械、従業員これらの購入や維持には、お金が必要になってくる。
→俺の仕事は収益と費用を計算し、常に収益>費用を維持されるよう採算が取れているかも確認する。そして、必要な資金が常にあるように維持すること。
ここであることに気が付いた。”俺1人では何も出来ない事実”と、”俺も他の人から恩恵を受けていた事実”に。
「そうだ俺が偉いんじゃない、働く人全てが偉いんだ。
”皆が協力して価値あるモノを生産し、そして価値あるモノを皆で使って幸せになることが尊いんだ”。
俺のスキルの使い方を考え直さないとな、俺だけじゃなくて皆が幸せになるようなスキルの使い方に。」
そんな当たり前のことに気がつくと、後ろから声が聞こえてきた。
「尊様、なかなか戻られないので心配していたんですよ。」
「本当に良かったです。私達のことに失望して、どこかに行ってしまったのかと心配してましたから・・。」
メイプルとミュートが俺の姿を確認して、ホッとしているのが伝わってくる。
「申し訳なかった、考え事していたら遅くなってしまった。」
俺はメイプルとミュートに頭を下げた、こんな俺でも心配してくれたことへの感謝と、心配させてしまったことへの謝罪のために。2人が驚いていたが、”取りあえず入って食事にしましょう”と言ってくれる。そして俺達はリビングに戻り、遅くなった夕食を食べた。
「おぉ、野菜スープも鶏肉も美味しくなっているな。」
「はい。尊様に教えて頂いた通り、スープを何度か飲みながら少しずつ塩を足して”味の調整”してみました。」
「私も肉を焼いた後に塩を振るんじゃなくて、焼く前に塩で揉んでから焼いてみました。そうしたら肉の味と塩の味が組み合わさって、美味しくなりました。」
最後に”デザート”かどうか謎だっただが、”フレンチトースト”を食べる。
「このパン、不思議です。フワフワしているけど、噛むと甘い味がしてきます。」
「メイプルさんと同じです。フルーツサンドとは違って、フワフワしていて不思議な食べ物ですね。」
メイプルから幼児言葉が出てこないので、”美味しくなかったか?”と聞くと2人共首を横に振ってくる。
「いえ、とても美味しいです。尊様おかしなことを聞きますが、これは”食べ物”であってますよね。」
「柔らかいから噛めないかと思ったのに、噛むほどに甘い味が口の中でいっぱいになります。」
「美味しかったのなら良かった、”食べる”っていうのは”味”だけじゃなくて、”見た目”や”口に入れた時の感触”も楽しむものだと俺は思っている。
それに歳をとると歯が弱くなって、硬い物が食べられなくなる人もいる。そんな人でも”美味しい”って、食事を楽しめるのも料理のいい所だと思うからな。」
そして改めて俺はメイプルとミュートに、”美味しい食事をありがとう”と心からお礼を言う。
「こちらこそ、ありがとうござました。尊様に”家族だ”と言って貰えて嬉しかったです、一度は諦めたことでしたから。」
「私も一緒です、尊様に”家族”と言って貰えて嬉しいです。まだ親に売られたことに心の整理がつかないので、信じるのが怖いなって思っちゃいますけど・・。」
「そう言ってくれるなら、俺も今までのことを謝らないとな。」
メイプルとミュートが”えっ”と声を上がる中、俺は椅子から立ってそのまま床に土下座をした。
「メイプル、ミュート申し訳なかった。俺の我儘を通すばかりで、お前達2人の意見を全く聞けていなかった。だから、これから”やりたい仕事”や”やってみたいこと”があれば言ってほしい。俺で役立つなら、俺はメイプルとミュートに協力していきたい。」
メイプルとミュートに”頭を上げてください”と言われて、俺は頭を上げると2人に抱き着かれた。
「尊様がそこまで言って下さるなら、我儘を申します。尊様、本日は私達と同じ部屋で、夜をお過ごしください。」
「尊様。私達はまだ生娘ですから、病気の心配もいりません。それに今の時期は、子供も出来ませんから安心してください。」
2人のお願いにテンパる俺。先程の土下座の手前、断るなんて選択肢はありません。
「え、え~と。それは”奴隷”として言ってるわけじゃないよね・・。」
「はい。種族は違えど尊様のことはお慕いしております、1人の女として。」
「だから貰ってください、尊様。私も、後悔はしたくないんです。」
俺は”分かった”と言うと、メイプルとミュートが離れる。
「尊様、洗い物は私達をやっておきます。宜しければ、先に行水をお願いできませんか。」
「私達も出来るだけ早く準備をして、お部屋に参りますから待っていてください。」
俺は”わかった”と言うと席を立つ、ミュートが急いでたらいと布を準備して渡してくれた。俺はたらいと布を手に持ち、井戸へと向かい行水を始める。いつも通りの作業を無心で行い、着替えをメイプルとミュートに渡して自分の部屋で待っている。待っている間、長いような短いような感じで時間の感覚はわからない。そして約束の時を告げるように、部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。
「尊様、メイプルとミュートです。入ってよろしいでしょうか。」
「ああ、かっ構わないぞ。」
テンパりまくり、噛みまくりの状態で扉がゆっくりと開いていく。そこには、いつもの姿だが顔を赤くしたメイプルとミュートが立っていた。
「尊様、本日はお情けを頂きにまいりました。」
「尊様。私達の我儘を叶えてくださり、ありがとうございます。」
俺はいつもは出てくる軽口が、全く出てこない自分に嫌気を感じつつも覚悟を決めた。
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